幕間 舞台と情報と人々
万国大戦からしばらく経った世界。
ナデュラ帝国の端に位置する『火の山』なる草木ひとつない死の大地を背に、三十年前に拓かれた『蒸気都市ドルナク』。
そこは大量の石炭を産出する炭鉱を抱える『偉大なる躍進の痕跡』である。同時に掘り出される鉄鉱石やそれらを用いた機械製作所も建設され、産業革命時代のこの世界におけるナデュラ帝国の地位を築いた。
しかし十六年前から突如として発生した吸血病により、住民が人血を欲して暴れまわる吸血鬼と化してしまう謎の現象が起こる。
圧倒的な再生力で人類の敵と化した隣人を葬るべく、人々は十四年前に『銀霊騎士団』を組織。吸血鬼を倒しドルナクの平和を守るべく動き始めた。
物語はこのドルナクで、銀色の義手に両手を換装したありふれた誰かの名を名乗る男と、どこからかやってきたシスターを名乗る女ロコ・トァンの出会いからはじまる。
ナデュラ帝国:
隣国モレンジ、リベェトと三国同盟を締結し万国大戦に躍り出た後、戦勝国として周辺地域を併呑しつつ成り上がった国家。
技術力・生産力において近年は抜きんでたものがあり、その最たるものが都に存在する『果学研究学会』および実際的な研究と生産をおこなっているドルナクの『産業区画』である。
ドルナク:
この帝国内でもっとも蒸機化が進んだ地。街中を蒸機動二輪や蒸用車が走り回り、蒸気機関義手・駆動鎧装を付けた人間も多く存在している。……過酷な炭鉱の労働環境が生んだ一面でもあるが。
そのぶん、出稼ぎとしてやってくる人間にとっては短期間でも高収入のあてになる一攫千金の土地でもあるという。吸血鬼化というリスクがあっても、ひとは金の魔力からは逃れられない。
『火の山』の斜面に対してつくられており、北方の大断崖という巨大な崖で『上等区画』とそれ以外に分けられている。
大断崖には蒸気式昇降機が備え付けられており、通行証を示すことで上等区画へ移動することができる。大回りする険難の道を通ればエレベータ無しで上にいけるが、車でも一時間かかるため歩きでは数時間は覚悟しなくてはならない。
『上等区画』は有権者・有力者の住まう高級住宅地であり、同時にこのドルナクで都の果学研究学会に比肩する研究機関・DC研究所を備えている。選民意識は強く、下等区画の人間などがいると白い目で見られることも多い。
また研究所の上部にはプロジット二号機という巨大階差機関が存在しており、荘厳なガラスの尖塔は大断崖の下にある地区からでも天に向けて屹立する建築物として目にすることができる。火の山が草木なく雨天の際はすべて水が流れてくるという土地柄、地下には水路が張り巡らされており水を都市の外へ逃がせるようになっている。
『産業区画』はドルナクの西部。大断崖を流れ落ちる幅百メートル落差五十メートルはあろうプルトン川をくだった先にあるロンサ川に取り巻かれた地区で、見上げるような隔壁と重く閉ざされた門によって周囲と隔絶されている。
研究・製造の過程で化学薬品や産業排出物も扱っているため、比重の重い毒ガスなどが外へ流出しないよう隔壁の先は緩やかに下るつくりとなっている。斜面には燃料のガスを流すための太いパイプやブリキの皮膚に覆われた工場プラントが多数這い回っており、ガス灯からの照り返しもあって土地全体が脈動しているようにも見える。
『下等区画』は産業区画から外れてドルナク中心部から南部に位置する。労働者や歓楽街の住民が住まう、ドルナクの下部を支える区画である。
東部には通称を最果て駅というドルナクと大陸横断鉄道を繋ぐ駅舎があり、そこから歓楽街、そして複層建築のビルディングス並ぶ住居群というかたちで並んでいく。
下等区画は産業区画から不定期に排出される洪煙というスモッグの吐き出される先でもあり、事前にスピーカーで警告が流れるものの運がないとすさまじい煤と排煙にまかれて喉と肺をやられることとなる。
