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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
襲劇

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61/86

60:接戦と痛撃と侵入者


 左半身の拳闘で挑むジョンに対し、右半身下段に構えるマスクの男。

 ジョンの両肩から断続的に噴き上がる蒸気と、両者の刻むステップとがリズムを擦り合わせていく。

 彼我の距離は最初から一メートルを割っている。

 柔らかな絨毯の上で、じり、じりっと一センチの間合いを削る歩法が、両者の足先に繰り出されていた。

 やがて――、

 ずるり。

 相手の身が沈んだのを見取って前に出たジョンのり足により、互いの攻撃圏がぶつかる。

 ジョンは牽制で出した左の拳で、容赦なく最短距離の右頬を狙った。


「しッ!」


 鋭い呼気と共に風切る拳。

 マスクの男は身を反らしてこれを避けつつ、左掌でぱしんと弾く。ジョンの拳が外に流れたのを確認するや否や、下段に置いていた右手で下から突いてきた。

 外に流れた左腕の内側を削ぎ取るかのような拳だ。

 ジョンは首をひねってこれをかわし、左耳にかすらせる。

 瞬間、右腕をわずかに動かしてそちらへ注意を引いた。


「――、」


 反応しかけたのか硬直するマスクの男。

 しかし本命は左である。

 流れて、伸びきったままだった腕をそのまま横薙ぎに振るう。拳が当たるのは肩だが、構わず振り抜く。体勢を崩すのが狙いだった。

 ところがマスクの男は踏みとどまった。

 左の爪先を外へと九十度開き、横からの衝撃に耐える位置取りに変えている。

 すかさず反撃の左掌底が来る。ジョンは顎を引き突き出した額で受けた。


「ちっ」


 細身だと思ったが、突きは重い。

 実際の体重はジョンの方が少し優っているだろうが、己の重さの利かせ方(・・・・)が巧みだった。

 のけぞりながらそう評価し、すぐに再起。

 マスクの男の追撃の回し蹴りを下げた右肘で防ぎながら、蹴られた方向にサイドステップ。

 左のジャブを二発放り込んでからさらにサイドへ。時計周りに身を進めて、有利な位置を取ろうとした。

 マスクの男は途端、身を沈める。

 ――ザゥん、と左の後ろ回し蹴りが振るわれた。

 回り込もうとのジョンの意思を感じて即座、右足を軸に左の剛脚で足下を薙いできたのだ。

 ギリギリで左足を引いていたジョン。

 蹴り足を前にしたため左半身になったマスクの男。

 互いに構えの左右が入れ替わった。


 マスクの男は大きく前に進めた左足に引き付けるよう右足を進める。このときも右爪先は外へ大きく開いたままだった。

 この構えを維持していると前進時に腰をひねらないため上体のブレや乱れがない。

 ブレや乱れがなければ、『次の手技の制限』が少なくなる。

 拳闘ではないと初見で感じたが、この動きは……


「剣を遣う者か」


 外に開いた爪先は乱戦を想定してのもの。

 先のジョンの横薙ぎを踏みとどまったのもそうだが、あの足捌きは横合いに瞬時に身を転換し打つにも有用だ。また足下に少々の凹凸、高低差があっても姿勢を保ちやすい。

 要するに、両手の動きを極力殺さないためのもの。


「――、」


 左半身になっても、マスク男の構えは下段から変わらない。基本、後の先を狙うスタイルのようだ。

 ジョンは右の前蹴りで距離を測る。マスクの男は腹部を中心に身を折るように蹴りをかわし、あまつさえ手で足首を絡め取ろうとした。素早く引き戻す。

 足を戻してすぐ左下段、引いて左中段への二連回し蹴り。

 これもダメージは通らなかったが、居付かせた。


