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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
第一章 邂逅
4/86

4:教会と騎士団と内部事情

 やはり、ジョンはちょっと運が悪い。今日はことに。

 こんな馬の合わないシスターと行動を共にさせられるなど苦痛でしかない。

 ……はやいところテキトーに案内を終わらせて、さっさと自宅に戻ろう。

 ため息ひとつですべてを諦め、とりあえずはゴブレットに従おうとした。


「ああ、言い忘れていたけど。きみら二人、しばらくは住まいも共にしてもらうのでね」


 ところがそこにさらなる面倒を押し付けられて固まった。


「げ」


 ロコは婦女子ならばなるべく出すべきでない発音で不快感を表明した。

 こちらにも物を言いたくはなったが、いまは事情の究明が先だ。ジョンはゴブレットに問う。


「……いまなんと言った」

「おやおや。若く可愛い娘さんと暮らすよう命じたのになんだいその『苦痛でしかない』みたいな顔は」

「実際、苦痛でしかないのだ」

「まあそうだろうね。お前では手を出すこともできないし……」

「手を出すとはなんだ」

「同意を得ずに欲を満たすため触るとか撫でるとか揉むとかだよ」

「……俺は足ならいつでも出せることを忘れるな、ゴブレット」


 振り向きざまの足刀を繰り出して靴の縁を鼻っ面に突きつける。両手を挙げて苦笑いを浮かべたゴブレット。

 ゆっくりとジョンが靴を下ろすと、止まっていた息を再開して彼は問い返してきた。


「悪い、冗談だよ。が、なぜそうまで遠ざけようとするんだい?」

「主義の」「信条の」「ちがい」「です」


 ジョンとロコの言葉は見事なまでに発音が重なっていき、最後には顔を見合わせて「うっとうしい」としか形容できない表情を見る羽目になった。

 おそらく、ジョンも同じ表情を向けているのだろう。


「こんな状態で共同生活などできると思うか」

「あまり思わない――が、まあなんだね。一緒に暮らすのではなく、別々の生活が同じ空間にあるだけだとお思いよ」

「言葉の言い換え程度で騙されると思うな」

「そ、そうです! いくらなんでもわたくし、こんな男性とは暮らせません!」

「うーむ。そう言われると弱るよ、可能なら俺だってウチの方に住まわせたいと思うけど」

「それは厚意ではなく下心によるものだろ」

「否定はしないね。なにせ若く可愛い娘さんだ」


 デスクに頬杖ついて、ゴブレットはくつくつ笑う。ロコはじとっとした目を向ける。


「……なんですかね、褒められているのにあまりうれしくないのは……」

「言葉が軽薄だからだ」

「なるほど、たしかにペラいですね」

「きみらやっぱり気が合ってるように見えるが……?」

「気のせい」「です」


 またこの否定の言葉も発音が重なってしまった。

 正直うんざりする。


「だがそうは言っても、ジョンよ。この一点は認めるところだろう。『若く可愛い娘さん』という点は」

「なぜお前の嗜好の話題に俺が付き合わねばならん」

「いや俺の嗜好の話ではないよ。客観的に見て、一般的に見て、『いわゆる』という語を用いて考えておくれよ。そこは、認めざるを得ないだろう?」

「……認めたとしてなんだ」

「そんな子をこの治安の悪い街のどこかへひとりで放り出して、無事でいられると思うかい?」


 意味深な目配せを――泣きぼくろのある左目の方を短く一回、ぱちんと閉じる動作を――して、ゴブレットは言った。

 それを見て、少し考えて。

 ジョンはふうと息を吐いてちらりとロコを見やる。ゴブレットへ言葉を返す。


「明日には今日ここまでのおこないすべてが無為の無駄になっているだろうな」

「な? だから、しばらくでいい。このドルナクの街に慣れるまでは、お前のところに置いてやっておくれよ。もちろん宿代として騎士団経費からお前に費用は出す」

「……現金で寄こせよ」

「いいだろう」


