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悔打ちのジョン・スミス  作者: 留龍隆
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22/86

22:修理としあわせと襲撃者


 ディアがいじくる部位は背中へ移る。

 ジョンのシャツの裾をめくりあげ、露出させた背部のアクチュエータをてきぱきと分解し始めた。

 体に伝わる振動には揺れも震えもなく、淡々としていて淀みない。

 ふんふんと、鼻歌交じりに手を入れていく。

 ジョンの背中で己の作品を編み上げていく。


「よーし。仕上げは左腕も同時にやっちゃおう」

「早いな」

「まあねえ。きみのをいじったのはひさびさだけど、同型のものは毎日触ってるし」


 言われて、ジョンは黙った。

 ディアはひとりで話をつづける。


「さっき言った式典。そこでもいろいろお披露目する予定なの。だから未完成品でもそれなりに見せられるものとしての精度を求められてね」

「見せられるもの、ですか」


 先ほど一瞬のぞかせた暗い声音を取り払った、いつも通りの声でロコが問う。

 ディアはうんうんとうなずく音をさせて、ジョンの左腕をソファの背に載せた。


「新しい駆動鎧装。軍事転用できるような威力と精度をね、上から命令されてて。こいつの腕はその最初期型、プロトタイプなの」

「軍事……」

「そっそ。戦いはすべてを進化させるからね。果学は過学と禍学を経て果学足りえる」


 弾む語調でディアは言い、ジョンの腕の中で立てる音もリズミカルになる。


「《万国大戦ワールドウォー》からこっち、ナデュラも危ないかもしれないし。姫たち技師も、蒸気兵装の研究が火急の任務となってるわけ。だからもーお貴族様相手にいっつも武器としての品評会ばっかり」