「っぜァッ!」


 蹴った左足を戻さず踏み込んで接地する動きで体重移動を済ませ、右の拳を叩き込む。

 鎖骨を狙った打撃に、左肩を跳ね上げて防御するマスクの男。それでも駆動鎧装の重い一打に体幹がかしぐ。

 つづけて至近距離で左脚を振るう。

 膝下で腿の外側を蹴り上げる軌道だ。

 それはマスクの男からすれば左肩を上げた都合上、強く踏ん張っていて力の逃がしどころが無いタイミングである。

 ばヅんッと水面を平手で垂直に叩いたときのような衝撃が走った。

 マスクの男の足が止まる。


 引き戻していた右手でジョンは男の左手首に指先をかけた。グローブによって火傷しないとはいえ、駆動鎧装の力で引かれれば相当動きに制限がかかる。

 男はこれを嫌ってか、左腕を内旋させて切り離した。動きはそのまま左拳槌での胴体への打撃に繋がっている。

 似た技をジョンは知っていた。

 左手の剣の鍔元で白刃を受け、瞬時に身を屈め柄頭ポンメルで胴を突き距離を離し、右手の剣の間合いに来たところで首を狙う――双剣の勢法。

 故に対処法も知っていた。

 退こうとすればむしろ相手の思うつぼになるこの動きには、つかもうとした右腕をそのまま押し下げるのが有効だ。

 右肘を地に向け腰を落とし、相手が横薙ぎに振るう拳槌の軌道へと交差させるよう受ける。


「――――ッ」


 受けからすかさず右の拳を突き出せば、逆に相手がこちらへ突っ込んでくる勢いを返して鎖骨を狙える。

 どずッと入った一撃で、マスクの男が吹き飛んだ。

 ほお……、と周囲から感嘆の声が上がる。

 だがジョンは止まらず追撃を選択した。

 吹き飛んだということは力を逃がされたということだ。骨を砕いたなら相手はその場で膝を屈する。


「――――、」

「蹴り折るぞ」


 体勢を立て直す前に左の横蹴りで膝を狙う。

 右膝を踏み潰そうとの意図を読んでか、マスクの男は背中から地面に身を投げ出して回避した。

 ごろんと転がって離脱し、ジョンの右側にて立ち上がる。

 この転がる動作も「先んじて左手を挙げる」という動作のあとに右腕を振るって勢い付け、連ねて脚や腰をひねっていた。

 右手を着地させた際に左手を傷つけないための動き。

 すなわちこれも双剣の勢法である。


「だが、妙だな……」


 構えて向き合う男にどこか引っかかりを覚えた。

 ジョンの知る限り、両手に携えた剣を振るう双剣の構えは機先を制する技である。

 後の先に見える剣筋も、先んじての踏み込みで相手の動作や思考を誘導した上で押さえる、そういう理合いになっている。

 しかしこれまで見せたマスクの男の動きは、返し技こそ双剣の勢法に近いものの、その前段階に当たる『崩し』がなく、双剣の《機》にそぐわない。

 それでいてひとつひとつの動きは研がれ尖った刃の剣呑さを帯びる。

 なんとも言い表しにくいが……『型だけは双剣を修めたが』『普段は喧嘩剣法を使っているかのような』……そんな、ちぐはぐな印象を覚えた。


 ともあれ、自身の格闘技術をぶつけるには十分な相手であることに変わりはない。

 またしてもマスクの男が右半身、ジョンが左半身にて相対する。

 半歩進めば蹴りの間合いだが……ここまでの打ち合いで向こうも間合いを読んでいる頃だ。

 ここに来て、膠着する状況。

 仕留める算段を互いに計算する数秒がつづいた。


 ……シュンシュンと上がる蒸気の音だけが耳に痛い。

 呼吸も視線も読めないマスクの男の、息する胸の微かな震えだけを初動見切るよすがとする。

 ひりつくような機の取り合い。

 まばたきひとつに細心の注意を払う騙し合い。

 絨毯の毛を一束二束躙る音さえ聞こえそうな様見合よみあい。

 肩が上下することすらないマスクの男に、

 けれどジョンは動きの起こりを予見した。

