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REZALL─リザル─  作者: Bluesky
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EP1











 手足の痺れ、一時的な神経麻痺、頭痛腰痛肩こり倦怠感……。


 数えだしたらキリが無い。この合併症は前例が無いもので特効薬が存在せず、長年代替の痛み止めや栄養剤を処方してもらう毎日を送っている。


 今日も僕は病院に来ている。週に一度大きな病院に足を運んでは、定期検診とメンタルケアを受けるのだ。誰に強制されたわけでもなく、数年前から自発的に通院し始めた。


 小さい頃からピアノが得意だったので、今ではそれを生かした仕事をしている。貯めたお金のほとんどが診察代と薬代に消えているが、僕はそれで満足だ。しかし、この病的とも言える病院通いは治りそうにもない。


「へぇ、リダって、ピアノ弾けるの?」

「あれ、言ってませんでしたっけ。オリジン市街のジャズバーで働いてます」

「ふーん。正真正銘のピアニストなんだ」

「改めてそう言われるとむず痒いですね」


 午前の診察が終われば、午後からルイス先生とのお喋り……もとい、診察の時間だ。


 ニューホープ病院一の心理士と名高いルイス先生に、週に一度診察を受けているなんて、よっぽどの重症患者と思われているに違いない。もちろん診察料だって馬鹿にならない。給料の8割はこの方に消えていると言っても過言ではないだろう。


「今日は午前の検査、行ってきたのかい?」

「はい。混んでたから後回しでいいと言ってロビーで休んでいたら、看護師のスオミが僕を迎えに来ました。ルイス先生の診察を遅らせるわけにはいかない、って」

「君がいつも時間通りに来るのはスオミのおかげだったのか。……顔、青いけど大丈夫?」

「あ、ええ、少し目眩がします……」


 実は、今朝から少し具合が悪かった。


 ルイス先生と少しでも長く話をしたくて我慢していたが、やはり薬を飲んでおくべきだった。薬を飲むと血液検査に引っかかって午後の検診に響くかもしれない、と飲まずに家を出たのが仇となった。


 僕が薬を飲むのを察して、先生が水を持ってきてくれた。さきほど処方されたばかりの薬袋の山からビタミン剤を取り出し、いそいで腹の中に収めた。昔はすべての薬を毎朝飲んでいたが、数年前からは症状が出てから飲むようにしている。薬の量は年々増え続け、毎朝全て飲むのは大変だから。


「ありがとうございます。検査では何も言われなかったんだけどなぁ」

「今日は休んだほうが良さそうだ。ベッドを貸そうか?」

「いいんですか?」


 てっきり、帰れと言われるかと思った。


「いいよ。帰れと言っても、君は帰らないだろう?」

「あはは、お見通しでしたね」


 なんだ、そういうことか。


 確かに、帰れと言われても診察時間ギリギリまで粘るつもりでいた。先生はそれを見越して、ここで休むことを勧めてきたのだろう。















EP1 『開眼』






 勉強も運動も、できるほうじゃなかった。


 僕の住む『第2保護区シグザウェル』には学校がない。代わりに、子どもを産むためには双方の親が統養免許β(ベータ)、通称養免を持っている必要があった。読み書き等の基礎的な学習から数学、語学、経済の至要たる知識を持っていなければいけない。そして、産まれた子どもが養免βを取得できるレベルまで教育するのもその親の役目だった。


 そんなある日、僕は小屋に放置してあったポリタンクを見つけた。


 その日は草むしりをしていた。本当は花を植えてみたかったが、枯らしてしまうと悲しいので草むしりくらいしかできなかった。ちょうど親による養育過程が始まり、「人は自分や周りの誰かのために働かなければならない」ということを教わった時期でもあった。


 とても喉が渇いていた。母の、熱中症になるといけないから早く家に入りなさい、という声が聞こえてくる。


 スコップとバケツを直しに入った小屋で、変なマークの入ったポリタンクを見つけたのだ。


 当時5歳の僕は好奇心旺盛で、中に何が入っているのかとても気になった。キャップをくるくると回して開けてみると、なんだか良い匂いがする。スーッと鼻を通るような、さわやかな気分になった。


