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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
第四章 会合

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52:サミットと式典と大主教


 ディアの重みがふいに抜け、「ふふ」と笑う彼女がジョンの元を離れる。求められるまま応じていたジョンは視線だけで彼女を追う。


「そろそろ、姫も着替えてこようかな」


 言って、ジョンが答えるかどうかうろんな頭で考えているうち、車椅子の上に戻ると隣室へときいきい車輪を回していった。

 手持無沙汰になり、身を起こす。両手がぶらりと垂れ下がり、真白いベッドシーツの上で皺の中に埋もれた。

 ベッドサイドのチェストの近くに身を寄せたジョンは、置いてあった書類に目を通す。

 先日目にした文書は機密の部分もあってか黒塗りが多かったが、今回のものは日程と大まかな発表内容を記したレジュメに過ぎないらしい。記載内容はごくシンプルだった。


 ルレー製作所『多脚アラクニド型駆動鎧装技術の転用による荒地走破用・蒸砲戦車チャリオッツ』。

 カルヴァー工業『超臨界圧ボイラー使用における熱伝達効率向上に際してのフィーディー式排熱サイクル機構の運用について』。

 DC研究所『精密動作型腕部駆動鎧装の実稼働データによる人操作型実働機械マニピュレータ開発機構』。

 アルマニヤ重工『高機動脚部駆動鎧装《羽根足スティルツ》における自動重心制御オートバランサー』。


 ……などなど、機械系だけでも多数の企業・研究所が名を連ねている。生物系の研究発表も控えているため、一日がかりだ。

 アルマニヤと言えば、ジルコニアもまた来訪するのだろうか。

 自我を失い吸血鬼と化したガルデンを葬ったあの一件で彼女はひどく憔悴していたが、最終的には社の方へと返された。

 本来ならば吸血鬼化を隠匿した罪で拘留されるところだが、そこは産業区画にもプラントを多数持つ大企業の令嬢であるが故だ。揉み消しなどが発生したのだろうと思われる。


「……まあ、よくあることか」


 文書から目を離し、ジョンは壁に背を持たせかけた。

 身内であるが故にガルデンを逃し、自らで追い詰め処断すると決めてなお手を下せず、結局は返り討ちに遭い敗走した彼女。

 よくある、話だ。めずらしくもない。騎士団においてもかつての隣人、かつての同胞を斬るべき敵として向き合った者は何度か見た。

 斬り捨てることができた者もいる。できなかった者もいる。

 できたが、その後自刃した者もいる。

 ジョンは。

 どれになるのだろうか。

 結果が出るまで、すべてはわからない。

 腕を切り落とされたその日から、ジョンの生き方は変わった。剣にすべてを懸けてきたはずの生は終わった。残ったのは身の内にくすぶる後悔と懺悔と憤怒と憎悪が煮崩れ、溶け合わさった激情だけだ。

 ディアの傍に居ると、余計にそのことを強く意識する。

 彼女が、彼女だけが、ジョンの過去と繋がりつづけているからだ。だからこそ彼女はジョンにとって特別で、かけがえのない存在だ。

 ジョンの追い求める結果に、理解のある個人。


「お待たせ」


 しばらくして声をかけられ、思考に沈んでいた頭を目覚めさせる。

 近づいてきた車椅子の音に目をやれば、

 花束を思わせる衣裳のディアがそこに居た。


「……花束のようだな」


 思った通りに口にすると、彼女は照れ臭そうに声を出さず笑った。

 淡い、ブルーベルを思わせるドレスを身に纏う彼女は、裾にかけてたっぷりとしたドレープの広がりを持たせているのがなんとも幽玄である。

 車椅子のステップに向けて伸びる裾は、ふんだんにあしらわれた白いフリルが内からこぼれる。フィッシュテイルのデザインにより色濃い裏地が垂れ落ちて背景になっているのが、それらフリルの存在感を強めていた。

