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前編

長くなりそうなので、連載小説になりました。

大石武道おおいしたけみち、高校2年生。

すらりとした細身の体躯に、甘いマスク、地毛の髪の毛は明るい栗色でさらさらだ。

父親は会社の社長、母親は元モデルという恵まれた環境に加え、勉強も運動もできるという噂の彼に憧れている女子は相当数いるだろう。

そしてここにも、1人。




「あ、大石先輩だ!ねえコンちゃん、大石先輩が見えるよ!」

「はいはい、分かった分かった」


友人の葉山里香はやまりかが『コンちゃん』こと、杵築文音きつきあやねの袖をぐいぐい引っ張りながら、2階の渡り廊下を指さす。

3階にいる文音たちからは、2階の渡り廊下の様子がよく見えるのだ。


「もう、なんでコンちゃんはそんなに冷めてるかなぁ?」


里香が理解できないというように首を振る。


「だって大石先輩って、どこか嘘くさくない?」


文音はちらりと武道を見て、視線を里香に戻した。


「そんなことないよう」

「そう?だって、おうちはお金持ちだし、先輩自身は顔良し、頭良し、体良し、性格良しだし。完璧超人過ぎない?」

「そこが大石先輩のすごいところじゃない?」

「そうなんだけど、何ていうか・・・人間離れしすぎてて怖いわけ。ああいう人と付き合うのって、絶対無理だよねー」


まあそもそも、自分のような全てにおいて十人並みの一般人が、彼と付き合うなんて言う想像をすること自体おこがましいのかもしれないが。


里香が文音の背後を見て何かに気付いたように驚いた顔をしていることに、文音は気が付かない。


「でもきっと、大石先輩みたいな完璧超人に限って、すっごい趣味とか裏の顔とか持ってたりするんだよね」

「コンちゃん、コンちゃん!」


里香は慌てるように文音を呼ぶが、気付かない文音はしゃべり続ける。


「家族の誰にも言えないような、変態的な趣味とかさー」

「・・・へえ」


突然後ろから発せられた声に、文音はびくっと身を縮こまらせた。

ぎぎぎっと音がしそうな様子で振り返ると、きらびやかを通り越して神々しさすら感じる笑顔を浮かべて、話題の先輩が立っていた。


「面白そうな話してるね。詳しく聞かせてもらっていいかな?」

「・・・大石先輩・・・」

「コンちゃんってば!呼んでるのに全然止まってくれないんだもん」


こそこそっと、里香が文音に言うが、今それを言われても困ってしまう。というより、この場合、殴ってでも止めてほしかった。


「コンちゃんって言うの?ちょっと2人でお話しようか」


ね、と階段を指さされ、先に歩き始めた武道を見て、文音は覚悟を決めた。


逃げられないなら、行くしかない。


コンちゃぁん、と、里香が情けない声を出しているが、これはもう、完全な自業自得なので、他の誰かを巻き込むわけにはいかない。


階段を降りきったところで、武道が振り向いた。

そして文音の横の壁に向かって、ドン!と手をついたのだ。


「で、さっきの話はどういうこと?」


(あー、学校の王子様に壁ドンされてるー)


文音は妙に冷静な頭で、至近距離の王子スマイルを観察する。

1階は資料室や部室になっており、放課後以外は人通りのない静かな場所だ。

密談するならもってこいの場所を選んでくれたものだと、文音はこっそり思う。


どう言ったら本心を隠したままで、言い逃れできるだろうか。この人の悪口を言った理由を。


文音が黙っていると、目の前の王子スマイルがくしゃりと歪んだ。


「誰にも、ばれてないと思ったのに・・・」

「え?」

「どうして君は知ってたの?俺の趣味のこと」


(いえいえ、何も知りません。根も葉もない悪口を言っていただけで・・・)


そう答えるには、あまりに武道の顔が悲痛そうに見えた。


きーんこーんかーんこーん・・・


次の授業の予鈴が鳴った。


「・・・ゆっくり話すには、学校は落ち着かないか」


武道は壁から手を離す。

やれやれ、何とか解放されたかと文音が思ったところに、次の爆弾が落とされた。


「じゃあ放課後、3時に○○駅ね」

「へ?」


ついマヌケな声で答えると、通常通り、キラキラ甘々モードに戻った先輩が、文音の顔を至近距離でのぞいてきた。


「あ、君の顔はしっかり覚えたから、逃げようなんて考えないでね。まあ逃げた場合、みんなに頼んで、個人情報を家族構成やらスリーサイズやら徹底的に調べ上げてあげるけど」


