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中編

文音が武道の秘密を知ってしまってから、1週間が経った。


「ね、ほら、新作のデザイン、可愛いでしょ!?」

「はあ、まあ、そうですね・・・」


その間、放課後に暇があれば呼び出しを受け、どこから集めて来たのか、様々な下着メーカーのパンフレットを見て、好きなデザインを探したり、批評したりするのに付き合わされている。


「ノリが悪いなーコンちゃん!ほら、コンちゃんだったらどれがいい?」

「それ聞きます?仮にも女子にそれ聞きます?」


武道はかなりセクハラに近いことを強いてくる。だが本人に全く悪気や下心はない。

ただただ、女性用下着が好きなだけなのだ。

一応、毎回ツッコミを入れはするのだが。


「ここら辺とか似合うんじゃないかなー?ほら、フリルが可愛いよ!」

「うーん・・・私の好みはこっちのページですね」


この1週間で、文音はこの手の会話にすっかり慣れてしまった。

目の前にいる人の容姿さえ気にしなければ、会話の内容は女子トークだ。

そう。目の前にいるのはきっと、高スペックな男装女子なのだ。


あんなに憧れていた先輩が、男装女子扱い。

・・・それでも、決して嫌いにはなれないのだが。


「んー、シンプル過ぎない?」

「実際に着けることを考えるとですね、あまりアウターに響くものは嫌なんですよ。まあ今からの季節は、ごまかしようがありますが。フリルって可愛いけど、ぼこぼこするし・・・」

「あーそうか。観賞用と実際に使用するのは求めるものが違うかもね」


そう言って、武道は気付いたことをメモ帳に書き留めている。

普通の人は観賞用下着など持っていないと思うのだが、そこはスルーすることにした。


「先輩、ずいぶん書き溜めているようですけど・・・」

「ん?これ?そうだね。気付いたことはどんどんメモってるよ」

「何のために?」

「将来の夢のため」

「夢、ですか?」

「そう。俺は、うちのブランドで、女性用下着部門を立ち上げることが夢なんだ。身に付けた人が自信をもてるような下着を企画、立案して販売したいと思っている」


そう語る武道は、純粋に夢を語る、少年のような眼をしていた。


(本当に、好きなんだなぁ・・・)


そこまで打ち込めるものがあるのは、文音には正直うらやましかった。

まあ、対象が少し、世間に公表しにくいものであることは確かだが。


「それでね、コンちゃん」

「はい」


夢を語る少年のまま、武道が言った。


「そろそろ、実地調査がしたいんだ」

「・・・と、言いますと・・・」

「店舗に行きたいんだ。とりあえず、下見で」

「はあ・・・いよいよ公表するんですか。頑張ってくださいね」


どこか他人事のように言った文音の手を取り、膝立ちまでした武道は、おとぎ話さながらに恭しく言った。


「一緒に行ってくださいますか、姫?」

「嫌です」


即座に切り捨てた。が。


「ええー!行ってよー!行こうよー!ねーねーコンちゃんってばー!!」

「どこの駄々っ子ですか!行きませんよ!先輩と2人でお出かけなんてしたら、月のない夜に集団リンチに遭いますって!」

「ちゃんと変装するからー!」

「帽子を目深にかぶったくらいじゃ変装と言いません!大体、男女で下着屋さんなんて、カップルのやることでしょ!恥ずかし過ぎて死にます!」


最近は男性から女性に下着を送るなんて話も聞いたことがあるが、それは大人なカップルがやることであって、決して付き合ってもいない高校生の男女がすることではない。


「じゃあ、最後の手段しかないか・・・」

「最後の手段?」

「男じゃなきゃいいんでしょ?」


そう言った武道は、「とりあえず、日曜日空けといてね」と言って、またメモ帳に何か書きだした。

まるで、文音が本当に断ることはないと分かっているようで、少し悔しい。


「・・・急に調子が悪くなるかもしれませんよ」

「その場合は本当に急病なんだろうね。そういう時は無理しなくていいからね」

「・・・急に用事が入るかもっ!」

「まあ、本当に外せない用事ならそう言ってくれればいいから」

「もう!なんなんですか!すっぽかすとか思わないんですか!?」

「思わないよ?だってコンちゃん、俺の趣味のこと、誰にも言わないでくれたじゃん」


逆ギレしてつい大声を出した文音に対し、武道は静かに言葉を重ねる。


「約束に遅れそうなときは連絡くれるし、すっぽかすなんてしたことないじゃない。コンちゃんは根が真面目だし、ちゃんと人のことを思いやれる人だよ。だから、俺は信用してる。コンちゃんのこと」

「・・・あ・・・ぅ・・・」


急に真剣に褒められ、二の句が継げなくなった文音は、「楽しみだね、日曜日」と言う武道の顔を直視できなかった。




日曜日。

結局待ち合わせ時間より早く行ってしまう自分に半分呆れながら駅で待っていると、後ろから声を掛けられた。


「お待たせ、コンちゃん」

「あ、おはようござ・・・」


振り返りながらした文音の挨拶は、途中で止まってしまった。

そこにいたのは、胸あたりまである黒い長髪に、リボンが愛らしい中折れハットをかぶり、ケーブル編みのニットワンピースにデニム地のレギンスを合わせてスニーカーを履いた美人さん。

ワンピースの両脇からレースの切り替えが入っているのがまた可愛らしい。


(・・・ってそうじゃなくて!)


