29:追跡と下水道と羽根足
扉を開け放したことで、ひゅううと風が這い上がってきている。
ジョンはゆっくり腰を屈めて、何度か呼吸をしてからロコに「行けるぞ」と声をかけた。有毒なガスは発生していないと判断したためだ。
「明かりを持てないから先行役は任せるが、俺が停止を命じたらすぐ止まれ。下り坂はガス溜まりの可能性があるから不用意に降りるな。ネズミや毒虫に注意しろ」
「はい」
力強くうなずいたロコと共に、進みだす。
少し下ると、さっそく幅の広い――飛び越えることはまずできないくらいの水路に行き当たって、臭気が濃くなった。
インバネスの襟に口許をうずめるジョンは、流れる汚濁の川から視線を上げた。
暗い灰色の天井は高く、五メートルはある。
「相当な水量を想定してますね」
「これはこの蒸気都市の立地に起因するものだ」
ジョンは以前、ディアから聞いたことがあった。
ドルナクの背後に控える石炭と鉱石採掘の地《火の山》は草木を抱かぬ死の山であり、雨が降った際にも水を地表にしみこませるということがほとんどない。木の根生えぬ山肌は、貯水せずにただただ斜面にて水量を受け流す。
そのため直下のドルナクに雨水のほとんどが流入する。これはその対策で作られた空間なのだ。
「しかも無闇に広い。下手に動き回ると戻れなくなることもある。お前、道に迷いやすいタチだったろう」
「ですね。ゆえの『先行役』です。先導はしません」
「なら良い。まずは足下を照らせ」
「了解です」
屈みこむロコが持つランタンの光が二人の影を揺らめかせ、石棺を思わせる無機質な空間に生き物の気配を振りまいた。
ジョンは橙色の光の下に視線をくまなく巡らし、やがてひっかき傷に目を留める。
言わずもがな、先ほどハーパー通りの壁面上方に残っていたのと同じ三つ又の傷だ。
「見ろ。痕跡だ」
「……見ろって、言われれば見つけられますけど。よくぱっと見でこんな細い傷の判別つきますね」
「こんなもの見つけやすいにも程がある。貧民窟の未舗装の道でぬかるみの靴跡から個人を特定することに比べれば」
「前提にしている状況が限定的かつ過酷すぎやしませんか?」
「そんなことはない。日常だ」
言えば、ロコは異常なものを見るような目をしていた。
ともあれ。傷の方向からジルコニアの進路はわかる。
ジョンはロコと共に川の流れに沿って、左手へ道を折れていった。うねる道筋はDC研究所から遠ざかり、上等区画の盛り場の方面へつづいていた。
無言のまま、ランタンの明かりと、等間隔に落とされる地表の取水口からの光を頼りに、足早に歩む。
流れる水音、
うごめく風音、
地上から響いてくるなにかの振動音。地下は想像しているよりもうるさい場所だ。
それでもジョンは耳を澄ます。
己の足音を極力薄くし、遠くからちきちきと言う《跳妖精》の稼働音がしないかを、常に気にしておく。もちろん先に接敵するかもしれないので、ガルデンらしき影が見えないかどうかも。
「先にガルデンに当たることを祈りたいがな……」
ジョンのぼやきで、ロコは肩越しにこちらを顧みた。
「なぜです? ああ、ジルコニアさまが先に当たって倒してしまったら、ガルデンさまの遺体という証拠の隠滅を図るかもしれないからですか」
「それもあるな」
ドルナク内を流れる川は滝のごときプルトン川から連なり、産業区画の障壁外周をめぐるロンサ川・そこから分岐するブエロ川などいくつかの支流に別れているが。
この上等区画の下水に関しては大量の雨水を逃がす都合上、下等区画を通さず直接に街の外へ流す経路を複数本抱えている。そのどれかに流されるなどすると、発見が困難になりかねない。
だがジョンの懸念はほかにも、あった。