あまりの脅しに文音が口をパクパクしていると、「じゃあね、コンちゃん」と、脅した張本人は颯爽と教室に戻ってしまった。


「・・・どうしよう・・・」


実質、選択肢など残されていないことは分かっていたが、文音はそう呟くしかなかった。




自分でも言っていたように、文音は十人並みだ。


身長もクラスで真ん中ぐらい、体重もまあ、普通と言っていいだろう。胸は人より少し小さいかもしれない。

成績も中の中だし、帰宅部で趣味や特技もこれと言ってない。


しいて言うなら、あだ名がちょっと変わっていることくらいか。

文音は小学生の時に、名前に『きつね』が含まれていると誰かが気付いてからずっと、『コンちゃん』と呼ばれている。


顔立ちもよくある感じだが、右目の下の泣き黒子と、目がほんの少しつり目気味なところが特徴かもしれない。

つり目と言っても、目自体がそこまで細くないので、イラストのキツネのようにはなってはいないが。


そんなよくいる女子高生になった文音は、他の女子生徒たちと同様に、高校に入学してすぐに学校の王子様、大石武道に目を奪われた。


かっこよくて、やさしくて、全然嫌味なところがなくて、完璧な王子様。


しかし普通の自分では、高嶺の花である学校の王子様には到底釣り合わない。

そもそも手が届かない。


それは分かっていた。

分かっていたからこそ、里香に言ったような方法で、自分の恋心を手放そうとしていたのだ。


【きっと、大石先輩は変態に違いない。だから、恋なんかしない方がいい】と。




放課後、○○駅に向かう文音の足取りは重かった。

文音の家は同じ方向の、さらに先にある駅だったため、定期券を利用すればお金がかからなかった。


(数百円じゃ、何の救いにもならないけどねー)


自分にツッコミを入れながら、うっかり自宅の最寄り駅まで行かないように気を付ける。


武道の言葉は、どういう意味だろうか。


『誰にも、ばれてないと思ったのに・・・どうして君は知ってたの?俺の趣味のこと』


文音は適当に、しかも何の根拠もないことを言っただけだったのに、それが当たっていた、と考えるのが妥当だろう。


では一体、どんな趣味か。


(その前に私、何て言ったっけ?ああそうだ、『変態的な趣味』だ。・・・あの、大石先輩が?)


武道とはあまりにかけ離れたその言葉に、それ以上の思考が進まない。


呼び出されたあの後、慌てて教室に戻ると、里香が心配そうに声をかけてきた。

大丈夫だったか聞かれ、曖昧に返事をごまかした。

まさか、放課後改めて呼び出しを受けたとは言えない。

里香は悪い子ではないが、秘密を守るのがあまり得意ではない。

というより、「ここだけの話なんだけど」でみんなに話してしまう節がある。

だから、みんなの王子様と放課後会うことになったことなど、決して話せないのだ。

それがたとえ、脅された呼び出しだったとしても。




文音は、初めて降りた駅をきょろきょろと見回す。

どこにいたらいいだろうか。

分かりやすく、見つけてもらいやすいところを探していたら、前から来た人にぶつかった。


「あ、すいませ・・・」

「あ、いたね」

「・・・先輩」


変装なのか、帽子を目深にかぶり、私服に着替えてはいたが、間違いなく大石武道だった。


「よしよし、よく来たね。じゃあ行こうか」

「行こうかって・・・どこに?」

「ん?俺の部屋」


さらりと答え、「こっちね」とすたすた歩きだしてしまう。

その後ろ姿を慌てて追いかけながら、文音は少しドキドキしてしまう自分を自覚するのだった。




「ここ」


ついた先は、家族向けの大きなマンションだった。

比較的新しそうではあるが、テレビで見るような超高級マンションではなかったことに、正直ほっとする。

そんなところだったら、いたたまれなさすぎる。


オートロックを解除し、エレベーターに乗り込む。

5階に着き、武道は廊下の一番端の部屋のドアの鍵を開けた。


「はい、どうぞ」

「お、お邪魔します・・・」


遠慮がちに文音が玄関に入ると、そこには可愛らしい空間が広がっていた。


玄関ポーチには小さなクマとうさぎのぬいぐるみが、レースペーパーの敷かれたかごの中におさまっている。廊下の壁にはピンク、赤、白を基調とした花で作られた飾りが等間隔に掛かっている。

