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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
第三章 祭日

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32/86

32:戦闘と警邏と飲み会


 ぎゃりん、といつしか耳に慣れた音が響く。

 ジョンの後方で吸血鬼と向かい合っていたロコが、《裁き手》により相手の剣筋を逸らした音だ。

 ああなってしまえば必勝である。ほどなくして、鈍い打撃音が連なった。《鉄槌》か《首枷》かはたまた別の体技か、とにかくも彼女が相手を倒した音である。


「こちらもケリを付けるか」

「う、く、くそぉっ!」


 貧民窟の廃墟の中。

 差し込む外の光に、舞い散る埃が乱反射している空気の悪い空間の中。

 闇を求めて奥へ行くように、必死に逃れる吸血鬼をジョンは早足で追っていた。

 吸血鬼はハンチングを目深にかぶり、ジャケットと七分丈のボトムスを穿いた、地味な痩身の男である。元はちいさな食堂だったと思しき室内を走って、腕で空を掻いて、なんとか逃げおおせようとしていた。


「逃がさん」


 ジョンは早足を止めず進み、インバネスの隙間から出した左腕の肘内から伸びる革のストラップを噛みしめる。

 首をひねってチェーンを引き、発動機を動かし両腕に火を入れる。

 噴き出す蒸気、低くうなる関節駆動音。

 インバネスを脱ぎ捨てたジョンは拳を引き絞るように半身に構えて、ダッシュする。


「あ、あああああ!」


 食堂最奥に追い詰められた吸血鬼は、迫りくるジョンに恐れをなして足をもつれさせた。もんどりうって倒れ、腰の高さにあった戸棚を倒す。

 甲高い音が響いて中にあった食器類が割れ広がった。

 その中にあった刃に、外からの光が差し込んで、銀と光る。

 無我夢中で飛びついた吸血鬼は、振り向きざまにジョンへ向かってそのナイフを投げつけた。


「小癪な」


 左掌で危なげなく弾き落とす。速度は緩めない。

 吸血鬼は己の反撃がジョンの前進を押さえるにも至らなかった結果に顔を歪ませた。

 だがその目は、もう逃げきれないと悟って肚を括った色を見せていた。

 両手に大振りな刃物を取る。

 刃渡り三十センチほどの、片刃。

 分厚い肉を叩き切るためにつくられた無骨なナイフを、荒い息遣いで曇らせながら眼前に構える。


「くっ、そぉぉぉぉぉあああッ!」


 屈んだ姿勢から伸びあがるように右のナイフが閃く。

 刃を寝かせ、肋骨の隙間を狙ったのだろう平突き。ジョンは当たる寸前でステップの歩幅を変え、右半身にスイッチしながらこれをかわした。

 相手の突進する勢いをそのまま返すべく、左拳を顔面に叩き込む。グジャ、と鼻がひしゃげ頬骨まで亀裂が入る様を想像させる音がして、吸血鬼は吹っ飛んだ。床に背中を擦りつけ、身体を丸めて転がる。


