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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
疑惑

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38/86

38:雑談と宗教と参考人


 がらがらと馬車は移動し、街中を抜けていく。

 といってもさすがに歓楽街は迂回している様子である。

 窓の外に見えるのは倉庫群の背にあたる部位とか、洪煙の排出経路を固定化するために設置されている長い塀のある箇所だとか。一応(下等区画の人間と比して、だが)身分の高い人間に位置するであろう速記者に見せても構わない場所ばかりを通った。


「普段の通行でも、こうした道を通っているのかい?」


 縦揺れ激しい車内で、アブスンは窓辺に頬杖つきながら言った。


「だいたいはそうだな。もう一本離れた道も通れなくはないが、生活道路ということもあって馬車にとっては手狭になる故に」

「ふうん? その道が、あまり私たちのような外部の人間に見せたくない道、というわけではなく?」

「なぜそう思う」

「いや、いや。単純な話なのだよジョン君。窓から見える路面の舗装がいやに新しく均されたばかりの煉瓦の並びで、かつそこの長塀。なにか露店や建造物が普段は設置されていたのではないかね? 日焼けのあとが残っている。おそらくはごく最近に撤去されたばかりなのだろう。この道幅をあけるために」

「……鋭いな。ご明察だ」


 目ざとく違和感を見つけて推論を組み立てる。

 おそらくそれは戦闘技術として磨き、身に付けたものだろう能力。さすがだと感嘆しながら、ジョンは仕方なしに首肯した。


「歓楽街や、若干合法か危うい店が、あの辺りに集まっている」

「……言ってしまっていいのですか、ジョンさま」


 正直に口にすると、ロコが半目でこちらをにらんでいた。ジョンは肩をすくめる。


「構わんだろう。べつに都からの査察や税務署の人間ではないのだ」

「はははは、は! ああ、ああ。お嬢さん、気になさらずとも心配はあるまいよ。ジョン君の言うとおり私はそういう堅苦しいことにさほど興味はないし……そも、私も出は平民なのでね。むしろそういう、格式ばった連中から秘されし場の方が親しんでいる身なのだよ」

「え、そうなのですか? 上流階級の方々の前でも演奏されるというので、わたくしてっきりアブスン様ご自身もそうした御身分の方なのかと」

「まあ、武功と諸々の活動で形だけの爵位は賜っているがね。実際のところ金で買った身分と大差はない、兵卒昇位プロモーションの貴族に過ぎないよ」

「それは貴族としての議会での発言権や権力の強さという面で大差ないだけであって、爵位取得の経緯のちがいは人々からの見る目のちがいになるのでは……」

「そう言われても私は政治に関わる気もないし……お堅い連中に誘われて演奏会のあとテーブルにきちんと座らされて飲むワインよりも、そこらの通りにありそうな狭くて小汚い店でカウンターに腰かけて飲む安いエールの方が性に合っているのだよ」


