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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission1―協力せよ
9/41

先を急がずとも

 


「そういえばこないださ、何で鬼ごっこしてたの?」



 無情にも次の任務を言い渡され、四人揃って校長室を出てきたところで、ひばりは口を開いた。


 その問いは明らかに私ときなこに向けられたもので、ああ、と合点がいく。

 別に鬼ごっこでも何でもないが、彼にはそう見えたんだろう。



「きなこが日焼けしたくないからって走り出したの、私は追いかけてただけ」



 私の答えに「ふーん」と間延びした声で相槌を打ち、ひばりがきなこの元に歩み寄る。



「猫八ってやっぱ女子だよな〜、ほんと誰かさんとは大違い」


「何ですって? もっかい言ってみなさいよ」


「ラーメン好きが怒ってらぁ」


「私のことは馬鹿にしてもいいけどラーメンのこと悪くいうのは許さないわよ!」


「論点違くない?」



 言い返すのを放棄し、私も蛇草くんに向き合うことにした。

 彼は相も変わらず無表情で、今までのやり取りをただ静観しているだけであった。



「蛇草くん、よろしくね」


「ああ。よろしく頼む」



 悪い人ではないのよねえ、多分。

 そんなことを思いながらちらりと彼を見上げる。


 積極的に会話に入ってくることはないが、話しかければちゃんと答えてくれるし棘もない。

 愛想は確かにないけれど、ひばりやきなこ相手のように口喧嘩が始まることもないので心が休まるといったものだ。


 最後の一人で避けようがないというのもあるのかもしれないが、何の抵抗もなく任務に向かおうとしている自分に苦笑してしまう。

 このスパルタ現地派遣も慣れてきてしまった。



「紫呉、行こう」


「え、あ……そうね」



 ちらりと彼の奥に視線を投げると、きなこにボディタッチをされてデレデレのひばりが目に入った。

 何やってんだか、と呆れはしたが少し安堵もしている。


 ひばりは私をバディとして選ぶ――きなこはそう言っていたが、あの様子を見るにその心配はないだろう。


 きなこの方が優秀で愛想はいいし、何より強い。ひばりの隣に立つ覚悟と執念が人一倍だ。

 彼女に腹が立つ時も勿論あるが、純粋に応援してあげたい気持ちはあった。



「紫呉、どうした?」



 立ち止まる私に、蛇草くんが振り返る。


 あの二人がバディを組むってことは、私は蛇草くんとバディを組むということだ。

 彼の意向は正直分からないが、誰とでもそつなく任務をこなすだろうし、第一相手をこだわる様子もない。


 もしかしたら蛇草くんとは、長い付き合いになるかもしれない。


 私はゆるく首を振り、彼の後に続く。



「ごめん、何でもない。それより私のことはあげはでいいよ。ひばりもきなこもそう呼ぶし」


「いやしかし」


「別に無理にとは言わないわよ。ええと、蛇草くんの下の名前って何だっけ?」


「緑也だ」



 聞いておいて申し訳ないが、やはり彼のことは名前で呼べそうにない。



「緑也……ね。じゃあ蛇草くんが私のことあげはって呼んでくれたら、私もその時はろくやって呼ぶよ」



 まあいっか、先を急がずとも。

 勝手に自分の中でそう結論づけ、私は彼の隣に並んだ。







「復縁工作、ですか」



 新しい事務所に着いて早々、先輩方に挨拶を終えた私たちは、ソファに座ってメモを取る。


 目の前で氷の入ったコップにお茶を注ぎながら、先輩は頷いた。



「割合で言えば浮気調査の依頼が圧倒的に多いけど、それとは逆に復縁の依頼もたまにあるんだよ。今回は珍しく依頼を受けたから君たちにも携わってもらおうかなと思ってね」


「分かりました」



 お茶どうぞ、と差し出され有難く頂く。

 六月といえど日差しはなかなか容赦ない。学校からここまで来るのでも汗をかくくらいだ。


 乾いていた喉を潤し、ふうと息を吐く。

 先輩も自らのコップを傾け一気にそれを流し込むと、再び話し出した。



「基本的には僕らが担当するけど、君たちにも少し手伝ってもらいながら進めようとは思ってる。もう既に依頼人との話はついてるから、とりあえずこの資料に目を通しておいて」



