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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
依頼

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24/86

24:商機と依頼と失踪人


「悪かったわね。身なりだけで吸血鬼か悪漢だと判断して」

「構わん。みすぼらしいなりとの自覚はある」

「いや、まあ。ね。ほら、どうしても。人はひとのことを時と場所と状況というもので、総合的に判断してしまうでしょう……?」

「その結果が誤りだっただけだな」


 事実を事実として指摘すると、がっくりうなだれた。

 吸血鬼ではないと説明するのに骨が折れたが、最終的にジルコニアは納得することとなった。

 ようよう落ち着いた彼女は、こほんと咳払いひとつしてジョンを見る。

 いや、正確にはジョンを、ではなさそうだ。

 視線の先には銀の腕(アガートラーム)ことディアの製作した駆動鎧装がある。


「ああ……それにしても。ため息しか出てこないわ……」


 うっとりした表情で、ジルコニアは見つめる。

 徐々に距離を詰めてくる。

 すすす、と爪先立ちになって間合いをあけようとするジョンだが、彼女は構わず寄ってくる。

 じろっとにらんでやるとハッとして止まったあたり、無自覚の行動であるらしい。


「……そんなにこの腕に興味があるか」

「技師の身でそれに惹きつけられない者はいないわよ。現代技術の至宝、私たちの目指す到達点よ?」

「そういうものか」

「そうよ。それを……ああ、蹴ってしまうなんて……!」

「気にするな。壊れはしない」


 頑丈さはお墨付きだ。

 だがそういうことを言いたいわけではないようで、ジルコニアはこめかみを掌で押さえながらいやいやとかぶりを振った。


「わかってるわよ、わかってるけど、わかってるからって罪が消えるわけではないわ……あ。あとちょっとあなたに言いたいことあるんだけど」

「なんだ」

「その腕、かなり頻繁に乱暴な扱いしてるでしょう!」

「頻繁ではない。手詰まりになったときだけだ」

「それあなたが言うと『いっつも』って意味にならない?」

「ほう」


 うまい返しだと思って少し感心するジョンだった。

 彼女は足だが、無い者同士この手の言葉遊びの思考には共通するところがあるのかもしれない。


「とにかく、そんな現代技術の至宝を乱暴に扱うのは許さないわよ」

「無理を言うな。この腕なしで勝てるほど吸血鬼は甘くない」

「戦わないようにすればいいでしょう? あなた足技もかなりのものじゃない。切り抜けるくらいどうにかできるでしょ」

「俺の目的は吸血鬼を滅することだ。逃げて生き延びることではない」

「吸血鬼を……?」


 なぜか疑問に思ったような声をあげるジルコニア。

 ため息を吐きつつ、ジョンは路地を成す建物の壁に背をもたせかけ、彼女から視線を外した。

 見やる先には、寒風吹きすさぶ中ひざまずき頭を垂れる背中。

 ロコがアッシュブロンドの髪を風に巻き上げられながら、ジルコニアによって始末された吸血鬼に祈りの聖句を唱えていた。

 相も変わらぬ敬虔な印象。

 だがその手にあるのは非ざる道の書。

 複雑な感慨を抱きながら、ジョンは彼女が再銑礼を終えるのを待った。ジルコニアもそちらに目をやり、惹きつけられるものがあったのかしばらくはじっとその様を見ていた。


「――満ちよ、祈りよ、天を見よ

 然らばその身は天の物

 終わりはいま、ここに成った――」


 ぱたんと静寂を呼ぶ音。

 ロコは白紙の聖書を、ジョンたちには見えない位置で閉じる。


「終わりです」

「ご苦労」

「いいえ。シスターですから」


 いつものやりとりをして。

 ロコは膝の埃を払って腰の紐に聖書を提げ直しつつ、ジョンの下まで戻ってきた。


「第八の連中もじきに来るだろう。先ほど、第四騎士隊の見回りが通りの向こうからこちらを見ていた」

「そうですか。ベルデュ様たちは、下層からくるのです?」

「数字が下位の隊は上等区画に常駐することはできんからな。しばらくかかるとは思うが」


 ジョンは寒空の下、両手を組んで天を仰ぐ死体を見やる。


「この寒さだ。遺体が傷むことはあるまい」

「それはそうですが」


 引継ぎなく場をあとにすることについて、ロコは思うところあるようだった。

 しかしこのままここに居てもできることはないし、帰りの昇降機に遅れてしまう。

 一応、上等区画にも騎士団ゆかりのモーテルはあるので宿泊できなくはないのだが、提案しても難色を示されるのがわかりきっているのでジョンはなにも言わなかった。


「むむむ、仕方ありませんね。ではおいとましましょうか」

「ああ、行くぞ。……お前もついてこい。安全圏まで送る程度はしてやる」


 横に立っていたジルコニアに声をかける。するとロコが意外そうな顔をした。


「なんだその顔は」