「先輩・・・とうとうこっちの趣味にまで」

「コンちゃんならそう言うと思ったよ。違うから!コンちゃんと一緒にお出かけするための秘策だから!趣味じゃないって」

「その割には、大変お似合いな格好をされているかと・・・」

「そりゃあね、うちのブランドを研究してるから」

「・・・目立ちまくりじゃないですか?」

「大丈夫!サングラスも持ってきたから。さ、行こう?」


先を歩く武道を、周りの人が振り返る。

身長が175cmくらいある武道は、さながら女性モデルのようだ。

それを見て、文音はこっそりため息をついた。

自分なりには、精一杯可愛い服を着たつもりであったが・・・。

武道の足元にも及ばない。


(お気に入りのスカートだったんだけどなー・・・)


紺色のチュールのスカートは、気に入って衝動買いしたものだ。

チュールのひらひらが自分には可愛すぎると思いつつ、紺色なら着られるかもと買ったはいいが、なかなか着る機会がなかった。

それにTシャツと長めのカーディガンを羽織ってきたわけだが、まさか相手がそう来るとは。


そもそも顔の造作からして月とスッポン。

最初から、釣り合わないことは分かっていたではないか。


とりあえず考えるのをやめにして、文音は武道を追いかけるのだった。




2人が着いたのは、この辺りでは一番栄えている駅だった。

お目当ての下着屋さんに、いよいよ潜入する。


「先輩、お願いですから目立つ行動はしないでくださいね」

「分かってる分かってる」


そういう武道は、すでに目が下着にくぎ付けになっており、すでに挙動不審だ。

さすがに武道と一緒に下着を見て回ることははばかられたので、文音は別の棚で適当に下着を見ていた。


「何かお探しですかー?」


1人の文音を見て、女性店員が声をかけてくる。


「あー、いえ、ちょっと友達の付き添いできただけなんで・・・」

「あ、そうなんですか!ブラは試着もできますので、お気軽にご利用くださいね!」

「はあ、どうも・・・」


買う気のない文音は、『話しかけないでオーラ』を一生懸命出しているつもりだが、気付いていないのか、気付いていてわざとなのか、店員はぐいぐい声をかけてくる。


「高校生の方ですか?」

「あ、はい」

「最近、お胸のサイズ測りました?」

「・・・いえ、最近は測ってなかったですね」

「それは大変!成長期には、知らないうちにサイズが変わってるんですよ!合っていないブラをつけ続けると、お胸の形が崩れて、将来に響きます!どうでしょう、サイズだけ測ってみては!」

「いえ、前買ったもので全然問題ないんで」

「その油断が大敵なんです!さあさあ、あちらの試着室へ!」

「えぇー!!!」


あれよあれよと、店内の奥にあった試着室のカーテンの中に押し込まれる。

店員に引きずられながら武道をちらりと見ると、別の店員と熱心に話し込んでいたので、すぐ店を出るということはないだろうが・・・。


「はいじゃー脱ぎましょう!」

「マジですか!?」

「マジですマジです。ちゃんと測らないと、意味ないですからね。女同士です、お気になさらず!」


(そっちは気にしなくてもこっちは気にするよ!)


しかしよく考えれば、相手は下着屋の店員。女性の胸など見慣れているのだ。


(どうせ大きくなってなんかないだろうけど)


毎日見ているのだ、それくらいは分かる。

測るまで引きそうもない店員のために、一応測定してもらった。


「えーと、アンダーが65・・・細いですねー。うらやましい。トップが・・・77.5ですね。ブラのサイズで言うと、B65がちょうどいいかと」

「えっ!?」


店員の言葉に、文音は驚いた。自分が知っているカップと違う。

文音の反応に、店員は事情を悟ったのか、にこりと笑っていった。


「ね?測ってよかったでしょう?」

「はい・・・。ずっとAの70つけてました・・・。特にきつくもなかったし」

「あ、それはですねー。大体ブラって3段ホックくらいになっていることが多いんですけど、その中段が、書いてあるサイズなんですね。例えばお客様なら、A70を一番きついところで止めても、それなりにサイズは合うんですよ」

「はあ、そうなんですか」

「まあせっかくですから、ご自分にぴったりのサイズのものを身に付けることをお勧めします。それと、お客様ぐらいのお年頃だと結構サイズが変わりますので、少なくとも1年に1回は測った方がいいですよ」

