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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission1―協力せよ
8/41

ブレイクタイム

 


 テーブルの上の書類をまとめながら時折それに目を通す。

 もう必要のなくなった資料が窓から入る光に照らされた。



「いつまでやってんの」



 背後から声をかけられ、私は「ごめん」と振り返る。

 きなこはそれには答えず、少し気まずそうに目を逸らした。


 私ときなこが担当した案件は、「事件」になってしまった。

 ゆかりさんの夫とあの場にいた男たちは警察署へ送られ、事後処理は警察の管轄となる。


 作った資料も、撮った写真も、もう必要ない。

 それの為に割いた労力が惜しいのではない。こんな事件になってしまったことが何よりも残念で仕方ない。



「もし私たちが……」



 囮調査なんてしなかったら、結末は違っただろうか。もうちょっとマシな展開が望めただろうか。

 ゆかりさんの傷は浅くて済んだだろうか。


 きなこは目の前までつかつかと歩いてくると、私の頬を軽く打った。



「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。わたしたちが何をしようと、いようといなかろうと、こうなるのが筋だったんだわ」



 まさか手を上げられるとは思わず、私は呆けて彼女を見上げる。

 その表情はしっかりと怒りを湛えていた。



「無駄な同情なんてしなくていいの。そこからは何の利益も生産性も生まれない。わたしたちがやらなきゃいけないのは、真実を見つけることよ」



 そんなことも忘れたのか、愚か者が。

 そう言われているような気がして、私はそうだと思い出す。


 そうだ。私は何を勘違いしているんだ。

 同情するなら、心配するなら小学生でも出来る。


 だけどそれだけでは勝てない。

 この世には圧倒的な力で弱者に物も言わせない輩がいる。

 だから私たちは、戦うのだ。真実を暴くために。


 私は彼女に叩かれたのとは反対の頬を、自身の手で思い切り引っぱたいた。

 痛みよりも痺れに近い感覚が走り、頭がぐらつく。


 でも大丈夫だ。これで目が覚めた。



「ちょっと何やってんの!? とうとう頭おかしくなったの!?」


「とうとうって何よ、元からおかしいみたいに言うんじゃないわよ!」


「あんたそれ普通でまかり通ると思ってんの? 図々しいこと……!」


「うるさいわね、まず心配するのが先じゃないの人として!?」



 ぎゃんぎゃん喚き散らし、お互い息を吐いてブレイクタイムである。


 きなこは自身の荷物をまとめ終わったようで、視線で私を急かす。

 資料は確かにもういらないが、これを見て今回のことを教訓にしよう、とファイルに突っ込んだ。


 先輩への挨拶は先程終えているので、荷物をまとめたら事務所を出るだけだ。



「よし、行こっか」



 二人で学校へ向かう最中、私は話題に困って首を捻った。

 事件に関してのことはもう触れちゃいけない感じがするし、と思ったところでふと気になったことを聞いてみる。



「そういえば、きなこってひばりとバディ組みたいって言ってたよね」


「そうだけど?」


「何でひばりにこだわるの? ていうかそんなに組みたいなら最初に組んじゃえば良かったのに」



 特に深く考えずに口に出した疑問だったが、彼女は「あんたねえ」と忌々しげに私を睨む。



「あの空気で言えっこないじゃない、仮に言ってもがっついてると思われて引かれて終わりよ。だったら他の二人からの評価を高くしておいて、ついでに手柄も持って帰ってくれば万年青くんも気にしてくれるかもしれないじゃない」