「……あがっ、」

「間抜けめ」


 慣れない刃物を使おうとしたためだろう。身を横に倒した吸血鬼は、転がるうちに己の右肩に左手のナイフを刺してしまっていた。

 震える手で抜こうとしているそれを、ジョンは接近して蹴りつける。横になったままの身体がびんと仰け反り、身体が仰向けになる。

 即座に足を振り上げ、心臓の真上に落とした。

 踏みつけて相手の動きを止め左手の関節をロックしていく。

 標本にされた昆虫のように自由奪われた吸血鬼は、己の首に突きこまれる貫手を呆然と見送り、頚椎を砕かれて白目を剥いた。

 頸動脈からこぼれ出た、明るい色の鮮血が食堂の床に長く伸びた。



「終わりましたか」

「そちらもな」


 甲冑を思わせるデザインの両腕――《銀の腕(アガートラーム)》から蒸気を吐かせたジョンは、血を溶かし浮かせると吸血鬼の男のシャツでいくらか指先をぬぐった。

 床から拾い上げたインバネスを纏い直すと同時に稼働を止め、蒸気機関の両腕はぶらりと垂れ下がる。衣服の中で、熱さと湿気をばらまくだけの鉄塊に戻った。

 声をかけて駆け寄ってきたロコ・トァンに相対すると、彼女は腰の鞘へ慈悲の短剣を納めるところだった。

 彼女は鞘の横に革紐で吊るしている、聖書を手に取る。


「では再銑礼を行いますね」


 もうジョンも慣れたもので、なにも言わずこくりとうなずく。

 ロコは毛先がうねる長いアッシュブロンドをなびかせながら、奥にまで歩いていき吸血鬼の傍に屈みこんだ。

 こちらに背を向けたまま書を開く音がして、朗々と読み上げるような聖句の祈りが彼女の口より漏れ出ずる。

 さて、間もなく仕事も終わりだ。

 今日の夕飯はなににしたものかとジョンは思案する。


「肉食いてぇな、肉」


 肉。悪くないアイデアだ。

 思いながら声のした方、表通りに面した出入口を見ると、うぞうぞと跳ねた赤髪を頂く小柄な人影が入ってくるところだった。

 レンズの大きい眼鏡の奥で碧の眼をしばたかせ、そばかすの散った鼻先に載るブリッジを押し上げている。

 サイズの合っていない大きめのシャツと茶色い革のジャケットを羽織った彼、ブラッキアン・ビスカことラキアンは、愛用している太いステッキを床に突きながら腹をさすっていた。


「動いて走って斬り合って、疲れっちまったよ」

「私もラキアンさんに同意だ。ボリューミーな食事をいただきたいところだね」


 その後ろからはラキアンと対照的に長身の影。

 つやのある黒髪を後ろでひとつに縛り、色白で鼻筋の通った顔。

 柔和に笑んだ口許をマフラーで隠し、重ね着した紺のチュニックの上から赤く染めた厚手のウールコートを纏っている。

 腰から下はくるぶしまで届く長いプリーツスカートで……シルエットだけなら一見女としか思えない。

 だがその実性別はしっかりと男である。ブルーム・L・ガルシア。レイピアの達人である彼は、左手に愛用の剣を取ったまま優雅に歩いてきた。


「おぅ、ルーよ。この辺にゃうまい店あったかね?」

「肉ならば下等区画まで歩いて《笑い蓋》に行くのをおすすめするよ。あそこの煮込みはとてもおいしいから」

「そこまで腹がもつかな」

「この辺りで食べることもできないわけではないけれどおすすめはしないね。ラキアンさんの胃袋が蠅や蛆とお仲間のソレであるなら話は別だけれど」

「さすがに腐ったのは勘弁だぜ」

「そうだな、やめておけ。以前に『腐りかけこそが熟成の証』などとぬかして色のおかしな肉を口にしたところ、イブンズにずいぶん世話になっていたろう」

「やめろジョン、思い出させんなよ!」


 益体もないことを話しながら、ロコの再銑礼が終わるのを待つ。

 ロコ自身が倒した者と、ジョンが息の根を止めた者と、さらに表にラキアン・ルーが倒した者がそれぞれ。

 計四名の再銑礼にはそれなりの時間を要し、やっと終わったころには話が聞こえていたのかロコも「おなかすきました」とぼやいて黒いローブの腹部を撫でていた。


「第八の連中もまもなく来るだろう。今日はゴブレットさんが詰所にいる日だし報告書は明日でも構うまい。本日のところは早めの夕食に繰り出してもいいのではないかな」

「僕ぁ賛成だ。まったく賛成だ」


 ルーとラキアンに提案され、ロコはジョンの方をうかがう。


「おなか、すきましたね?」


 そわそわとしながら彼女はそんなことを言った。

 真意を汲み取って、ジョンは返す。


「たまにはマシなものを食べたいか」

「う。いえ、そのように言いますと、普段の食事に対してありがたみを感じていないひどい人間のようになってしまうではありませんか……」


 料理ができないジョンの食事は基本的にできあいのものを買ってくるか、保存のきくものを出すことが多い。もちろんどちらもジョンが食べられるよう冷ましたものか冷めたものだ。共に暮らす都合上、ロコも大抵同じものを食べる。

