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死にゆく国土の犠牲  作者: 射月アキラ
第2章
4/11

02

 私がこぼした言葉に、男の眉が片方だけ上がった。


 なぜ、と思ってから、私は自分が安心したようにその名を呼んでいたことに気付いた。


 死を司る神ならば、安心とは縁遠いところにいるのかもしれない。


 しかし、苦しみの中で死につつある私にとって、もう彼の存在は救いとなってしまった。


「わた……しは……」


 ざらざらと掠れる声が、この部屋に来る前に何度も繰り返した言葉を絞り出した。


 いわく、生贄の宣言。


 自らの命を死神に差し出す、誓いの言葉を。


「わたくしはジャスティーナ……ジャスティーナ・クリッフェント……この地を蝕む死を、和らげて頂くため……わたくしの命を、死を司る神……アッシュに捧げます」


 その誓いを、アッシュは変わらない冷めた視線で受け止めていた。


 生贄に心を動かされた風でもない。それ以前に、彼に心はあるのだろうか。


 私の死は無駄なのか、と思いかけたとき、アッシュ──と私が信じている男──はようやく口を開いた。


「お前は本気でそれを望んでいるのか?」


 相変わらず、声は冷たい。


 しかし、全身を冷やすような性質ではなかった。


 心臓を、胸の奥を突き刺すような。私の深い部分に踏み込み、刃を突きつけるような、本心を引きずり出すような鋭さを伴っていた。


「命と引き換えに国を救うことを?」


「────」


 答えることが、できない。


 なぜなら、それは私ではなく、両親を含めた周りの大人が望んだことだからだ。


 私は大人の望みに応え、言われたとおりに実行しただけ。


 死神が生贄に意思を問うなんてことをするとは、大人たちだって思いもしなかっただろう。


 黙り込む私に、アッシュはさらに言葉を連ねた。


「まさか、生贄を捧げただけで国が救えるなんてことを、本気で思っているのか?」


「……え」


 呆けた頭では、一音発するのがやっとだった。


 思考に空白が生じた私のすぐ近くに、革張りの本が落ちてきた。留め金と短いベルトでまとめられ、落ちただけではページが開かないようになっている本は、開くのも億劫になりそうなほど分厚い。


 アッシュの持つ本といえば、思い浮かぶのは一つだけだ。


 死者の書。


 その本に書かれた者は、死神の手によって順番に死を迎え、魂の導きを受けるという。


「捧げられる命なら、ここに書いてあるだけで充分だ」

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