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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
終章 牢獄

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66:追憶と理由と機会


「………………スレイド」


 一ヶ月ぶりの対面に、ジョンはかろうじて声を絞り出す。対面する彼は、自身の名を認識しきれていない曖昧な顔でちいさくうなずく。

 こんなにもあっさり姿を見せるとは思っていなかった。

 次に会うのは復讐のため再び対峙するときだろうと思っていたのに、まさか向こうからやってくるとは。そしてこの街に隠されていた秘密を語り始めるとは。

 意図がつかめないジョンは、ひとまず問いかけを投げる。


「お前は……なぜ、それを俺に伝えた」


 檻の向こうで壁に背をもたせかけ、椅子に腰を下ろした彼――スレイドは、ややあってから「それは、あとで答えるよ」と返す。

 笑うような軽い口調とは裏腹に表情は真顔のまま、彼はこちらに掌を差し出した。


「さあ、だいぶ話したから僕も少し喉が渇いた。しばらくはお前のターンでいいよ。答えられる問いなら答えるし、すぐ答えられない問いはあとで答えよう。質問攻めにするといい」


 本気なのかどうなのか。

 つかみきれない表情で、スレイドは掌を下ろすとじっと待つ。

 ジョンは、ゆっくりと、事実を確かめるための言葉を繋いだ。


「……お前は、血盟アライアンスで。このドルナクのすべてが、最初から、決まりきったことだったというのだな」

「そう言っているんだよ、僕は。だからあのとき言ったろう? 『なにも見えちゃいない――お前は、わかってない』と」


 揶揄する口調で彼は口の端をひん曲げ、せせら笑った。

 与えられた情報に溺れそうなジョンは、ひとつずつ確認を繰り返す。


「騎士団も。教会も。DC研究所も。都市議会も。すべてが」

「そうさ」

「すべてが、吸血鬼を……人間の敵を研究し、不死の兵を研究するため」

「そうだね」

「そのためにここに住む民は……なにも知らされず、利用されてきたと」

「そういうことになるね」


 淡々と応じるスレイドはますます歪んだ笑みを浮かべ、楽しそうにジョンを見る。

 視線に弄ばれ、腹の内に巻き起こる激情は、すでにあふれんばかりだった。

 多くの人間が死んだ。

 騎士であっても騎士でなくても、数多くの人間が吸血鬼の手にかかって死んだ。

 まだ■■■だった頃のジョンとスレイドが属し、のちに騎士団に手を貸すべくドルナクへ移り住んだタルカス流の人間も、死んだ。


 なにも知らず。

 死んだ。


 門弟であったスレイドに。

 殺された。


 ――血だまりの中でわらうスレイド。

 ――たどり着いたときにはすでに遅かった、■■■。


 斬り合いは長くつづき、

 ■■■が腕を失うことで結した。


 すべてが奪われた瞬間を彼は忘れない。それを為し得たのがかつての親友であったことも忘れない。血の通わぬ両腕を掲げて殺すと決めたあの晩を、決して忘れはしない。

 かつての親友が掲げていた目標も――忘れられない。


「……お前は」

「うん?」

「お前は剣をきわめんと決意し、……常々、強くなりたいと言っていたはずだ」

「そうだね」


 先ほどまでと同じように、淡々と答える。


「その途上で僕は死んだ。吸血鬼と化した。タルカス流のみんなを殺した。お前の腕を奪った。血盟に属すよう囲まれて従った。それで終わりだよ、なにか他にあるかな?」

「なぜ血盟などに、このドルナクのシステムなどに従った。こんな……なにも知らない弱い人間を利用するような計画に、なぜ加担した……ッ!」


 歯噛みしてジョンは問う。

 目の前にいる、かつての親友の似姿をとった怪物に。

 歪み切って濁り切った瞳で己を見つめる、おぞましい姿に。そのおぞましさの元がどこにあったのかを知るべく、問いをなげかけた。

 なぜ、こんなシステムの中で飼い殺しにされることを選んだ、と。

 スレイドはきょとんとして、「……本当に、僕のことをなにもわかってないんだね」と口にした。

 だがそのまま椅子の上で膝を組み、語る姿勢を取った。


「まあいいよ。訊きたいなら、語るさ。……しかし、なぜ、か。そこで『なぜ』と出てくるのがそもそも、僕とお前との最大のちがいで。そのちがいこそが、そのままいま居る立ち位置のちがいに繋がっていると思うけどね」


 ひとりごちて、彼はふうと嘆息する。会話がはじまってから初めて、彼はまばたきをひとつ入れた。目の両端が切れた面相をしている彼は、常人では考えられないほどにまばたきが少ない。

 次にまぶたを開けたとき。

 彼の鳶色の目には、妙な色が混じっているように感じられた。

 怒りだけでもなく憎しみだけでもなく、当然喜びや楽しみがあるわけではなく。

 そこにあった色は――


「僕さ、お前たちが、こわいんだよね」


 ――恐怖と、悲哀。


「逆に訊くけど、なんで僕が剣を窮めようとしてたか。お前にはわかるか?」

「お前の剣の、理由……?」

「もちろん強さを求めて、とかじゃないよ。だってそれは前提だ、ならばだれしもその先があるはずだ。お前にだってあるだろう……じゃあ僕の見据える『その先』が、お前にはわかるかな?」


 ジョンは黙る。

 ■■■にとって、剣は生き方だった。より強く己を研ぎ澄まし、周囲のひとを守り己の居場所を守る。そのためのものだったから、あの日すべてを失くしたときに生き方ごと変えた。