 胸元から肩にかけてはアシンメトリーに布地をクロスさせ、結び目のようなデザインで留め。透け感のある素材で織られ細かな刺繍を施されたケープを上衣として羽織る。

 病的なほど白い肌には、ほんのりとチークを施したのか頬に朱が差す。

 普段は三つ編みにして流すだけの金髪は、今日に限って形状を丸く結い上げて後ろにボリュームを授けていた。


 正装、なのだろう。ジョンには夜会へ出席した経験もないのでよくわからないが。


「似合うな」

「いまのはお世辞でしょ」

「褒め言葉のつもりだったが」

「褒める、ってどういう言葉かわかってる?」

「見ていて気分が悪くならないものを評するときに使う言葉だろう」


 ジョンの返しに、ディアはむうと唇をとがらせた。


「ま、いいけど。もう少ししたら出るから、準備しておいてね」

「俺はいつも手ぶら(・・・)だ。荷物など無い故準備も要らん」

「お財布はインバネスの中でしょ? 御足(・・)をお忘れだよ」

「金が要る状況があったとして俺の手持ちで足りるとは思えんがな……足と言えば、移動の足はどうする」

「迎えの蒸用車スチームライドが来るから。もう間もなくかな」


 車椅子の肘置きから懐中時計を取り出し、ぷらんとぶら下げながら言う。


「行き先は迎賓館。いろんな賓客来てるから、粗相のないように」

「賓客――、か」


 下がる金色の懐中時計の向こうにディアを見据えて、ジョンは考える。

 花束のような彼女の姿を見て、ふいに献花のことを思い出していた。

 ベルデュの語った、献花――献花台。アブスンがアークエ派信者としてラクア派の大主教を暗殺しようとしていた一件において、重要な符丁として機能していたと察せられる言葉。

 この符丁用いた会話において、アブスンは「大主教に目通りかなうか」と訊いていた。


「ドルナクの記念式典ということで、大主教も迎賓館に来ているのだったな」

「え? うん。式典も今日開催だから、いまごろあそこに居ると思うけど」

「そうか……式典の行事の中で、大主教に一般人が近づけるような催しはあるのか?」

「どうしたの急に。無宗教から宗旨替えでもした?」

「俺は神など信じない」

「だよね。だったらどうして」


 小首をかしげるディアを前に、ジョンはベッドへ再び腰を落ち着けた。

 沈み込む姿勢のままに上体を折り曲げ、顔をうつむかせて一度目を閉じる。


「……()へ繋がる道筋に、なるかもしれん」


 一瞬の空白があり。

 ディアの方から息をのむ気配があった。

 目を開けてそちらを見やると、彼女は驚きに瞠目していた。


「……本当に?」

「まだ、可能性の段階だがな。アークエと手を組んでいたアブスンが、どうやら奴に――スレイドに、関わりを持っていたらしい」


 アブスンが吸血鬼化の法を血盟アライアンス所属のスレイドから聞いたこと。

 飲み屋で話している最中にスレイドらしき人物と話していたこと。

 それが『献花』『献花台』という符丁と思しき言葉で会話し、会話の流れから察するに『目通り』――つまりは大主教とじかに接触し、暗殺することも考慮に入れていたと推察されたこと。

 その際にスレイドが「立場上そのときは止める」と言ったこと。


「事情や詳細は不明だが。つまるところ、スレイドの奴が……大主教の傍で護衛をしている。その可能性がある」

血盟アライアンスが、アークエと繋がってて……しかも護衛にまぎれこんでるっていうの? それ、事実だとしたら式典なんてやってる場合じゃないような」

「これが事実だとしたら、な。真相は不明なのだ。正直、憶測と言われても俺は返す言葉が無い」


 そもそもの情報源も、酔っぱらっていたベルデュの証言だ。隠語でやり取りをしていたという確たる証拠もない。


「下位騎士隊の、それも鼻つまみ者である俺と、酔っていたベルデュの言葉だけでは、警察も騎士団も動かんだろう。そも、なにも言われずとも現状可能な最大限の警護は敷いているだろうしな。そんなところにノコノコとスレイドが姿を現すとは思えん……それに、スレイドと血盟を名乗っただけの偽物という可能性も残されている。……だが」