 そう言って渡された書類に視線を落とし、私は不謹慎だが心の底から良かったと思った。


 先輩のサポート役なら大きなヘマだってないだろうし、何より案件の内容的にも危険な要素はない。

 とはいえ色恋沙汰なので絶対とは言いきれないが、浮気調査よりは百倍マシである。


 今度こそ落ち着いて任務に着けるわ、と本来気合いを入れるべき場面で安心する羽目になった。


 資料の情報によると、依頼人は男性。

 彼も相手の女性も二十三歳で、二人は高校からの知り合いだそうだ。



「相手の人、富塚製薬の娘さんなのかぁ……お嬢様じゃないの」


「さしずめ父親にでも言われたんだろうな。きっと婚約者がいたんだろう」



 依頼人が付き合っていた女性は富塚かなえさんで、有名な製薬会社の一人娘だ。


 資料には大学を卒業する前に、かなえさんから別れを切り出されたとある。

 大学を卒業したら親の決められた相手と結婚させられることにでもなっていたんだろうな、と想像は容易い。



「でもこんな大企業相手に復縁企てるなんて、この人ガッツあるのねえ……」


「ガッツかナッツか知らないが、依頼人が望んでいるのならそれを全うするのが仕事だ」


「ナッツ……?」



 蛇草くんの口から彼らしくない言葉が飛び出し、私は目を点にした。

 その様子に目もくれず、彼は資料を読み耽る。



「ごめーん、お待たせ! あらこの子たちが探学生?」



 ドアを勢い良く開けて明快に声を上げたのは、正探偵の制服を身にまとった女性だった。

 先程まで私たちに説明をしてくれていた先輩が、その後ろで「お前、声でかいよ」とたしなめる。


 女性の正探偵だ……!

