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REZALL─リザル─  作者: Bluesky
4/5

EP4










 エリュシオンの血はリザルと呼ばれ、僕たちの生活には欠かせないものだ。


 そのエリュシオンという生物を狩るのは、僕たちの住む第2保護区シグザウェルを統括する『SQR(スクア)』という組織に属する『ガーディアン』である。


 この『ガーディアン』、とんでもないエリートの集まりなのだそうだ。


 エリートもエリート、そもそも僕らのような一般人がなることはできない。ガーディアンに選ばれた人は、SQRの総督直々にお声が掛かるそうだ。何を持ってして選考しているかは長らく明かされていないが、僕たちの生活の基盤となるリザルを供給する人達であるがゆえに、世間ではいろいろな憶測が飛び交っている。


 優秀なスポーツ選手がSQRの極秘訓練施設に通っているとか、お茶の間を賑わせたあの超能力者が消えたのはガーディアンになったから、だとか。後者は単に業界から干されただけだと思うが、そういう噂が立つくらいガーディアンの実態は今でも謎に包まれている。


 だが、あくまで謎なのはそこで働く人間であって、ガーディアンの役目や職務は広く世間に知られている。養育過程にもかならず盛り込まれているし、オリジン博物館に行けば誰でも知ることができる。


 ガーディアンの魅力を語る上で欠かすことができないのは、


 二足歩行兵器、”メック・エリュシオン”の存在だろう。
























EP4 『停止』 











 こうして病院で目を覚ますのは、あまり良い気分ではない。


「起きた? リダ」

「ルイス、先生……」


 あの時のことを思い出す。


「じっとして。大丈夫だよ、目を瞑ってて」

「はい……」


 目を閉じると、腕のあたりに違和感を感じた。小声で「点滴取った、ヴェーラ先生呼んできて」とルイス先生が誰かに指示を出しているのが聞こえた。


「ガリルとアレスはもうすぐ着くよ。安心して」

「はい。……まだ、目を瞑っていなきゃだめですか?」

「うん、もう少しそのままね。大丈夫、僕は心理士だけど、昔は外科にいたから」


 ルイス先生は、僕を安心させるように頭を撫でた。すぐに扉が開く音がして、ガチャガチャと医療器具のぶつかる音が近づいてきた。ルイス先生の手が離れて、怖くなった僕は両手を握り締めて唇を噛む。


 左腕を取られ、それ以外の身体を押さえつけられた。左腕以外を自由に動かせない状態になった。


 額に、つう、と冷や汗が流れた。


 次の瞬間、今までに体験したことのないくらい壮絶な痛みが左腕を襲った。


「あ"、あ"あ"あ"ぁぁっ──」


 暴れようにも強く身体を拘束され、叶わない。


 長い長い5秒間だった。針が抜かれた後は、年甲斐もなく涙を流した。


「ごめん、ごめんね、リダ。痛かっただろう」

「やだ……もう、嫌です……」

「もうしないから。あれをしないと、リダが死んじゃうかもしれなかったんだ」


 死ぬかと思う痛みだった。死ぬときも同じ痛みを経験するなら、僕は二度死ぬ思いをすることになる。フェアじゃない。


 こんな情けない姿見られたくなくて、アレスとガリルには帰ってもらうようルイス先生に伝えた。


(父さん、母さん、助けて……)


 しばらく傍にいたくれたルイス先生の手を跳ね除けて、一人にしてくれ、と頼んだ。


 誰にも、会いたくなかった。


























 * * *












「メック・エリュシオンの試乗会よ」


 アレスが手にしているのは、二枚のチケット。てっきり映画か何かに誘われるのかと思ったが、予想の斜め上を行ったアレスの言葉に僕は唖然となった。


「え、そんなの、僕たちみたいな一般人が行けるの?」

「そう、一日限定でね。知り合いにチケット譲ってもらっちゃった」


 メック・エリュシオンといえば、ガーディアンがエリュシオンを捕獲するために乗る二足歩行の兵器だ。僕はあまり興味がなかったが、アレスはガーディアンの壮絶なファンだった。いわゆるガーディアン”オタク”だ。