 人好きのする顔でにへらと頬を緩め、アブスンはマグを握るような恰好をしてみせた。様になっていて、先の言葉に一切の嘘がないことがよくわかる。

 まっすぐに来ていた道は途切れ、馬車は旋回し蒸気式昇降機のある北の方角へ曲がりはじめる。アブスンは窓から外を眺め、「ああ、ああ、歓楽街が遠のく」と残念がっていた。


「この辺りを覚えておこう。時間があれば、上層から降りてきて酒を飲んでも構うまいね」

「普通の貴族や速記者たちが同じことを言ったのであれば止めるところなのだろうが……」

「『だろうが?』」ロコが反芻する。ジョンはつづける。

「……こと、相手がアブスン・ブリュードである以上はさほど止める必要を感じないな」


 この男に勝てる人間などいない、との意を察して、アブスンはうれしそうに微笑んだ。


「ふふ、ふ。それも誉め言葉として受け取っておくことにするよ。ありがとう」

「治安が良くない場であることは示したぞ。万が一は万が一にも起こらないと思うが、怪我などしないでくれ」

「それはもちろん。いまの私は剣士である前に音楽家なのだよ? 可能な限り争いは避けるし、演奏の障りになるようなことには首を突っ込むまいと決めている」

「なら、いいが」

「おお、心配はないとも。そういえばそのように気を遣ってくれる辺り、君も私の演奏を聴きに来てくれるのかね?」


 問われて、ジョンは胃の腑が落ち込むような感じを覚えた。横にいるロコが、あー、と同情したような声をあげて、ジョンとアブスンとを交互に見ている。


「……チケットは、じつはあったのですけども」

「おお」

「……業務が入り、聴きにいくことはできない。残念ながら」

「……おお。それは、それは。私としても熱心な聴衆を迎えることかなわず、至極残念だ」


 本当に悲しそうな顔をするので、ジョンの方も申し訳なさで心中が満ちた。ディアに対して恨むところなど一片たりともないのだが、せめてあと一日。出番をずらしてくれていれば、と思わなくもない。

 アブスンは窓の外に広がる高層建築群――下等区画の住居群を見つめ、そのそびえる様を視線上向けて天頂まで追いながら、ジョンに言った。


「しかし、しかしだ。縁というものは望むと望まざるとにかかわらず、神によって結ばれるものなのだよ。『ここではすれ違うにとどまったが、君は知り、私は知った。その道に二人分の幅があると、君を知り、私を知った』」

「……《メイテイ》の福音書、二章の第三節ですか?」

「おっと。聖職者の前で生半な知識でものを言ってしまったかな……私もヴィタの教えの道にいるものでね」


 引用に対するロコの指摘に髪を掻きながら言い、アブスンは小脇に置いた楽器箱をとんとんと叩く。


「『あらゆるものは繋がっている。道も然り、ひとも然り』ゆえに、いつかまたその機が来れば私の楽団の前に君は立つだろうよ」

「だと、うれしいのだが」

「このアブスン・ブリュード・メスカルが保証する。大丈夫だとも。ひとは道さえ繋がっていれば、極北から逆の位置を目指すこともできる生き物なのだよ。私が人を殺める剣の道から、人を生かす音の道へ向いたように」

「人を」

「ああ、ああ。もちろんいまも剣は尊いと感じているし、その道が人を殺めるのみでないとは思っている。しかし、私が剣に求めたものは、音の中にもあった。――だれかと打ち合い・響き合わせ・思い通わせる――その手段として、より純度が高いと私が感じたのは音楽だった。それだけだよ」


 剣を抜くような仕草を見せ、次いでその指先が、軽く握りを緩めた。

 指揮棒をつまむような仕草に変わり、アブスンは拍子を刻んだ。


「すべては繋がっている。それゆえに、ひとは生き方を変えられる。私はそう、思うがね……」


 歌うように言う彼は、その手にジョンとはちがうものをつかんでいると思われた。

 ぎしり、と駆動鎧装が軋む。その手に握るものはと考えて、やめておいた。

 まだなにも、つかめてやしない。


        +


 蒸気式昇降機へたどり着いてからもまた荷下ろしが大変だった。

 ジョンはやはり手伝いもできないので遠目に見守るが、ロコは積極的に楽団員に関わって荷運びをおこなっている。

 アブスンは時折「あ、それは運ばないでくれるかい! かなり精密だからうちの者に任せてくれ! もう少し小さい方を……」などと指示を飛ばしながら、自身もせっせと荷を運びつづけている。

 鉄の大舞台にはどんどん荷が積み込まれ、また積むごとに昇降係の者が近づき「荷を検めるぞ……おい重心が偏るからこっちに置け」「個人の載るスペースを先に確保しろ、二便に分けるなら別料金だぞ」とアブスンの指示につづいてひとと積み荷を動かす。


 昇降機に着いたのは十二時過ぎだったのだが、結局この作業で時間がおしてしまい出発は十三時を十五分ほど回ったところだった。

 速記者たちは大して気にしていないようだったが、アブスンら楽団員は待たせてしまったことについてぺこぺこと頭を下げている。

「いや、いや申し訳ない。詫びというほどのものになるかわからないが、往路の間はリクエストにお答えしよう」と言って自身が提げていた楽器箱を開いて準備する。

 やがて、ゴゴんと音がして大舞台はせり上がる。ぎゅりぎゅりとシックワイヤーが軋み、巨大な歯車が回転して、舞台の下からは全体を稼働させるための蒸気機関が吐き出す白い息が這い広がる。