「急ぐぞ。……次は右だな。……ちっ、対岸か」
足元の痕跡は水路を挟んだ対岸、十メートルほどの方を向いていた。ランタンの光で向こう岸の路面が濡れているのがわかる。ガルデンを追ってジルコニアはこちらへ向かったようだ。
「対岸ですか。ふーむ」
思案しつつロコは周囲を見回すと、水路を流れ、なにかに引っかかっていたと思しき棒切れを拾い上げる。
長さを検め、つぷんと水面に差し込んだ。棒はロコの腰より高い位置にあったが、その半分ほどまで流れに埋まった。
「歩けますね」
言ってロコは短剣を鞘に戻すと右手でローブの裾を太腿までたくし上げ、ランタンの火の粉を空中に撒きながら飛んだ。しぶきを低く跳ねさせ白いショースに包まれた膝上までを汚水に浸す。
汚水の川だというのにほとんど躊躇していない。ずいぶんと思い切りのいいやつだ……と感心したが、その思い切りが、自分のためだったとすぐにジョンは気づく。
ロコはざぶざぶとすり足で歩を進め、十メートルは向こうの岸辺を目指しつつ、ジョンの方を振り向く。
視線はインバネスの腰元。
というより、その辺りにぶら下がる駆動鎧装に向いていた。
「足を取られるほどの流れではなさそうですよ」
ほっとしたように言う彼女。
気を遣わせたか、と思ってわずかにジョンは己の眉根が寄るのを感じた。
これに気づき、ロコはあわあわと口を開いては閉じ、顔を背けてうつむき加減になった。
「あの、その。差し出がましい、真似でしたでしょうか?」
たくしあげたスカート部をぎゅっと握りつつ、上目にジョンの方をうかがう。
じつはジョンは泳げない。
一応《銀の腕》は防水加工を施されているのだが、それはあくまでも雨や湯あみで困らないためのもの。
不動の重量物は身体を浮かせる邪魔になるし、仮に蒸気稼働によって不動という語を外してみたところで排気部を水でふさがれた状態というのは暴発や故障の原因になる。
また転倒した場合は頭と両膝で身体を支えねば起き上がれないため、腰より下の水位であっても流れのある場所は危険なのだ。
だがそのような事実を話したことはない。
彼女は自然と気づき、配慮してくれたのだ。
「気を、遣わせたな」
膝までのインバネスの裾を払い、ジョンも飛び込む。
「……ご気分を害しましたでしょうか」
雑巾を絞るかのようにぎゅうっと裾握る力を強め、ロコは足を止めている。
ジョンはざぶざぶと進んで横を過ぎ、彼女の肩へ己の二の腕を軽く当てた。
こちらを見上げたので、鼻を鳴らして言う。
「いや。悪い気は、しなかった」
ロコはまたもほっとした様子で、「ですか」とだけつぶやいた。
対岸へ上がってからはしばし濡れた痕跡を辿り、また乾いた傷跡を探すようにして。
道を幾度も折れ曲がり水路を幾度も横断して。
ジョンは上下の区画を隔て繋ぐ昇降機の傍で耳にする音が、近づくのを感じた。
水が、流れ落ちている。
低く地を這うような音が圧倒的な水量と、それを抱える空間の広さを思わせる。
絶えることなく響き渡りつづけている、震え。
角を曲がろうとしたとき――その振り落ちる水の轟きが、金属同士のかち合う鋭い音に断ち切られた。
「ジョンさま」
短剣を構えつつうなずき駆けるロコにつづいて、ジョンは音の発生した場へ至る。
そこは巨大な貯水槽だ。
まるで巨人の独房のようである。
奥行きある長方形の一室は、最奥部の高い位置で部屋の横幅いっぱいに広がる取水口があり。格子のように鉄柵をはめこまれたそこからは外の光と汚水の幕がざあざあと垂れている。
床には腐臭極まる食べかすやネズミの死骸、得体の知れぬガラクタやごみが散乱して。そのすべてが奥から流れくる汚水によって少しずつ、少しずつ。ジョンたちがやってきた水路をはじめとしたいくつかの分岐路へと流れていく。
