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後編

2人でお出かけしてから、約1週間が経ったが、文音はいまだに武道と顔を合わせられずにいた。


(だってだってだって、何あれ何あれ何あれ!)


思い出しては、1人で赤面し、混乱しては考えることを放棄する。




先輩が、自分に好意を持ってくれている・・・なんてこと、あるのだろうか。

いや、そんなことない。あるわけない。


出会いからして悪い印象しか与えてないのに、それが好意に発展することなんて・・・。

きっと、少しからかっただけなんだ。

期待するな、期待するな。

あれは何でもない。何もなかったんだ。


それに・・・、親しくなれたのは、たまたま自分が彼の秘密を知ったから。

そう、いわば秘密を共有する仲間だ。

先輩の行動は仲間意識の表れであり、もし共有相手が自分じゃなかったとしても、先輩はその人と親しくなったに違いない。

誰でもいいのだ。秘密を守ってくれて、付き合ってくれる人ならだれでも。

そう、自分じゃなくても。




そう思い込もうとしているのに、心のどこかで期待している自分もいて、それが落ち着くまでは少なくとも武道に会うのはやめようと、学校内では慎重に行動していた。


学年が違い、しかも相手は大変目立つので、アンテナを張っていれば避けられる。

そういう意味で、里香はいいアンテナになってくれた。


里香と言えば、出かけた日の翌日、文音に声をかけてきた。


「ねーねーコンちゃん。昨日さぁ」


(うっ!昨日先輩と一緒にいたの、ばれた!?)


内心ドキドキバクバクしながらも、平静を装って「どうしたの?」と聞き返す。


「すごいの見ちゃったかも私!あのね、スカウトの人がね、背の高い美人さんに声かけててね!そしたらその人、急に走って逃げちゃったの!きっとあの人、お忍びで来てた芸能人だったんじゃないかな?だって、すごくオーラのある人だったもん!」


少し興奮しながら話す里香に、内心ほっとする。


ばれていない。どころか、文音の存在が消えている。喜んでいいのだろうが、少しだけ複雑だ。


そういうわけで、武道とのお出かけは誰にもばれずに済んだ。

しかしそれ以上の問題を抱えているため、文音の気は全く晴れない。


スマホが光り、新着メッセージを伝える。

武道からだ。

しかし、文音は見ることができずにスマホをそっとカバンにしまう。


どう思われているだろうか。

どうしたらいいのだろうか。

その答えはまだ、見つかっていない。




放課後、武道と会わないように注意しながら、カバンを持って昇降口に向かう。


先週は毎日のように、武道と会っていたのに、と寂しさを感じ、今感じた寂しさは人恋しさであって決して思いが募っているとかそういうことではないと自分に言い訳する。


(この分じゃ、先輩に会えるのはもっと先だな・・・)


そう文音が思った時。


「やっと会えた」


ずっと聞きたかった声に驚き、文音は反射的に走り出した。


今は会えない。まだ会えない。会えば気持ちがあふれ出す。期待してしまう。あの行為の意味を聞いてしまう。


しかし前回と違い、今度は逃がしてはもらえなかった。


「捕まえた」

「せ、先輩・・・どうして・・・」

「こらーあなたたち!廊下を走るんじゃありません!」

「はい、すいません!」


たまたま通りかかった女性教師に怒られ、武道が素直に頭を下げる。

その拍子に、武道のかばんに入っていた紙袋から、中身が滑り落ちた。


それは、可愛くラッピングされた女性用のブラとショーツのセットだった。


3人は固まった。

大人の意地か、何とか女性教諭が動き、透明なビニール袋に包まれたままのそれを手に取り、2人に言った。


「2人とも、ちょっと、指導室まで来てもらえる・・・?」


その声に、文音と武道は、黙って従うしかなかった。




「さて、どういうことか、説明してもらえる?」


さすがに教師として、見過ごせない事態なのだろう。

文音と武道は指導室で、事情聴取を受けていた。


文音は焦った。

こんなところで、武道の趣味を露見させるわけにはいかない。

そもそも自分が逃げなければ、あんなところでこれを落とすこともなかったはずなのだ。

自分のせいで、武道が・・・。


「あの、先生、俺・・・」

「先生、すみません!」


何か言いかけた武道の言葉を、文音は遮った。


「これは、私が友人の姉に頼んだものでして!そのお姉さんは下着屋さんで働いていらっしゃるのですが、先日買いに行った時に私に合うサイズがなく、他店舗からの取り寄せになってしまったんです。それで、私はお店まで取りに行くつもりだったのですが、お姉さんが『妹に渡しとくから大丈夫よ』と言ってくださいまして、そのご厚意に甘えてしまったというわけです!学校に関係ないものを持ってきてしまってごめんなさい!大石先輩は全く関係ありません。紙袋の中身も知らなかったんです。さっき私が落とした紙袋を拾って、届けてくださるところだったみたいで。知ってたらさすがに拾いませんよね?いえ、拾えませんよね?ね?」