 丸め込まれたな、という感想はあったものの仕方がない。一応ゴブレットは上司でもある。

 ロコの方はまだ完全な納得はできていない様子だったが、先のパブでの戦闘で後れをとったとの自覚があるためだろうか。渋々だが、小さく短くうなずきを見せていた。

 ジョンはしっかりとロコに目を合わせる。向こうも思うところあってか、背筋を正してジョンの方を向く。


「言っておきますが、わたくしはあなたを認めたわけではありません」

「それでいい、構わない。ちがいある者とだけ認めておいてくれればそれで、いい」

「はぁもう含みのあるお言葉……ま、そうは言ってもしばらくお世話になることですし。一応よろしくとは言っておきますね」

「ああ。とりあえずの指示は二つだ。俺から離れるな。死ぬな。以上」

「……ここまでざっくりした指示を頂いたのは生まれて初めてです」

「他に言うことがないのだ。俺から離れなければそれなりに安全であろうし、万一離れた場合も、死んでいなければ助けてやれる」

「つまり……手が届く範囲を出るな、と」


 少しジョンの表情をうかがいながら、ロコは皮肉でなくそう言った。

 自分で思うよりも数段スムーズに、ジョンはこれへ「そうだな」と返せた。


「わかりましたよ」

「なら、いい。では外へ先に出ておけ、お嬢。俺はもう少しゴブレットと話がある」

「了解です」


 ジョンは言い、ロコは応じた。

 んしょんしょと声を出しつつ机の下をくぐっていく。

 紙の山の間もうまく抜けたか、外に足音は消えていった。


「……面倒ごとを押し付けてくれたな、このろくでなし上司」


 先の目配せ(・・・)の意味を確認するつもりで、ジョンはなじる。


「悪いね」この優男にまるで反省の色はない。


 デスクの上で組んだ両手の上に顎を載せ、ゴブレットは視線だけこちらを見上げた。

 ジョンはおもむろに言う。


「教会と騎士団は険悪な仲だったはずだ、な」

「そりゃあそうだよ。『救うべき人民』とあちらさんが看做みなすかもしれない存在を、我々は処分していくわけだしね」

「そうだ。そんな仲たがいして然るべき教会が、単純に騎士団に助力として聖職者を貸し出すことはまずあり得ない。……つまりあの娘は、俺だけでなく教会にとっても面倒な輩で、厄介払いされたのか?」


 ずばりとした物言いに、ゴブレットは苦笑いを強める。


「厄介払いとはひどいね。まあ出自を見ると身よりもなく立場もない孤児院育ち孤児院務めの子だから、半分くらいは口減らしの意味があったかもしれないけど」

「残り半分は?」」

あっち(・・・)の政治的な事情」


 組んだ手の上に顎を載せたまま、ゴブレットはぴこぴこと中指を立てる。

 ジョンは指が示した方向、天井の方を見て、見上げたままの姿勢で肩をすくめる。


「……上、か」

「騎士団も発足して十年近いが、時間が経ってやりやすくなった部分やりにくくなった部分あるからね。今回は教会に助力いただいて、こっちも見返りを出して、ウィン=ウィンの関係を構築したいのだそうだ」


 書いてある内容を読み上げるように、ゴブレットはロコの持ってきた書状に目をやっていた。

 そして彼はデスクの端に突き出した真鍮しんちゅうの円筒――『送空管そうくうかん』という、郵便物を空間の圧力差で届けるチューブだ――の蓋を開けシリンダーを引き出し、ロコから受け取った書類を投げ入れるとネジの蓋を締め横のスイッチを押した。

 細く鋭い真空化の音のあと、しゅポンと気が抜けた音がする。


「聖職者がいれば埋葬までの行程が簡潔になる。そのために今回、彼女たちは送り込まれてきた。要するに聖職者ならわりとだれでもよかったわけ」

「だれでもよいからとあんな素人を送り込むか、普通」

「ああ、第七騎士隊ウチにはあの子だったけど他の騎士隊には結構有名な司祭とか招かれてるそうだよ。階位だけの見かけ倒しじゃなく吸血鬼との戦闘も可能なくらいの」

「この落差はなんだ……?」

「うちには貴族様いらっしゃらないのでね。ホラ俺は庶民オブ庶民だが、第一騎士隊から第四騎士隊までは隊長職や次席に貴族がいただろう。教会は彼らとのパイプがほしいんだよ」