よく見ると電球も、小さなシャンデリアみたいだ。


「可愛いおうちですね」

「そうでしょ」


武道が嬉しそうに言い、上がるように促す。

靴を脱ぎ、廊下を通って奥のリビングに着くと、これまた可愛らしいクッションが積まれたソファに、レースやパールで作られた飾りがさりげなく置いてあるテーブル、ぬいぐるみも、ざっと見ただけで6体は発見できた。


しかしそれよりも、文音には気になっていることがあった。

人の気配が、まったくしないのだ。


「あの、先輩。ご家族の皆さんは・・・」

「ん?母さんならうちにいると思うよ。父さんは仕事、姉さんは・・・何してるかな。いるかもしれないけど、遊びに行ってるかもね」


いやいやだって誰もいないじゃないですか家の中。


そう思っているのが顔に出たのか、クスリと笑いながら武道がからくりを教えてくれた。


「言ったでしょ。俺の部屋に行くって」

「・・・え」

「だから、ここが俺の部屋。姉さんの部屋は7階、父さんと母さんの部屋は一番上の15階にあるってこと」


突拍子もない内容に、文音は理解が追い付かない。


「えーと、つまり・・・この、普通は家族で住んでいるようなお部屋全体が、先輩の個室だと」

「そうそう」

「1人暮らしみたいですね」

「んーでも、食事は一緒にとるし、洗濯も頼んでるし。1人暮らしっぽいのは部屋と風呂の掃除くらいかな」


王子様でも風呂掃除するのか、と思い、文音は想像して少し笑ってしまった。


「あ、今想像したでしょ」

「だって、先輩が風呂掃除なんて・・・!」

「必要があればやるよ、俺だって。その練習も兼ねてのこの暮らしだし」

「はー、お金持ちは考え方もやり方も違いますね」

「まあね。でも、別に子どもたちを思ってじゃないんだ。父さんは、母さんと2人っきりになりたいから、適当な理由をつけて子どもたちを追い出したってだけ。うちの親、いまだに新婚気分だからさ」


文音はもう一度、部屋の中を見回し、ふとあることに気が付いた。


「・・・先輩、このお部屋、先輩だけのお部屋なんですよね?」

「うん、そう」

「す、すごく可愛らしいですね・・・」


そうなのだ。

家に入ったときは、母親の趣味なのかと思ったが、まさか・・・。


「可愛いでしょ!俺が選りすぐった物ばかりだからね!」


これか!


文音は理解した。

たまたま自分が言ってしまった、王子の『変態的な趣味』が『可愛いもの激ラブ』だとは、思わなかった。

しかし、今の時代、可愛い物好きな男子はそれなりにいるし、変態とまで言うレベルではないのでは・・・と思うのだが。

とりあえず、雑談で間を埋めることにしようと心に決める。

ついでに、文音への追及を忘れてくれればいいのだが。


「先輩、いつから可愛い物にご興味を・・・?」

「昔っからだね。父さんが婦人服や子供服のブランド持ってるから、レースとかリボンとかフリルとかって、結構身近なものだったんだ。可愛いよなー」


うっとりと話す武道は、学校で見たことないような恍惚とした表情だ。


「で、中学2年の時に、家族でデパートに行って、婦人服売り場の階で、衝撃の出会いをしたわけ」

「はあ・・・」


自分の世界に入って、独白のように話す武道の邪魔をしないように、適当な相槌を打つ。


「それがこれ!」


文音に渡されたのは、1冊のスクラップブックだった。

そうっとページをめくってみると。


「は!?」


そこには、女性用下着の切り抜きが貼られていた。


「美しいよね!女性用下着って!あの少ない面積の中で織り成す世界の広がりようったら!ラブリーに、キュートに、時にはセクシーに!身に付けた女性の心まで染め上げるような、可愛らしい下着の数々!」


