表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
第四章 会合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/86

50:無能と狂犬と死者の遺言


 険難の道(スティープヒル)は上等区画へのぼり、昇降機から降りて東側の方に存在する。

 左手にDC研究所ラボと、その建物が戴くガラスの尖塔がごときプロジット二号機の威容を眺めながら、蒸用車スチームライド蒸気動二輪オウトモビルの行き交う道をジョンは歩いていた。

 広い道は彼方の険難の道と幅を同じくしており、これだけの道が埋まるとなると相当な規模の崩落だったのだろうな、と思った。

 さて、まだ朝方のこの時間。

 果たしているのかどうか……。


 考えながら彼は崖沿いの道へたどり着く。

 上等区画の市街とちがい、崩れやすいために煉瓦の敷設などの整備は為されない道。

 踏み固められただけとはいえ、わだちも薄くしか残らないほど硬い地面。

 その上を、のそのそと一輪の荷車で土砂を運びまわる男たちが複数見受けられた。


「……思ったよりも崩れているな」


 アブスンたちアークエ派の仕掛けた蒸気裂弾スチームバーストによる被害だが、よほど圧力の集中しているところ、ないし脆くなっているところだったのだろう。

 上りと下りで車が二台ずつ通れそうな道幅が、すっかり灰色の粘土質の土に埋められている。

「もう一発蒸気裂弾をぶちかまして吹っ飛ばしてやりたいぜ」などと冗談とも本気ともつかない弱音が周囲の男から漏れた。

 そんな会話にこくりと相槌を打っている、黄土色の髪を几帳面そうに真ん中で分けた男。

 長身の身を屈め、地面に突き立てたスコップに両手を置いて休んでいるベルデュ・ラベラルは、ジョンを見るとくたびれた面相の中へ渋い色をにじませた。


「……ジョン・スミス」

「いたか、ベルデュ」

「どうしたんだい。貴様はいま、こんなところに用などなかったろう」

「そうでもない。むしろいましか聞けんことのために来た」

「……いましか、か」


 周囲の人間に目配せして、「少し外す」と言ったベルデュはスコップを手近な土砂の山へ突き立てた。ジョンに顎でしゃくるようにして、作業場所から離れた崖際の方を示す。黙ってジョンは従い、彼の後ろについていった。道は、寒期の冷たい風が流れる。

 すっかりスモッグに覆われた下等区画を眺めながら、ベルデュは腰の剣の柄に手を置く。

 なんとも話しづらそうな空気を醸し出して、口を開きかけては閉じ、を繰り返した。

 やがて意を決したように、横に並んだジョンへ言う。


「……《剣啼》を、斬ったそうだな」

「ああ。罪人であり、また抵抗の意思があった。故に斬った。俺と、お嬢とで」

「……そうかい」


 下唇を噛んで、ベルデュはなんとも言葉が出てこない様子であった。

 かつてあこがれた剣士の末路。

 それも同僚にあたるジョンとロコによってその身が斬り捨てられたという事実。

 思うところが、あるのだろう。


「少し、残念だ。ああ、残念だとも」

「俺もだ」

「あの美しい剣技の振るい方を誤ってしまったということが、なにより残念だよ」

「……俺たちに斬られるまでに腕を落としていたことが、ではないのか?」


 ジョンがアブスンを見たのは彼が音楽家としての名を上げてからなので、全盛期の剣士としての腕を見たことはなかったが。

 しかしあの雷名。《剣啼》とまで呼ばれた腕は、すでに失われて久しいようだった。

 鉄剣で複層錬金術式合金クワレウィタイトの装甲を切り裂くという離れ業は見せたが、戦いにおける機の読みや間の操作といった『本当の秘奥』と言える技術には錆が見られた。

 当人も切り結ぶさなかそのように述べたし、錆がなかったのならジョンは最初の一合で斬り伏せられていたはずだ。それこそ彼の名《剣啼》の由来通りに。

 ベルデュは「そうだね」と賛同の意を示し、ひとつうなずいて剣の柄から手を離した。


「だがそこはある程度、納得していたのでね。貴様が去ったあとに酒を交わしながら話したが、やはり現状としての彼は、もう剣と密接にかかわって存在しているという空気を感じなかったよ」