 剣の生き方を捨て、ひたすらに杭として。

 ただ目の前の敵を貫徹する存在として、己を定義しなおした。

 ジョン・スミスとして。


「なあ、ジョン・スミス」


 スレイドはいまの彼の名を呼ぶ。

 その目から悲哀の色は消えない。


「名前を捨てるくらいなら、お前はここからも逃げて、すべて忘れて生きればよかったんじゃないのか?」


 腕を、仲間を、すべてを奪った張本人のくせに。

 憐れむようになじるように嘲るように、スレイドはそんなことをのたまう。


「……貴様、どの口で言う」

「この口だよ。お前と軽口を叩き合い、共に剣を振るって気合を発したこの口さ。だからこそ言うんだ。剣腕を失くしたならそのまま戦いを忘れればよかったのに、とね」

「忘れられるものかっ!!」


 叫び、詰め寄り。鉄格子をガンと蹴りつける。スレイドは腰かけたまま微動だにしない。

 わかっている。この格子の鈍い耀きは複層錬金術式合金クワレウィタイト製であることを示していた。素手では千年かけても壊すことなんてできない。

 それでも動かずにはいられなかった。

 額を打ち付け、血をにじませながらスレイドをにらみつける。ひるむことなくスレイドはまっすぐに目を見る。


「なぜそこまで堕ちた……! 同門の仲間を切り捨て俺の腕を奪い、挙句の果てに『忘れればよかった』? どこまでひとを馬鹿にすれば――」「馬鹿にしていたのはそっちだろう?」


 語尾にかけて上がっていくはずだったジョンの声の調子にかぶせるように、スレイドは短く力を込めた口調で言い放った。

 ジョンを見る目には変わらぬ恐怖と悲哀とが宿りつづけている。

 けれどいまは、憎悪と憤怒が大きく、黒く、色を混ぜ込んでいた。


「僕は、弱かったからね」


 淡々と、述べあげる。

 それは大したことだと思っていないから出る声音、ではなかった。

 あまりにも何度も口に出して、苦悶に喘ぎぬいたがために出る声音。

 ジョンが腕を失くしてから己の腕について自問自答しつづけた結果、いつの間にか出るようになった自虐や自嘲と似た言葉。

 いきすぎた諦観が抱かせる客観による一言だった。


「……なにを言っている。馬鹿になど、していない」

「タルカス流において僕はいっとう弱かった。そんな不便な義手に換装してさえなお剣士と互角以上に戦える、だれかさんとちがってね。そりゃぁ馬鹿にもするだろうさ」

「そんなことは、していない!」

「あーあぁ。天才の気分、ってどんなもんなんだろうね。僕は、わからない。弱いから、わからないよ」


 ジョンの声が聞こえていなかったかのように、一方的に告げる。

 天才、と評するときにだけ少し、感情の揺らぎが見えた。

 諦観に至ってもまだ口にするのに躊躇がある単語なのだろう。


「だから僕はずっと、きみ(・・)が憎かった。同じくらいの歳で剣をはじめて、僕よりもずっと早く成長するきみ(・・)が、ね」


 二人称をむかしのものに戻し。

 嫉妬を吐露して、

 スレイドはゆっくりと椅子から立ち上がる。


「どうにかして勝ちたかった。手の皮が破れて腕が上がらなくなるまで剣を振って、目の縁が裂けるまできみの剣を目で追った。それでも僕は弱いから、きみ(・・)に勝てるはずもなかった」


 一歩ずつ迫り。

 ジョンと変わらないくらいの背丈の彼は、格子の前に立った。


「だから僕の剣は、僕が窮めたいと思った理由は、そこにはない。強さを得た先で■■■・■■■■■■に勝てるとは思っちゃいなかった。ならどこに僕の目的があったと思う?」


 ガン、とスレイドが額をぶつけてくる。

 顔色が土気色に変わる。

 犬歯がむき出しになる。

 目の色に、緋が混ざって吸血鬼の本性を露わにする。ジョンが額から流した血の臭いに反応していた。


「僕はなぜきみ(・・)を殺さず腕を奪うに留めたと思う?」


 格子を伝い落ちた血液を長い舌で舐め取り、せせら笑う。

 それでもスレイドはいまだ恐怖と悲哀を目から失くしていない。


「なぜこの街のすべてをお前(・・)に伝えたと思う?」


 ガンっ、ともう一度額をぶつけて格子を揺らし、スレイドは細めた瞳孔でジョンをねめつけた。


「……僕の目的は果たせなかった(・・・・・・・)。僕の目的はきみ(・・)たちにはわからない。腕を奪われればわかるかと思ったけど、まだわかっていないんだな……。なあジョン。ジョン・スミス。お前(・・)にすべてを伝えたのはね――一度だけ、チャンスをやるためだよ」


 額を離す。

 スレイドはきびすを返して、牢獄の向こうにだだっ広く伸びている廊下へと歩き出す。


「腕を奪ってもまだ僕の前に立ちふさがるお前が、いい加減迷惑だし、怖い。決着を付けよう……ただしお前が、かつての僕の目的と■■■を殺さず腕を奪うに留めた理由とを、言い当てることができたならだ」


 こつ、こつ、とブーツの足音が遠ざかる。

 ジョンは額をこすりつけたまま、ガン、ガンっと格子を押しつづけた。


「スレイド……っ」

「一か月後に来る。そのとき僕の意図を当てることができていたら、そこを出る手引きと《銀の腕》の用意をしよう。せいぜいあがくんだね。……まあ、無理だろうけど。その場合お前はディアを飼い殺しにするためだけに、これからもずぅっとそこの中だ」

「スレイドォォォオオッッ!!」

「その殺意。もっと早く見たかったよ」


 振り返りもせず、スレイドは牢をあとにした。

 ジョンは。

 格子に己の身を叩きつけ、やむことなく憎悪と怨嗟とで復讐心を燃え上がらせつづけた。



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