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願いを叶える宝石に纏わる冒険譚  作者: 2991+
魔物の棲む森にて
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第6話



 息をついて、僕は二人に改めて命令をした。


「では、二人は僕の身の回りのことを手伝ってくれ。野営の支度をする…から…」


 言い終わらないうちに二精霊が姿を現し、合わせて周囲に異変が訪れた。低木ががさりと起こり、もの凄い早さで成長したのだ。


 息を飲む僕の前で、ヤドリヤナギの垣根が円を描いて成長を止める。宙に現れた水の塊から、どさっと巨大な魚が三匹落とされた。

 更に顔を出しかけた鮫を、シャロレイトラハの白い手が水の中へと押し返す。


 魚は大きすぎた。

 バルザックをもってしても、食べ切れるのかわからない。


「…こんなに沢山は食べられないかもしれ…あっ、二人は、ご飯は食べられるのかな」


「ご命令とあらば」


「私たちは人に似た姿を取る間、人と同等のことはできるよ」


 バルザックは目を細めただけで何も言わない。

 五精霊を実体化させて常に置いておくのは良くない…とは言っていたが、二人なら実体化していても問題はないのだろうか。


「では、皆で一緒に食事をしよう。すぐに支度をするから、消えずに待っていて!」


 鍋やなんかはないから、大きな魚は焼くことしかできないけれど、皆で食べればきっと美味しい。

 思わず目を輝かせた僕に、精霊たちは微笑んだ。


「私が食事の支度をしよう。シャロレイトラハはジエラルーシオンの…」


「…あ。貴方が? 私ではなく?」


「私では何か問題が?」


「…いや…決してそうではなく…ただ通常は女性の腕が試される場面のような…」


「人間との契約は久し振りだが、こういったことが存外楽しいのだよ。ジエラルーシオン、火をもらえるかな」


 動揺するシャロレイトラハを横目に火を要求され、僕は慌てて頷いた。荷物から火打ち石を取り出して振り向くと、既に枯れ枝が積み上げられている。


「ドルアリィグは野営に慣れているのか。とても手際がいいんだな」


 感心して呟く僕に、緑精霊は木製のナイフを振って腕まくりして見せる。


「若い頃には何度も人間と契約し、その旅に同行したことがある。ほとんどが、ここがまだ森でなかった頃、精霊と契約のできる人間が当たり前にいた頃のことだがね」


「…森でなかった頃!?」


「口に合うかはわからないが食事の用意は私がする。ジエラルーシオンは湯浴みでもして待っているといい」


 湯浴み…?

 きょとんとした僕に、シャロレイトラハが大きく頷いた。


「成程、それで貴方が調理を買って出たのだな。よかろう、さぁ脱げ、ジエラルーシオン。この私が服共々貴方を洗濯してくれよう」


「えぇっ?」


「シャロレイトラハ、そうではなく。見えぬ位置に大きな湯を作って温度を調節してやるだけでいい。主が好きに湯を使って出てくるまで、熱くも温くもないよう温度を維持して、あとは放っておくんだ。人間には時々そういう時間が必要なのだよ」