この汚水の流れを辿っていくと――いた。
巨大な一室の中央部で、対峙し、決着したばかりの二人がいた。
膝を屈すはジルコニア・アルマニヤ。独特なフォルムの駆動鎧装を汚水に浸し、ステッキを手から落としている。
向かい合うのは、彼女の首に手をかけた男。
身長はジョンの知り合いではベルデュに比肩するだろうか。一八〇は越えており、くすんだ金髪をすべて後ろに撫でつけ広く額を出している。
細面で首も細い。カーキ色のスリーピースに身を包んでいるが、シャツの襟回りと首との間にはカードのデックをひとつ挟み込めそうなくらいだ。
そんな喉が、ごぶり、ごぶりと。
膨らみ、縮みを繰り返している。
「……ガルデン・ヒューイット」
ジョンの呼びかけに彼は答えない。
己の前で膝を屈したジルコニアに覆いかぶさり、首を締めながら一心不乱にその喉元にかじりついていた。
ごぶり。ごぶりと。
皺の寄った口許であえぐように。
血を嚥下して、目を赤く染めている。そこに写真で見たとき感じた温和な印象はなかった。
土気色の顔で血を貪る彼は、ひたすらに醜悪な人間の敵手であった。
「あ…………か……、」
いまにもこと切れそうなジルコニアが息を吐く。
ジョンとロコは同時に駆け出した。
「ガルデン・ヒューイット!!」
大声で名を叫ぶ。
はたと、男は顔を上げた。
名への自己認識が薄くなりつつある彼の口許から、ぬらりと糸を引いて血が垂れる。
その目はうつろで焦点が合わず理性がない。ふるふると唇を震わせて、舌がひくひくとうごめく。
嫌なパターンだ、とジョンは頬をひくつかせた。
吸血衝動での自我喪失。
血液を絶った吸血鬼に現れる末期症状だ。近くにいる人間を手あたり次第に襲い、飢えが満たされるまで暴れつづける。抱いていた懸念は、現実のものとなっていた。
「っせぇぇぇぇぇあっ!」
一喝し、先に距離を詰めたロコが先制した。
足を止め渾身の力でランタンを投げつける。ガルデンはびくりとして飛びのいた。ロコと彼の中間距離にランタンは落ち、気化した油を巻き上げてぼんと燃え盛る。
この炎を右足で踏み切って飛び越え、ジョンは左へ旋を描く。
同時にインバネスを脱ぎ捨て、露出した左肘内のストラップを噛みしめる。
首をひねってチェーンを引くとどるんと火が入り雷電が駆け抜けた。
疑似神経回路が覚醒し、在りし日のような動きを腕が思い出すと同時に――回転の力を載せた左の後ろ回し蹴りをガルデンの側頭部に叩き込む。のみならず足刀部に重さを載せ、靴の縁で左眼球の表面をこすり抜いた。
じゃりじゃりと床の瓦礫やごみを踏み躙りながらガルデンは後退し、踏みとどまったところで首をがくんとこちらへ向ける。
「―――― ――!!」
顎が外れそうなほど口を開き声にならない絶叫をほとばしらせ、ガルデンはこめかみから目元まで血を流した。
ところが、次の瞬間には見開いた――こぼれ落ちそうなほどに見開いた。
潰したばかりの眼球を。
内側から盛り上がる赤き肉の内を白濁させ、黒みをにじませ、即座に再生していた。
「《急速分裂》!」
よりにもよって厄介な手合いだ。ジョンは左半身の拳闘の構えに移行する。
距離は二歩半。飛び込めば殴れる間合い。
そこでガルデンは、上体を屈めた。理性を失った目で、顔で、ジョンを睨み上げる。
低い姿勢でぎゅうううと身を縮こまらせていき、
ガキン、
と音がした。
そう認識したときにはもう眼前にガルデンがいた。
「なっ――」
とっさに股関節の力を抜き、左膝を内側へ入れて横に崩れるようにかわす。
高速で迫り来たガルデンは五指を開いた右手をジョンにかすめながら飛び過ぎ、背後に着地した。
がりがりと地面を削る靴。
