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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
襲劇

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59:研究発表とマスクと模擬戦闘

 各企業の研究発表は進む。

 幻灯機ファンタスマを用いて白布のスクリーンに映し出される図が、各研究者の指示に伴って次々に映り替わる。


「――であるからして、今回の多脚型アラクニド蒸砲戦車チャリオッツは低重心のタンクとして設計方針を刷新し、胴体下部に備えた可変式ヴァリアブル無限軌道キャタピラによって脚部への負担を軽減しております。サスペンションについてはアカーシー重工の新型を搭載し体高の二倍の高さから落下耐久試験を行っており、天険と名高いグラントの山岳地帯で五合目までを二時間で走破との記録を残しました」


 図が次の一枚に替わり、細かな数値とグラフを示したものになる。


「衝撃時の各関節部位における力積変化のグラフがこちらです。従来機に比べ衝撃が細かく伝達されているのがおわかりいただけると思いますが、これは脚部機構だけでなくこれまでデッドスペースになっていた箇所に搭載した可動重心機ムーブメントの作用によるものです。上下左右にこれが振れることにより衝撃を緩和、蒸気圧縮砲弾の高仰角射撃も移動しながら可能になっており――」


 研究者の淡々とした、それでいて静かに熱のこもった発表がつづく。

 ジョンは機械に明るくないため数字やグラフを見てもまるでわからないが、理解できる者にとっては非常に有意義な時間なのだろう。

 発表者側と対面した列に並ぶ資産家や上役たちは、手元の資料と発表内容とを比べて、質問を飛ばしている。かなりいろいろと訊ねられて、発表者はあわてて回答を模索していた。


「……ああ、いい進み方をしてるね」


 ぼそりとディアが、そう言った。


「かなり質問攻めに遭っていたようだが、それは粗があるからではないのか」

「もちろんそういう質問攻めのときもあるよ。でも今回のサミットは急な日程変更とかもあってあまり時間が取れないから、嫌がらせ質問とか相手のバックの読み合いはできないからね。いまのは純粋に研究内容に興味があっての質問が大半」

「なるほど」


 晴れやかでほっとした顔つきで壇上を後にする発表者。

 とくに拍手などは起きない。ただ、次の発表者が気合を入れた表情になったことがある意味で最大の賛辞か。

 さて、そこへつづく排熱サイクル機構についての発表は本当に専門的な内容で、もはやジョンには単語を拾って脳内に収めることすらできなかった。一方でディアは時折万年筆でメモ書きを走らせていたので、このような分野にすら一定の知見があるらしく驚かされる。


「……なるほど、サイクル機構の新開発ではなく既存機種の改良による効率化でコストを低減する試みはわかりました。ではこちらは、新開発までの繋ぎのものであると見てよろしいか?」

「繋ぎ。というと語弊があるかもしれません。改良によって得た経験を我々としてはフィードバックしようと、」

「それは新開発への着手に今回の機種の稼働データが必要ということですね?」

「……それは否定できませんが」

「そうですか。否定できませんか……超臨界圧ボイラーの耐用年数と比較して考えるに、新機種はすでに着手していなければ入れ替え時期に間に合わせることは不可能かと。今回発表いただいた既存機種改良の導入予定として挙げられた工場・工業地帯はどれもすでにかなり経年劣化が進んでいます」

「し、しかし」

「私からもよろしいですかな。えー、大型機械類などの有形固定資産の『改良・修繕』は現在ドルナクの法では『買い替え』に相当します。減価償却費などの会計処理の面から考慮しても、導入に踏み切る企業は少ないかと思われますな」

「そ、それについては資料の二十五ページに……」


 発表を受ける側も相当に知識の入った者、あるいはとにかく金額的な数字に強い者、二極化されて質問の時間がつづいた。しかし今回の発表は費用対効果の面での追及が多かったようだ、との印象が残る。

