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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission1―協力せよ
4/41

突入

 


「だから! お前は! 女なの! 分かる? understand?」


「分かってるわよ! こんな可愛い男の子いたらびっくりしちゃうでしょ!」


「助けなきゃ良かったかなあ、こいつ」



 はあ、と頭を抱えたひばりに、私は頬を膨らませた。


 初めての現場調査へ向かった日、あわや死ぬところだったのを彼に助けてもらったのは感謝している。


 当事者の自分が一番状況を理解出来ていなかったのは致し方なかった。

 ひばりから種明かしをしてもらうまで、自分の身に何があったのかいまいちピンときていなかったのである。


 体が浮いたのは何も魔法などではない。あれは物理的に浮いていたのだ。

 ウエストポーチのベルト部分に何らかの方法で細いロープが引っ掛けられ、それを上から引き上げられることで宙に浮いたかのように見えたわけだ。


 それが何者によるのか、何故そんなことが行われたのか、全ては謎に包まれているが。



「感謝はしてるって言ってるじゃない。もうヘマはしないから大丈夫よ」


「いやヘマしないとかそういうことじゃなくて、お前は女なんだからもっと危機感を持てと言ってるんであってな」


「女が守られてばかりの時代は終わったのよ」


「ついこないだ守られたやつが目の前にいるんだけどこれは幻なの?」



 ああ言えばこう言う。

 決着の着かない不毛な言い合いは今日も健在である。



「とにかく、お前は絶対一人で行動すんなよ! 先輩の言うこと聞くのが第一優先、せめて俺の横にいてくれ頼むから」


「分かったって」



 しっしっ、と追い払う動作で半ば強制的に会話を終わらせる。

 彼はまだ言い足りないようだったが、現場に到着したためそのまま黙り込んだ。


 今日も今日とて現場調査である。



「お疲れ様です。万年青と紫呉、到着しました」


「おー、お疲れ。紫呉さん今日もちゃんと来たのか。無理すんなよ」


「お気遣いありがとうございます」



 正直言って見習いにとってはハードすぎる案件な気がしなくもないが、一度関わったなら中途半端に放り出すことなどしたくない。

 せめてものプライドだ。



「今日は基本的に張り込みなんだが、聞き込みも引き続き行おうと思う。万年青、お前は俺と聞き込みな」


「分かりました」



 私は先日現場調査の時にお世話になった先輩と二人で張り込みを行うことになった。

 とは言っても車内でじっとしているだけの退屈な役割である。



「紫呉さん、サンドイッチとあんぱんどっちがいい?」



 そう言ってコンビニ袋の中に手を突っ込んだ先輩に、私は迷わず答える。



「あんぱんで!」


「飲み物は? コーヒーとジュースあるけど、」


「コーヒーで! お願いします!」



 身を乗り出して食い気味に希望を述べると、「ベタだねえ」と笑われた。

 あんぱんにコーヒー、張り込みと言えばこの二つ以外邪道だ。いつかやってみたかった。


 ささやかな夢が叶いホクホク気分で缶コーヒーのプルタブを開ける。



「俺も最初はあんぱんとコーヒーに憧れてたけど、あんぱんって三回食べれば飽きるんだよね」



 そんな現実的な意見を隣からもらいつつ缶をあおる。


 張り込みは地味だが、探偵の仕事は大体地味だ。

 聞き込みもそうだ。地道に何日もかけて情報を集め、それでも有力な手がかりが得られない場合もある。


 労力に報酬が見合わない。そんなことは最初から分かっているが、大事な仕事なことに変わりはない。



「今日は夜まで張り込むんですか?」


「うんまあそのつもりだけど、君たちはどんなに遅くとも九時までだろうね。そのあとは俺らでやるよ」



 そうなのか、と相槌を打とうとして疑問に思う。

 張り込みって言ってるけど、ここ誰も住んでないんじゃなかったっけ。



「あの、ここを張り込む理由あるんでしょうか。無人なんですよね?」



 素直に思ったことを口に出すと、先輩は「ああ」と何か思い出したように顔を上げた。



「昨日この中に人が入っていったっていう情報提供があってね。でもそれきり人が出てくるのは見てないらしいんだ。それで張り込みだよ」


「そうなんですか」



 納得して私はあんぱんにかじりついた。

 わ、このあんぱん生クリームも入ってる! 美味しい!