 初めて直接目で見て思わず感極まる。



「女の子じゃないの、可愛い! いいなあ、隣の君はカレシ?」


「いや自分はただのバディで……」


「バディね。いい響きだわ。しっかり愛を育むよーに!」



 彼女にぽんぽんと肩を叩かれ、蛇草くんは呆気に取られたように眉尻をさげた。

 珍しい。彼が表情を崩すところなんてなかなか見られないのに。



「あ、あのっ、私、紫呉あげはと申します! 失礼ですが初めて女性の正探偵にお会いしまして、もし良ければ握手を! して頂けないでしょうか!」


「あっはは、いいよ。サインじゃなくていいの?」


「サインもあるんですか!?」


「じょーだん。ほら、仲良くしよう?」



 手を取られしっかりと交わされた握手に、胸が熱くなった。

 かっこいいなあ。私もなりたい。



「……えーと君たち、仕事ね。仕事」



 先輩がため息混じりで呟くので、私は我に返ってソファに座り直した。



「それで本題だけど、まずは富塚かなえさんに接触する。女性同士の方が警戒されないだろうから、ここは山口に任せるよ」


「はーい了解」


「まあ今回は比較的分かりやすい案件だけれど、兎にも角にも彼女側の話を聞いてみないことには始まらない」



 復縁工作においてまず最初にすることは、なぜ別れたのかを知ることだ。

 そこに至る経緯や思い、きっかけなどをなるべく洗いざらい聞き出して、それを依頼人に伝える。


 それから修復可能の可能性が高いと判断すれば、次の段階へ進む。

 相手の方から依頼人に連絡が来るように工作し、再び二人の距離を戻していく。そんな具合だ。


 ただ勿論それが全ての男女に通用するわけではないし、中には修復不可能だと言わざるを得ない場合もある。

 それを見極めるためにも、相手の話を聞くというのは最初のステップとして必要だ。



「かなえさんと接触するために、張り込みや尾行もしなければならない。早速取りかかろう」







 数日後、私は街中のファミレスにいた。

 目の前でコーヒーを飲む蛇草くんに、何か話した方がいいのだろうかと思い悩む。


 なぜ二人でここにいるかといえば、共通の趣味が見つかって盛り上がったからでも、たまたま会ったからでもない。


 少し離れた席で見知らぬ男性と談笑をするかなえさんを見やり、視線を戻す。

 これは任務の一環であり、ターゲットの尾行だ。



「なるべく仲睦まじくね。カップルっていう体で尾行すればそんなに怪しくないから」



 先輩にそう言われ渋々頷いたが、如何せんカップルの男女がどんな風に振る舞うのか分からない。

 目の前の彼にそれを聞くのも何となく恥ずかしいというか、それこそ私にだってプライドがある。



「紫呉」


「何?」


「俺の顔に何かついているだろうか」



 突然聞かれて首を傾げると、「さっきからずっと見られている気がしたが」と返される。

 いけない。無意識のうちに睨んでいたか。いや睨んではいないな恐らく。



「ああごめん、何でもないよ」


「そうか。一つ聞いてもいいか?」



 蛇草くんはカップを静かに置くと、顔を上げた。



「カップルとは何をすればいいんだ?」



 へ、と間抜けな声が漏れた。

 しかし彼は至って真面目に質問をしているようで、全く動じていない。



「何って……それはネットとかで調べればいくらでも」


「勿論そうなんだが、どれも接吻やら何やら、少し度を超えているような気がする」


「ぶっ」



 危うく口に含んでいたお茶を噴くところだった。

 咳き込んで誤魔化し、私は平静を取り繕う。



「いや真に受けすぎよ。適当にそれっぽい空気出せばいいんだって、どうせ向こうはこっちのこと気にしてないんだから」


「それっぽい空気とは?」


「だから、周りから見て付き合ってるのかなあって見える感じよ!」


「それはどうやったら出せるんだ?」


「そんなの私が知りたいー!」



 思わず大きめの声で対抗してしまい、慌てて口を抑える。

 まさか彼相手にこんなことになるとは。心の休息はいつになったら貰えるんだ、と半ば怒りにも似た感情が沸く。



「すまない」


「い、いや……気にしないで」



 そっちに謝られると気まずい。

 何か話題を変えなくては、と思考を巡らせた。



「そういえば、蛇草くんは前回とかどんな任務やってたの?」



 私が話を振ると、彼は記憶を掘り起こしているのか宙を見つめる。



「最初の現場では素行調査だったな、ほとんど着いて行っただけだったが。あとは万年青とペット探しをした」


「ペット探し!?」


「ああ。本当はストーカー男の身元を割る調査をする予定だったんだが、途中で人手が足りなくなったそうでな」



 男子二人でペット探しって、その絵面大丈夫か。

 まあ無事で何よりだわ、ととりあえず頷いておく。



「紫呉こそ、最初の任務は厄介だったと万年青から聞いたが」



 そう促されて、どうやら今度は自分の番らしいと肩をすくめる。

 まあ別に口外されて困ることではないが、最初は恥を晒して迷惑もかけた記憶が濃いのであまり思い出したくない。



「そうね。何か各地で探偵が失踪するって事件が起きてるみたいで、私たちの案件もそれと同じ類いのものだった」


「失踪、か」


「やっぱり信じられない? 先輩たちもそれっぽい理屈でおさめてはいたけど」



 無理もない。現実味がなさすぎるし、犯人だって見つからない。


 だけど私はずっと引っかかっていた。

 それが何かは一向に分からないが、モヤモヤとどこか気味が悪いのだ。



「事務所のやり方が気に食わなくて逃げ出したっていう言い草か。まあ俺もその説が濃厚だとは思う」


「冷静に考えてその方が辻褄が合うんだけど、そもそも、それだったら何で失踪なんて単語が独り歩きしてるのかなって」


「火のないところに煙は立たないというわけか」



 なるほど、と意外にもすんなり私の言葉を聞き入れた彼は、再びコーヒーを啜って口を開く。



「だが、紫呉は危険を顧みず飛び出す性だと万年青が言っていた。探究心は大事な原動力となるが時に自分を殺すぞ」



 あいつ、余計なことを。

 ひばりが彼にどこまで喋ったのか気が気でないが、これ以上は耐えられない。無能だと言われているようで。



「紫呉はもっと自分を大切にした方がいい。せっかくの綺麗な顔に傷がついては元も子もないだろう」


「…………え?」


「可愛らしい顔をしているんだから、もっと図々しくてもいいと思う。猫八みたいに」



 しばらく何も言えなかった。

 その間、私は彼の目から視線を動かさなかったが、彼がその瞳に感情の揺れを現すことはとうとうなかった。


 今この人、なんつった?



「ええと、ごめん。蛇草くんって実は多重人格だったりする?」


「そうと自覚したことはないが、紫呉がそう感じたのなら検討の余地はあるな。任務が終わったら隙を見てデータを取ってみる」


「………………マジ?」



 彼には冗談が通じないというデータが取れたところで、ようやく正気に戻った。

 びっくりしたー、蛇草くんも綺麗とか可愛いとか言うんだ。


 顔色一つ変えずに、まるで論文を発表するかのように述べるものだから、自分の耳がおかしくなったのかと錯覚したではないか。



「蛇草くんも人間らしいところあるんだね。って言ったら怒られるかもだけど」


「滅多に怒ったことはないから問題ない」


「そりゃよかったわ」



 何だろう。掴みどころがないけれど、思ったより全然話しやすい。

 勝手に人を寄せつけない狼タイプなのかと推測していたが、見当外れだったようだ。



「お待たせしました〜」



 注文していたパスタが届き、二人で食事をとることにする。


 かなえさんの様子を確認するが、まだ食事中だった。



「ちょ、蛇草くん。ついてるよ」


「ん?」


「ソース! ついてるよ!」



 口元をとんとんと指でたたいて指摘してやると、彼は「ああ、すまん」とペーパーナプキンで拭う。

 しかし食べ進めているとまたソースが口元を汚す。



「もう、だからついてるって。どうやったらそんな汚れるの」



 思わず手を出してナプキンで拭うと、なんだかおかしくて笑えてきた。

 見ようによってはカップルかもしれないけど、これ、完全に子供のお守りでしょうよ。



「蛇草くんも可愛いところあるんだね」



 完璧ロボ人間じゃなくて安心した。

 これならこの先も、バディとしてやっていけるかもしれない。


 彼は虚をつかれたように、珍しく表情を変える。

 そして不思議そうに言い放った。



「何言ってるんだ。可愛いのは紫呉だろう?」


「へ!?」



 奇声を上げて氷のごとく固まった私をよそに、蛇草くんはまたパスタを食べ始める。

 ええ? 何? 何なの? 素なの? 天然なの?


 やられた、とテーブルに突っ伏した私に、目の前の犯人はどこ吹く風と聞き流し、



「早く食べないと冷めるぞ」



 とマイペースに宣うのだった。

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