「それは、そうだろうな」

「もちろん、精神的な面での考えや剣に対する洞察、意識などは素晴らしいものがあったがね。っと……そのように言うべき相手ではないか、もはや」

「業績や当人の持ちえたものと、人格とは切り離して考えていいだろう。あれは剣士としてたしかに高みに居た。それは認めるべきだ」

「……そうか。そうだね。その通りだ」


 感慨深げに言い、ベルデュはしばし押し黙った。

 その間もスモッグが流れ、下等区画を這う。煙たい気体は駅舎の方へぞろぞろと進み、さらに先の坂のはじまりへと向かう。要は険難の道の入り口だ。

 ややあって視線を上げたジョンは、ベルデュに問いを投げた。


「ところで、俺は訊くことあって来たのだが」

「ああ、そう言えばそうだったね。なんだい」

「お前、あのときアブスンと席を囲んでいてなにか気になることは聞かなかったか? アークエに繋がりそうなことなどだ」

「アークエについて? 貴様が気にすることだったかな、それは」

「重要なことなのだ。些細な話でもいい、なにかなかったか」

「些細な、と言われてもね……そこについては昨日、警察に話をしたよ。ただ貴様も予想ついてはいるだろうが、私がアブスンと交わした会話はほとんどが剣に関するものだ。アークエに関することは当然なにも聞いていない。そも、奴らは潜伏する派閥なのだから」

「では飲んでいる最中に接触した者などはいたか」

「《笑い蓋》の店員に注文をしたりはしていたがね。あとはこれといって長く話していた相手もいないが……なにを調べたいんだい、貴様は」


 問いを返され、口ごもる。

 だが情報を聞き出そうというのにこちらが閉ざしたままではならないと、かぶりを振ってから彼に言った。


「アブスンは《血盟アライアンス》に属すアークエ派信者から、活動の補助を受けていたと語った。またその際の案内役として、……スレイド・ドレイクスに遭遇したとも」

「スレイド……それはたしか、貴様の」

「ああ。この腕を、奪った吸血鬼だ」


 奴を追うこの三年ほどの間に当時の噂や、かつてジョンが属しスレイドによって壊滅した流派について語る者もずいぶん少なくなったが。騎士団への所属歴の長いベルデュは、当時のこともよく記憶していたらしい。

 きし、と冷たい金属の腕がインバネスの下で軋む。ベルデュは、かつてのジョンの剣腕を失わせた仇敵の名を噛みしめるようにつぶやき、確認した。


「たしかなのか?」

「アブスンが述べた外見は奴としか思えないものだった。……だが、目頭と目尻に切れた痕のある面相などかなり目立つ。素の顔をさらして動いていたとは考え難い。故に、酒場のようなひとの多い場でわずかな接触の間にことを成したと考えたのだ」

「顔を隠して、かい……それはあり得る、あり得る話だ、が……ああ! そういえば」

「いたのか。接触した者が」

「貴様が出て行ってすぐのことだよ、ジョン。見送りのため、彼は貴様と共に表へ出て行ったろう? あのときにつづいて入ってくる者がいてね。顔は面で隠し、服装も裾丈の長いカソックじみたものだったのだが」

「精霊祭の仮装が多いためにさほど気に留めなかったか」

「あいにくと。すまないね」

「状況が状況だ。思い出してくれただけ儲けものと思おう。して、なにを話していた」

「何分あの時間の笑い蓋だ、聴き取りづらい部分は多かったけれど……たしか、花は供え終えた、献花台をどこかに置いた、片付けと撤収は教会以外の者が明後日みょうごにち、だったか」

「花と献花台、か。……おそらくは、蒸気裂弾の部品パーツと、その核を成す蒸気機関の設置について他者に露見しないよう符牒で会話していたのだろうな」


 花――つまり部品を各所の事件現場に狂信者ヘレティック置き(供え)、献花台こと蒸気機関も確保・設置した旨を伝える会話。

 教会以外の者が撤収、という点は警察などに潜り込んだアークエの手の者が証拠品の隠滅を手配することを示しているように思われる。


「ほかにはなかったか?」

「急かすな、いま思い出している。……ええと、そうだ。明日以降にお目通りはかなうか? とアブスンが訊ねていた。それに対して『献花には行かないのか』と、仮面の男が問い返して……行けなかった場合に、とアブスンが言った。仮面の男はしばし黙ってから、『その場合は役目上、お引止めさせていただく』と。アブスンは肩をすくめていた」


 ぽつりぽつりと思い出していくベルデュの言葉を反芻し、ジョンは考え込む。

 花が部品。献花台が蒸気機関。献花は蒸気裂弾の組み立てを指す。

 行かないのか、行けなかった場合は、というのは……組み立てがうまくいかない、ないしそこへ向かうことができないなどで蒸気裂弾のテロが難しくなったときのことを話していたか。