 ま、それはそれで緊張感あっていいけど、と結んでディアは蒸気管に触れた。

 ぶしゅうとわずかに息を吐き、ジョンの腕は沈黙する。

 やがて、かちかちとパーツを分解して入れ替える音がつづき……また同じ位置へと戻されていく。

 最後に外装をはめ直してボルトを締めあげ、ディアはぽんぽんと肩を叩いた。


「はい、おしまい。目開けていいよ」

「……、」


 かちゃ、と二の腕から延び、ソファへ落ちる己の腕を見やる。

 見た目にはなにも変わりない。

 立ち上がり、少し伸びをして。ジョンは左腕を持ち上げると、肘内にあったストラップを噛んだ。

 首をひねり、チェーンを引く。

 どるんと火が入り、両腕ががしゃりと稼働した。

 そこで、常とのちがいに思い至る。


「……わずかに速い……?」

「あ、気づくんだ。アクチュエータ内の雷電エレキテル制御部位をいじって、反応速度を上げたの。ゼロコンマ四秒だけど、戦闘に際しては重要でしょう」

「ああ、助かる」

「えへへ。これでいい報せが聞けることを祈ってるよ」


 いい報せ。

 ディアが言うのは、ジョンが目的を果たしたという報せだろう。

 ……目的を達し、伝えたなら、彼女はきっと喜んでくれるのだろう。

 しかし。

 その様を見て自分もうれしく感じることは、あるのだろうか。


「ああ」


 だがそんなことは口にしなかった。


「がんばってね」


 後ろから腕を回して抱きついてきたディアからかけられた言葉を、重く感じる。

 頑張らねば、ならない。


「『あいつ』を殺すまで、姫は何度でもきみの腕を治すよ」


 倒さねば、ならない。

 奴を。



 修理が終わり、少し雑談をしたところで面会時間の終わりも近づいた。

 奥のドアを開けて入ってきた、詰襟の上に白衣を着た研究員らしき男が「エドワーズ、そろそろ戻ってもらうぞ」と高圧的な物言いをする。


「……あー……はいはい」


 目元をひくつかせて少し反抗的な態度を示しながらも、ディアはおとなしく従った。

 ジョンたちの腰かけるソファから離れるべく、車輪のロックを解除する。左肩に一束にして流す三つ編みを撫でて、背の方へ回した。


「そういうわけで、そろそろお別れ」

「ああ。ゴブレットもよろしくと言っていた、次は奴も来れるといいが」

「あはは。ゴブ兄は忙しいんじゃない? なんだかんだで隊長職でしょう」

「飲んだくれてばかりでとてもそうは見えないがな」

「変わらないね。少しは量控えるように、って妹分からのお願い伝えといて」

「わかった」

「それじゃ行くよ。次会えるの楽しみにしてる」

「ああ」


 きいきいと車を回して後退したディアは、はたと動きを止めて問うた。


「あれ……肯定的な返事、ってことはきみも楽しみにしてるってことでいいのかな?」

「まあ……どうだろうな」

「にごした。ひどい」


 けらけら笑い、ディアはひじ掛けに頬杖ついた。


「それじゃ、シスターのあなたも。また会えたら」

「あ、はい。お茶ごちそうさまでした」

「いいのいいの」


 言いつつディアは片手を差し出す。握手を求められていると察したロコは、とてとてと近づいていってその手を取る。

 すっと手をつかみ。ディアはにっと笑い。

 そのまま体重掛けて引き込み、はっしとロコの身を抱いた。


「へっ?」

「んー……やっぱり、あなたね(・・・・)……」


 すん、と鼻を鳴らして言い、

 ぱっと離す。


「ん。じゃあまたね。あいつのこと、よろしく」

「は、はあ……?」

「あときみ。きみちょっとこっち来て」


 ロコが離れると、ちょいちょいと手招きする。なんだと思いながら近づけば、揺れる駆動鎧装をつかんで引っ張る。

 ジョンが身を屈めると、耳元に口を寄せて。


「……あんまり女の子とくっついたりしないでね。私が妬くこと多いの知ってるでしょ?」

「は?」

「きみ、胸元からその子の匂いがする」


 すんと鼻を鳴らす。

 なんのことだ? と言いかけて、往路の蒸気式昇降機で到着時の揺れからロコを抱きとめることになったのを思い出した。

 あのわずかな接触で? と疑問に思いながらディアを見る。

 にいっと笑った彼女は、黒曜石の瞳でジョンを見る。見つめる。


「ふふふ。ま、心配なんてしてないけどね。きみは私のもの。私はきみのもの。私のしあわせがきみのしあわせ。きみのしあわせは私のしあわせ」


 だから――。

 そう言葉を切って、ディアはさらに顔を近づける。

 もはやジョンの視界には黒々としたまなこしか映らず、飲み込まれそうになる。


「だから、どちらかだけがしあわせになるなんて、あり得ない(・・・・・)。その関係はだれにも奪ることはできないし、奪られることもない。ね、そうでしょう――――■■■」


 ぞわりと背筋で肌が震える。

 最後の音の並びだけは、聞き取れない。

 ノイズが入ったように、ジョン自身が認識を拒否する。

 もうすっかり耳にしなくなった、音。


「……その()で呼ぶな」

「ごめんね。でも私にとってきみはジョン・スミスなんて名じゃぁないから。いつまでも、どこまでも。三年前のあの日までと同じきみだから」


 腕を喪うまでと。

 腕を喪ってからと。

 ジョンの中にある変化を、日々を、ディアはものともしない。

 ディアにとってのジョンは、いつまで経っても『■■■』なのだ。


「じゃあ。またね」


 車椅子を回し、離れていく。

 魅入られたようにジョンは後ろ姿から目を離せない。

 最後に、ディアはこちらを顧みて言う。


「がんばってあいつ(・・・)を、殺してね」


        +


 ジョンにとってディアは大切な人間だ。

 昔馴染みで、このドルナクへ共に来て、生活し。

 やがて腕を喪ったジョンに、駆動鎧装を与えてくれた恩人だ。

 しかし会うといつも、こうしてなんとも言えない気分で帰路につくことになる。


「……あの、ジョンさま」

「なんだ」

「冷めますよ?」

「冷めないと俺は食えんだろうが」

「あ……そうでした」


 やや噛み合わない会話をしながら、ロコと二人。パブの中。

 上等区画だけあって少し値の張るメニュー表から食べ物を選び、時間も時間なので夕食にしていた。

 昇降機にほど近いところだからか、通りの奥に見えていた社交場や迎賓館付近のレストランとちがいこれでも安い方なのだろうが。それでも二人にはちょっと懐が痛む値だった。

 そしてそれ以上に。ジョンはなんだか、あまり食欲がなかった。

 ロコはもそもそと、パイ包みにしたビーフシチューを崩して食べている。ジョンは手元にある鶏の香草焼きに視線を落とし、ずいぶん湯気が少なくなってきたな、とぼんやりしていた。