『貧民窟』はドルナク南部下等区画の端から広がるあばら家の一群であり、入り組んだつくりの隘路がどこまでもつづく。定職のないごろつきや流れ者の集う廃墟の城であり、実態はようとして知れない。
ドルナクを貫く河川の行き着く先にある最終処分施設からものを拾って生活している者が多く、労働者の家族だったが稼ぎ頭が事故死したり吸血鬼により殺害されるなどで路頭に迷った者などが多いと見られている。上等区画の人間が下等区画の人間にそうするように、下等区画の人間も貧民窟の人間には関わろうとしない。
例外となるのはイブンズ・ドラブロ率いる『夜風の団』くらいである。
吸血鬼:
ドルナクの風土病。十六年前より存在が確認された不治にして不死の病。
罹患すると強力な再生能力を有するようになり、首を切り離すか心臓を破壊する以外では極めて死ににくくなる。血を求めると土気色の顔になって目が血走り、犬歯が出るのが特徴。
再生能力は「吸血鬼が自身で負傷部位を意識しその部位に信号を送る」工程を必要とするため、殺害するには
・意識される前に一瞬で首を刎ねる
・頚椎を損傷させて信号の伝達を阻害して再生を防いだ上で傷つける
・大量の傷を一瞬でつけて失血から意識混濁による再生妨害をおこなう
といったものが有効手段となっている。そのため、装弾数に限りがあり負傷部位があまり大きくならずおまけに蒸気圧縮機構のために大型化する『銃器』は殺傷力および携帯性の面であまり有効な攻撃手段とならず、吸血鬼戦ではほとんど用いられない。
とある兵器学者は「弾丸の殺傷力を保ったまま小型化し、なおかつ弾数を上げるには蒸気圧に変わるなんらかの方法が必要だ。たとえば、少量でも水蒸気爆発のような力を出せる物質があればいいのだが……」と話していたがそのような物質は現在のところ見つかっていない。
吸血病の罹患は吸血鬼に噛まれることで発生するが、個体差があるため噛まれても発生しない者もいる。また、噛まれても発生しなかった者が年単位で時間が経過してから吸血鬼化する・あるいは噛まれたことなど一度もないのにある日突然変異する、といった例もあるため症状の発現条件はいまだ不明瞭な点が多い。おおまかな潜伏期間は噛まれて四時間以内と言われている。
罹患すると吸血衝動に襲われ、耐えても七日もしないうちに自我を失い血を求めて人を襲うようになる。摂血が滞りなくおこなわれている間は人間と同じように生活することもできるが、『自身の名を再認できない』という謎の症状からは逃れられない。生前と同じ記憶を保持していてももはやひとの身に戻す術がない現状、人類と共存はできない存在である。
吸血鬼はタイプが三種類に分かれている。
『縫合回復型』傷口で肉体組織が糸状に変化し互いを結び合うことで回復する。三系統の中でもっとも回復速度が遅いが、それでも人間ならば致命傷の深手を数秒で回復するだけの能力があるため決して侮れない。
『急速分裂型』出現数が縫合回復に比べ極端に低く、なんらかの条件がないと発現しない症例なのではないかと噂されている。傷の内部から肉が盛り上がるかたちで回復するが、前腕を中指と薬指の間から肘まで二つに引き裂かれても秒で回復するなど圧倒的なまでに速度が上がる。
『現象回帰型』はじまりの吸血鬼。十六年前最初に現れ、ドルナクで多数の被害者を出した。前二例と比べてもあまりに回復速度が速く、両断された腕が空中にある間に癒着・回復を終えるレベル。頸部切断ですら意識が追いついていれば再生してしまう。ときのドルナク地方の貴族エルバス・ペイル卿がその剣腕で以て倒し、彼は後に銀霊騎士団の第一騎士隊隊長兼騎士団長の地位を賜った。
その後ドルナクでは存在を確認されていない。
また、吸血鬼はすべてドルナクでしか生きられず、その外へ出て数時間経過すると死亡するという奇妙な生存条件を持っている。
銀霊騎士団:
吸血鬼を倒すべく組織された。騎士というだけはあり、対吸血鬼戦において銃器よりも有利を取りやすい剣や槍といった得物の扱いに長けた者が多く在籍している。