文音が視線で話を合わせるように念じると、伝わったらしく武道も返事をした。


「そうなんです。先程廊下を歩いていたら、彼女が紙袋を落とす瞬間を見まして。渡そうと思って追いかけていたんです」

「そういうわけで、非は全部私にあります!だから先生、怒るなら私を!私だけを怒ってください!そしてできれば下着は恥ずかしいので紙袋に閉まっていただいてもいいでしょうか」


まくし立てるように文音が言うと、ぽかんとしていた教師は、気付いたように慌てて下着を紙袋に閉まった。


「杵築さん、その、お姉さんが働いているというお友達のお名前は・・・」

「言えません。言ったら本人に迷惑が掛かります。それに、言ったことで私と彼女の友情が壊れてしまう可能性があります。せっかく高校に入って初めてできた友達だったのに、そんなことになったら悔やんでも悔やみきれません。だから先生、友達の名前を言うことは許してください。悪いのは全部、私なんです!」


反省文でも何でも書きます、罰則があるなら受けますと言った文音の勢いに押されたのか、教師はため息をひとつついた。


「反省の気持ちがあるようですし、今回はいいとしましょう。学校生活に関係ないものは持ってこないように。特に、こういう誤解されやすいものは」

「はい、すみませんでした!」

「・・・大石君は、巻き込まれただけだったのね。時間を取らせちゃってごめんなさいね」

「・・・いえ・・・」


文音と武道は何とか、指導室から抜け出すことができた。


そのまま一言も話さず、廊下を進む。

あたりに人気ひとけがないことを確認して、文音は思い切り息を吸った。


「何やってんですか!先輩!!!」

「いや、これは、あのね、」

「いやも何もないんですよ!あれですか、とうとう持ち歩かないと気が済まなくなったんですか!というか、いつの間に実物を手に入れたんですか!?もう次はかばいきれませんよ!よりによって先生の前で落とすなんて・・・ひっく・・・うぅー・・・」

「こ、コンちゃん・・・」


目から涙が次から次へと、ぽろぽろとあふれる。


「ごめん、コンちゃん。本当にごめん・・・」

「うぅ・・・よかった・・・先輩の趣味が、変な、風に、広まっちゃったら・・・どうし、ようかと・・・」


ぐすぐすと泣きながら制服の袖で涙を握る文音は、気が付いたら温かいものに包まれていた。

背中に武道の腕を感じる。頭には彼の顎がそっと乗せられるようなその体勢はつまり、抱きしめられている、らしい。


「あーもう、どうしてそこで俺の心配するの。だからコンちゃんは・・・」

「・・・先、輩・・・?」

「・・・ごめん。コンちゃんに一杯迷惑かけて。今も、全部コンちゃんが被ってくれて。その、それは、コンちゃんに渡そうと思って・・・」

「え?」

「だから、その・・・コンちゃんに、似合いそうだなと思って。可愛いし、ほどほどにシンプルだし、いいかなって、思って・・・買って来た」


頭の上から聞こえてくる言葉に驚いた。先程より少し力が入った武道の腕の中で、もごもごと尋ねる。


「買って来たって、1人であのお店に?」

「うん。また女の子の格好して」

「そんな、1人でなんて、危なすぎますよ」

「大丈夫だよ。俺は男なんだから」

「そういう問題じゃないですよ。また、スカウトの人とかいたら・・・」

「大丈夫だって。それより、受け取ってもらえますか?」


先生に自分の物だと言ってしまったため、下着入りの紙袋は、文音のかばんの中に入っていた。

先程ちらりと見えただけだが、淡い水色に花の刺繍が入り、ささやかにレースがあしらわれたデザインだった。

確かに、自分の好みにぴったり合っている。


しかし。


「・・・いただく理由がありません」

「ああ、もう!自分がマヌケすぎて嫌になるな。順番を間違えた」


そう言うと武道は、一度文音を離し、「いったん返してね」と文音のカバンの上の方に入っていた紙袋を取り出した。


そして、まっすぐに文音に向き合う。


「俺は、コンちゃんが好きです。これ、受け取ってください」


文音は武道の顔と、差し出された紙袋を交互に見た。


夢を見ているようだ。

・・・そう、これは夢。一瞬の幻。

なぜなら。


「先輩。先輩のその気持ちは、恋ではありません」

「え?」


武道にまっすぐ見つめられ、文音は目を合わせていることがつらくなり、斜め下に視線を逸らす。


「強いて言うなら、仲間意識とか、友愛とか、そういうものです。先輩は、ずっと自分の趣味を分かってくれる人がほしかった。だから、成り行きとはいえ私がその趣味に付き合うことになって、仲間が増えたようでうれしかったんです。でも、それは恋じゃありませんよ。間違えちゃダメです」