 数十人と数十箱の積み荷は落差五十メートル、幅百メートルに達するプルトン川の流れ落ちる横を、ゆっくりと上に移動し始めた。

 おお、と速記者や楽団員から歓声が上がる。ロコも舞台の端へ歩んで、柵をつかんで遠くを眺める。

 どうも彼女はこの高所からの景色がお気に召したらしく、先日共にのぼってから何度か通行証を貸しているくらいだった。


「今日もいい景色ですねぇ。上まで来ると空気も少しはきれいですし」

「火の山からガスが降りてくるときは、上等区画もひどく煤くさくなるがな」

「そういうときはそういうとき。今日は今日、ですよ」

「そんなものか。……いや、そうだな。どうも、今日に限っては上層の空気の方が吸っていて気分がよさそうだ」

「?」


 疑問符を浮かべるロコのかたわら。ジョンは柵に近づき眼下の景色を見やる。

 薄くスモッグがかかる中、右手には高い障壁によって外界と隔離された産業区画が見えた。

 ちょうど時刻だったのか、障壁に等間隔に設けられた運搬用大扉――以前ジョンが急速分裂型を倒すべく通った扉の横にある、巨人が通ることを想定されたような巨大な鉄扉だ――が開門されていた。スピーカーから警告がなされているのだろう、音の割れた無機質な声音が街中に垂れ流される。

 それから、開いた門より洪煙が、ものすごい勢いで排出される。

 煙の行く先には下等区画のビル群が控え、灰色の怪物は道という道を蹂躙した。そこかしこからいつもの罵声や悲鳴が、声と認識できない音としてここまでも届く。

 下等区画の奥にある、背が低くあばら家ばかりの貧民窟まで煙は流れ込み、街全体がけぶっていた。


「あらら……いつもよりすごい量ですね」

「サミット会期中は吐き出す量を抑えたいのだろう。今日明日のうちに吐ける分は吐いておく算段か」

「ほう、ほう。なかなか見ない光景だね」


 少し柵から離れた楽器箱の山に腰かけ、懐から取り出したフラスコより掌に液体をふりかけ――乾くのが早いので、おそらくは汚れを落とすためのアルコールだ――軽く手をぬぐい、指を鳴らしたアブスンは言う。


「都の大工場近くであっても、ここまでスモッグに満ちることはあるまいよ。活力を感じる光景だ……あの煙の中に居るのはごめんだがね」

「産業区画、あの煙を排出するプラントを囲う連中も同じ認識のようだ。たいてい顔に鳥の嘴じみたマスクを付けている」

「私も一着いただくべきかな?」

「もしも、独唱などする予定があるならな」

「あいにくと喉の酷使は吟遊詩人バードに任せる予定でね」


 ふんふんと鼻歌を交えながら、アブスンは楽器箱の横についていたクランクを回し、発条を巻いていく。ロコと並んで、ジョンはその丁寧な動きを見ていた。

 きりきりと回された発条が止まると、静かにグラス・アルモニカの器たちは回転をはじめた。


「さ、曲はなにがいいかね皆さん。……『彼方の山嶺』? 良い、実に良い選曲だありがとう。では演ろう」


 アブスンは調節螺子を締めることで回転速度を調節し、リクエストされた曲目に適した回転数にまで落とした。箱を提げるためのバンドを首に回し掛け、身体の前に吊るす。

 静かに呼吸を鎮める。ジョンたちも、自然と息を止めた。

 アブスンは胸を張って手を伸ばす。

 箱の中の器の群れに指先が触れると、ひいんと透き通った音が響き渡った。

 ジョンは静かに流れる音の連なりに耳と身をゆだね、奏でられる心地よい波に感じ入った。

 その場のだれもが、聞き惚れる。美しい音の調べは、きざはしを駆け上がるように伸びやかに空へ吸い込まれていく。

 一方の眼下では、やっと洪煙の晴れてきた街の中で、ぼんやりと明かりが照り始めていた。おそらくはスモッグで薄暗いのならと、もう精霊祭の電飾を点灯させたのだろう。

 洪煙の排出で住民たちも自棄になったのか、早くも仮装やパレードの人間が現れ始めていた。


「おや。精霊祭かい?」


 ひょこりとジョンの横に現れて、けれどバンドによって首から箱を提げたグラス・アルモニカの演奏にはわずかの乱れも表さず。遥か下に見ゆるドルナクの祭を眺めてアブスンは目を細めていた。