「…………、」


 かちゃりとフォークを置き、ロコは黙ってジョンを見る。


「お金」

「?」

「足りるのですか?」

「……お前、まさかそのパイ包みで金が足りないのではないだろうな」

「いえわたくし自分の分はちゃんと払えますよ! ただ、ジョンさまさっきの通行資格とやらで、ずいぶん払ってらっしゃったので」

「心配はない。支払いは先の急速分裂型を討伐した報奨金だけで済んだ。生活には困らん」

「そうですか……でも、その腕。本当にお金がかかるのですね。ディア様、無償でいいとは言っておりましたが、蒸気管の交換だけでも、そのー……相当かかるみたいでしたし」


 明確な値段を口にはしなかったが、聞こえてはいたのだろう。ロコはもごもごと語尾を縮こまらせて、机の下で値段を指折り数えているようだった。

 ジョンはため息交じりに言う。


「ディアには頭が上がらない」

「高価な品ですものね、駆動鎧装」

「それだけではない。そもそもこんな代物、俺のような人間には絶対に手に入らないはずの品なのだ」

「それは……」

「言っていただろう。軍事転用のため研究されていると。試作品とはいえその一端を、市井の騎士にすぎない俺が装備できるはずはない」


 それを実現するためにディアが賭したのは、まさに彼女の言う通り『すべて』だ。

 秘匿していた小型さと精密動作性を同時に保持する技術を開示し。

 研究中だった幾多の錬成金属についての特許を投げ出し。

 あのような塔に縛られ。

 自由な研究を許されず軍事目的の蒸気兵装を作らされ。

 自ら、囚われの姫となる道を選んだ。


「お嬢」

「はい」

「俺は、はたから見ていて、……幸せそうなときがあるか?」


 往路の昇降機での会話が思い返される。

『しあわせそうだ』という形容、その基準。

 ジョンにとってそれは、表情や態度といった表面的なものだが。この、にぶいようでどこか鋭いところもある女には、自分がどう見えているのか気になった。

 ロコは。

 答えに窮した顔でうつむいた。


「それは……」

「いや、悪い。妙なことを訊いた。忘れろ」


 そう見えるときがないことを祈り、ジョンもうつむいた。

 ジョンはディアと運命を共にする。

 どちらかのみがしあわせになるなど、あり得ない。

 そしてディアが、あんな状況でしあわせであるはずがない。

 つまり。

 ジョンがどう在るべきかは、とうに定まっている。


「妙なことを言ったついでだが……話しておこう。

 俺は吸血鬼が嫌いだ。奴らをすべて滅ぼすと決めている」


 先月、吸血鬼と戦闘していた際に語ったことを、もう一度ロコに聞かせる。彼女はうなずいた。

 ジョンは自身をあの憎き存在を滅ぼす、ただそれだけの存在でいいと思っている。

 だが。


「だが――本当に滅ぼしたいのはひとり。ただひとりの、吸血鬼だ。それは俺の腕を奪った男」


 剣士としてのすべてを捨て、吸血鬼と堕し。

 ジョンから腕とすべてを奪い、この駆動鎧装を付けることを余儀なくさせ。

 ディアにすべてを捧げさせることになってしまった、元凶。


「急速分裂型吸血鬼。かつての名をスレイド・ドレイクス」


 奴を。

 かつて友と呼んだ男を。

 殺さねばならない。

 その日までしあわせなど――あり得ないのだ。


        +


 気持ちが上向かないまま、食事を終えて外に出る。

 通りを吹く風は冷たく身を切るようで、ジョンは襟元に口を埋める。ロコも身震いして、どこからともなく襟巻を取り出すとこれを首に巻く。

 先の会話の重さをわずか引きずったまま、二人並んで歩く。


「寒く、なってきましたね」

「上等区画は立地的にも風が強いからな、大通りにいると余計に寒く感じるのだ。路地に行くぞ」


 一本入り込むと、風はだいぶ落ち着いた。

 整然と並ぶビルディングの中、無風で音も少ないそこは別世界のようでもある。