 だがここのところ忙しく、できあいのものすら買いに行く暇がなかった。結果、豆の缶詰と乾いたパンと干し肉といった、とりあえず保存がきいて塩分とタンパク質と炭水化物が摂れるセットばかり食べていたのである。


「たまには、外で食事もいいだろう。討伐褒賞も入るしな」

「やった」


 がらにもない喜び方をするロコ。ふんと鼻を鳴らし、ジョンはルーとラキアンへ向き直った。


「俺たちも行く」

「おう。……しかしなんだな、おめーらすっかり板についたな」

「なにがだ」


 ラキアンに言われて、わずかに首をかしげるジョン。からから笑って、ラキアンはステッキでロコとジョンを交互に指した。


「ちゃんと二人で共同生活してんなってこと。正直僕ぁ、おめーみたいな協調性ゼロの人間にゃ無理だと思ったんだがな。わりとうまくやれてんな?」

「いや、こいつの生活のために金が騎士団から支給されるのだ。多少の面倒や不都合はそのために我慢しているにすぎない」

「我慢ってなんですか!」

「他人が同じ居住空間にいるだけで、単純に疲れる。俺はずっとひとりでやってきたからな」


 ロコの側がどう感じているかは知らないが――生活費を懐に入れるのが目的とはいえ――ジョンは多少なりとも彼女に気を遣って生活している。

 ひとりの気楽さが懐かしい、と思うことは多かった。


「そういうもんかぁ? 僕は故郷じゃ大家族だったからよ、ドルナク来てからひとりのアパートだと寂しくなるときあったぜ」

「それは単にひとがいないからということ以外にラキアンさんの部屋がおそろしく殺風景だからというのも理由に数えられると思うよ」

「そうかな? ……ああ、そうかもな。殺風景だもんな僕の部屋」


 なんとなくジョンにも情景は想像できた。おそらく、酒瓶と寝床と着替え一式くらいしか物がない部屋なのだろう。

 いつだって賭け事で財布に隙間風をまとわりつかせている彼に、生活の潤いになるようなものの所持は似合わない。


「わたくしもラキアン様と同じですね。もと居たところは孤児院で大家族のようなものでしたから、ひとがいない生活というのはあまり想像がつかないです」

「そうは言ってもコイツみたいに協調性ない奴との生活は大変じゃないの、ロコちゃん」

「孤児院の方がもっとたいへんでしたよ。心開いて下さらない方も多かったですし……」

「まるで俺が心を開いたかのような言いぐさだな」

「その反応こそわりときみが心を開いてきているのを示す証左だと思うよ」


 ばかな、とジョンはルーの言葉を一笑に付す。ルーはなぜだか悲し気な笑みで「理解が追いつくのはいつのことやら」などとぼやいた。

 ともあれ食事である。四人は一路、下等区画を目指した。


        +


 笑い蓋は歓楽街のタウンハウスから外れた、メゾネットの建物が多く立ち並ぶうちの一軒にあるパブである。

 歴史は古く、さび付いた看板にはドルナクが拓いた年が記載されている。半地下のスペースは三十年前からなにひとつ変わっていないとのうわさで、貧民窟の主から炭鉱の工夫から産業区画の職員まで、下層の人間を幅広く客として受け入れている。

 ドアを開けると、外の寒風吹きすさぶ気温もなんのその。むっとした熱気が這い出てきて、酒気を漂わせた。

 こぢんまりとした店内はガス灯の明かりに照らされるL字型のカウンターを右手に、左手に丸テーブルを四つ備えている。そのうち一番奥の席に陣取った四人は、上衣を脱ぎながら壁の品書きに目を走らせた。