「ああ。ちょうどこのサミットと時節が重なっていたからな」

「死後の人々に安寧を、いま生きる者にも安らぎを……生者は死者に扮し、この世とあの世の境目に対する意識を薄める。そんな祭だったね」

「細かい教義だの由来だのは、俺は知らん。あいにくと無宗教でな」

「無宗教か。生きづらくはないかい?」

「とくには」


 そうかい、と言ってそれ以上アブスンは追及することなく、ただ演奏をつづけた。

 ……ジョンはその演奏が終わるのを待って。

 彼が周囲の人々から拍手を受けるのを見とどけてから、問うた。


「ひとつ、訊きたい……神は、いるか?」

「会ったことはないが居ると思っているよ」

「そうか」


 彼が言う神が、どのような神なのか……それこそロコと己が否定した『天上におわします神』なのか、それともほかのものなのか。さすがにそこまで突っ込んで聞く気にはなれず、ジョンは頭上を見た。

 もうあとわずかで、大舞台は上層へ着く。


「到着時は少々揺れる。とくに壊れやすい楽器などについては、抑えるなり持ち上げるなりした方がいいかもしれん」

「おっとそういうことは早く言ってもらわなければなるまいに。……お前たち! 荷の周りを固めておけ!」


 アブスンの指示通り、楽団員たちは荷を全員で固めた。

 ほどなくしてごう、んん、と低い音を轟かせて大舞台は止まって、アブスンは心配そうに楽器箱の山を見ていた。


「さて、移動だ……ところでジョン君。ひとつ頼まれごとを聞いてもらってもいいかい?」

「なんだ?」

「演奏会に出る前にだね、下層の方で一杯景気づけといきたいのだよ。加えて先ほど眼下に見えていた精霊祭にも、少しばかり参じてみたい。なにせ、私も教徒なのでね」


 快活に笑い、彼は頼んだ。

 それくらいなら、とジョンは快諾した。先の鎮魂歌と合わせて二曲も、アブスンの演奏を聴いている。対価としては釣りがくるほどだ。

 そこからはまた、馬車が用意されていた。下層から一緒に大舞台へ乗ってきた御者がまたそれぞれに馬を駆り、昇降係が荷の積み下ろしを手伝う。ロコもまた、せっせと荷を運ぶ。

「連絡は宿から詰所へ送空管で届けさせてもらうよ。明日の夜半に、よろしく!」と言い残して、アブスンは去っていった。楽団員と速記者の集団も馬車でつづき、残されたジョンとロコは急に手持無沙汰になる。

 ひとまずすべき業務は終わった。あとは詰所へ戻って報告を入れ、また明日以降の業務に備えるのみだ。


「……ゴブレットの奴が急に業務の変更を言い渡してきたときには、どんな面倒を押し付けられたかと思ったが」

「ええ」

「実際に来てみれば、俺にとってはありがたい遭遇が待っていたな」

「うれしそうでしたね、ジョンさま」

「そう見えたか」

「一緒に暮らすうちに、ちょっとだけ顔の変化がわかるようになってきたのです」


 ふふ、と鼻にぬけるような笑い声をひとつ。ロコは白手套に覆われた手を顎に添えて、ジョンの顔を半目でためつすがめつしていた。探るような視線はやめろと、ジョンはこれを逃れる。