 ガーディアンオタク、通称ガオタは、メックの仕組みに詳しいのが特徴だ。ガーディアンを撮った写真を市場に流したり、メックのプラモデルを組み立てたりするのが主な活動内容……なのだろうか。


「ガオタの人と行ってくればいいじゃん」

「連絡取ったんだけど、皆仕事で行けないんだって。私は休みを取ったけれど」


 かくして、僕はアレスに連れられ会場のメリディアルパークへと足を運んだ。


 そういえば、久々に外に出た。趣味といえばピアノしかなかった僕は、誰かに連れられでもしない限り家の中にいた。アレスはそんな僕を心配して、メックの試乗会に誘ってくれたのかもしれない。


「リダ、あれ、アサルトメックよ! 近くに行って見てみましょう」


 メリディアルパークでは、数機のメックが芝生の上を歩いていた。大人五人分と言われる高さのメックが群衆の中を闊歩しているのは、それなりに目立つ。それを、大勢の観客が周りで眺めている。


 僕は初めてメックを見た。というか、アレスみたいなガオタでない限りここにいるほとんどの人が初めてだろう。


 鈍色(にびいろ)に光る機体は、頭のない人間のような(かたち)をしていた。


 基本となる胴体に腕と足がついているのは、人間らしいといえば人間らしい。だが、あくまで人間をモデルにした機体というだけで、コレが人間に近いかと言われれば返答に悩んでしまうレベルだ。四肢も、人間みたいに滑らかに動いていない。あんなにギクシャク動いていて、本当にエリュシオンを捕らえることができるのか? と疑問に思った。


 アレスが言ったアサルトメックは、入り口の一番近くにいた。ちょうど、若い女性がスタッフに誘導されコクピットに入るところだった。メックの前に立っていた看板に、「このメックは試乗用に改造されています」と書いてあった。


 アレスは年甲斐もなくはしゃぎながらカメラを構えた。僕は、メック・エリュシオンが想像と違ったのですでに飽き気味で、それからというもの適当にアレスの話に合わせていた記憶しかない。







「へー、リダもいたんだな、メックの試乗会。俺もいたんだぜ」


 なぜこいつが僕の病室にいる。


「懐かしいな~。お前は最近の子だと思ってたけど、メックとかに興味あんのな」

「最近の子って言うな。ていうか出て行け」

「冷たいなぁ。お前の好物のブラックペッパーパイ持ってきたのに」


 先ほど、アレスとガリルが見舞いに来てくれた。僕の落ち着いた様子を見て心底安心したようで、二人とも仕事に戻った。で、今はパラドが見舞いに来ている。僕の大好物、パイ生地に黒コショウをかけて焼き上げた”ブラックペッパーパイ”を持って。


「僕の好物なんて誰に聞いたんだ」

「アレス。さっき病院のロビーでメックの話したら盛り上がってさ~、初対面なのに意気投合しちゃった。お前のこともいろいろ聞いたぜ」

「パラドってガオタなの?」

「ガオタっていうか、俺はメックのパイロットだし」

「へー、それなら詳しくて当然──ハァ!?」


 つまり、パラドはガーディアンということだ。


 ガーディアンといえばエリートの中のエリートで、どんな超人がいるのだろうと皆が想像を膨らます。こいつがガーディアン? 何も考えていなさそうな、子どもっぽいこいつが?