「いえ、そのような対応をジョンさまがなさるとは。めずらしいなと思いまして」

「どういう意味だ」

「厚意だけで動くとは思ってもみませんで……たまにはそういうこともあるんですね」

「厚意、とはなんのことだ」

「え?」

「おいジルコニア・アルマニヤ。ひとまず宿を教えろ。距離に応じて送り賃を請求す、」「宿までお送りしますね」


 割り込んできたロコによって商機は奪われた。

 せっかくいいタイミングと相手だったというのに、と惜しく思ったジョンはにらみつける。


「なにをするのだ。相手は重工の令嬢だぞ、少しくらいチップをもらっても構わんだろう」

「いやだから最初にお会いしたときにも言ったではないですか、騎士の身の上でそういうのを横行させるとよくないって!」

「身の上は露見していないから大丈夫だろう。……それにこの腕の整備のために、俺はどうしても金が必要なのだ」


 がちゃ、と駆動鎧装を鳴らしながら言うと、ロコはうっと息が詰まったような音を立てた。

 おそらく脳裏には、先ほどジョンが守衛に払った『通行資格』の料金が浮かんでいるに相違ない。


「そ、その理由を出されると。いやでも、」

「なんだ。お前は俺に腕をろくに整備できずに吸血鬼戦でくたばれと言うのか」

「う、ううー……」

「おいジルコニア・アルマニヤ。この現代技術の至宝とやらを整備・保護していくのはひととして当然の務めだと思わないか」

「もちろんそうよ」

「だそうだ」


 すでに財布を取り出していたジルコニアは「その代わりもう少し、腕を見せていただけないかしら……」と目を輝かせていた。

 なんだか思い悩んだ様子のロコの横で商談は成立。

 次にディアに会う機会は、わりと近くなるかもしれないなとジョンは思った。


        +


「そういえば会話が漏れ聞こえたけれど。二人は騎士なの?」

「そうだ」

「ああ、聞こえてしまっていたのですね……ええ。わたくしは聖職者も兼任しておりますが」


 路地をあとにして。

 三人は連れ立って、迎賓館の方角へつづく大通りを歩いていた。さすがにアルマニヤ重工という一大カンパニーの令嬢だけはあるのか、宿泊先も格式高いところであるらしい。


「ふうん。だから吸血鬼を滅すると息まいてたのね、あなた」


 ちき、ちき、と発条を巻き直す音を立てながら歩くジルコニアは、じっとりとした視線をジョンに投げかけながら半目になる。


「でも、できれば吸血鬼との戦いで使ってほしくはないわねぇ……そんな逸品を」

「ほかに手がないのだ」

「うーん。高度な戦闘に耐えうる、って条件だとたしかに。アルマニヤ(うち)の製品でも腕部駆動鎧装は存在するけど、蒸姫の作品と比べるのはおこがましいってレベルだし」


 いいなあ、すごいなあ、と言いながらも、見るだけで無闇に触れることはない。同じく義肢を付ける者ゆえか、そのあたりの距離感はよくわかっているようだった。


「こうなったら今回の式典、各分野の研究者を招聘したサミットも開催されるらしいけど。そこでなにか盗んで帰らないといけないわ」

「新しい駆動鎧装の開発か」

「そうね。技術の発展は日ごとに目まぐるしく、置いていかれたらうちみたいな企業でもかなり厳しいことになるし」


 フェルトのハットを目深にかぶり直し、ジルコニアは少しだけ声を低めた。


「アルマニヤだけじゃなく今回はルレイ製作所、カルヴァー工業とかほかの企業も多く招かれてるの。当然蒸姫も新作の駆動鎧装を引っ提げてお披露目するでしょうし、次に首都で開催される展示会でろくなものができないようだと開発競争で大きく水をあけられる」

「なんだか、大変そうですね」

「お前あまりわかっていないだろう」

「それはまあ、機械のことはさっぱりですが。競い合うことの大変さはお察しいたしますよ。それにしても会社の偉い御方なのに、ご自身も開発などに携わっておられるのですね」

「もともと私はそういう技術畑出身なのよ。もちろん自分がこうなったから、っていうのもあるんだけど」


 かんかんとステッキの先で脚部駆動鎧装を叩く。

 道行くひとは、その音でちょっとジルコニアを見た。そしてその特異なフォルムの駆動鎧装に少し見入る。ひとによっては小さく口笛を鳴らした。

 これを嬉しそうに受けて、ジルコニアはひらひらと空いた片手を振っていた。


「そうでなかったとしても、研究からは離れなかったと思うわ。好きだもの、機械」

「いいですね、好きなものがあるの」

「ふふ、そうでしょう。でも好きなものを好きにやり続けるには、がんばらないとね」

「頑張る、か。明日以降も視察とやらはあるのか」

「いいえ。場所の下見と搬入の手続きは済んでいるから、あとは……いえ。まあこれはいいわ」


 言いかけて中断したジルコニアには、なにか考え込んでいる様子が見受けられた。

 それからしばし、無言のまま歩きつづけて。

 やがて迎賓館近くの、小ぢんまりとしているが清潔で手入れの行き届いた、三階建てのホテルへ着く。周囲から少し浮いて見える白煉瓦の建築で、ぼうと入口両側で燈ったガス灯の下、警備の者が会釈した。