 ゴブレットの答えに応じてジョンは、紙の山の向こうにあるドア、その向こうに広がる詰所と他の騎士隊室に繋がるドアの群れを思った。

 ――騎士隊が冠する数字は要するに序列である。

 これは騎士団発足の際のとある事情に端を発する現状なのだが、ともかくも冠する数字が小さくなるほど所属人員は質が上がる。

 第一騎士隊ともなれば爵位持つ人間や王族に縁ある者すらいる。

 要は、政治に介入する力持つ人材がいるのだ――そこまで読んでジョンはつぶやく。


「……たしかそろそろだったか、都の方で大主教の選挙があるというのは」

「選挙と言われるのをあちらは好まないがね。選定と言いなよ」


 切り返しの速さからしてゴブレットはもうすべてを承知のようだった。

 つまり、ロコたち聖職者が騎士団へやってきたのは、教会上層での権力争いの余波なのである。

 つくづく面倒事には縁のあるジョンだった。


「なにが選定だ。また言葉の言い換え、すり替えだろうそれは。実情を表してはいない」

「まあねえ。結局のところ教会側あちらさんも政治屋も貴族層も、やりたいことは周囲をうまく使って自分らが国の主権を握ることだからねぇ……」

「で、だ。結論から言って、騎士団と教会の間の取引はどういうものなのだ」

「各騎士隊の貴族たちに政争で助力することを約束させ、見返りに聖職者を送り込むことで埋葬までの行程を簡略化し騎士団に一定の『儀礼執行権』を譲渡する」

「儀礼執行権か。教会の信者に対しては多少強く出られる権利だろう、ずいぶん有利な条件を引き出したな」


 教会が信奉するのは、天地創造の神話から成る一大宗教・ヴィタ教である。

 ドルナク、ひいてはこの都市を含んだナデュラ帝国において信者は国民の七割にも達すると言われる。

 そして先の執行権とは、儀礼をおこなうとの事由を盾にすれば、多少強硬な手段に出ても信者を黙らせることが可能になる強力な代物だ。……ジョンのような無宗教者にはまるで効力がないが。