 故に先んじて、動き出す。


 半歩の。

 踏み込み。

 左足が間合いを侵す。

 重心移動を済ませ、対角線上へ振り抜くジョンの右脚がボッと空間を穿つ――マスクの男はスウェーバックでかわした。

 即座にジョンは足を引き戻し、斜め上から浴びせかける掛け蹴りに変化させる。

 マスクの男は右腕を掲げこれを防いだ。腋を締め肘を脇腹に付けるように、二の腕から肩にかけての位置で爪先を受けた。

 完全にジョンの動きが止まる。

 男が反撃に移ろうとした。

 ……が、ジョンはもうそちらを見てはいない。


「貫け」


 踏みつけるように右足底に加重。

 相手に背を向けるように身を地面と水平にまで倒す。

 軸足の左は――――爪先立ちになっていた。

 振り下ろす左のかかと。

 床にずん、と叩き込んだ足裏からの反作用が、身のひねりに合わせて無駄なく伝達され、接触している右足底に届く。

 同時に右のかかとを、前腕越しに打ち込んだ。

 マスクの男の反撃の前進は、すべてカウンターとなって力を返される。


捩止め(ねじどめ)》。


 ジョンの持つ蹴りの切り札は、逃げること許さず相手の内部に破砕の力を捩じ込む。さすがに模擬戦闘ということもあり多少加減はしたが、それでも前腕越しに肋骨にひびを入れる程度のダメージは与えたはずだ。

 ところが――


「……!?」


 ぐりゅン、と。

 捩じ込んだはずの力が逃げた。

 ぬかるみに足を取られたときのような、不可解な力のスリップ。

 またしても吹き飛んでずざざ、と絨毯に足の軌跡を残すマスクの男。

 周囲で見ていた人間たちはおお、と感心して言う者と不思議そうにおや、と言う者とに別れた。反応のちがいは武に造詣があるかどうかの差だろう。

 ジョンは気味の悪い結果に思考を加速させながらも、すぐに右足を戻して左半身に構え直した。審判はまだ終わりを告げてはいない。稼働時間もまだ残っている。

 マスクの男もぐりん、と右腕を回して構えを取り直した。


「……体軸をうまく操って逃がしたか? いや、前進しようとした時点でそれは無理だ」


 考えられる手はひとつある。

 その予想通りなら『胴に当てれば』通用するとジョンは思ったが……いずれにせよ一度晒した技だ。今後《捩止め》は通じないと見た方がいいだろう。

《捩止め》は相手の接近に際しての迎撃でこそ威力を発揮する技だが、一度当ててから・踏み込むという二段階のプロセスを挟む都合もあり隙が大きい。

 胴に当てれば、などと言ってもその読みまで含めて相手の撒き餌にされる可能性だってある。

 不用意な賭けに出るのは愚の骨頂だ。使うならほかの技にすべきだろう。

 頭の中で選択肢の分岐を潰していき、最善、次善、次々善の策を立てていく。

 すうと息を吸い、吐いた。

 再びの膠着。じりじりとした間の奪い合いが、各々のわずかな挙動によって構築されていく。

 そんなときに。


「――さ、サミット中失礼します……! しかしいち早くお伝えせねばならない事項のため、ご報告に上がりました!」


 駆け込んできた者があり、ジョンの背後で扉がばだん、と開く音がした。

 それでもジョンもマスクの男も、互いから目を逸らしはしなかった。

 飛び込んできた者が己を殺すつもりならとうにやっている、そうでないならいまは眼前の相手に集中しておればよい。そういう、ある種の開き直りだ。


 しかしつづく言葉には、さすがに構えを解いてそちらを顧みざるを得なかった。


「この建物の生活区画へ侵入者です! 賓客を狙ってのものか、現在は一階の調理場近くを移動しております! 皆さまはこの場を離れずお待ちください! まもなく警察及び銀霊騎士団の第一騎士隊がこちらと生活区画、双方に到着します! どうかここで待機をお願いします! 外に出るのは、危険です!」