 言葉を切ったのは、考え込んだからというより。

 わかりきった事実だからこそ、彼女には言わずとも伝わると知っていたからだ。

 ディアはその意を汲んだ顔色で、静かに床に目を落とす。


「わかってるよ。いろんな可能性があると判じられても、たとえわずかしかそう(・・)だという可能性が残ってなくても。……確かめずには、いられないよね」

「ああ」


 迷いなく首肯したジョンの前で、彼女は肘置きから書類を取り出した。

 ドルナクが興って三十周年の記念式典。その内容について記されている紙らしい。


「午前九時、市長のルゴーからの挨拶。ジェイムソンインダストリアルのクリュウ……は、姫たちのサミットの方にも出るからスケジュール被らないようにルゴーのあとすぐに演説。大主教は、午後三時から炭鉱での死者に対する慰霊で会場に姿を現すみたい」

「……俺たちの発表は午後二時からだったか。終わってから俺が姿を消しても支障ないか?」

「デモンストレーションが終わったあとは自由、かな。護衛兼モデルケースって風に騎士団には依頼したけど、迎賓館の聖潔室クリーンルームで護衛が必要になる状況ってまず考えられないし」

「発表の時間が遅れることなどは考えられるか」

「テロのせいで今日にまで延期してるわけだから、タイムキーパーはシビアになってるよ。だから普段のサミットみたいに質疑で潰しあいはせず、自分たちのアピールだけに必死になると思う」


 いろいろと研究における力関係のようなものを匂わせる発言をしながら、ディアは首をすくめた。

 となれば、大主教の周辺を確認しに行く程度のことは可能だろう。ジョンは奥歯を噛みしめた。


「ならば、DC研究所の発表が終わり次第俺は退く」

「うん」

「場合によっては……戦闘になるかもしれんが。今日のデモンストレーションでは《杭打ち》は使用するか?」

「今回は精密動作性能のアピールだから特殊機構については説明だけで済ませるよ。まず使うことはないと思う。周囲に蒸気撒いて危ないし」

「そうか」


 デモンストレーションから時間を置くので機関の冷却は三時までに終えるだろうが、杭打ちの蒸気圧発生に用いる水を補充できないままでいるのは不安があったので、少し安心する。

 ジョンは己の横にぶら下がる《銀の腕(アガートラーム)》を見つめた。

 日々磨き上げてきた戦闘技術。

 扱いはじめの頃などは重心のちがいでまともに走ることもできなかったが、いまや吸血鬼を屠るまでに研ぎ澄ました、己の力。

 蒸気過動オーバーヒートを起こしては無理やりに水と氷で冷却し、また鍛錬を重ね、冷却し……悪夢がごとき積み重ねの果てに身に付けた、格闘術。

 対峙のときが迫っているかもしれないと思えば、身の奥底に不快極まる熱が灯るのを感じた。

 己の心身を焼き、焦がす思熱。

 自身が向き合うそれを直視しないようにしながら、ジョンは深く息を吐いた。


「……では、行くか」

「そうしよっか」


 ディアにうながすと、彼女は微笑みを湛えて車椅子を動かした。

 出入口に近いのは彼女だったので、先導されるかたちになる。結い上げてうなじの出た彼女の姿をめずらしく思いながら、ジョンは追従した。

 ドアの前でノブに手を伸ばし、動きを止めたディアが声をかけてくる。


「ねえ、きみ」

「なんだ」

「たどり着けるといいね。スレイドに」

「……ああ」


 セキュリティが外れ、がちゃりと扉が開く。

 薄暗い廊下が行く手に待つ。


「斬れるといいね。あいつを」


 言って、車輪を進め。こちらを顧みることなくディアは進んでいく。

 ひとのいなくなった部屋の中でジョンはわずかに足をその場に留め、ややあってから「斬る。今度こそな」と言い捨て、扉を閉じた。



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