 ジルコニアは上衣のポケットを探り、鍵を取り出すと警備に見せつける。彼らがうなずきを見せると、またしまいこんで片手を入口の扉に当てた。


「さて着いたわ。見送りありがとう」

「ああ」

「ではお約束通り……《銀の腕》を、見せてもらえるかしら」


 にやっと笑い、ジルコニアは手招く。

 応じてジョンはすたすたと近づいた。ついでに問いかける。


「了解した。部屋にあがっても構わないのか?」


 するとジルコニアは面食らったような顔で、一歩退いた。


「あ、あの。べつにいまでなくてもいいのだけど。ほら、明日以降は視察もなくて暇をしているから」

「いちいち下等区画に戻ってまた明日来るのも面倒なんだが」

「え、あの……えっ」

「ジョンさま、ちょっとジョンさま」

「なんだ」


 インバネスの裾をロコが引っ張るので、うっとうしく思いながら返す。

 彼女はいやいやとかぶりを振りながら、ジョンがホテルへ入ろうとするのを押しとどめた。


「いくらなんでも、こんな夜半に女性の部屋へあがろうとするのは、いかがなものかと!」

「ん。ああ。そういうことか」


 ぴたっと前進を止めたせいでロコはひっくり返りそうになる。恨めし気にこっちを見ていたが、ジョンは知ったことではない。

 ジルコニアはぎくしゃくしながら咳払いし、なんとか気を落ち着けているようだった。


「と、とりあえず。いまから見る、っていうのはちょっと。私も困るかしらね」

「すいませんジルコニア様、このひとちょっとその辺りのデリカシーがなく……」

「俺が悪いのか?」

「悪いというか、間が悪いといいますか」


 わからない。ジョンは肩をすくめて理解をあきらめた。


「では仕方がないな。明日また来る。だが往復の移動費は上乗せしてもらうぞ」

「ちゃっかりしてるわねぇあなた……まあいいけれど。それじゃあ、明日。昼頃にお願いできるかしら?」

「昼だな」


 朝は一応、騎士団詰所に顔を出さねばならないので妥当な時間帯だろう。あとは外回りの仕事の名目で上等区画へ行けばよい。


「わかった。昼の部の昇降機で来る故、十三時過ぎには着ける」

「悪いわね。それと……ついでにもうひとつ、お願いをしてもいいかしら?」

「追加で依頼料をもらえるのなら」

「それはもちろん」


 言ったものの、ジルコニアは少し視線を落として、話しだすまでにわずかに間を置いた。

 先ほど、言いよどんだことだろうと予想はついたが、内容まではつかめず。

 ややあってから口を開いたジルコニアは、ホテルの入り口から街道にたたずむジョンたちの下へ戻ってきて言った。


「……騎士団ということは、あなたたち街にも詳しいのよね?」

「こいつはまだ来て日が浅いので難ありだが」

「なんですかその物言い」

「実際、街に来てしばらく迷っていたのだろう」

「あ、まあ。それはそうなのですが……」

「とりあえず俺は上等区画にも下等区画にも慣れている。それが依頼に関わるのか?」


 問えば、また彼女は迷った様子を見せた。

 けれどどうしてもと思ったのか、意を決した顔つきで。


「ひとを探しているの。でも、なるべくなら、周囲に探していることを悟られたくない」


 かつりとステッキを地面に打ち付けて、懐に手を差し入れる。

 取り出したのは一枚の写真であった。やせぎすの男がひとり、胸部から上を枠いっぱいに写し出されている。

 白っぽく映ることからして、髪色は金や銀だろうか。額を広く出すように前髪をかきあげており、垂れた眉とまなじりが温和な印象を与える。口元には皺が寄り、なにか歯にものが挟まったような、変な瞬間を切り取られたように見えた。

 細面から延びる首も細く、シャツの襟回りにずいぶん余裕がある。スリーピースに身を固めているが、どこか全体としてくたびれていた。


「このひとを探してほしいの。名前は、ガルデン・ヒューイット。アルマニヤの、社長補佐」

「補佐?」

「ええ。本当は私、ここへ視察に来る予定なんてなかったのよ。ではなぜ来る必要ができたかというと……先日から視察へ来ていたはずの彼が、行方をくらましたから」


 写真を突きつけつつ、ジルコニアはうつむいた。


「お願いよ。秘密裡にこのひとを、探して」


 頭を下げる直前に見えた顔には、愁いと焦りが宿っていた。



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