重心を落としている脚が、ボトムスの中でひどく膨張している。
次いでぶしゅう……と。
彼の脚が蒸気を吐いた。はちきれそうだったボトムスは、それでしぼんで先ほどまでのよれた風合いを取り戻す。驚愕したジョンはつぶやいた。
「駆動鎧装……!」
しかし、ボトムスに納まるほどの小型化と両立させた、いまの高速機動。
それは技術的に、ジョンの《銀の腕》に匹敵する領域だ。
「……高機動、脚部型駆動鎧装……」
「なんだと」
弱弱しい声に、ジョンは振り向かない。
ただガルデンと声の主との間に己が位置するように、じりじりと横に移動した。
「通称《羽根足》。アルマニヤの、試作機よ……」
背後でガルデンの装備について述べるジルコニアは、ぜえぜえと息を切らす。声を聞いているだけでも、血の気を失い死にかけている面相が思い浮かんだほどだ。
「聞いていないぞ、ジルコニア。ガルデンが駆動鎧装遣いだなど」
「言う必要、ないと思ったもの……それにあの通り、運動性能を解放しなければ傍目にはわからないから」
向き直ったガルデンは、またも身を屈めている。
爆発的な加速突進が、くる。おそらくは駆動鎧装に備わった特殊機構だ。
守ろうとジルコニアとの間に割り込んだせいで、もうかわすわけにもいかない。
「だったら」
出鼻を打ち砕いてやるまで。
噴出孔から蒸気を薄く吐きつつ、ジョンは間合いに踏み込んだ。
ガルデンはなおも突っ込んでくる姿勢を維持している。こちらに向かってくるのは間違いない。
膨れ上がる脚部が、攻撃の秒読みを感じさせた。だがジョンは相手の機構について詳しくないので、そうした変化は気にしないことにする。
戦いの場で見るべきは、どんなときも呼吸、ないし重心の変化だ。
高速の突撃であるなら上体をふらふらさせているわけにはいかない。『出る』一瞬、必ず安定のためにその身を沈ませる。
ならば先読みして、来るとわかったタイミングで。
「――《捩止め》ッ!」
ガルデンの姿が視界を埋めたとき、すでにジョンは左膝を繰り出していた。
右の後ろ足のかかとを浮かせ、膝の皿がガルデンの顎に当たるとほぼ同時に爪先で地をにじり。
かかとを相手に向け踏み下ろし、腰を入れて螺旋の力を伝達する。
だが前回の急速分裂型吸血鬼戦とはちがう。真っ向から打ち合うのでは、生身のジョンの蹴りは駆動鎧装の突撃に押し負けてしまう。
ゆえの膝。
下から打ち上げる軌道の蹴りで、相手の力を斜め上方へずらした。
みしりと軋みをあげ顎関節がひしゃげた感覚が、太腿の骨深くまで伝わってくる。威力をずらしたとはいえ、芯に響く重みがあった。
だが、終わりだ。ガルデンは空中高く飛んで無防備を晒す。
「死ね」
飛んでいくガルデンを追って視線を向け、右手を構える。
手首から指先まで関節機構をロックする音が連なる。
内部の核が赤熱し、蒸気をチャージ。
落下地点にステップインしたジョンは、頭から上下逆さに落ちてくるガルデンの心臓へ狙い定めて右腕を突き出した。
「《杭打、」「だめ!」
ジルコニアの制止が入るが杭は止まらない。
肘の噴出孔から膨れ上がった蒸気は、周囲の大気を押しやってジョンの貫手に加速を与えた。
ほぼゼロ距離まで肉薄していた指先は、
ひねりを帯びて胸板に触れ――――ない。
血が、噴き上がるはずだった。
心臓を刺し貫くはずだった。
致命のはずの一撃は、虚空を抜けて止まっていた。
「なに、」
「あぶないっっ!」
ロコの叫びが背後から近づき、がくんと視界が低くなる。尻が地面につく。膝裏を蹴られたのだ。
そう気づいたとき、
先ほどまで己の頭があった位置を斜めに薙いでいく轟音が通過した。
白い蒸気に視界を埋め尽くされる。己の杭打ちによるものではない蒸気だ。