 ……長く、長くつづいた発表が終わる。

 がっくりとうなだれそうになるのを懸命に堪えて戻ってくる発表者の姿が痛ましい。

 やはり、ここも戦場だ。ジョンはそう再認識した。

 仕切り直そうと進行役が両手を広げ、拡声器の前で声を張り上げた。


「カルヴァー工業の方、ご着席ください。それではつづいて――DC研究所の発表に移ります」

「はい」


 凛と通る声でディアが言い、自分で車椅子を進める。いよいよ、出番だ。ジョンは会釈してその後ろにつづいた。

 さすがにディアはこの場における最年少だ。周囲がわずかにざわめき、「あれが」「《蒸姫》か」「果学研究学会の才媛」と彼女を呼ばわる。この場においても威光が強いのは、都にある果学研究学会の方らしかった。

 きいきいと回っていた車輪が止まる。

 白いスクリーンと幻灯機の前に移動したディアは背筋を正す。

 横に並んだジョンは、常に姿勢に気を配って生活しているためとくに変化はない。

 どちらともなく一礼し、進行役にディアが目配せすると幻灯機からスクリーンへと図が映し出された。


「きみは少しそのまま、幻灯機の方を向いてて」

「なぜだ」


 言いつつ振り返ってしまい、忠告を無視した己を呪う。

 映っていたのは《銀の腕(アガートラーム)》の分解図であった。ジョンは目を逸らし、その間際にディアの「ほら」という口の動きを見た。口の端を歪めて応じる。

 ディアが、自身の前に低く設置された拡声器に向けて話し出す。


「DC研究所技術長、オブシディアン・ケイト・エドワーズです。よろしくお願いいたします。本日の発表は人操作型実働機械マニピュレータ開発機構についてです。まずはその前身となる駆動鎧装スチームアーム、《銀の腕》の稼働データからご覧ください」


 ジョンが見つめていた方向で、しゃこんと幻灯機の放つ光が変わる。振り向けば分解図は消えており、代わりに駆動鎧装の実稼働における細かな数値表が映写されていた。

 稼働時間に比例する放熱量、冷却器ラジエータを備えた場合の放熱抑制グラフ、出力の調整レベルや最大出力時のパワー、などなど。

 ジョンが感覚でおこなっていることを数値の変化や信号シグナルの変化として表せばこうなる、という内容であることは、なんとなくわかった。

 そこでディアが、ん、と目配せしてくる。ああ、と後ろを向いた。おそらくはまた、腕の分解図が表示されているのだろう。

 両腕を切断された記憶がよみがえるため、ジョンは修理のときなど自分の身体から駆動鎧装が離れるのを見ないようにしている。同様に、図や写真でも「人体にくっついていない」状態の駆動鎧装を見ることが苦手だった。


 幻灯機の方を向いて、しばし立ち尽くす。

 すると、対面する列の中にクリュウとヴィクターが腰かけ、なにやら話し合っているのが見えた。

 否。

 正確には、その後ろに立つ人物に目がいっていた。

 産業区画の職員などが付けているものに酷似した、しかし嘴の短い鳥頭マスク。

 白衣を身にまとい面相と風体を隠したその男は、サミット開始ギリギリのタイミングでやってきてからずっとそこに立っている。登場した際に二言、三言ヴィクターらとかわしただけだ。……いや、マスクによって見えないだけでひょっとするといまも彼らになにか話しかけているのかもしれないが。

 マスクの男はジョンが見ていることに気づいているのかいないのか、置物のようにそこに在りつづけていた。


「……それではつづいて、実働の様子をご覧いただきたく存じます。こちらがサンプルケースとして《銀の腕》を使用している、銀霊騎士団シルヴァオーダー第七騎士隊所属の隊員です」


 一方的に彼へ視線をやっているうちに、腕を動かす機が来たらしい。

 ああ、と応じてディアの方を見たジョンは、彼女がこくんとうなずいたのを見て左腕を持ち上げた。

 ジャケットに開けられた肘内の穴から出た革製のストラップを噛み、首を回す勢いで引き絞る。

 どるんと低くねばりつく音が轟き、《銀の腕》に火が入った。

 疑似神経回路を雷電エレキテルが駆け抜け、背中のアクチュエータを介して右腕も動き出す。

 ジャケットの両肩から、シュウウと蒸気が噴き出し漏れた。普段は袖の無い服ばかり着用しているので、袖内を這い上ってくる蒸気が背に回ってこもる。


「人操作型実働機械を製作するにあたって、この腕のような精密動作性を我々は追及してきました」


 ほい、とディアから投げられた卵を片手で二つ、割らずにつかむ。

 かと思えば板を差し出され、その真ん中に狙って貫手で穴を空ける。


「このように力も細かさも思うがまま。この技術を応用すれば、人間を送り込むことなく戦地で働く機械を成立させることが可能でしょう……それでは実際の動きをより詳しく見ていただくため、デモンストレーションとしての格闘戦をお見せいたします」


