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REZALL─リザル─  作者: Bluesky
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EP5








 第2保護区シグザウェルの硬貨は少し変わっている。


 エリュシオンという生物の血液、通称『リザル』の濃度を上げ凝固させて作られている。


 リザル硬貨と言われ、これを水に溶かせば液体のリザルに戻すことができる。硬貨の値段が高いものほど血液の濃縮率が高くなっている仕組みである。僕が生まれる前は金属の硬貨と紙の紙幣だったそうだが、僕はこの『血液の硬貨』しか知らない。


 僕たちの生活は、何においてもこのリザルが必要だ。


 明かりを灯すにも、料理をするにも、車を動かすにも、何もかもこのリザルを必要とする。そこで発案されたのが、リザル硬貨なのだろう。金属の硬貨でリザルを買いに行くくらいなら、初めからリザルで硬貨を作ってしまえばよいのだ。


 この硬貨は赤い。血液を握っている、という感覚が嫌でも伝わってくる。

























EP5 『接近』










「俺はリザル硬貨嫌いだな。前の、金属の硬貨がよかった」


 なぜパラドが僕のアパートにいるのかという質問はひとまず放っておいて。


「なんで?」

「だってリザル硬貨は赤くて気持ち悪いじゃん」

「そう? 僕は綺麗だと思うけど」


 僕が一人暮らししているこのアパートをパラドに言った記憶は無いが、おおかたアレスにでも聞き出したのだろう。


 パラドは、ここ第2保護区シグザウェルで、ガーディアンとして僕たちにリザルを供給する仕事をしている。ガーディアンは超エリートの集まりだと噂されていて、名前はおろか素顔さえハッキリと知られていないほど厚いベールに包まれた集団なのだ。その秘匿性から各地に根強いファンが存在し、僕の育ての親アレスもその一人だ。


 それをこいつは、いともあっさり、僕が友達だからという理由で自身がガーディアンだと暴露した。


 当然、ガーディアンオタクのアレスと話が合うはずで、僕の好物や住所まで知られてしまうことになる。パラドがガーディアンだと知っているのは僕だけだが、こいつは口が軽いからいつアレスにバレてもおかしくない。


「あ、ピアノ置いてあるじゃん。何か弾いてよ」

「聴きたいならCzに来なよ。僕の演奏は商品なんだから、そう安売りはできないんだ」

「じゃあ今日も行くから」


 パラドはそう言ってソファに横になった。さっきから冷蔵庫を開けるわ机の引き出しを探るわ好き勝手やってくれている。こいつの無遠慮さにはもう慣れた。


 さて、Czに来てくれるのは嬉しいのだが、残念ながら今日は休みを取っている。


 週に一度の定期健診の日だからだ。


「今から出かけるから」

「え、どこ? 買い物? 俺も行く!」

「病院。着いて来るな」


 僕は合鍵をパラドに渡して部屋を後にした。彼を信頼しているわけではないが、もし何か盗まれたり壊されたりしていたら、こいつがガーディアンだと書いたチラシをばら撒くだけだ。











 看護師のスオミに運転禁止令を出されているおかげで、今の僕の足は電車しかない。


 人混みは苦手だ。いつどこで気を失うかわからない状況で、あまり他人に迷惑を掛けたくない。


 それに、この街は色々な物で溢れすぎている。派手な街頭スクリーンとか、耳にキンキンと響く音楽とか、昔からピアノばっかり弾いて引き篭もっていた僕には刺激が強すぎる。Daft Punk(愚かなパンク)とは言わないが、どうにも僕の体質に合わないのかもしれない。


 この街の景色を上から眺めるのは好きだけど、その中に入るとなると途端に疲れるのだ。


「君、顔色悪いけど」


 つり革に掴まって揺られていた僕は、その声にはっと顔を上げた。


「降りよう、ここじゃ座れない」

「大丈夫です、慣れてるんで」

「いいや危険だ。あまり目立つことはしない方がいい、降りるよ」


 確かに吐き気と目眩で具合が悪かったが、我慢できないほどでもなかった。


 そう伝えたが、男は執拗に車内に留まるのを拒むのだ。まるで、僕がこのまま車内にいると、自分にとって都合が悪いとでも言いたげな目をしていた。


 停車した駅で、僕はその男に手を引かれ電車から出た。男はそのまま僕をベンチに座らせると、これからどこに行くのかと訊ねた。


「ニューホープ病院です。見ての通りなんで、定期健診を受けに」

「それマジで言ってる? 今までそこに掛かってたの?」

「お世話になってる先生がいるんです。ていうか、今から電車乗りなおしても間に合わないんですけど……」


 今降りたのがちょうどニューホープ病院前に行く電車で、診察時間に間に合う便だったんだが。


 男は頭をかきながら、困ったような素振りを見せた。ベンチに座った僕を見ながら、ブツブツと何かを呟いたかと思えば、ため息を吐いて、舌打ちをした後、タバコに火を点けた。イライラすると吸う癖でもあるのだろうか。イライラしたいのはこっちなのだが。