 ひとしきり視線で追いかけからかって満足したか、ロコはふいに視線を上げる。

 片手をひさしのようにして遠くを見据えた。目の向く先には、金の柱と硝子の障壁に覆われた塔のごとき巨大階差機関、プロジット二号機がそびえ立っている。


「しかし、それだけうれしそうだっただけに残念ですね。演奏会に行けないというのは」

「そのことはもう、いい。今日こうして二曲も披露してもらった、十分だ」

「そうですか? ううん……ジョンさまはもう少し、わがままを言ってもいいような気がしますけどね」

「駄々をこねて周りの手をわずらわせるような真似はしない。手が使えない苦労はこの身に刻んで理解しているからな」

「ですか。でもまあ、一応チケットは取っておきますよ。ひょっとしたら予定は変わるかもしれないでしょう?」


 ロコはそう言ってプロジットを眺めるのをやめた。気を遣ってくれてありがたいことだ、と思いながらジョンはなにも言わずおいた。

 腰のあたりで手を組みながら歩き、ふわ、とあくびをかみ殺しながらロコは言う。


「せっかく二枚、手に入ったのです。これも縁というものです」

「……神を信じていない身で、縁のことを言うか」

「あ、そういえばアブスン様は熱心な信徒のようでしたね」


 ジョンの言葉を流すようにしながら、彼女はかの音楽家が見せた一面について述べる。

 ジョンとしても彼女の無信心な性質についていまさら深く突っ込むつもりもないので、話題の転換には乗っておいた。


「俺が観た公演でも言っていたがな。最初にアブスンが覚えた曲目は、先ほどの鎮魂の調べだったそうだ」


 それ以上深く語ることはなかったが。しかし剣の道に生きて来た者が最初に覚えたのが鎮魂歌というのは、意味があることのような気がした。


「かつて剣士だったころもヴィタ教徒だったのかもしれんが、特別に強く信仰しているという話もなかったしな。おそらくはなんらかの心境の変化があり、音楽をはじめたのだろう」

「いきさつはひとそれぞれ、ですね」

「だれしもひとつやふたつ、考えや生き方を改める理由になる出来事はある」

「そうですね……」


 うろんな返事をしながらジョンの前を歩き、大断崖の方へ近づくロコは腰に提げた慈悲の短剣(ミゼリコルデ)に触れた。

 その剣に、卓抜した技に、どのような経緯があるのかジョンは知らない。

 ロコの方も、ジョンが音楽や演奏を好むことを知らなかった。

 だからどうということはないが、そのように意識をすると、妙な感じがした。


「……なんだ」


 アブスンに対して舌が回らなくなったときのような、もどかしい感覚に襲われる。

 それが一体なにを出どころにしているのか、思いを巡らせているうちに、

 事態は急変を迎えていた。


「――失礼。第七騎士隊所属のシスター・ロコですね?」


 ふっと現れた男が三人。

 身のこなしからして剣を修めた人間だ。威圧的な態度にわずか構えを取りつつ、ジョンは彼らの顔を見やる。

 何度か、見かけたことのある顔だった。


「お前たちは、第三騎士隊の」

「ええ。そういうあなたは第七の」


 背の高い、のっぺりとした顔の男はジョンを視界の端に置いて軽く頭を下げた。

 狂犬と呼ばれるジョンを知る、どこか苦々しげな顔である。残りの二名も同じように、嫌悪と同情の混じった目を向けてきた。久々にそうした目線を向けられたので、わずかばかり胸のうちに燻ぶるものがあった。


「第三の上位騎士隊が、俺たちになんの用だ」

「貴方には用はない、ジョン・スミス。我々がここへはせ参じたのは、シスター・ロコについてです」

「わたくし、ですか?」


 自分を指さして呆けた顔をするロコ。三人の騎士はうなずき、それから示し合わせたかのように目を落とす。

 視線が向いている先には、彼女が腰に提げる慈悲の短剣があった。


「シスター・ロコ。そしてジョン・スミス。先ほど駅舎からここまで速記者たちの警護を仰せつかっていたのであれば、騎士が殺害された件についてもご存知ですね」

「まあ、居合わせていたからな」

「左様で。じつは、その事件の重要参考人として、シスター・ロコ。貴女について来ていただきたい」


 淡々と騎士は告げた。

 呆気に取られて、ロコは固まっていた。


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