 僕は迷わずその液体に手を入れ、(すく)い上げた。


 透明のソレを口に含み、飲み干す。


 のどの渇きが潤され、気分が良くなった僕は、次々と同じ事を繰り返した。


 しばらくそうしていると、外から誰かの足音が聞こえてきた。おそらく、母がなかなか家に上がってこない僕の様子を見に来たのだろう。


「ラスト、おうち入りなさい。ご飯用意して──」


 ガラガラ、と小屋のドアが開き、僕は手に残った液体を舐め取りながら母を見上げた。


 母と眼が合った。そのとき、母は今まで見たこともないくらい歪んだ表情をしていた。


 僕はいけないことをしたのだと気がついた。


「あ……ご、ごめんなさい、喉が渇いてて……」


 つい、飲んでしまったの。そう言おうとしたが、言葉が続かない。


 母はまるで、鬼が取り付いたかのように半狂乱になり僕を抱きかかえた。様子を見に来た父も騒ぎ出して、僕は何かとんでもないことをしでかしたのだと思った。


 喋られない、手が動かない。瞼すら閉じられなくなり、母の腕の中で僕は気を失った。






 * * *






「大丈夫? 冷や汗かいてるけど」

「ん、おはようございます……」

「悪夢でも見た?」

「……そんな感じです」


 眼が覚めた僕は、藍色の毛布をたたんでベッドから降りた。


 てっきり病室に備え付けの白くて硬いベッドで寝かされるのかと思ったら、案内されたのはリダ先生の宿直室だった。「家に帰られないくらい忙しい時期があって、その時この部屋を用意してもらったんだ」と言う割にはとても豪華で、まるでホテルのスイートルームだ。さすが、病院一の医師は違う。


 自分だけ特別扱いはいけないと断ったものの、大事なお客様だから、と引き立てられた。先生の中で僕は上客のようだ。


「最終の診察が終わって戻ってきたところなんだ。調子は?」

「かなり良くなりました。そういえば、最近ピアノの練習で寝不足でした」

「ここに寝に来てもいいんだよ。職場からはここの方が近いって、前言ってたよね」

「寝に来るだけって、何か変ですよ」

「はは、冗談冗談」


 毎日このベッドで眠れるのはちょっと魅力的だと思ったが、そこまで甘えるわけにもいかないだろう。


 身支度を整えながら、大きな窓から外の景色を眺めた。結構寝入ってたみたいで、外はすっかり真っ暗だった。部屋からは、オリジン市街の綺麗な夜景を一望できた。


 電子回路のように複雑に入り乱れる道路とビル群は、夜景と言うほど上品じゃない、無秩序な美しさを作り出していた。


「良い眺めだろう。海まで見えるんだ」

「ほんと、とても綺麗ですね……あ、僕の店が見える」

「え、どこどこ?」

「メリディアルタワーの東側に紫のネオン見えません? ちょっと分かりにくいかな……」


 僕の働いているジャズバー『Cz』の看板が光っていた。ここから見ると小さな点でしかないが、大体の方角を指差すと、ルイス先生は僕と同じ視線まで顔を近づけた。「ああ、あれかな?」と、暖かい吐息を感じるまで顔を寄せられる。


「確かに、ちょっと見えづらいね。でもわかったよ」

「今度来てください。Czっていうお店です。僕、ほとんど毎日いますから」

「ピアノ弾いてくれるの?」

「ええ。リクエストも聞きますよ」


 ルイス先生が店に来る……考えただけでも心が躍った。診療の時間以外でも先生と会うことができるかもしれないのだ。


 帰ったらすぐに曲を練習しよう。先生の好みを聞いておこうか。いや、その場の雰囲気が大事だし、選曲は僕がしたほうが盛り上がるかな。


 ふと、頭を鈍器で殴られたような振動が響いた。


 顔をしかめて、歯を食いしばる。痛みは一瞬で治まった。


「どうかした? リダ」

「いえ、なんでも。今日はお世話になりました」


 なんだったんだろう、今のは。


 薬を飲むほどのことでもなさそうだと結論付けて、先生の部屋を後にした。


 玄関まで見送ると言われた。廊下で、午前の検診で面倒を見てくれた看護師のスオミとすれ違った。「まあリダ、まだいたの? お大事にね」と笑顔を向けられ、ちょっと恥ずかしかったが。スオミが去った後、「いつまでもいていいんだけどね」と先生がもらす。消灯前の薄暗い廊下で、その声はハッキリと聞き取れた。


「じゃあね、リダ。家まで送ってもいいんだけど?」

「大丈夫です。ありがとうございました」


 玄関まで、と言ったのに、先生は駐車場までついて来てくれた。よっぽど、具合を悪くした僕が心配だったのだろう。


 運転席に乗り込み、ドアを閉めた。すると、またさきほどと同じ頭痛に見舞われた。


「薬……薬……」


 後部座席に放り投げたバッグをまさぐり、頭痛薬を探す。


 くそ、こういうときに限って底のほうにあるんだから……。


 なかなか発進しない車を、先生が心配したように覗き込んできた。コンコン、とガラスをノックされたが、大丈夫、とジェスチャーして笑っておいた。


(薬は帰ってからでいいや)


 とにかく今は発進せねば、また心配を掛けてしまう。


 幸いなことに、また、頭痛は治まった。


 エンジンを掛け、アクセルペダルを踏む。ハンドルを握る手が嫌に汗ばんでいた。




























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