「ごめん、今いろいろと考えをまとめている。とりあえず、今から君をニューホープ病院まで連れて行くから、診察が終わったらすぐ出てきてくれ。その後のことは上に連絡してから決める」

「は? いや、僕にはさっぱり理解できませんし、診察は結構長いですよ」

「いいよ、待ってる。僕はマリセラ。終わったら()()()出てくるんだよ、逃げないでね」


 ああ、車さえあればこんな面倒ごとに巻き込まれなかったのに。


 やっぱり電車はだめだ。
























 * * *








 ルイス先生の部屋でコーヒーを飲みながら、ブラックペッパーパイをつまむ。


 これほど幸せな時間があるだろうか。


 今日は診察室が埋まっているから、ルイス先生の宿直室で診察だと言われた。宿直室と言ってもテレビにキッチンにシャワールーム完備のスイートルームである。ルイス先生の力なら診察室を空けることができるだろうが、部屋で話すほうが気楽で良い。


 ルイス先生はニューホープ病院一の心理士で、僕はこの人のメンタルケアに掛かっている。すっかり元気になった今ではただのお喋りになっているけれど。


「調子はどう? 退院後も変わりない?」

「はい。さっき電車の中で少し具合が悪くなりましたけど、知らない人に助けてもらいました」

「そっか、よかった」


 Czで倒れた後、僕はニューホープ病院に少しの間入院した……かと思うとすぐに元気になって、無事退院。先生たちも理由が分からずお手上げだった。シグザウェルでも屈指の名医が集まるこの病院で治療できないとなると、もう手の施しようが無いのだ。


 と言っても、もう普通の人と変わりないくらい元気な生活を送っている。僕としては冷暖房完備の朝昼晩三食付ベッドルームを出て行くのは億劫だったが、「治ったなら帰りなさい!」とスオミに追い出された。ちなみに、このブラックペッパーパイはスオミがくれたものだ。市販のものではなく、彼女は昔から僕のために手作りしてくれる。


 スオミの手作りは、市販品より辛くて、旨みがあるのが良い。


 ルイス先生にも勧めようかと思ったが、さっきからどことなく忙しそうに歩き回っていて、なかなか声を掛けられない。


「先生、忙しいんですか?」

「ああ……すまない、患者が診察に来ているのに話さないなんて、職務怠慢だね」

「いいんですよ、僕、ここにいるだけでも楽しいですから」


 実際安心しているのは本当だ。


 今朝電車で会ったマリセラという男が、本気で病院の外で待っているとしたら、僕はこの後知らない所まで連れて行かれてしまう。それはなんとしても阻止したい。その方法を考えているのだけど……。マリセラ一人ならまだなんとかなるとして、”上に連絡する”と言っていたのだから、複数人で待ち伏せされている可能性が高い。


 そうこうしているうちに診察時間が終わってしまった。今日はあまり話ができなかった。そして、いつもなら玄関まで見送りしてくれる先生が、今日は着いて来てくれなかった。


 ルイス先生、毎週毎週僕が来るもんだから、うんざりしてる?


 いや、ルイス先生はそんな人じゃないな。診療代を払っているのに、そんな理由で患者を無下にするような先生じゃない。だとしても変な様子だったのは事実だ。


 支払いを済ますためにロビーにいたところ、また、今朝と同じ頭痛に襲われる。


 落ち着いて、飲料用の水をもらい、薬を飲んだ。



 こんな気分のせいだろうか、何か、僕一人取り残されているような感覚に陥った。


 僕の周りで変化が起きていると思った。



 ふと、こんな考えが僕の頭を()ぎったのだ。先生のこととか、パラドのこととか、今朝電車で会った男のこととか。それらはすべて、関係のあることのように思えたのだ。


 明確な理由が分からないので、直感と言うしかない。




 僕はいつも、具合が悪くなるとこんな風に嫌な事を考えてしまう。




「リダ! まだいたのね!」

「スオミ? どうしたの、そんな急いで」


 ロビーで立ち尽くしていた僕の元に、額に汗を浮かべた看護師のスオミが駆け寄ってきた。そうとう急いで僕を探し回っていたようで、この寒い時期に彼女は汗だくだった。


「まだ帰ってなかったのね! 早くこっちへ来て、あなた危ないわよ!」


 どういう意味? と聞き返す暇も無く、僕は見慣れた採血室へと連れて行かれた。午前の検診で異常でも見つかったのか、と思ったがそんな様子でも無く、スオミは誰もいないことを確認して水色のカーテンを閉めた。