「教会との折衝におもむいた第三騎士隊のロイ=ブレーベン騎士隊長は武力以上に相手の挑発と嘲弄と糾弾と籠絡に長けているからね」

「俺が言うのもなんだがそいつ、騎士など名乗るのはやめた方がいい人材だな」

「俺もそう思うよ。なにせあいつ、それだけに留まらずほかの特典も色々引き出したんだから」

「他の特典?」

「寄付金という名の賄賂とか新設する教会関係部署へのポストの斡旋とか」

「……自由な腕があれば頭を抱えているところだ」


 本当に面倒な話になってきていた。ジョンは辟易する。


「あのお嬢、いまからでも送り返せんのか」

「せっかくの騎士団と教会共同の作業だよ。うちだけがそんなことすれば水を差したと非難された挙句立場を追われることになってもおかしくない」

「……はあ」


 頭の痛くなる話である。

 しばらくは、あのシスターに付き合わないといけないらしい。


「あれもなかなか、俺に負けず劣らずの運の悪さだな」

「だね。けれど、いやだからこそか、したたかなところがあるよ。そういう目をしていた。なあジョン、死なせるなよあの子」

「わかっている。無闇に死なせれば教会に難癖をつけられるのだろう」


 そっけない言い方をしたジョンに、ゴブレットはかははと乾いた笑い声を漏らした。


「そんな裏の事情のことばかり考えなくてもいい。普通に……、あんな若い娘がこんな街で命を散らしたら、不憫じゃないかい?」

「命をまっとうできず死ぬのは、だれであれ不憫さにちがいはない。満たされないまま死んだ者は皆平等に不憫だ……っと」


 言ったところで、ジョンの腹がぐうと鳴った。

 己の腹部に目を落とし、顔を上げて、ゴブレットと視線を交わす。


「腹が減った」

「そうかい。ジャーキーくらいならあるよ」

「いや、要らん。お前ではなくあちらに要求してくる」


 部屋の出入り口に目を留め、インバネスを翻したジョンは机の下にもぐりこんだ。


「……まずもって、俺は昼飯を返してもらっていないからな」



        +



「お、っわわわっ!?」


 ぎいと開けた第七騎士隊室の出入り口。

 そのドアに背をもたせかけていたらしいロコはジョンが足で引き開けた途端、悲鳴と共に部屋の中に背中から倒れこみそうになっていた。

 危ないな、とうっとうしく思ったジョンはドアを肩で押しとどめた。

 開きかけて止まったドアにばいんと弾かれたロコは、そのまま会議場へとたたらを踏んで二、三歩。


「おっとぉ」


 その方向には男が控えており、今度は彼にぶつかる。ロコはますます慌てた。


「ご、ごめんなさっ」

「いや、いいよぉ。女の子ひとり受け止めるくらいの甲斐性はあるさ」


 だが男はジョンのようにうっとうしがることはなく、むしろ心なしか少し、うれしそうだった。

 その男ののっぺりした細い顔にジョンは見覚えがある。たしか第三騎士隊に所属している、騎士のひとりであった。

 男は距離をあけたロコを値踏みするように見つめ、あけられた距離を自分から少し詰めた。


「ふふん。シスターさん、きみ、第七の所属?」

「え、はい。今日からです」

「そうかぁー。いいなあ第七は。こんな若くて可愛い子が所属なんてさ」

「……今日二度目のお言葉ですね」

「ン、なんか言った?」

「いいえなにも」


 二度目、というところの発音にはゴブレットのそれに対してと同じ、中身のない軽薄さへのちょっとした引き気味の感想があった。

 しかしこの男は冗句的な軽薄さに留まらないところがゴブレットとちがっていた。


「おれは第三の所属なんだけどさ。きみ、まだ街に慣れてないでしょぅ? よかったら今度、案内するけど」

「いえ、結構ですが……」

「なんで?」

「なんでってなんですか。なんで理由が訊きたいのです?」

「語ってもらえたらそこを随時直して、あらためてお誘いしてみようかなぁって」


 ちょっと伸び気味でうさんくさい髪をいじりつつ、男は口の端を吊り上げた。

 それだけでロコは心底面倒くさそうな顔になったが、男は気づいていないのか気づいてても気にしていないのか。


「わかりません。なんとなく言葉になりませんがダメな感じです。以上」

「ふぅーん。わからないならわかるようにしないと、なんか気持ち悪くない?」

「いや意味わかりません」

「わからないことばかりだねぇ」

「あなたもひとの顔色がわからないようで……」

「そう? ならわかるようになりたいなぁそれは」


 言いつつずずいと迫り、その分さらに引かれる。

 男はしつこかった。

 しつこいことこの上なかった。

 ドアの隙間からのぞきを続けつつ、ジョンはふむとうなる。

 騎士団がその業務上戦闘力を必要とする以上、組織内は基本的に女日照りで苦しい苦しい――とはジョンの同僚であるラキアンの言葉だったが、この男もその類の人間らしい。

 必死に、必死さを見せないよう繕っていた。


「あのわたくし。そろそろ用事なので」

「終わったら戻ってくるかな?」

「期待はしないで待たないであなたもお帰り下さい」

「次いつ会える?」

「話聞いてますかあなた。もう行きますので、どいていただけますか」

「まあそう言わず」

「そう言わずってなんです。なんの権利権限があってわたくしの発言を妨害なさるので?」

「おぉ。なんか面白いねーきみ。ソレ、聖書の一節にそんなのあった気がするねぇ」


 ロコが腰に革紐で提げていた聖書を指さし、場を取り繕うように――さっきからあまり繕えていないが――男はからから笑った。それもまた、空の樽を揺すったように無味乾燥な笑い声だった。