「…なんと…」


 バルザックが側へ寄ってきて、ちょいちょいと鼻先で僕をつついた。動揺しきりの僕は無意識にバルザックを抱き上げてしまう。


「おい、持ち上げるな」


「えぇっ?」


「湯を使う間にな、洗濯はしてもいいと言いたかっただけだ。お前のことだから、濡らすと明日の朝出かけるまでに乾かないとか思っているんじゃないか」


「…あぁ…うん。驚きすぎて考えていなかったけれど、洗濯と言われれば確かに思う。そうか、水精霊がいれば洗濯しても乾くんだ」


 そう考えると、湯浴みも悪くない。

 ゆっくりと湯に浸かるなんて、城を出てからはなかったことだ。

 逃げ隠れている僕が風呂に入れないのは当たり前で、水浴びも洗濯も一緒くたに川に飛び込むのがせいぜいだ。

 今は仲間がいて。遠くの気配にも敏感な狼が状況を教えてくれる。帝国兵の接近に怯え警戒する必要はない。


「…じゃあこの辺に湯を…」


 言いかけると、素早く顔を上げたシャロレイトラハによって、そこには大きな水の塊が浮かんだ。ふわりと湯気が立ち、温かな空気が満ちる。


「わ、あったかい」


「これで問題なかろう」


 自信満々の彼女の横でドルアリィグがひょいと片手を振る。

 バスタブのように蔓草が湯の下部を覆い隠し、その端にはちょこんと木製の手桶まで乗っている。続いてヤドリヤナギよりも少し背の高い木々が垣根のように生い茂り、完全に目隠しになった。


「シャロレイトラハ…人間とは繊細だ。特に、ジエラルーシオンの年の頃はな。何も透明なだけが水ではなかろう」


「…くっ…、ドルアリィグ! 私は決して無能な精霊ではないのだぞ。なのに貴方がっ、いちいち私をイマイチな感じにっ…」


「誤解だ、シャロレイトラハ。私はお前よりももう少し、人間について知っているだけに過ぎない。知らないのならば学べば良いだけではないか。関わりなく過ごしたものを理解している精霊などいないよ」


「…ははァ。お前の選択は正解だったかもしれないな。水精霊はプライドが高い。まして四大精霊でない緑の精霊を引き入れると、相手を軽んじる可能性もあったんだな。ドルアリィグくらい老練だと、年齢的にも経験的にも無下にはできない。彼らの関係は、これで丁度良いのかもしれない」


 精霊同士の会話を横目に、バルザックがひくひくと鼻を動かした。まだまだ続きそうなシャロレイトラハの様子に、ドルアリィグが早く行けと目配せをくれる。

 確かに彼は、上手に周囲を見ているという感じがする。

 ここが森になるより前から存在していたという、緑精霊の年齢は聞くに聞けないが…。


「では入ろうか。楽しみだ」


「…ん? おい、ジルオール。お前…」


「バルザックも入るだろう?」


「何を…、入るわけないだろう。獣が湯になど浸かるわけが…」


「獣も温泉に浸かるよ。猿でもリラックスするのに、お前は入れないのか?」


 えぇっ、とバルザックが珍しく悲鳴染みた声を上げた。

 笑いを堪えて、僕は湯の側で狼を下ろす。

 風呂から湯の塊を取り出して、脱いだ服を入れた。考えてみれば、石鹸なんかない。大して綺麗にはならないかもしれないが、洗わないよりはましだろう。


「ジエラルーシオン」


「うわっ、な、何っ」


 シャロレイトラハだ。

 素っ裸で洗濯物を見つめてしゃがみ込んでいるところに声がかかり、僕は慌てる。ドルアリィグの入れ知恵か、彼女はこちらに来ようとはせず、声だけが垣根越しに響く。


「早く湯に入れ」


「…あ、うん。ちょっと流してから…」


「そのまま入れ」


「…えぇと、そうするとすぐ湯が汚れてしまうくらいには、僕は汚いんだ」


「大丈夫だから入れ。早く。早くったら」


 急かされて、僕はバルザックを抱え上げた。「ヘェ?」と頓狂な声を上げた狼ごと、ゆっくりと湯に身を沈める。


「あづぁ、ちょ、ちょっと待て、心の準備がまだできてないっ」


「熱くないよ、丁度いいお湯じゃないか」


 湯の底は蔓草がなくてもバスタブのようになっていたようで、足が底を突き抜けることもない。ゆったりと肩まで浸かると、慌てたようにバルザックが僕の肩に登ってきた。多少爪が食い込むが、そう痛くもない。