1~10の数字を冠した騎士隊に別れており、1~7が実際の戦闘をおこなう部隊、8,9が埋葬部隊と呼ばれる吸血鬼の遺体を扱う部隊、10が総務と呼ばれる対外折衝や騎士団内部の業務を取り扱う部隊となっている。
1~4の上位騎士隊は隊長職や次席に貴族筋の人間が多い。これは騎士団の業務が昨日まで人間だった存在を狩ることであるゆえ、民衆の反発を少しでも薄くするために地元の有力者である彼らが所属を打診されたから。また国や行政への反発に繋がらないように、警察や軍部とは切り離された機関として存在している。
上位騎士隊はその貴族筋の権力を握っていることもあり、下位騎士隊に対して高圧的な部分も多い。下位の騎士隊は腕っぷしで雇われた者やすねに傷持つ者も多く、ジョンやルー、ラキアンもそうした人間のひとりである。
夜風の団:
ナイトインゲイル。女傑イブンズ・ドラブロが組織した吸血鬼被害者の互助組織である。対象は分け隔てなく、上等区画から貧民窟まで平等に接する。
前述の通り昨日まで人間だった者でさえ吸血鬼と化せば斬り捨てられるこの街で、騎士団への反発心を強める者や家族を失った心の痛みに堪える者たちが互いに手を取り合って存在している。主な業務は喪失感で表に出られなくなった人々のケアや吸血鬼の被害を防ぐための情報網の共有であり、騎士団より耳が早いことも多い。
イブンズはこの業務を医師としての仕事のかたわら営んでおり、活動資金は彼女の医術による報酬や情報売買による売り上げ、および上等区画でかつて彼女が助けたブラウン・レフト卿らをパトロンに迎えて捻出している。
血盟:
ドルナクでまことしやかに語られる都市伝説。
血を求めるとき以外は見た目としてもなんら人間と変わりなくいられる吸血鬼が、徒党を組んで組織じみたものを持っていても不思議はないのでは? という勘繰りから語られている。
だがいまのところ、その存在を確認した者は居ない。
しかし、アブスン・ブリュード・メスカルによって「その存在から急速分裂型になる条件を聞いた」との言葉が飛び出るが……?
登場人物:
ジョン・スミス:
物語の主人公。十九歳。黒髪で背丈は平均より少し高い程度。人相が悪く、だいたい眉間にしわを寄せている。名前は偽名であり、過去と共に名を捨てた男。無宗教者。
かつて友と呼んだスレイド・ドレイクス――急速分裂型の吸血鬼と化したこの男によって両腕を切断されており、いまは代用として《銀の腕》という最先端の技術を詰め込んだ義手を装備している。
この腕は友人であるディアの持てるすべてが注ぎ込まれており、通常ではありえないほどの小型化と精密動作性を両立した上、雷電を流すことで赤熱する『核』により瞬間発生させた蒸気を肘の噴射孔より放ち、超加速した貫手を放つ『杭打ち』という機構も備えている。
目的はスレイドの殺害。三年の間彼を追い続け、ドルナクを駆けまわっている。
腕を失くしてから犬食いでものを食べる様などが周囲に見られた結果、凶暴なまでの戦闘意欲とあいまって『狂犬』とのあだ名をつけられている。
腕を失うまでは相当なレベルの剣士だったようだが、いまはその経験もなにもかもすべてを吸血鬼殺しのためだけのものと言い切っており、一本の杭としての生き様を己に課している。
その境遇から排他的で、ひとに頼ることをほとんどしないで生きてきた。
しかしロコとの出会いが、少しずつひとと打ち解ける素養を彼の中にはぐくみつつある。
ロコ・トァン:
もうひとりの主人公。十五歳。捻じれたような毛先を持つアッシュブロンドのロングヘアに、青金石の瞳を備えた小柄な少女。大胆にカットして膝から下が露出した黒ローブを着用していることが多い。
ナデュラで七割の人間が信仰する「ヴィタ教」の教えのために『遺体は聖職者による再銑礼という儀礼を終えなくては移動できない』ため、吸血鬼排除のあとの手間を省くべく騎士団に着任させられた地方の聖職者。
孤児院の出であると語っていたがいろいろと謎な部分が多く、その最たるもののひとつが彼女の操る異常な体術である。