 ジョンだけはインバネスを着込んだままだが、周囲もこういうわけありの客には慣れているらしくとくになにか言われることもない。


「牛肉の煮込み四人前、あと揚げ芋とコルラスの実」

「醸造酒を四つお願いするよ。器は真鍮のマグでよろしく」

「オムレツはあるか」

「好きですねジョンさま……」


 卵料理はジョンの数少ない好物なのだ。

 ぱっぱと注文を済ませると、すぐに醸造酒が運ばれてきた。ジョンに合わせて四人とも真鍮の大振りなマグで、机に届くや否や三人とも即座に手を伸ばす。ジョンは少し遅れて、縁を噛みしめ持ち上げた。


「ではおつかれ」


 ルーが軽くマグを掲げ、ロコとラキアンがつづく。それから、ラキアンは食の恵みについて神妙な顔つきで一度十字を切った。

 ロコはなんら気にせずもう器を空にしている。一口飲んでマグを机に置いたジョンは、その早業に呆れながらも感心して言った。


「……相変わらずだな、お嬢」

「なにがです?」

「いや、お前の金だ。悪酔いや二日酔いを買おうというのも自由だろう」

「そういうのなったことないので感覚がわかりません」

「恐ろしいほどよくお酒を飲むものだねロコ嬢。孤児院暮らしと言っていたが」

「経営のためにお酒、造ってもいたのですよ。そして余った分は自分たちで飲んでおりました」


 ロコはごくごくとおいしそうに二杯目を飲む。さすがに今度はすぐさま空けることはなく、どうも『乾杯のあと机に置かず飲み干す』というのは一杯目のみに適用されるルールであるらしい。ひどくどうでもいいが。