 慌てないで聞いてね、と念を押され、僕は頷く。


「さっき受付に、あなたの友達が来たの。パラドっていう人」


 スオミは涙目になりながら、こう続けた。


「”ラスト”って人を探してるって言われたの。この病院に来てるはずだって」




























 * * *






 スオミに聞いたのは、僕の知らない全ての真実からすればほんの一握りの情報のみだっただろう。だけど、今の僕には重要な判断材料だった。


 パラドは間違いなく、あのパラドだ。僕にストーカーまがいのことをして、強引に仲良くなった僕の友達のパラドだ。


 そして、”ラスト”は僕の本名だ。


 ”リダ”は、あの事件以来世間の目を逃れるために使っている、偽名である。


 そのことを知っているのはほんの一部の人間のみ。


 パラドが知る(よし)も無い。


「それに、さっきから病院の外が騒がしいの。見かけない車が停まっていて、人がたくさんいるの……」


 スオミは、僕が何かに巻き込まれているんじゃないかと心配していた。それで、僕を探して走っていたのだという。


「でも幸運なことに、あなたがラストだということにパラドは気づいてないの。だから、今すぐここから──」


 そこまで言いかけたスオミは、はっと口を閉じた。誰かが部屋に入ってきたのだ。


 水色のカーテンから、彼の足が覗いた。彼が履くには歳不相応なブランドのスニーカーを、僕は忘れるわけが無い。


「あー、リダ、いたいた」


 僕とスオミはじっと息を潜めていたが、その人物は迷うことなく僕たちの居るカーテンを開けた。僕を見て安心したように笑ったのは、今一番会いたくない男、パラドである。


「ちょっとあなた、今この方の検診中なのよ」

「ああ、ごめんごめん……て、さっきの受付のお姉さんじゃん。そいつに用あるからちょっと貸してくんね?」


 スオミは頑なに僕の腕を放さない。だが、僕にある考えが浮かんだ。


 パラドは僕の正体にまだ気づいていないのだ。それを利用して、この病院から脱出できる方法がある。


「大丈夫。また明日にでも来るよ」

「でも……」

「だいじょうぶ」


 パラドに見えないよう、彼女にピースサインをした。察しの良いスオミなら分かってくれるはずだ。スオミが何かを僕の手に押し付けてきた。


「じゃあね、また今度」

「ええ」


 渡されたのは、スオミの車の鍵だ。











「病院にまで僕をストーカーしに来たのか?」

「違うわ。あと俺をストーカーって言うな!」

「つまらない用だったら怒るよ」

「リダ、何も聞いてねーの? ラストがこの病院にいるって、マリセラから連絡あったろ」


 マリセラという名前に、僕の疑惑は確信へと近づいた。


 今朝電車で会ったあの男には、僕がラストだということが知られている。マリセラとパラドは仲間で、僕の行方を捜している。


 そして、何故かはわからないが、パラドは僕が自分らの仲間だと思っているのだ。


「聞いてるよ。ちょうどよかったから、僕も診察が終わったらそのラストって人を探そうと思ってた」

「ああ……うん。そうだったのか」

「パラドはどっか見張ってた?」

「北側の病棟の非常口、今は誰もいないけど」

「僕が代わりにそこに行くよ」


 少々強引すぎただろうか……だけど、パラドは気づいていないようだ。


「じゃあ、頼んだ。俺は他に用事があるから、助かるわ」

「いいよ、友達だろう」


 友達、と言うと、途端にパラドは機嫌を良くした。本当、単純な奴でよかった。外に出たらスオミの車に乗って、とにかく遠くへ逃げるしかない。


 パラドとすれ違う時、彼が何か飴のようなものを舐めているのに気がついた。


 彼の口から、すごく良い香りがしたのだ。


「パラド、何食べてるの?」


 何故こんなことを聞いたのか、自分でもわからない。


 気づいたときにはそう口にしていた。


「何って、リザル硬貨」


 彼が舌を出して僕に見せ付けてきた物は、


 飴ではなくリザル硬貨だった。


「そっか、おいしそうだね。じゃ」



 パラドの舌にのっていたのは、リザル硬貨だった。




 やっぱり、彼はおかしい。




 彼は僕の仲間なんかじゃないし、僕も彼の仲間ではない。


 そう、確信した。






 どうして僕は、あれを美味しそうだと思ってしまったのだろう。





















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