 一気に言い切り、ぜえぜえと息をついた。よほど急いでここへ来たらしい。

 マスクの男も手を止めていたため、ジョンは一度腕の稼働を切った。

 駆け込んできた男の近くに腰かけていた貴族風の老人が、彼に「そうまで慌てるとは、賊はそれほどの数で……?」と不安そうに訊ねる。

 すると男はしどろもどろになり、一度うつむいた。

 けれど事実を述べるしかないと思ったらしく、老人を見つめつつ躊躇いがちに口にする。


「ひとりです」

「はぁ?」

「単独で、侵入してきたようです……し、しかし。大主教御付きの武僧兵二名が、すでに打ち倒されています……」


 周囲がどよめく。

 二名、武僧兵という言葉から、ジョンは生活区画の奥で見かけた聖職者を思い出していた。慈悲の短剣とメイスを携えた者たちで、身のこなしはかなりのものと見受けられたのだが。


「こちらを目指しているのかね」

「い、いえ……いまのところは。ただ、動き方がなにか探している挙動で。いずれ進行方向をこちらに定めるかもしれない、とは。そ、それにっ、」


 言葉を切り、男は身を震わせた。


「大主教が、まだ生活区画にいらっしゃいます!」


 その言葉の終わりを待たず。

 たん、と素早い足取りが絨毯を叩いた。

 ジョンのものではない。

 マスクの男のものだった。


「え、あ」


 進行役がなにか声をかける余裕もない。一秒の迷いもなく、あっという間に開け放たれたままだった扉を抜け、マスクの男は部屋を飛び出していった。

 クリュウ、ヴィクターはとくに言うこともないのか、マスクの男を目で追うこともない。

 ジョンの方はというと、わずかな逡巡があった。

 なにしろ状況が読めない。いまここで己が動いていいのか、どうなのか。

 ……けれど大主教が窮地ということは、ジョンとしても予定に差し支えが出る。奴を――スレイドを見つけ出すあては、いまのところ大主教しかないのだ。

 ジョンはディアの方を見た。

 ディアは、すぐにうなずいた。ぱちんと手を打ち鳴らし、自分に注目を集める。


「緊急事態につき模擬戦闘は中止させていただきます」

「そ、それはそうですな」


 進行役がこくこくと首を縦に振る。

 ディアはつづけて、駆けこんできた男に声をかけた。


「そこのあなた。ここまでの経路では、賊がいなかったわけですね? 単独犯とのことでしたが別動隊がいたということは?」

「へ? は……はぁ、そ、そこまでは確認は」

「できていないと。そうなると、再度確かめる必要があるでしょう。幸いここから生活区画までは昇降機のほかに侵入口はありませんが……非常用の脱出経路として廊下奥に階段があったはずです」


 淡々と事実確認を済ませ、ほかの者が声を上げる前にさらに言葉を重ねた。


「私の護衛兼サンプルケースであるこの男は騎士団に務める人間で、戦闘を主な任務とする人材です。この男を、その非常階段へ向かわせて偵察ないし防衛に当たらせましょう。ほかにこの場で護衛の任がある方は、入り口の防御を」


 先に第一騎士隊の名が挙がっていたために、騎士団の人間として動くことの正当性は担保されている。周囲も平民出であるジョンが偵察に向かう分には文句も無いようだ。

 それでもひそやかな、相談のささやきあいがしばしの間つづいた。おそらく形式的なものだろう。判断は軽軽に下してはならないと、どんなときでも思っているクチか。こうしてる間にも危険は迫ることはあっても去ることはないのだと思い、ジョンはじれったい気持ちになる。