 そして文脈からして、『お目通り』というのは『献花』と同等の価値、重さを持つものとして扱われるべき事柄。

 つまり。


「アブスンは失敗した際、大主教を自ら斬ることも視野に入れていた……」

「なに?」

「献花とお目通りを同等のものと看做せばそうなる。テロの失敗時に、アブスンは自らの手で大主教を暗殺に向かうことを提案したのではないか」

「……男はそれを、役目上、引止めると? ならばこの男は」

「そうだな。正体はわからんが」


 後ろを顧みて、ジョンは上等区画の奥地を眺める。

 火の山の斜面に向かってつづく区画は、整然と立ち並ぶ住居群の向こうにあるDC研究所、その周囲にある下水施設とそれらの入り口を過ぎたあたりから傾斜地に入る。

 故にこの場所からでも見える、遥か上方の迎賓館。

 ドルナクの都市機能のすべてを決定する都市議会所と隣接して建てられたそこに、いまごろは到着しているのであろう、大主教。

 大主教が、いるのなら。


「あそこに、アブスンと接触したその者が居る」

「……わからない、わからないな」


 ベルデュは几帳面に分けた髪を撫でつけるように掻きながら、疑問を口にした。


「アブスンが接触したのは《血盟》に属すアークエ派の人間なのだろう?」

「虚言でなければ、そうだな」

「それがラクア派の大主教を殺そうとする者を、役目上とはいえ引き止める、と?」

「俺の推測では、そうだな」

「……つまりどういう状況なのかなそれは」

「そうだな……」


 都市伝説とされていた《血盟》と過激派として知られるアークエへ同時に属し、アブスンに協力してテロに加担しておきながら、しかし大主教への直接の手出しには止めると明言する――そんな、謎の存在。

 そんな者が存在する、状況。

 ジョンは、横目にこちらを見下ろすベルデュと視線を合わせた。

 なぜかベルデュがジョンの言葉を待っているような目つきだったので、彼は怪訝な顔をしてみせた。

 それから首を横に振った。


「……どういう状況か、俺にはまったく予想できないな」


 ひどく短いこの一言に、ベルデュはがくっと肩を落とし頬と眉をひくつかせて「……ああそうかい」と低い声を漏らした。


「……ひとつ気になったんだがね、貴様」

「なんだ」

「貴様は酒の席でも、そのように盛上がりを殺すような話ぶりをするのかい?」

「なんのことだ」

「いや、いい。どうせ貴様のことだから容易に想像つく。やれやれ、結局詳細は不明瞭なままかい……」

「糸口にはなるかもしれん情報を得た。俺には十二分だ」

「ああそうかい」

「ではそろそろ、俺は行く。仕事中に悪かったな。……礼を言おう」

「必要ない、必要ないとも礼なんて」


 ひらりと片手を振って、ベルデュは仕事に戻るべくきびすを返した。

 肩越しに三白眼でこちらを見据え、彼はふんと鼻を鳴らした。


「アブスンと話をする機会をもらったろう。その分で相殺だ」

「そう言えば、恩に着るなどという言葉をお前から初めて聞いたのだったな」

「ああ。その分を、これで相殺だ。だからもうここからはタダではなにも教えないよ。アブスンから剣技についての貴重な話もうかがったが、これはそのうち……私の剣で、教えてやる」

「やれるといいな」

「やってみせるともさ」


 すたすたと、彼は長身を屈ませながら歩いていく。

 その背を見送らず。ジョンも己の進行方向へ歩き出し。

 けれど足を止め、ひとつだけ、背を向けたまま問うた。


「おい無能」

「なんだ狂犬」

「剣はお前にとって、生き方か?」


 後ろから聞こえていたベルデュの足音も止まった。

 振り返っているのだろうか。そこはどうでもよかったが、ほんの数秒の沈黙が挟まれて。

 ベルデュは肯定し。

 その言葉で自分の中に見つけたものがあったが、二言目をつづけた。


「そうだよ。……そうだとも。死に方ではなく、生き方だ。それがどうした?」

「いや」


 なら、いい。

 ジョンはひとりごちて、歩みを再開した。


「ではな」

「おい貴様」


 これは実際、振り返ったのだろう。ベルデュの声の圧が強まった。

 それきり言うことがまとまらなかったのか、「……サミット後に腕を磨いてまた挑む」といつも通りのことだけ言って、彼の足踏みの音も再開された。

 ざしざしと、ジョンは歩く。

 その足音がわずか軽くなっていることに気づき、視線を足下から上に向けた。

 ……他人とアブスンの死を、共有したからか。

 そう自分で意識して、歩きながら振り返る。

 すでに作業に戻っていたベルデュが、遠く見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