三ノ舞 「泉 尚子」
まだ四月に入ったばかりのこと、俺はアパートの近くにある図書館に来ていた。
家から歩いて数分。
本当に近い場所にあった。
図書館の作りは、普通だ。
大きくもなければ、小さくもない。
内装は高校の殺風景な図書室によく似ていた。一階では貸し出しと返却、CD、雑誌を、児童書を。
二階は一般図書と専門書、あとは数十席の勉強席が置いてあった。
――とても静かな場所だった。
つい数年前にできた、市立の図書館にほとんど利用客が取られているのだ。
この図書館は町立。
本の冊数は歴然として、勉強机の数にも差がある。
もともとうるさい場所が嫌いな俺は、ここをよく利用する。
休日は子供連れの人が多いが、平日はほとんど人がいない。
いたとしたら、人のよさそうな博識のじいさんぐらいだ。
さすがに学校を休んでくるわけにはいかないが、学校の帰りによく寄っている。
今日も、そうだった。
春休みが明け、テストがやっと一段落し、またいつも通りにここへ通う。
「東くん。今日は早いわね」
この図書館の司書、泉 尚子さんだ。
すっかり常連とかしている俺は、ここの職員全員に顔と名前を覚えられた。
尚子さんは三十代前半くらいの、清潔で綺麗な女性でとても親切な人だ。
「今日は先生達の会議らしいんで、生徒は一時間早く帰ることになったんです」
「あら、そう。…………健二さんは元気?」
健二とは俺の義兄であり、児童相談所で保護司をしている男だ。
――俺のかけがえのない、恩人である。
尚子さんと兄は付き合っている。
だいぶ前から付き合っているそうで、結婚の話もでているらしい。
二人ともとても仲がよく、よくアパートに遊びに来たり尚子さんの家に行ったりしている。
俺も尚子さんにはとてもお世話になって、お姉さんみたいな人だ。
最近二人とも仕事が忙しく、なかなか会えていない。
「ええ、とても元気ですよ。兄も尚子さんに会いたがっていました」
「嬉しいわ」