 目を閉じると急激に、緊張が解けたような気がした。

 知らぬ間に、ふぅ、と満足げに吐息が零れる。と、湯の中からコポコポと小さな泡が湧き立ってきた。

 驚いて辺りを見回すと、僕が洗濯物を入れた水の塊にも同様の現象が起きている。


 じたばたと水を掻いて、狼が声を上げた。


「おい、これ何なんだ、泡立ってるぞ」


 シャロレイトラハが誇らしげに返す。


「ゆっくり浸かっているだけで老廃物も全て流してやろうと思ってな。案ずるな、湯は常に綺麗なものと入れ替えている」


「…それは、石鹸がなくても汚れが落ちるということ?」


「そうだ。髪を洗いたければ言うといい。目に入らないよう湯を持ち上げてやろう」


「ううん、潜るから大丈夫だ。石鹸がないから困っていたところだったんだ。助かるよ、シャロレイトラハ。ありがとう」


「任せておけ、水にできないことはない」


 ふふふ、と水精霊の嬉しそうな笑い声が聞こえた。こちらまで嬉しくなって、僕も笑う。

 バルザックを抱えて、息を吸い込みかけると慌てた狼がピィと鼻を鳴らした。


「ジルオール! まさかとは思うが」


「…じゃあ、3つ数えるから、息を吸って。止めて潜るんだぞ。3、2、1…」


「…ジルオ…ッ」


 ごべふっと妙な音がした気がしたが、潜ってしまったのでよくわからない。水の中で狼が暴れないので大丈夫だと判断し、僕はしゅわしゅわと泡立つ湯の中でしばしのときを過ごす。