最初こそこれまで目にしたことのない吸血鬼という存在相手に後手に回ることが多かったが、数か月のドルナクの暮らしで自身の技を適応させていった。結果、現在はドルナク住みの長いジョンも彼女の腕を信頼している。
技は全身のうねりを用いて振り下ろす拳槌『鉄槌』
相手の剣撃や拳打に打ち込んだ短剣で軌道を書き換える『裁き手』
首を腋下に抱えて身を錐揉みさせながら飛ぶことで頚椎をへし折る『首枷』
など多数に及ぶ。
これらの技術の総称を「聖者の御技」と呼ぶ者もあらわれたが、その使用者はアークエ派というヴィタ教分派の過激派であったことから、彼女の出自がそちらであることが判明した。
彼女が携帯する聖書は中身がすべて真っ白の『非ざる道の書』と呼ばれる、ヴィタ教最大宗派であるラクア派からすれば縁起の悪い忌むべき書である。こんなものを持ち歩いていること、加えて「天上の神など信じていない」との発言、そのくせ教義には精通しており儀礼の姿はあまりにも敬虔な態度に映ることなど、妙な点が多い。
ゴブレット・ニュートン:
ジョンとロコが所属する第七騎士隊の隊長。青みがかった髪を後ろに撫でつけており、ドット柄のシャツにクラバットを巻いていることの多い長身の洒落男。三十歳。
真昼の角燈のような男と揶揄されるやる気のないうだつのあがらない男で、大抵は酒気にまみれて騎士隊の隊室最奥にある紙の山に埋もれたデスクの向こうで眠っている。
かつては在野の蒸気機関技師だったため、現在もその腕を活かして騎士団内のスチームアームスミスとしてジョンの腕をはじめとした所属隊員たちの手足を修理している。しかしジョンの腕に関しては最先端技術の結晶であるため完全な修繕などはできず、あくまで調整までしかできない。
ジョンとは腕を失う以前からディアと共に知己であり、義手になった彼のフォローをしている。
ブルーム・L・ガルシア:
第七騎士隊の同僚。黒髪を後ろで一束に結った麗人。服装はいつもフォーマルなトップスにロングスカート、タイトスカートを好む。二十二歳。
後述のラキアンと常に行動を共にしており、愛称はルー。落ち着いた話ぶりの男性でありともすれば第七騎士隊の中では一番年長に見えることも多い。
しかし賭博狂いかつ酔っぱらうと剣の腕比べを求めはじめる性格破綻者であり、ラキアンと本質はなにも変わらない。
剣技はナトリス流・刺突剣を用いためずらしい戦法。突き刺すことはもちろん、突きを外した際に長い剣身を遣って引き切りのカットを行うことにより同時に複数個所から大量出血させることで意識混濁を狙う対吸血鬼戦闘術を持つ。この血まみれの戦闘によって『人狼』とのあだ名をつけられていた。
ブラッキアン・ビスカ:
第七騎士隊の同僚。赤髪に緑の眼をしており、そばかすと鼻に載せた眼鏡が特徴の小柄な人物。喫煙者でありよく紫煙をくゆらせている二十五歳。
ルーと共に行動していることが多く、賭博狂いでいつも破滅している。そのため単純に『不運』とのあだ名をつけられており、いつも不機嫌そうに詰所か賭場をうろうろしている。
仕込みの杖を持ち歩いており、鞘との二刀で相手の機先を制する戦術で戦う。小柄なため逆手持ちで懐に入り、前腕に沿わせた剣身を体当たりで叩き込むような剣技を得意とする。
ベルデュ・ラベラル:
第八騎士隊所属の男。180を超える長身を屈めて、ポケットに手を入れた姿勢でいることが多い。黄土色の髪を几帳面に中央分けにしており、猜疑心の深そうな目つきをしている。二十歳。
よくジョンにつっかかってくる剣士。インヘル流という剣技を習得しており下段の溶岩・上段の活火という構えから勢いのいい剣を放つが、ジョンなどに比べると一段劣る剣技のため勝ったことは一度もない。
かつて剣士だった頃のジョンを知っており、その剣技に憧れ、またその剣腕が失われたことへの歯がゆさを抱える屈折した男。
第一部のあとは互いの本心が伝わりある程度和解したため、ジョンとも世間話をしたり酒を飲んだりするようになった。