「・・・」


武道は黙っている。その表情は、こちらからは怖くて見られない。


「どうして、君が俺の気持ちを勝手に決めつけるの?」


ぽつりと言われた言葉は、小さな声であったにもかかわらず、怒気が含まれていることがありありと分かった。

しかし文音も、ここで引くわけにはいかない。


「だってそうですよ。秘密の共有をして、特別っぽい関係に思えるだけで、私と先輩はただの同じ高校に通う先輩と後輩です。先輩。先輩みたいな素敵な人には、もっとお似合いの人がいます。先輩の趣味を分かってくれる人だって、これからきっと現れますよ。だから、こんなところで間違えちゃ・・・」

「間違えてなんてない!」


突然、苦しくなるくらいぎゅっと強く抱きしめられた。


「どうしてそんなこと言うの?俺はコンちゃんがいいのに。コンちゃんじゃなきゃ嫌なのに」

「・・・先輩・・・」

「コンちゃんはすごく素敵だよ。自分で気付いていないだけだよ。約束はちゃんと守るし、相手の話をきちんと聞くし、自分の考えも言ってくれるし、親切だし、笑顔が可愛いし。自信もってよ。コンちゃんは素敵な女の子だよ」


真剣な声音に、目頭が熱くなる。

そんな風に思ってもらえてたなんて、知らなかった。

本当の自分は、好きな人を貶して好きな気持ちに蓋をするような卑怯なやつなのに・・・。


「自信がないなら、俺が毎日言ってあげる。コンちゃんのいいところいっぱい見つけて、全部言うから。だから、いろんな理由つけて、俺を遠ざけないで。俺のこと嫌いで断るならいいけど、俺の気持ちを勝手に変えないで」

「嫌いだなんて!」


文音はパッと顔を上げ、武道があまりに近くにいたことに驚き、またうつむいてしまった。


「何?言って?」


優しく促される。ずっと押し込めていた気持ちが、少しずつ顔を出していく。


「嫌いじゃ、ないです・・・だって、初めて見たときから、ずっと・・・」

「うん」

「ずっと・・・・・・す、好きでした・・・」

「・・・」


武道は無言で、腕に力を込める。

それは文音にとって苦しいくらいだったが、それよりもうれしさが勝っていた。


やっと伝えられた。自分の本当の気持ちを。


告白の甘い余韻に浸るように、2人ともしばらくそのまま動かなかった。

ふいに、武道が言った。


「コンちゃん、それ、そのうち着けてね」

「初めていただくプレゼントが下着って・・・かなりな感じなんですけど」

「でもほら、着けないうちにサイズ変わったら悲しいじゃん」

「そ・・・そういえばサイズって、どうして知って・・・」


さすがにそこまで伝えてはいなかったはずなのだが。


「ごめん。店員さんとの会話、聞こえてた」

「うぅ・・・恥ずかしい・・・」

「気にしない気にしない。それで、着けたら一度くらい見・・・」

「見せませんよ!」


文音が武道の胸を押すと、2人は離れた。残念そうな武道の声が聞こえる。


「ちぇっ。じゃあ、肌触りとか装着感とか教えてね。参考までに」


そのあたりは、武道らしい。それならと、文音も了承した。


「ちなみにコンちゃん。男が女性に服を贈る理由って知ってる?」

「え?綺麗にしていてほしいからじゃないんですか?」


きょとんと聞き返す文音の顔を見て、武道はホッとした顔をする。


「あー、うん。そういう意味もある。むしろそのままでいて」

「・・・どういうことですか?」

「何でもない。そのうち分かると思うし。帰ろう?」


カバンを持ち、先に歩き出した武道の横に並ぶ。

この場所にずっといていいんだという幸福感が、文音を包む。


「コンちゃんに、聞きたいことができたんだけど」

「はい?」

「そんなに前から好きでいてくれたのに、なんであの時、俺の悪口言ってたのかなーって」

「それ、聞くんですか~・・・」

「だめなの?」

「えっと、だから・・・あのブドウはすっぱいって思いこめば、欲しくならないでしょう?そういうことです」

「ん?どういうこと?」

「・・・もう少し頭でまとめてから話すので、先輩のお部屋に着いたら言います。・・・でも、聞いたら、先輩、私のこと嫌になっちゃうかもしれませんよ・・・?」


不安をにじませる声の文音に、武道は素早くキスをした。


「それはないから大丈夫。全部聞かせて?コンちゃんが考えてること、もっと知りたいから。じゃあ、行こうか」


真っ赤になった文音の手を取り、ぐいぐい引っ張っていく武道の足取りは軽い。


「ちょ、ちょっと待ってください、先輩!」


さりげなく繋がれた手に意識を取られながらも、置いていかれないように、文音は小走りになってついていくのだった。

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