 目は開けられないけれど、頬や睫毛をくすぐられて、笑ってしまった。


「…ぷはっ」


 湯から顔を出して狼を見遣ると、彼は湯に入ったときと同じ姿勢で固まっている。


「バルザック? 大丈夫か? あっ」


 我に返った狼は、びゅんと僕の肩を駆け上がって湯船から飛び出すと、踏みしめた地面の上でぶるぶると毛皮の水を飛ばした。


「俺、俺ァ、ドルアリィグの手伝いをしてるから、ジルオールはゆっくりしてこいっ」


 大急ぎで言い残すと、彼は凄いスピードで精霊たちのところへ走って行ってしまった。垣根越しの会話が聞こえる。


「なんだ、もっとゆっくりしていればいいのに。獣臭さは落ちたのか?」


「乾かせ、早く乾かせ、今すぐっ」


「何をそんなに慌てる。濡れたことがないわけではないのだろう?」


「身体が嫌がっている、それだけだっ」


 賑やかな様子に、くすくすと笑いが込み上げる。

 ゆったりと温かい風呂に浸かりながら、和やかな声に耳を傾けた。バルザックとシャロレイトラハが何かを言い合っていて、ドルアリィグが諫めている。


 うっとりと聞いていると、どうやらこれは僕が願う何か…平和や幸せのようなものに…似ていると思った。


 こんなことはもう、ないと思っていたのに。

 父も母も、家臣たちも。

 穏やかに笑いながら、何気なく過ごした日々。

 城下を歩けば民が朗らかに声をかけ、市場は賑わい、子供が歓声を上げて駆ける。


 皆、壊れてしまった。

 大切な人たち。

 大切な場所。

 大切な僕の日常は、もう、全て。


「…僕に…もっと力があれば…」


 あったところで。

 僕程度では。


「イシュテアスだったなら…」


 英雄ならば。

 きっと守れた。


 鼻の奥が、つんとして。僕は慌てて湯の中に潜る。目の端から零れる前に、涙は湯に混ざった。

 泣いている場合じゃない。泣いても何も変わらないんだ。


 僕にこの時間が二度と戻らなくとも。

 民にはできる限り返さねばならない。帝国の手に、決して全てを渡してはならない。


 大丈夫。

 僕は。進んでいると思える。


 バルザックと出会い。シャロレイトラハと出会い、ドルアリィグと出会った。この先にも僕は精霊と出会う。


 宝石を、きっと手に入れる。

 もう、己の身だけを辛くも守りながら、帝国兵をも傷つけて、矛盾する願いに歯を食いしばるだけの日々じゃない。


 湯から上がると、すっかり身体は温まっていた。

 洗濯物を泡立つ水から取り出して、布から取り出した水気を泡立つ水へと返す。水の塊も、湯船に返した。


 タオルはないけれど、同じように身体の表面の水気を払えば、すぐに乾いた。服を着て。口の端を上げる。


 大丈夫。


「シャロレイトラハ、済んだよ」


 仲間の元へ戻ると、水精霊はどこか居心地悪そうな顔で「そうか」と笑んだ。何かあったのだろうか。バルザックに目を遣るが、首を傾げられただけだ。


「わ。すごいな…」


 ドルアリィグに問おうかと彼のほうを見た僕の口からは、しかし違う言葉が飛び出した。地べたで、焼いた魚だけを食べるつもりだった僕の予想を裏切る光景。


 椅子とテーブルがあって、皿が何種類も並んでいたからだ。

 …これでシャロレイトラハは自信をなくしてしまったのだろうか。


 だとしたら、僕はいかに湯浴みが素晴らしかったのかをきちんと彼女に伝えねばならない。


「シャロレイトラハ。久し振りにゆっくりできたし、さっぱりしたよ。ありがとう」


「役に立ったのならばいいのだが」


「うん。また明日から頑張ろうって思えた。これからもよろしく頼む」


 ようやく彼女はにっこりと微笑んだ。

 それを見届けてから、僕は楽しそうに調理をしている緑精霊に声をかける。


「随分豪華だな」


「すまない、つい楽しくなってしまってな。もうできるから座ってくれ」


 覗き込んだ手元には綺麗に飾り切りにされた果物が…。着席すると、並ぶのは野菜の添えられた魚のグリルと、根菜と魚のスープと、葉物のサラダ。木製の椅子とテーブルで木製の皿に料理が乗せられ、木製のスプーンやフォークが添えられ…全く抜かりがない。


「緑の精霊は扱う植物に制限はないのか」


 思わず呟くと、バルザックが隣の椅子に飛び乗る。舌なめずりをしながら答えた。


「それはァ。精霊の能力次第だ。芽吹かせ育て、刈取り加工する。種も何もないところから育てることはできないから、ドルアリィグは自分で色々な種子を保持しているのだろう。それこそ過去の旅とやらで集めたのかも知れないな。果物はさっき木々が枝伝いに運んできたぞ。そんな遣り方も他で見たことはないから、独自の術なんだろなァ」