オブシディアン・ケイト・エドワーズ:
ジョンにかけられた鎖。金髪を一束の三つ編みにして鎖骨へ流しており、長めの前髪の隙間から赤みを帯びた黒曜石の瞳がのぞく。裸身にオーバーオールと白衣のみという恰好を取ることが多い。十九歳。通称はディア。
生まれつき両脚の膝から下を持っておらず、常に車椅子で移動する。ジョンが時折言い放つ己の腕にかこつけた笑えない冗句は、彼女によく聞かされていた脚がない冗句が伝染したもの。
腕を失う以前からのジョンの知己。かつては共に都の方にいたが、ゆえあってジョン、スレイドと共にこのドルナクへやってきた。
むかしから研究一辺倒の人間であり、錬金術、冶金技術、物理学、人体工学、流体力学、ありとあらゆる学問を片っ端から学んでは吸収し、その成果を品として世に出しては喜んでいる変人だった。
スレイドによってジョンが腕を失ってからは、在野の工房にいるだけでは彼に満足する腕を与えられないとのことで自らDC研究所の門を叩いた。都の果学研究学会に在籍した才媛としての己の腕とこれまでに取得した特許技術すべてを開示してでも完成度の高い腕を手に入れたいとの一心によるもので、晴れて技師長としての地位を得るに至る。ついた異名は『蒸姫』。
しかしそれは自らを籠の鳥とするものであり、もう自由な研究も許されず軍事目的の開発を主眼においたDC研究所の方針に囚われ、生活時間すら管理されるような状況に落ちることをよしとするものだった。
「きみのしあわせは私の幸せ、私のしあわせはきみの幸せ どちらかだけがしあわせになるなんてありえない」という発言から、どうもそれらの行動すべてがジョンに対し自己が払った犠牲の対価を求め、彼の心を縛り付けるためのものとしか思えない。
口癖は『果学は過学と禍学を経て果学となる』。
イブンズ・ドラブロ:
女傑。医師。前髪もすべてかきあげて一束に結っており、広く出た額の前には多数のレンズを備えた真鍮フレームの眼鏡をかけている。よれた白衣にすれたボトムス、カンバス地のカバンを両肩から斜め掛けにしており背中にも巨大な背嚢を負って日々ドルナクを歩き回る。
声がでかい。オーバーなリアクションと話し出すと止まらないことから『竜の息吹』とあだ名されている。
医師としての腕は確かであるが、ジョン以上にお金に細かい。というのも前述の夜風の団の運営資金をポケットマネーから捻出しているためなのだが、情報料も毎度交渉から入らねばならないためジョンは辟易している。
敵も多いが味方も多い、というタイプ。単独でドルナクを歩き回っていることから察せられるが医師であると同時に戦士としても腕が立つ。吸血鬼相手でも関節構造など「人体である以上逃れられない弱所」を用いて制圧するなど、騎士団所属でない人間の中では相当な力量を持つ。
万国大戦の折に前線で衛生兵の役割を担っていたこともあり、思うところあって平時のいまはドルナクを居場所に定めた。
ロイ=ブレーベン:
第三騎士隊長。禿げあがった頭に肉付きが薄く、骸骨に皮膚を張り付けたような面相の男。慇懃無礼で丁寧な物腰とは裏腹に、他人を煽るようなことばかり口にする。四十代。
騎士隊長であるため剣腕もさることながら、その話術による挑発嘲弄宥めすかしなどで必ず騎士団にとって有利になるような条件を取ってくる対外折衝役のかなめ。かつて万国大戦の折に前線でゴブレットと上官部下の関係だったため、いまもゴブレットからは苦手とされている。
趣味はとかげの飼育。
鉄枷付き:
イブンズによって傘下の阿片窟をほとんど潰された裏のフィクサー。
少し前に足がつきそうな配下を皆殺しにして姿を消した。
名無しの男:
吸血鬼。第一部最後の敵。
アブソゥ流という後の先を狙う剣技の達人であり、急速分裂型の再生力と合わせてジョンとロコを追い詰めた。しかし剣士としての習性・精神を逆手に取ったジョンの戦術とロコの連携の前に敗北する。吸血鬼に襲われて吸血鬼化したという。
ジルコニア・アルマニヤ:
アルマニヤ重工という産業区画にもプラントを持つ大企業の娘。肩口で切り揃えた髪型と肉感的な体つきの美女。膝から下を事故で失っており、現在は同企業のつくる高級駆動鎧装《跳妖精》シリーズという猫科の足を模した特殊な品を装備している。
発条仕掛けを主要機構とするこの品は歩行の際の加重で発条を巻き戻しつづけることで長時間の低出力解放を確保する他、鋭い蹴爪での蹴り技においても非常に強力なものがあり縫合回復型の吸血鬼を単身で屠った。
貴族筋が戦後の混乱期に自衛のために身に付けたステッキ術を彼女もおさめており、ステッキを第三の足のように扱うことで蹴りの際の態勢を崩さず保持するなどの体術を持つ。
現アルマニヤ重工の社長補佐であるガルデン・ヒューイットが視察にきて行方不明となったためこれを捜索に来た――というのは建前であり、真の目的は同企業の上層部によって命じられたガルデンの抹殺だった。
前述の吸血鬼剣士がアルマニヤ重工のプラント従業員だったこともあり、これ以上吸血鬼関連の醜聞を出せない・加えて吸血鬼化した以上ドルナクからは出られないため斬り捨てる、との判断だった。
しかし長い付き合いで情がうつっていたため殺害できず、返り討ちに遭う。ジョンとロコがガルデンを切り捨てたあとはアルマニヤに戻った。
ガルデン・ヒューイット:
大企業アルマニヤ重工の社長補佐。いずれは継ぐ立場だった人間。長身にスリーピースの似合う優男だが、どこか幸薄そうな顔をしていた。
ヴィタ教徒だったが吸血鬼化して名を失ったため、教義にある『生まれてつけられた名において生をまっとうする』ということが不可能になり、絶望していた。
吸血衝動をこらえて上等区画の地下に潜んでいたが限界がきて、多数の人間を手にかける。その際に両脚の駆動鎧装《羽根足》による高機動と高速突撃、またそれらの使用でかかる肉体負荷を吸血鬼の再生力で帳消しにするという組み合わせでジョンとロコを苦しめた。
最後はジョンがロコを信頼しておこなった連携の前に敗れる。どうやら彼もまた、吸血鬼に襲われて返り討ちにしたあと、噛まれていて感染したらしい。
狂信者:
アークエ派の信者。小柄でロコとまったく同じ構えと技を、鏡写しにしたように左半身で扱う。
相次いだ路地裏の殺人事件の犯人。ロコの技を「聖者の御技」と呼ぶが……?
アブスン・ブリュード・メスカル:
蒼みを帯びたなめらかな白髪を一束に結って流しており、どこか暗い光を秘めた目をした男。現在はメスカル楽団というグラス・アルモニカを主要なパートにおいた演奏者集団を率いて全国を回っているが、元は『剣啼』と呼ばれた剣士。
過去の偉業は単身で四十人の武装勢力を相手に大立ち回りをしたなどすさまじい戦歴だが、いつからか戦いよりも音楽でひとと向き合いたいと思うようになり転身。
その演奏は音楽などにあまり興味の無かったジョンの心を動かすものであり、一度しか聴いたことはないが彼のファンになっていた。
しかしそれらの活動も本当の目的を果たすための道具としており、正体は過激派であるアークエのひとり。蒸気機関の圧縮機構を用いて周囲に破壊をまき散らす兵器と成す『蒸気裂弾』を作成してドルナクをサミットで訪れる大主教を暗殺しようと目論んでいた。
ジョンたちにたくらみを看破されたことで逃亡するが、追いすがったジョン&ロコと交戦。「最後の手段」と宣言して自ら首を掻き切ったのち、なぜか吸血鬼化する。
その吸血鬼化手段を伝え聞いたのが血盟に所属する男――スレイド・ドレイクスを名乗る者だったと知り、激昂するジョンと再戦。
ロコの剣の前に倒れたあとは、儀礼を願わず二度目の死を迎えた。
スレイド・ドレイクス:
ジョンの仇敵。
かつて彼が友と呼んだ男だが、とある経緯で彼の両腕を切断し、逃亡する。
――――――――>
血盟とは。
急速分裂型の成立条件とは。
さまざまな謎を残したまま死したアブスンとの戦いから一日が明けて、ついにドルナクはサミットを迎える。