先程の比ではないくらいに、目はキラキラ、頬は紅潮して熱心に話す武道を見て、文音は判断した。


いかん。これは変態だ。


とはいえ、とりあえず確認したいことが。


「ほらこれ!このページを見てごらんコンちゃん!柔らかいシフォン生地に、繊細なレースにフリル!可愛らしさの中にセクシーさも・・・」

「先輩、先輩」

「何だいコンちゃん!?」

「とりあえず少し落ち着いてもらえますか・・・?」

「む。・・・悪いね。今までこの件では話し相手がいなかったから・・・」


それはそうだろう。こんな話を堂々とできる相手って誰だ。母親なら泣くんじゃないだろうか。


多少引いていたのが顔に出ていたのか、武道が少し気落ちして言う。


「やっぱり、変態っぽいよね・・・この趣味って・・・」

「先輩も女性用下着を身に付けたりとか・・・」


つい、武道の体をじろじろと見てしまう。

この服の下に目の前のスクラップブックのような可愛らしい下着がひそんでいたらどうしよう。・・・考えたくない。


「付けないよ!女性用下着は女性のために作られてるんだよ!?俺が身に付けるなんて、神への冒涜に等しい行為だよ!」


急に上がった武道のボルテージについて行くことをあきらめ、文音は淡々と確認作業を進めていく。


「誰かの使用済み下着に興味があるとか」

「そんなの興味ないよ。大体、誰かが身に付けた時点で伸びたりよれたりするじゃないか。やっぱり新品だよね」


そっちの意味で興味ないんかい!とツッコみたいのは置いておく。


「あー、純粋に愛でるだけなんですね。じゃあ、まあ、変態とは言えないんじゃないですか」

「本当?」

「ぎりぎり変人止まりかと」

「よかったー!・・・ちなみに、コンちゃんの今日の」

「下着の色や形や、レースやフリルの有無を聞いてきた時点で、先輩を変態とみなします」


文音の言葉に、ぎしっと固まった武道は、その後、何もなかったかのように、いつもの笑顔を浮かべて話し始めた。


「でね、コンちゃん」

「聞こうとしましたね?・・・申し遅れましたが、私は杵築文音と言います」

「きつきさん?んー、コンちゃんの方が話しやすいや。で、コンちゃん。どうして君が、これを知っていたのかと言うことなんだけど」


趣味の話に盛り上がっているうちに忘れてくれればと願っていた本題に、とうとう戻ってきた。


「どうしてかな?」


にっこりと笑っているように見えて、目の奥は笑っていない。適当な嘘はばれてしまいそうだ。


文音は、正直に告白する。


「実は、根も葉もない、適当に言った悪口だったんです」

「適当?」

「はい」

「これを知っていたわけではなく?」


そう言う武道の手には、例のスクラップ帳。


「はい、まったく知りません。ついでに言うと、先輩が可愛いもの好きだってことも、まったく知りませんでした」

「・・・なんで、悪口なんて・・・」

「それは・・・」


さすがにこれ以上は言えなかった。あなたが好きで、でも絶対に想いが届かないと分かっていたので、諦めるためにあなたを落とすような悪口を言っていました、とは。


黙ってしまった文音を見て、武道はふうっと息をつく。


「同性から嫌がらせを受けることはあったけど、まさか異性からもとはね・・・」

「ご、ごめんなさい!」


とにかく謝るしかない。文音は深く頭を下げ、謝罪の意を必死に表そうとする。


「もう二度としませんし、ここで見たことも絶対に外には漏らしません!先輩の部屋の場所も出たらすぐに忘れますから、どうか許してください!」

「・・・・・・」


武道は黙っている。頭を下げている文音にはその表情が見えないため、非常に怖い。

しばらくして、やっと武道が口を開いた。


「謝る気持ちがあるのなら、態度で示してもらおうかな」

「え?」


文音が頭を上げると、手元に何かが差し出された。


「しばらく、話し相手になってよ、コンちゃん」


それは、あのスクラップ帳だった。


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