 彼にかかっては手に入らない植物などないのかもしれない。


「それにしても、変わった火の焚き方をするね。あれ、木組みは燃えないんだろうか?」


 ドルアリィグは木組みの上で火を焚いて、調理台らしきテーブルとその間を行き来していた。…焚き火とは地面の上に作るものだと思っていた。


「立ちかまどというそうだぞ…いちいち屈み込まなくていいから、長身の彼には使いやすいのだそうだ」


 そう言って、シャロレイトラハも着席した。

 かたりとテーブルに果物を置いて、ドルアリィグも座る。全員が席についたので、僕は「いただきます」と呟いてフォークを手に取った。


 バルザックは何も言わずに魚にがぶりと噛みついて器用に骨を外し始める。精霊二人も、特に何も言わずに食べ始めた。


「あ。塩がきいてる、美味しい」


 嬉しくなって僕は顔をほころばせた。

 魚を焼いて食べるといっても、調味料の持ち合わせがない僕では素のままの味でしかないのだ。食べられること自体に感謝して、素材の味そのままで食べてきたけれど。

 やっぱり塩胡椒というのは格段に旨味をアップさせる。


「シャロレイトラハが、取り寄せた海水から塩を取り出してくれたのでね」


「わぁ。貴方たちがいたら、美味しいものが食べられるんだな。嬉しい」


 こればかりは掛け値なしに嬉しかった。

 今は多少動物を狩ったり食べられる植物を見分けられるようになったが…城を出たばかりの頃の食生活は本当に、悲惨極まりなかった。舌が肥えていただけに…辛い時代だった。


「こ、胡椒はドルアリィグが収穫したんだ。私はあまり…料理には貢献できていない」


「でも、スープに使う水もシャロレイトラハが出したのだろう?」


「野菜を洗うのから、彼女の水だ。私の力は植物自体を扱うことしかできないからな」


「やってみたいのならァ、料理を習えばいいじゃないか。水精霊として必要な技術じゃあないが、こんな風に何かの際に役に立つ」


 俯きがちだったシャロレイトラハが、そっと顔を上げた。ちらりと隣の精霊を見る。


「そ…うだな。私にも…できるだろうか」


「では、明日は一緒に作ってみようか。水精霊ならば煮詰めるのにも火を必要としないのだから、時間も短縮できるだろう」


 そう言われて僕まで「あぁ、成程」と声を漏らす。

 水を湯に変えられるのだから、そのまま温度を上げて水分を蒸気にまで変えれば焼くのにも火を必要としない。能力としては、料理に向いているのかもしれない。


 和やかな会話、穏やかに更けていく夜に、僕はしばし焦りを忘れた。

 独りであれば否が応にも焦りと思考が堂々巡る。

 巡るそれは視野を狭め、躓きの原因になりえる。

 この二年の間に、そんな失敗を幾つもした。


 バルザックだけでも嬉しい旅の道連れだが、精霊たちは更に豊かさをもたらしてくれた。

 先を考える心の余裕ができた。

 だから、僕は考えた。


 バルザックもドルアリィグも、僕は恐らく宝石に辿りつくという。願いを叶える宝石は既に、僕がどのように進むかを見ている。

 僕は、どうするべきなのだろうか。


 まずは宝石に辿りつき、無事に願いを叶えられるとして。…僕は何と願えばいいのか。


 僕の願いは何だ。

 踏みにじられることのない民の生活。

 できることなら、それは我が国だけでなく、この世の全ての民に。永遠の、平和と豊かさ…そんなものはまやかしだろうか。


 例えば恒常的に与えられるだけのそれは、民にとって真の幸福と成りえるのだろうか。

 本来に、民が願うこととは何なのだろう。

 そして。辿りつけたとしても宝石は、僕には扱えない可能性があるらしい。その場合には。僕は何を優先し今後を動けばいいのだろう。


 帝国の手からこの地を取り戻すのが第一だ。しかし数と物量で他国を押し潰してきた帝国を相手にして、戦えるのか。

 無事全ての精霊と契約できたとしても、こちらは精霊五体と僕…狼が加わってくれるかどうかは、わからない。


 しかし戦いは無益だ。

 兵士とは、即ち民。

 その兵士が刃を振るった相手…民間人というのも、民のことだ。

 戦争とは民が民を傷つけることを、権力者が命令するという不条理。


 民を傷つけずに戦う方法はあるのか。

 それを見つけられずに敵兵を傷つけるしかなければ…僕は、帝国の王と何ら変わらない…愚鈍なだけの将だ。


 夜もすっかり更けた頃、霧が再び辺りを満たした。

 ヤドリヤナギの向こうで、無数に蠢く何者かの気配がする。


 霧。

 これだけの霧ならば…敵も味方も見えはしない。

 水精霊の力で濃霧を発生させ、それに紛れて敵将に近づくことができれば、被害は最小限にできる。


「…霧の中で…僕にだけ辺りを見ることができれば…。そんなことは可能だろうか…」


 思わず呟いた僕に、返されたのは小さな笑い声。


「なかなか眠らないと思えば。よくよく、我が主は一人で悩むのがお好きだ」


「…あれ、ドルアリィグ。起きてたの」


「私たちは人のようには眠らないよ。さて、先程の答えだが。風精霊と契約すれば、進む先を風に読ませることができる。その見え方に慣れるには多少練習が必要だが、ジエラルーシオンには可能だ。…役に立ったかな?」


「ありがとう。少し、見えてきた気がする」


「それからね、ジエラルーシオン。私たちはお前を上手に助けられる…そのつもりで契約した。本来精霊と術者の関係とは、契約した精霊の力を術者が使うだけだ。だが私たちはお前が望むことを、私たち自身が行うことを厭わない。どうか、忘れないでくれ」


 自分の身体も見えないほどの濃い霧の中で。

 僕は緑精霊が微笑むのと、心配そうに水精霊がこちらを見つめるのを確かに見た。




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