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中学生戦記  作者: lager800
第一章 新しい生活にも慣れた頃
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2

「いやー負けた負けた」


がらがらと乱暴に扉を開け、かずい達の教室に入ってきたのは、先程中庭で大立ち回りを演じていた少年の一人―体中から火を噴き、空を駆け廻っていた少年―久城蓮だった。短めの髪を方々に跳ねさせ、制服をだらしなく着崩した彼はその野性味を帯びた顔をしょんぼりと俯かせ、足取りにも勢いがない。

昼休み―教室内の生徒は3分の1程に減っており、それぞれがグループを作り、思い思いに談笑していた。

「おかえりー」、「だいじょぶだったー」、などと、級友達からちらほらと声が掛けられる。それらに反応したりしなかったりしながら、蓮はふらふらとかずい達が四人で囲んでいる机に近づいて来た。

 かずい達は教員から所要を頼まれ昼休みの前半を潰しており、四人で机をくっつけ、少し遅めの昼食を摂っている。

「日野ぉ、何か分けてくれー」

 先程の様子とは打って変わった情けない声に、かずいは苦笑しながらおにぎりを半分に割って差し出した。


「昼飯忘れたのか?」

「それがよー、恭也の野郎がよー、俺のカバンぶちまけやがってよー。俺の焼きそばパンがよぅ…」

「あらら、厄日ね」

もそもそとおにぎりを頬張る蓮に、残りの3人からもそれぞれ食料が寄せられた。

「おおーう、ありがてぇ」

「そう言えば今週の中学生占い、『陽』の人、最下位だったわね」

「へっ、あんなもん信じるかよ」

「えー、でも今日ついてないじゃん」

 からかうような藍の口調に、蓮が口を尖らせる。

「んなこと言ったら、奥月だって『陽』だろ。なんかあったか?」

「俺のは『海』だよ」

「んあ? そうだっけ」

「確かによく間違えられるけどな。さすが、クラス最地味能力者」

「うっせ」

 無表情のまま茶化すかずいを脇腹で小突いた衛が、憮然として続ける。

「ちなみに『海』は今週下から二番目。そして俺は今日、二千円をスった」

「かっはっは」

「お前の負けでな!」

「ふふん、友達を賭けに使うからだわ。私はいいことあったわよ。占いは二位だったけどね」

「御子柴はなんだっけ?」

「『霊』です。聞いて驚きなさい。お姉ちゃんが福引でカニを当ててきたの」

「それ、藍ちゃんじゃなくて茜さんのラッキーなんじゃ……」

「いーの。姉の幸福は妹の幸福。しず、細かいこと気にしてると大きくなれないわよ?」

「カニかー。こないだ食ったしなー」

「え? 久城君も福引で?」

「いやいや北海道で」

「「「え?」」」

「それ、ひょっとして春休み前に一週間くらい学校サボったときにってことか?」

「おー、ふと思ったんだよ。『そうだ北海道行こう』って」

「自由人! 何なの、この敗北感……」

「そういや蓮、今日は何で喧嘩してたんだ?」

 衛の問いに蓮が顔を顰める。

「いやー最近金がなくってよー」

「え? か、カツアゲ?」

 藍が怯えた顔をする。

「違う違う。500円で掃除当番代わってやってたのがバレたんだよ」

「あー、そういうのウルサそうだもんな、恭也のヤツ」

「いや、最初は黙って聞いてたんだぜ? でもよー、あんまりグダグダ言うもんだからホラ、ついカッとなって」

「お前の場合『カッとなって』が具体的だからな……」

「で、ペナルティは?」

「教員用トイレ掃除一週間」

「やーん」

「ドンマイ」

「悪いコトはするもんじゃないわねえ、ね、しず」

「ああぅ」

 ……。

 …………。


 5人の机に広げられた昼食もあらかた片づくと、教室にもぱらぱらと生徒達が戻ってきた。昼休みが終わろうとしているのだ。蓮に気づいたクラスメイト達がちらほらと声をかける。