「まだ若いってのに色々苦労してそうだな」


 ラキアンもマグを半分ほど減らしながらぼやく。一応年齢だけならこの場で最年長なので、若い身空でいろいろあったのだろうロコに思うところあるのかもしれない。


「ここに来てからの日々の方がたいへんに思いますけどね」

「たしかにそれはそうかもしれないね。今日の件にしてもそうだけれどよもや四体も同時に吸血鬼が出現しようとは夢にも思わない」

「ああ、いよいよ《血盟アライアンス》の連中に遭遇したかと思ったぜ」


 かの噂話、地下に潜伏する吸血鬼たちの互助組織などという空想上の存在についてラキアンは言及した。


「唐突に二名も追加で現れたのにはびっくりさせられたものだけれど。しかし裏取りでは組織的な匂いはしていないのだろう? ジョン」

「前日までの行動記録では組織だった動きはない。でなければ上ももう少し泳がせるなりしただろう」


 ほかの隊が調査した結果を記した報告書を前日に読んでいたジョンは、その内容を思い返しながらルーの問いに答える。

 吸血鬼の抹殺を業務とするとはいえ、騎士団の主な仕事の流れは怪しい人間の発見・追跡・行動記録による裏取り・それからやっと戦闘である。

 もちろん現場を直接におさえたときはこの限りではないが。


「ここんとこ人使い荒ぇよなぁ、騎士団……」


 ぐでりと突っ伏したラキアンはマグの表面を人差し指でいじりながらつぶやく。

 たしかにこのところ連続した出動と長時間にわたる張り込みを余儀なくされ、心身ともに疲れ切っている四人である。ロコもぐでっとして髪の先をいじくりはじめた。


「普段の業務にありませんでしたが、警邏というのは疲れるものですね……」

「サミットが近づくことで警戒を強めているのだ。賓客が来ているときに問題が起きるのはまずい、という思惑だ」

「わからなくはねぇがよ。もうちょっとこう、うまい人員配置なり方法はないのかね? とは思うぜ」

「そうそう簡単に動きを変えられるような組織でないのはわかっているだろう」


 騎士団は警察でも軍部でもない独立した組織だ。

 ゆえにその動きはドルナクの都市議会と都の女王直下の特別機関により定められるため、現場判断に対して制度が変わるなどのレスポンスは、非常に遅い。


「わぁってる。わかってるけどさあ。設立からしていろいろややこしかったから、いまも警察とか軍部と管轄と権利をどの程度まで認めるか、ってなってんだろ」

「先だっての第三騎士隊長による交渉で教会からは儀礼執行権ももぎ取っていることだしね。警察と軍部の上層では会議は踊るされど進まずといった状態なのだろうさ」

「やり手すぎるのも考え物だな。このところ騎士隊長が集まる会議が多いのも、そこの権利問題でもめているせいか?」

「集められたところで平民出である第五以下の隊長にはなにも口を出せないだろうと私は思うのだけれどね」

「だいたい、呼ばれてったってゴブレットはどーせ寝てんだろ」

「ちがいないな。いつものことだ」


 三人はのんだくれの上長の姿を思い浮かべ、うんうんとうなずいた。


「あるいは二日酔いの頭痛がひどく眠ることもできない状態か」

「そもそも出勤できていないこともあるのではないかな」

「もしくは出勤しようにも歩けず、ひとの肩借りてくるとかな。そういや僕、店の女連れで出勤してるの見たことあるぜ」

「結局そのまま仕事の書類に判を捺すのを手伝わせていた一件か?」

「なにそれ僕知らんぞソレ」

「ああ私も聞いたことがあるよ。深度はそれほどでない情報だったから大事には至らなかったが機密書類を部外者に見せたかどで減給処分になっていたような」

「……あー! なんか一時期ぜんぜん飲みに付き合ってくんなくなったときか!」

「たしか去年だ」

「いやジョン。おととしも同じ事件を起こしていたと私は記憶しているよ」


 三人は口々にこれまでのゴブレットの醜態を言い連ねた。やはり上司の失態というのは、酒の席における一番のアテである。

 まだ付き合いが浅いためにそこまでの醜態を目にしていないからか、ロコはおろおろと三人の会話ペースを見守っていた。


「あのー、」


 ふいに口を挟んできたので、ジョンから応じる。


「ん、ああ。まだお前は理解していないだろうが、あの男はそういう奴だぞ」

「そうそうロコちゃん、アレはろくでなしなんだよ」

「おかげさまで我々は彼を反面教師にずいぶんと成長させていただいたものだよ」

「まあそれはよく理解しましたが……そのあたりで、ね」


 白手套に包まれた人差し指を立てて、ロコは口許に当てる。不思議に思いジョンは問い返した。


「なぜだ」

「おっと声大きかったかな。ちょいとボリューム下げようぜ二人とも」

「一番声が大きいのはラキアンさんだと思うけれどね」

「いえ声は大きいというほどではないのですが。その……」


「当人が近くにいるというのに、よくそれだけ悪口を言えるもんだね。お前たち」


 カウンターの方から低い声がする。

 ジョンたちがそちらを見ると、席から立ち上がる長身が見えた。

 ほの青く色づいた髪をすべて後ろに撫でつけ、細く削れたような顔はまぶただけが厚く眠たげで、疲れて見える。

 ドット柄をあしらったシャツにクラバットを巻き、スリーピースに身を包んだ男。彼は酔いがまだ色濃いと見えて、カウンターに手をつきながらこちらを振り返った。

 第七騎士隊長ゴブレット・ニュートンが、短い眉をひくつかせながらそこにいた。

 ロコははらはらした面持ちでジョンを見ている。

 ジョンは、ラキアンとルーと顔を見合わせる。


「……これだけこき下ろされている場に、よく恥ずかしげもなく話しかけられるものだ、と思わないか」


 ジョンの言葉にラキアンとルーは大きくうなずく。

 なに、と言ってゴブレットは固まった。


「か、陰口をたたいておいてずいぶんな開き直りじゃないかい、ジョン」

「陰口もなにも俺たちは事実しか述べていない。というかだな……お前今日、詰所勤務だろう。まだ終業時間でないはずだ。なぜパブにいる?」


 ゴブレットの硬直が強まった。あせあせと、斜め上を見つめながら答えを探す。


「……それはその。サミットを控えて祭日の催しが予定されたと聞いて」

「ほう」

「露店や屋台が出始めている下等区画を、こう。警邏しようとだね……」

「なぜパブにいる」

「警邏の途中で……住人とのコミュニケーションを」

「目を逸らすな」


 五秒足らずで攻守を逆転されたゴブレット。

 結局さぼりを咎められることを恐れ、その日のジョンたちの飲み代をすべて持つこととなった。


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