「おい、今俺のこと馬鹿にしただろ。顔にそう書いてある」

「そりゃ、びっくりするさ! 僕なんかに言って大丈夫?」

「リダだから言ったんじゃん。友達だろ?」

「友達程度で軽く口走っちゃうお前に驚いてるんだよ」


 気分を落ち着けようと、ブラックペッパーパイの袋を開けて一つ口に放り込んだ。ああ、美味しい。このツンと来る辛さがたまらない。パラドにひとつ勧めると、そんなマズそうなネーミングの食べ物いらない、と失礼な事を言われた。


 そういえば、パラドと初めて会ったとき、彼はとても良い服を着ていた。ガーディアンだからかなりの報酬を貰っている証拠だと考えられる。


「まさかアレスにそのこと言ってないよな? パラドがガーディアンだって知ったら発狂するよ、あの人」

「言うわけないだろ!」

「どうだか。僕にだって軽々しく暴露したんだからな」

「いや、まぁ、確かに人前で口にしちゃいけないことだけどさ……つい言っちゃった」


 なにが、つい、だ。言っちゃ悪いが、こんなのでよくガーディアンが務まっているなと思う。強くてクールなガーディアンのイメージ崩壊だ。


「今日だって、仕事休んで会いに来たんだからな」

「頼んでないし。そんな簡単に休めるものなの、ガーディアンって」

「うん、結構自由。今月はリザルの供給が安定してるし、電力を消費する大きなイベントも無いしな。冬のイルミネーションフェスの時期は死ぬほど忙しいけど」

「そんな内部事情まで訊いたつもりないけど……あんまペラペラ喋りすぎんなよ」


 パラドが、どうして? という顔をする。ここが個室だったからよかったものの、四人部屋だったりしたら──と諭そうとしたところで、いつもの頭痛に襲われる。


 体調が良くなったと思ったらこれだ。


「パラド、薬と水取って……青い袋に、入って、る……やつ」

「なんだなんだ、また具合悪いのか」

「大丈夫、慣れて、る……から……」


 パラドが心配そうに僕の肩を支えた。そういえば、初めて会ったときもこうやって助けてもらったっけ。


 薬を飲み終えると、パラドが帰ると言い出した。きっと、長居しすぎて僕の具合が悪くなったと思ったのだろう。別にそんなことは無いし、むしろ話し相手がいないと暇なんだけど……って言えば、パラドはまた調子に乗るから言わない。


「そういや、アレスってリダの母親じゃないだろ? なんかあったのか」

「……それもアレスから聞いた?」

「いや、アレスは何も言ってねぇけど。なんとなく、な」


 なんとなく、でそんなデリケートな質問ができるこいつの無神経さに、もう驚いたりはしない。


「まぁ、いろいろあったんだ。僕がよく具合悪くなるのと関係してる、ってだけ言っとく」


 はぐらかさずに真実を伝えてもよかった。


 でも、やっぱり僕は怖いのだ。昔のように、リザルを飲んで生き残った異端な人間だと思われたくない。



























 * * *







 看護師のスオミが持ってきてくれた夕食を食べながら、夕日に染まるオリジン市街を、ずっと眺めていた。


 もう少し暗くなればメリディアルタワーの近くにあるジャズバーCzが見えるだろう。


 昼間、見舞いに来たガリルに、今日はCzに来るなと言われた。来なくていい、じゃなくて、来るな、だ。そうでも言っておかないと、僕がベッドを這い出てCzのステージに上がるとでも思われたのだろう。


 おやつのゼリーを残して、僕は身体を拭くことにした。スオミが夕食と一緒に持ってきた濡れタオルがある。最初はスオミが僕の身体を拭こうとしていたが、やんわりとお断りした。