 しびれを切らしかけたところで、やっと許可が出た。

 ヴィクターとクリュウが場における代表に近いようで、彼らから「では、お願いする」「急なことで申し訳ないが」と一言を添えてくれた。


「了解した」


 短く返答し、ジョンは駆けだす。

 去り際にディアに目配せする。

 彼女は「いってらっしゃい」と口の動きだけで伝えてきていた。

 二重扉の気圧差を抜けて、ジョンは非常階段を目指した。先ほど館内を歩き回ったことで、ある程度の構造は頭に入っている。

 ちなみに昇降機の階数表示は一階で止まっていたため、マスクの男はどうやら普通にそちらのルートを選択したようだった。


「……ヴィクターたちから制止もかからなかったところからして、あのマスク男もなんらかのヴィタの関係者か?」


 考えつつ、ジョンは絨毯を蹴って廊下を端まで進んだ。

 扉を蹴破り、建物に外付けされた階段スペースに出る。ひょうと吹きすさぶ冷たい風の向こう、踊り場の先に出窓が見えていた。

 頭の中の地図から察するに、生活区画の一室に当たる場所のはずである。

 手すりを踏み越え、窓に飛び込んだ。ガしゃンバリん、と凄まじい音が響き室内に肩から転がり込む。

 ジャケットに付着したガラス片を身を震わして払いつつ、高級な調度品に囲まれたことから予想にたがわぬ一室に降り立ったことを察した。暖色の照明が注ぐ室内で、カブリオルレッグの家具がいくつも鎮座している。

 部屋を横切ってドアに近づいたジョンは、ドアレバーを膝で押し下げてすぐに離れる。いまの突入音で侵入者に存在を気取られ、襲撃されるかもしれないと案じていた。

 だが杞憂だったようで、ドアの向こうには廊下がつづくばかり。

 顔を出して周囲を探るが、貴族層の賓客連中は皆逃げ終えていたのかほかに人影もない。

 ただ、伝えにきた男の言っていた通り。

 廊下の彼方で、メイスを持った男が転がっていた。


「あっちか」


 走り出すジョン。

 その方向には、たしかに大主教の居室があった。

 メイスの男を乗り越え、つづいて慈悲の短剣を持った男の身体も飛び越え。

 半開きになっていた扉の隙間に、身を滑り込ませる。


「おい――、――ッ!」


 部屋と外の境目を越える瞬間に、感じた。

 中に無事でない人間がいる。

 濃密な血臭が鼻を殴りつけ、呼気にさえ鉄の苦みと渋みを味わわせる。

 室内は、天蓋付きの寝具と壁際の調度、来客用のテーブルとソファを備えてさえまだ広く広く、天井も高く取られていた。

 贅沢な間取りで、それこそ格闘戦だってできそうな広い部屋。

 だというのにこれだけ血の気配が濃いのは……命がそれだけ、すり減ったということだ。

 この場で。

 だれかが。

 命を消そうとしている。

 ジョンは、見回した。

 そして、見つけた。

 部屋の隅、追い詰められた者へと振るわれた、


 ナイフの一閃の結末。


「………………あ」


 だれのものともつかない声がした。

 ずぐりと、ナイフは根元まで刺さっていた。

 喉元。噴き出す血は橙を帯びている。見る間に衣服が血に染まる。頸動脈を裂いていた。

 シャツとウエストコートとボトムスが血にまみれる。

 あの、マスクの男が、死にかけていた。

 彼の背後には、白い法衣に身を包んだ中老の男が見える。大主教だろう。

 大主教をかばって、そうなったのか……。


「あ、あ」


 また、声がする。

 今度はだれの声か、わかった。

 ナイフを突き立てた者の声だ。


 左手にナイフを構え。

 右手に慈悲の短剣(ミゼリコルデ)を構え。

 腰に、聖書を帯びて。

 黒いローブに。白いショース。

 アッシュブロンドの捩じれた髪を腰まで垂らし。


 よく、ジョンの名を呼んだ、者。


 よくジョンを知る人物。


 よくジョンが知る人物。


「……お嬢……」


 ロコ・トァンがマスクの男の喉元に、ナイフを突き立てていた。

 



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