次の瞬間、ゴガんと音がして、ジョンの左手にあった石畳が粉々にはじけ飛んだ。
衝撃の中心には、ガルデンの足が突き立っている。
彼のふくらはぎと太腿部から、蒸気がたなびいていた。
「蒸気噴射だけで右脚を振り抜いたか……!」
そのときのコマのような回転で杭打ちをかわし、反撃も成したのだ。
これで立膝という不利な体勢に追い込まれてしまったジョンへ、起き直るガルデンは再び襲い来る。当然だが顎はすでに再生しており、噛みしめる歯の根が硬質な音を立てた。
左の前蹴りで追撃を見舞うガルデン。ジョンは出力を強めた右腕で内側へ弾き、そのまま前腕部を相手の向こうずねに押し付けてスライド。
こすり上げるようにたどり着いた膝を右掌で押し込み、左手で下からすくいあげるようにくるぶしをつかんで関節を極めた。立ち上がる力を利用してそのまま膝を破壊しようとして――威力を受け流される。両腕の間から脚がすり抜けていく。
身体を地面と水平に倒して錐揉みし、ガルデンは飛んでいた。
自由になった右足底で、空中にいながらにして蹴りを叩き込んでくる。
「ぐぅ――――、」
寸前で腕のガードは間に合ったが、二の腕にある肉の付け根にびりびりと痛みが走って吹っ飛ばされる。後方にごろごろと転がった。
揺れる視界をまともに保とうと必死になりながら見れば、ぐぐっと屈みこむ人影が映る。
赤く血走った眼が、理性なく。
口許からのぞく犬歯の奥、闇色の喉がひらく。
膨らむ脚部が突撃の機を告げる。
ジョンは回避に移ろうとして地面に手をついた。しかしそこにあったぬかるみに滑り、姿勢を崩す。
致命的な隙を貪らんと、ガルデンが跳躍するのが見えた。
「――ぜぇえええいっ!」
跳躍の軌道上に割り込んで投げを仕掛けるロコが見えた。
ジョンが捩止めで力の向きを逸らしたように、彼女は全身を使って崩す。ガルデンが突き出していた右手を左肘で上に弾き、身を屈めて懐に飛び込む。
長身のガルデンと小柄なロコとでは、同じ『屈んだ姿勢』でもはるかに彼女の方が低きを取れる。潜り込んだロコは右手で相手の袖を引き、腰に載せて跳ね上げた。ジョンが蹴りで逸らしたときよりも高速で、低く飛ぶ。
ところがガルデンはまたしても天地逆転した状態にもかかわらず、さほど焦った様子もない。飛びながらも再び両脚から蒸気を噴き上げ回転、た、たたたんと両掌で床を叩くようにして着地し四つん這いにこちらを睨む。
獣。
たぐいまれなる運動性を得た、獣であった。
「いけますか、ジョンさま」
「ああ、すまない」
立ち上がりつつ、ジョンは言う。「いえお気になさらず」とロコは口早に言って慈悲の短剣をガルデンに差し向け、右半身に構える。
ジョンはその隣に少し距離を置いて並び、左半身に構えた。
「ところで、いいのか」
「なにがです?」
「向こうは、剣を持っていないが」
基本的に刃向けた者にのみ短剣を向ける彼女なので、ちょっと軽口のつもりで言った。
だがロコはいいえ、と真剣な面持ちで首を横に振る。
「あの脚部は、剣より厄介な得物でしょう。それにひとをやすやすと傷つけるような者に、わたくし加減する術は持っておりません」
「……そうか」
ちきり、とジョンは駆動鎧装を鳴らす。
ガルデンはゆらゆらと立ち上がり、並んで構えたジョンとロコを交互に見やっていた。
仕切り直しである。
ジョンは半目で見据え、その一挙一動から目を逸らさない。
向こうも同様で、自身が飢え満たすことを邪魔するジョンたちに敵意をむき出しにしている。
「……ガルデン」
ぼそりと、二人の後方でジルコニアがぼやく。
その言葉は彼の耳に届いたのか、聞こえたが認識できていないのか。
どちらの意かはわからないが、彼は咆哮した。