 が、会議場に響いていた笑い声が突如として引きつる。


「わたくしの聖書にそんな文言はありません」


 熱が抜け落ち冷静さに満ち満ちた言葉のあとに、

 ずるりと。

 腰から抜き放った聖書を、まるで短剣であるかのように鋭く振るって男の首に突きつけていた。

 書の背表紙で頸動脈のあたりを撫ぜられた男は、ひ、と固まって冷や汗を一筋垂らしていた。

 それはそうだろう。

 軽薄で軟派な態度を見せていても、彼も騎士のひとりだ。まさかこの至近距離で眼前の小柄なシスターに後れを取るとは、想像もしていなかったにちがいない。

 やはり人間相手なら十分強いな、とジョンはあらためて彼女のことを評価した。


「言葉は大事なものであります。あなたのそれは会話じゃない」

「な、なっ……」

「わからないのならもうお黙りなさい」


 この言葉に、彼女の呆れを感じたのか。

 逆上した男は、聖書を首元から振り払ってロコの胸倉につかみかかろうとした。


「……おい」


 言い合い程度なら、まあそういうこともあろうと思っていたが。

 さすがにつかみかかるのは見過ごせない。ジョンは肩で押さえていたドアを開けて、会議場へ出る。燭台の明かりがちらついた。

 男の視線がジョンを向いた。インバネスと、その中で揺れ垂れるいまは不動の駆動鎧装スチームアームを見ていた。

 さっと青ざめた顔になり、ロコをつかみあげようとしていた手をさっと下ろす。


「ジョ……ジョン・スミス……」

「そうだ。俺だ」

「お前のとこの……聖職者、だったよなぁ。あ、あまり付け上がらせるな、よ」

「どちらが付け上がっているというのだ」


 鼻を鳴らして憤然としたさまを見せつければ、男は手を離してロコから滑るように離れた。

 すっかり委縮して、しどろもどろになっていた。

 やがてそこへ、第五、第六の騎士隊がなにか会合を終えたのかぞろぞろと隊室より出てくる。

 男は周囲を見回し、ばつが悪くなったのか、それきりなにも言わずすごすごと去っていった。

 やってきた人波に乗って、ジョンはロコへ近づく。肩で小突くように押すと、「行くぞ」と声をかけ詰所入口の大きなオーク扉へ向かった。

 ごうん、と扉が開き閉じる。

 目の前には松明たいまつを両側に抱き、昇りの階段が長くつづいている。

 ジョンは息を吐いて階段の中腹あたりまでのぼり、途中で壁に背をもたせかけて言った。


「……悪いな。騎士団にも色々いる。どうしても力を行使する側にいると、ああしてたがの外れる者はある」

「いえ、まあ。わたくしも短気でした。でもちょっとあの辺りは、わたくし的に放置できない言動だったので」

「聖書か」

「ええ。自らの行動の指針を茶化されるのは、我慢なりません」


 無宗教者のジョンには、理解できない。

 理解できないことを伝えるつもりも、とくにない。ちがいはちがいのままにそうあると認めていさえすればいい。彼はそう思っていた。


「でも、ありがとうございます。あれほど逆上したひとを追い払えるとは、あなたの人相も大したものですね」

「べつに人相で逃げたわけでもないがな」

「ですか。……はぁ。また助けを、頂いてしまいましたね」

「あまり感謝したくないという顔で言うな」


 ぶすっとした顔で階段上のジョンをにらむロコ。その視線には恨みが感じられる。


「からまれている間、あなたずっと助け舟をくれなかったではありませんか」

「いるのがわかっていたのか」

「当然でしょう。そも、あなたがドアを開けるからああなったんでしょうに!」

「悪いな。しばし見入っていた」


 なにせ困っている様が少し愉快だったからな。

 口にすればまた言い合いになるであろう感想が浮かんだものの、黙っておくジョンである。


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