 もうじき予鈴も鳴ろうかという頃、蓮が教室を見回し、誰にともなく問いかけた。

「なあ、響の奴、どこ行ったかわかるか?」

「うん? そう言えば、何処行ったろ?」

 藍が小首を傾げて応じる。 

「ていうかあいつ、今日来てたっけ?」

「居ただろ、見覚えがある。…多分」

 男子二名も、記憶があやふやな様子だった。

「3限目までは居たよ。でも、次の休み時間でどっかいっちゃって、まだ戻ってきてない」

 答えたのはしずりだった。

「そっかー。天気もいいし、また屋上かなー」

「何か用だったのか?」

「CD返さねーと。ちょっと行ってくるわ。ごちそーさん。助かったぜぃ」

 言うが早いか、蓮はがらっ、と教室の窓を開けると、躊躇いなく飛び降りた。

「え、おい蓮!? もうすぐ予鈴…」

 ちなみに、この教室は3階。

「自由だねえ」

 初めて見たときは誰もが面食らったが、今ではこれも、日常の光景の一つだった。ジェット音を吹かせ、屋上に昇って行く蓮が窓越しに見える。

「あの2人って、仲良かったっけ?」

 不思議そうに窓を眺め呟く藍に、衛も首を傾げる。

「さあ、あんま接点なさそうだけど…」

「そうでもないよ。ちょくちょく話してるの、見たことある」

 最後のサンドイッチをちびちびと齧りながら、またしてもしずりが答えた。

「そーいや、今年の一年はどうなんだろな」

白煙のたなびく窓の外を眺めながら、衛が誰とはなしに言った。

「どうって?」

 同じように窓を見やりながら、藍が応じる。

「『問題児』候補。いるのかね?」

「あー、そっか、丁度今くらいよね、あの二人が認定受けたのって」

「今のところは、いないんじゃないかなぁ? やっぱりあの二人が特別なんだと思うよ?」

「普通は学校に一人いるかいないかだからな」

200mlの牛乳パックを潰しながら答えるしずりと、半分閉じた目で窓に顔を向けるかずい。 

「そういえば、あんまりトラブルも起こさないみたいだしね、今年の一年生」

「そうなのか」

「うん。『今年の新入生は元気がない』って、霧島先生が言ってた」

 藍のセリフを受け、3人の脳裏に、ひょろ長い、カマキリのような社会科教師の顔が思い浮かび、揃ったように顔が顰められた。

「何かそのセリフだけ聞くと熱血教師っぽいけど、あいつの場合能力者イジメが好きなだけだからなぁ」

「ウチの代には教員が手ぇ出せない生徒が3人もいるしな。生徒への抑止効果はあいつらが担ってるようなもんだし、教員もストレス溜まってるのかもな。まあ、あいつはいい加減辞めるべきだと思うけど」

「「「同感」」」

「霧島先生、今年幾つなんだろ」

「確か、58だったはず」

「深山、何でそんなこと知ってんの?」

「えへへ」

「つーか、在学中に定年なんねーじゃん」

「加齢能力者とかいないのかしら?」

「いるらしいぞ?」

「マジか」

「さすが中学生、何でもありね」

「記録だと、8年前だったか。ただそいつ、自分に能力かけて大人になろうとしたんだよ。そしたら…」

「あ、その話知ってる。中学卒業まで年齢進めた時点で能力者じゃなくなっちゃって、そのまま戻れなくなっちゃったんでしょ?」

「え、じゃあ残り3年間そのまんまってこと?」

「いや? そこから順調に歳取って、卒業時には肉体年齢18歳」

「なにそれ怖っ」

「悲劇ね」

「絶望でしょ」

 ……。

 …………。


 机と椅子の木の匂い。

 汗の匂い。

 埃の立つ床。

 黒板にはチョークの粉。

 窓ガラスからは春の温もり。

 そこに篭る、生き物たちの匂い。


「ねー、今日の畑中やけに気合入ってなかった?」

「私知ってる。昨日の深夜映画に影響受けたんだよ。台詞そのまんまだったもん」

「可愛すぎる!」

「なぁ、安田と池内別れたってマジ?」

「らしいよー。派手に喧嘩したって」

「まあ、操虫能力者と獣化能力者じゃなあ」

「『森』と相性良いのってなんだっけ? 『山』?」

「『空』じゃなかった?」

「ちょっと待ってて、えーっと、あ、チカ正解、『山』だって」

「巽君かー。ちょっとなー」

「えー、いいじゃん。私も『森』だし、狙ってみたりして」

「いや、あんたのじゃ無理でしょ。グロすぎだって」

「何おう!」

「わー! ちょっと! 出てる出てる!」

「だれか『陽』の人ー!」

「呼んだ?」

「「「久城君は呼んでない!」」」

「あぁ、今日ばかりは部活行きたくない」

「大丈夫だって。あいつももう怒ってないよ」

「でも俺あいつがマジ切れしたの初めて見たよ。あいつ、発電能力者だったんだな」

「まー、大事にしてたバッシュの色あんなにされたら誰でも怒るだろ」

「だってよーこんな能力、いたずら以外にどう使やいいんだよ」

「あの、それでね。今度の日曜日、みんなで駅まで遊びに行かない?」

「いいけど、何か買い物?」

「うん。ほら藍ちゃん、新しく出来たスイーツ食べ放題のお店、行ってみたいって言ってたでしょ。今日儲けたお金使って、みんなで食べに行こうよ」

「マジかよ。俺らもいいの?」

「しず、あんたまさかそのために…」

「えへへ。だから、ね、機嫌直して?」

「あ、あんたって子は…」

「お、おい藍。お前、目が…」

「きゃぁ!」

「許す! そして愛してる!」


 これが、今の中学生達の『日常』だった。

 しかし、世界は、日常は、まだ知らないのだ。自分たちが呑み込んだ不思議が、どれ程異形のものだったのかを。 

 そして、忘れていた。

 その中心にいる中学生という存在が、いかに間抜けな生き物であったのかを。


「あー、今日は最後に伝達事項がある」

 帰りのホームルーム、帰り支度をする生徒と、これから部活に向かう生徒がそわそわとした空気を振りまく中、かずい達、2年F組の担任である英語教師が、傍目にもあまり乗り気でないことがありありとわかる、沈んだ口調で切り出した。

「先日、但馬中の生徒とウチの三年生がトラブルを起こして警察に補導された」

 たちまち、クラスに漣のようなざわめきが起る。

「正直、どちらに非があるとも言えん状況だったらしいが、問題は能力を使って民家に損壊を与えたことだ。幸いどの中学校の敷地からも離れていた場所だったため、損壊も軽微なもので済んだらしく、家の持ち主も大事にするつもりはないらしいが、一歩間違えば補導どころか逮捕されてもおかしくなかった。弱体化するとはいえ、お前達も先生たちの目が届かないと思って無闇に能力を使わんように。特に学校の近くではな。今の法律ではお前達にも刑事責任が問われることを忘れるな。連絡は以上。あー、騒ぐな騒ぐな。日直、号令」

「きりーつ。れい」

「「「ありがとうございましたー」」」


 かくて、物語は動き始める。

 日常と非日常。

 不思議と常識がせめぎ合う世界で、

 夢の世界に身を委ねた、中学生達の物語。


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