 下等区画や貧民窟のようにゴミにまみれすえた臭いがするわけでもない。そこは、表通りのような「人に見せる」場でないにもかかわらず、整っている。


「歩きやすいし、死角も少ないですね」

「だがそういうところはそういうところなりにセオリーとなる戦術がある」

「それは、吸血鬼の?」

「無論」


 言いながら歩き、昇降機への道を辿る。

 こつり、こつ、と自分たちの靴音ばかりが耳に大きい路地で、縦列に歩んだ。


「死角がないのなら見通しはいい。下等区画とちがってブロックごとの道も曲がらずまっすぐだ」

「つまり?」

「集団であれば、前後から挟み撃ちにできる」

「集団……《血盟アライアンス》ですか」

「もし本当にそういう組織があるとすれば、だが。しかし俺は狩りを共同で行うのは合理的だと思っている」


 ただ、吸血鬼はひとを襲うときを除けば通常時、外見は普通の人間と変わりない。

 まさか「吸血鬼ですか」と問い回るわけにもいくまいし、現行犯の現場を押さえる以外で同族を見分けて仲間に引き込む術はあるのだろうか……。

 そんなことを考えながら、ジョンはふっと視線を落とした。

 己の影に目がいった。

 なんとなく、違和感を覚えた。


「……、……っ!」


 影だ。

 影が、

 大きくなっている。


「おい止まっ、いや下がれ!」

「へっ、ぷわたたた!」


 ばっと飛びのいて下がり、後ろにいたロコを背で押し倒す。

 ばたついた声が聞こえたが、すぐにその余韻は掻き消された。

 すなわち、ジョンの真上からの襲撃者落下の音によってだ。

 ゴヴぉんと地面が抉れ鈍い衝撃が辺りに伝わる。


「~~ったたた……あっぶなかったわー……さすがにちょっと痛いし……」


 言いながら、立ち上がる人影。ジョンはとっさに、振り返って後ろを見やった。

 しかし……がらんとしている。

 つまり単独。

 しかも真上からの襲撃。

 完全に予期せぬ戦術で、危ないところであった。


「……ジョンさま、さっきお話しされていたセオリーは……」


 半目でロコが言う。

 ジョンは襲撃者へ向き直り、片足を引いて半身に構えながら返した。


「セオリーは外してこそセオリーということだ」

「ええー」

「臨機応変に行け」


 見るうち、襲撃者はのろのろとジョンへ近づく。

 声から察するに女のはずだが、上背はジョンと変わらない。フェルトのハットを目深にかぶり、毛皮の襟飾りがついた白地に黒と赤のまだら模様が入ったコートを纏い。黒檀と思しきステッキをついて立つ。

 が、特徴的なのはその三本目の足(ステッキ)ではない。


「駆動鎧装……!」


 黒く、闇に溶ける色味で地面に突き立てられている。

 シルエットは、猫のそれを思わせる。かかとまでが長く、つま先立ちをしているような姿勢。

 その両脚は少なくともコートからのぞく膝のあたりまで、鋼の肌を張り蒸気で脈を打つ機関と化していた。

 その脚部から……黒く、雫が垂れ落ちる。

 ぽたりと。

 臭いで、すぐにジョンは気づく。


「血か」

「ああ、臭うかしら?」


 問いかけだと思ったのか、女ははたと己の右脚を見つつ言う。

 そのまま――ぐるんとその場で一回転。鋭く右脚を薙いで、血振りした。

 血液は点々と散り、同時に蒸気を噴射したのか彼女は白に撒かれる。

 ハットが回転に合わせて少し舞い、中にまとめられていたライトブラウンの髪を肩までこぼれさせた。

 直後、

 再びの落下音。ジョンたちの近くへ重たく落ちてきたのは男。

 その体は、落下によって骨が砕けた以外にも、明らかに致命傷と思しき傷が散見された。脇腹、胸元、頸部……

 傷口から察するに、凶器は。


「ふふ」


 駆動鎧装の脚部持つ女は、笑った。


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