「なんか、結構乙女だったんだね」


「うるさいわね!」



 きなこのアピールは若干遠回りだし、ひばりがそれに気付いてくれるほど勘がいいとも言えないので不憫である。



「はあ〜〜〜、せっかく活躍できると思ったのに全部チャラ」


「別に手柄なんてなくても、普通に組んで欲しいって言えばいいじゃない」



 そう返すと、隣で歩いていたきなこがぴたりと止まった。

 振り返り様子を伺うが、肩が震えているだけで表情は分からない。



「あんたが……あんたがそれを言うのか……」



 ぶつぶつと小声で呟くと、彼女は突然顔を上げて私に詰め寄った。



「万年青くんは! あんたと! バディを! 組むに! 決まってんでしょうが!」


「ちょちょちょ何!? 何なのよ!?」


「この無自覚誘惑男たらしが! 本当に猫被ってんのはどっちだか!」


「いやどう考えてもきなこじゃない?」


「貴様ァ!」



 道の真ん中で女子二人が殺伐と言い合いをしているのはかなりカオスだ。早く落ち着かせないと。


 どうどう、と彼女の背中を叩くと噛み付かれそうな勢いで「やめてよ!」と叫ばれたので、私は為す術もなく両手を挙げた。



「まあいいわよ、なーんか萎えたし」


「はいはいすいませんね」


「あんたが万年青くんと組む気ないんなら、それはそれで好都合だし?」



 まあ現時点で誰と組むかは未だに自分でも分からないし、希望も特にない。

 誰とでもいいというわけじゃなくて、強いて言うなら誰と組むのも嫌だ。苦労するのが目に見えている。



「あんたは玉の輿に乗りたくないわけ?」



 きなこにそう投げかけられて、私は首を傾げた。

 意味が分からずに結局反芻する羽目になる。



「玉の輿?」


「いやだから、万年青くんと組む気ないってことはそういうことなんでしょ」


「…………何が?」



 一向に意図を掴みかねる。尚もクエスチョンマークを浮かべる私に、彼女は痺れを切らしたように言った。



「万年青くんとバディ組めば間違いなく卒業後も探偵内で安定した地位まで行けるでしょ。シンプルに彼に実力があるのもそうだけど、後ろ盾が大きいんだから」


「後ろ盾って何」


「はーあ? あんたまさか知らないの? 何にも知らないで万年青くんとバディ組んでたっていうの?」



 失敬な。いい加減馬鹿にされっぱなしで多少腹が立ち、私は反抗した。



「知ってるわよ、ひばりの大好物が生姜焼きってことは。私の分を横取りされそうになったんだから」



 ああでも、どうせなら一切れずつ交換すれば良かったかな、と少し前の記憶を辿っていると、きなこは「呆れた」と肩を落とす。



「いい? これはまじで常識だから覚えておきなさいよ。万年青くんのお父さんはね、探偵内で知らない人はいない物凄ーく優秀な指揮官なのよ!」



 彼女が腰に手を当て、私の顔面に向かって人差し指を振る。

 それを片手で振り払いつつ、曖昧に相槌を打った。



「まあ、分かったけど。私は別に上の位に行くことが目的じゃないから」


「馬鹿ね。わたしたちが女である限り、仕事が出来ないと相手にされないのよ。少なくとも今の組織じゃあね」



 現実味を帯びた話を持ち出され、一瞬息が詰まる。

 前の任務で一緒だった先輩にも確か似たようなことを言われたが、私はまだそれを身に染みて理解はしていなかった。



「こう言っちゃなんだけど、男は最悪盾にもなるわ。でも女はだめ。使えないと弾かれるだけ」


「私は盾になる覚悟あるけど」


「そういうこと言ってんじゃないの! ったく、どいつもこいつも硬いんだから……」



 大袈裟にため息をついてみせたきなこは、珍しく少しだけ気遣うトーンで口を開く。



「気をつけなさいよ。万年青ひばりの隣に立つってことは、ただでさえ『マズい』ことなんだから。女なら尚更」



 マズい、とは一体どういうことなのか。

 また思案顔の私に、言葉が足りなかったと思い直したのか彼女は付け足す。



「尊敬も期待もされるけど、それと同じぐらい嫉妬も批判もされる。だけどそれに耐えなきゃバディになんてなれっこないわ」


「……でも、きなこはなりたいんでしょ。ひばりと、バディに」



 恐る恐る口を開き、彼女を見やる。

 きなこは先程までの真剣な顔付きはどこへやら、いつもの不満顔で憎まれ口を叩いた。



「わたしは別よ、別。優秀だからね。そんなもん蹴散らしてやるわ」


「うわ、かわいくなー……」


「はあ!? あんたもね、少しは男に媚びるってこと覚えた方がいいわよ。じゃないとのし上がっていけないんだから!」



 その言葉に、私は今までの彼女の言動がようやく腑に落ちた。


 きなこは何も、ただ好感度を上げるために猫を被っていたわけじゃない。

 あれは彼女なりの自衛であり、武器だ。その貪欲さは全て自分を認めてもらうための方法だったのだ。


 そうなってくると、むしろ芯があって真っ直ぐとも言えようか。



「ほら早くしないと置いてくわよ、あげは!」


「あ、こら! 全力で走るな!」



 既に距離が空いた彼女に叫び返しながら私も走り出す。


 一応はきちんと話が終わるまで隣で歩いてくれていたのかもしれない。

 そう思うと急に彼女の言動が可笑しく見えてきて、素直じゃないなあと独りごちる。



「あれ、あいつら何で鬼ごっこしてんだ?」


「さあ。運動の一環じゃないのか」



 ちょうど任務を終えて学校へ向かっていたのはもう一方の二人も同じことで。


 騒がしく走り抜ける彼女たちを目撃した男子二人は、不思議そうに顔を見合わせた。

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