 ディアが合図として左手を挙げると、進行役が幻灯機を下げた。

 中央のスペースでおこなうことになるらしい。両腕から蒸気を噴き上げたまま、ジョンは進み出た。

 車椅子を動かして下がっていくディアに、ジョンは訊ねる。


「ルールはどうなる」

「目つき喉打ち延髄打ちと《杭打ち》と貫手以外は許可されてる。蹴りだって腕の重心制御がうまくいかないと打てないでしょ? なんならむしろ、みんなそういうところを見たがってる」

「なんでもあり、か」

「そ。見る側もある程度武術に造詣のあるひと呼んでるらしいから、真剣にやってくれればあとは向こうで動作における《銀の腕》の意味と価値を汲むって」

「わかった。ではそうさせてもらおう」


 ジョンとしてはやりやすくて助かる話であった。

 拳を軽く握り、いつものスタンスで左足を踏み出す。

 そして、そんな彼の前に現れた相手は――


「……お前か」


 マスクの男であった。

 ヴィクターらの背後に控えていた彼――体型からしてまちがいなく男だ――が、いつの間にやら発表者側の席を回り込んで壇上まで移動してきている。

 進行役が手元の紙片に目を落としながら、拡声器で全体へ説明する。


「サンプルケースである彼の相手を務めるのは、DC研究所の方で選出いただいたこちらの方です。高熱の駆動鎧装を相手に格闘をおこなっていただく都合、安全のため彼にはマスクとグローブの着用をお願いしております」


 進行役の紹介を意にすることなく、マスクの男はジョンの方へ近づいていた。

 鳥頭マスクですっぽりと覆った面相はうかがえず、はめこまれた緑のレンズの向こうからジョンを見ている気配だけが、薄く漂う。

 背丈はジョンと変わらない。一七〇センチ前後だろう。

 白衣を脱ぎ捨てた身体は、簡素なボタンダウンのシャツとウエストコート、黒のボトムスのみ。薄いがしなやかな筋肉をまとっていると見える、軽い動きで歩んでいた。

 足元の丈夫そうな革のブーツはくたびれており、こうした公的な場にはそぐわないが、慣れた履物というのは戦闘に際して微細だが確かな差を生むものだ。戦いに慣れた雰囲気を感じる。


 彼はポケットから取り出した革製のグローブを両手にはめ、身長に比してリーチのある両腕を構えた。

 拳闘、ではない。

 右足を、左の爪先のラインからほんの一歩だけ前に進めている。

 前に伸ばした右腕は下げ気味。へその高さに拳があるだろう。

 左腕はそれに比べると中段に近い位置。左右とも、柔らかく握るか握らないかの拳だ。

 軸の定まった強さを感じる。


「……呼吸と表情が見えんのが厄介だな」


 普段の戦闘で読みに使う部位が視認できないと、どうにも薄気味悪い。

 もちろんそれだけで戦うわけではないので、べつに構いはしないのだが。


「では、稼働時間との兼ね合いもありますのでさっそくはじめていただきます。じゃあ……よろしく」


 ディアがジョンに声をかけてきた。うなずく。


「よろしいですね」


 進行役がマスクの男に言う。彼もうなずいた。

 互いの合意を見て取って、進行役が手を挙げる。


「それでは、目つき喉打ち延髄打ち及び駆動鎧装は特殊機構の使用。これらを禁じた上で、どちらかの申告ないし私の審判まで格闘をおこなってください。――開始」


 ジョンの左半身の構えに熱がこもる。

 マスクの男が身構える。

 純粋な格闘技術を競うのは本当にひさしぶりだ、と思いながら、ジョンは一歩前に進んだ。


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