 もう元気なんだから、シャワーを浴びたいなぁ、なんて。一体何日気を失っていたのかわからないが、拭くだけではどうにもスッキリしない。


「リダ、採血しに来たよ」


 下を脱ごうとしたところで、ルイス先生が部屋に入ってきた。そういえば、食後に採血があるとスオミが言っていたのをすっかり忘れていた。


「わ、ルイス先生。すみません、こんな格好で」

「あれ、スオミに身体拭いてもらったんじゃないの?」

「じ、自分でできますから」


 急いで服を着て、ベッドに横になった。これもスオミから、採血の時は起きるなとのお(たっ)しだった。多分、また気を失ったりしたら大変だから。


「食後のリラックスしてるときがいいと思ってね。俺の採血全然痛くないって評判だったんだよ」

「僕の内科の担当はヴェーラ先生なんですが……」

「俺がしたいって言ったら了承してくれた。スオミも忙しそうだったし、別に俺でもいいだろう?」







 先生の言った通り、まったく痛くなかった。そもそも、僕だって採血の痛みくらい我慢できるのに先生は心配性だ。


「あの、さっきはごめんなさい。傍にいてもらったのに、出て行けなんて言って」


 あの時のことを謝っておいた。きっと、アレスやガリル、先生にもすごく心配を掛けてしまった。目覚めたとき、僕は絶望していた。あの瞬間だけ、生きることが嫌になっていた。


 何があっても前向きに生きると決めたのに、最近、ああして何もかもが嫌になる時がある。


 いつ来るかもわからない痛みや苦しみに怯える生活が続いて、そのうち怖いという感情も麻痺して、自分が何をしているのかわからなくなるのだ。


 ルイス先生は、(うつむ)いている僕の頭を撫でた。許してもらったということでいいのだろうか。


「……そういえば、ガーディアンがここに来たことってあるんですか?」


 ルイス先生は、ない、と即答した。


「俺が勤務を始めてからはないよ、そういう話も聞いた事ない。どうして?」

「これだけ大きい病院だから、ガーディアンが治療に来ることもあるのかな、と」

「ここ以外にも大きな病院はあるし、来たとしても極秘だろうね。あ、もしかして、リダまでガオタってやつになったの? アレスの影響で」


 それはない、と強く否定しておいた。ただ、まったく興味が無いというわけでもなくなった。


 パラドみたいに、一般人に紛れて生活しているガーディアンがいることを知ったからだ。


「もしかしたら、ガーディアンだと知らずに診察してるかもしれませんね」

「確かに、それもあるかも。でも、そういうのって俺よりアレスのほうが詳しそうじゃない?」

「はは、そうですよね。あの人、普段は興味なさそうな顔してますけど、裏で何してるかわかりませんから」


 サーバーをハックしてガーディアンの個人情報を盗み出す、くらいのことをしてもおかしくないくらい熱狂的なファンだからね。


「あ、Czの看板光ってる」


 すっかり日が落ちて夜の顔を見せた街を、ルイス先生は指差した。ここから見えるメリディアルタワーも素敵だけど、ルイス先生の部屋から観た景色の方が僕は好きだ。


「先生の部屋から見たほうが、綺麗」

「嬉しいこと言ってくれるね。来る? 今から」

「それ、マズいんじゃ……一応病人ですよ?」

「うん、ダメだよ。でも特別に許可してあげる。スオミに見つからないようにしないとな」


 小声でそう言ったルイス先生は、ウインクをして僕の手を引いた。


 なんだかワクワクした僕は、急いでベッドを降りてカーディガンを羽織った。


 病人を連れまわすなんて、ルイス先生は心配性なんかじゃなくて僕に甘いだけなんじゃないだろうか。そう思ってしまうくらい、僕はこの人に我侭を言っている気がした。僕と先生は、医者と患者の関係を超えているのかもしれない。


 友達? 違うな。先生とパラドが同じ位置にいるなんて、先生に失礼だ。


 友達じゃないなら何だ? 恩人? 保護者?


 釈然としない感情だけが胸に引っかかった。せっかく今から綺麗な夜景を見るというのに、こんなに胸の内がモヤモヤするのはどうにもおかしい。


 こんな気分の時は、Czでピアノを弾くに限る。今度先生にお願いして、先生の部屋にピアノを置いてもらおうか?



 楽しいことを考えないとやってられない。 



 そう自分に言い聞かせて、楽しいことばかりを考えるのだ。そうすれば麻痺してくる。忘れるのではなく、麻痺させるのだ。

























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