「そうですか」

「ええ。私の友人に、嫌いな納豆を健康のために食べ始めたら、半年でAカップからDカップになった子がいます」

「えぇっ!それはすごいですね!」

「でしょう!でもね、私はね、昔っから納豆を食べてますけど、こんなですからね!」


店員が胸を張って、おどけて答える。確かにその店員は、20代半ばくらいかと思われるが、胸のサイズは見た感じ、文音とそう変わらなそうだった。


「まあ納豆云々はさておき、それくらい変化のあるものだと知っておいていただければと思います」

「ありがとうございました。勉強になりました」


そう言って、文音が試着室を出ると、武道はまだ店員と話し込んでいるところだった。

今日は買うつもりがなかったため、残念ながら大してお金を持って来ていない。せっかく来たのだから次回のために見ておこうと、文音も店内を探すことにした。




「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


結局1時間ほど店にいて、いろいろな下着を物色した文音と武道は、駅までの道を歩いていた。


「あー楽しかった!」

「それは良かったですね、先輩。収穫はありました?」

「いやーやっぱり、印刷見るのと実物見るのじゃ大違いだね!立体になるとこうなるのかって感動した。ありがとうね、コンちゃん」

「お役に立てたのなら、よかったです」


文音個人にも収穫があったので、それなりに有意義なお出かけと言っていいだろう。


「げ」


知った顔を雑踏の中から見つけ、文音はつい声を上げた。


里香である。

誰かと待ち合わせなのか、目立つ店の向かい側に立って、スマホをいじっている。

距離にしてわずか5m。

知らないうちにずいぶん近づいてしまったらしい。


「先輩、すみませんが知り合いがいたので、ちょっと遠回りしてもいいでしょうか・・・」

「ん?ああ、コンちゃんの友達だ。いいよーあっちの通りから行こう」


2人が方向転換しようとすると、


「あの、ちょっといいですか?」

「え?」

「こちらの背の高い彼女、芸能活動に興味はないでしょうか?あ、私、怪しい物じゃありません。『●●●』や『▲▲▲』などの雑誌で活躍されているモデルのスカウトを担当している者でして・・・」


30代くらいの男性が、武道に声をかけてきた。


それはまだよかったのだが、この男性、やたらと声が大きく、周りの人たちまで会話の内容が聞こえてしまったらしい。

「モデルだって」「生スカウト、初めて見た」などのざわめきが聞こえる。

文音がそっと里香を振り返ると、里香もこちらに注目していた。


(これはまずい!)


「先輩、逃げますよ」


小声で合図し、離れ離れにならないように武道の手首をつかんで、駅とは反対方向にダッシュした。


「あ、え、ちょっと!」

「すみません、他を当たってください!」


武道は丁寧にスカウトマンに一言謝罪し、人ごみの中を走った。




何分走っただろうか。

息が切れてきたので、近くにあった小さな公園で立ち止まった。

里香にはばれなかっただろうか。

文音の身長なら、他の人に埋もれてあまり見えなかっただろうし、変装中の武道が本人と分かることはないと思うが。


ずっと武道の手首をつかんでいたことに気付き、文音は慌ててパッと手を離す。


「・・・疲れたね」

「そうですね」

「でも、ちょっと楽しかった」

「そうですか?私はヒヤヒヤしましたよ」


そう言いながら、2人ともこらえきれずにぶっと噴いてしまった。


「もう、先輩ったら、何スカウトされてるんですか!」

「そんなこと言われたって、俺のせいじゃないし!」

「そうですけど、やっぱり先輩のオーラは隠し切れないんですね」

「目立つのも面倒だよ。ちゃんと隣に、可愛い女の子がいたのにね」


そう言って文音を見る目に、少しドキッとしながらも、それを押し隠して拗ねたように言う。


「本物の女子の隣でスカウトされた女装の人に言われても、嫌味にしかなりませんよ」

「違うって、本心だよ、本心。そんな卑屈にならないでよ」

「なってませんよ」

「なってるよ。今日のスカートだって、すごくコンちゃんに似合ってるのに」


いつも制服しか見てないから、見慣れないだけですよと文音が呟くと、ほらまた卑屈になってる、と武道に苦笑された。


「どうしてそんなに自信がないかなあ。もったいない」

「そう言われましても。十人並みの容姿にひねくれた性格なことは自覚しているから、もう十分です」


そう言ってプイと武道に背を向ける。

元々恵まれている人には、この気持ちは分かるまい。


「・・・そう?俺はその泣きぼくろ、すごく色っぽいと思うけどね」


そう言いながら、正面に回った武道は、文音の顎を右手で持ち、少し上を向かせる。


(え・・・?)


2人はそのまま、数秒見つめ合った。


武道の目が、すっと細められ、そのまま目を閉じた。

そのまま、綺麗な顔がだんだん近づいて・・・。


「ぅだりゃーーーーー!!!」


よく分からない叫びとともに、文音は目の前にあったものを思い切り突き飛ばし、先程を上回るスピードでその場を走り去った。


「・・・逃げられた・・・」


ぽつりと呟いた武道は、尻餅をついた態勢のまま、愉快そうにクックッと笑うのだった。

さすがに半年ではないですが、納豆を食べてサイズアップした人を知っています。

小さい頃から食べているのにサイズが大して成長していない人も知っています。


・・・まあ、「これ食べれば絶対サイズアップするよ」なんていう食べ物は存在しませんよね。

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