「はは、美味いよね。それ俺も好きなんだよ」



 どうやら表情で食レポをしてしまったらしい。

 先輩に「生クリームついてるよ」と指摘され、恥を晒すことになった。


 そこからは私が勝手に先輩に質問したり、時折全く関係のない雑談をしたりと、随分穏やかな時間を過ごした。



「はい、もしもし?」



 先輩の携帯電話に連絡が入ったのは、日もすっかり暮れた頃だった。

 通話相手はひばりと共に聞き込みをしていた先輩だろう。



「こっちは粗方終わったんで学生を帰そうと思う。お前のとこも今日は帰してやって。今からそっち向かう」


「はーい了解」



 ぴ、と電子音と共に通話を終えた先輩は、「だそうだから、今日は帰っていいよ」と上着を羽織った。


 まあ何も進展がないと言ってしまえばそれまでだが、そう簡単に解決するならこの世に探偵など存在していない。



「分かりました。お疲れ様です」


「お疲れ、もう暗いから気を付け――」



 その時、先輩の視線が私の背後で止まった。

 弾かれたように無線機を手に取り、すぐさま声を荒らげる。



「江本、聞こえるか! 江本! 応答しろ!」


「こちら江本。どうした」


「たったいま建物内に何者かが侵入、現場へ急行求む!」



 え、と自分の口から情けない声が漏れる。

 振り返り目を凝らすが、暗くてよく見えなかった。もう侵入後か。



「ごめん、ここで待ってて!」



 そう叫んでドアに手をかけた先輩だったが、今度は向こうから無線が飛ぶ。



「現場に到着。今から二名で突入する」


「よせ江本、まさか万年青くんと一緒に行くのか!? 今行くから待ってろ!」


「佐原、紫呉を頼む」



 その返答に先輩が言葉を詰まらせた。

 ひどく動揺している様子で、視線は右へ左へと彷徨っている。


 静かに目を閉じ、もう一度ゆっくり開けた時にはそこに落ち着きの色を取り戻していた。



「……適材適所だな。二人に任せよう」



 自分たちの存在が足枷になっているのをまざまざと実感した瞬間である。

 学生に一人ずつ付くのが一番安全で確実な組み合わせなのはもちろん明白だが、その分上司の負担は増える。


 しかしここで謝ってしまうのは恐らく違う。

 申し訳ないとは思いながらも、私は固く口を閉ざした。


 私が口を出せることじゃない。先輩たちが判断したことだ。

 今から瞬間移動で帰れるわけでもあるまいし、もうここにいるのだから仕方ない。この判断が一番賢明だ。


 私は半ば祈るように拳を握りしめた。





 二人が突入するのを見届け、どれくらい経っただろうか。

 今日の気温は大して高くはないはずだが、額にじっとりと汗が滲む。


 車内は依然として重い沈黙が流れ、ただ現場を見守ることしか出来ないのが何とも歯痒かった。


 時間感覚が完全に麻痺している。

 三十分経ったような気もするし、まだ五分しか経っていないような気もする。


 と、その時、無線機から流れる声が静寂を破った。



「佐原、聞こえるか。突入完了した。一階は無人だ」


「そうか、分かった。安全第一で戻って来い」


「これから二階の確認に向かう」


「江本!」



 いっそ悲痛なまでの叫びに、私はぎゅっと目を瞑る。

 どちらの立場も気持ちも分かるからこそ難しい。



「大丈夫だ。十分警戒して行う」



 その言葉を最後に、無線は途切れた。


 再び落ちた沈黙だったが、二人の無事が分かっただけでもさっきよりはましと言えるだろうか。


 ふと指先に自分の無線機が当たる。

 使わないだろうと思っていたが、もしかすると――いや、それは考えたくない。



「佐原さん! 万年青です! 応答願います!!」



 突然、ひばりの切迫した声が流れてきた。

 ただならぬ様子に、二人して注意を傾ける。



「聞こえてる! どうした!?」


「江本さんだけ乗せたままエレベーターが動きません! 江本さんが閉じ込められました!」



 その言葉に、文字通り固まった。一気に緊張が張り詰める。



「とりあえず階段で二階に上がります! 無人が確認できたら江本さんの救出にかかりますが、ここは恐らく危険です!」



 いくら優秀といえど、ひばりは半人前だ。彼一人でこのまま続行するのは無理がある。

 しかし先輩は決断を下しきれないようだった。


 私の方をちらりと見て、何か言おうとしてはやめ、口を開いては閉じる。


 ああそうか、とようやく気付いた。私を一人置いていくことが気がかりなのだ。

 紫呉を頼んだ、と。その言葉が彼を縛り付けている。


 だけど行かなければならない。ひばり一人に任せるわけにもいかない。


 その葛藤が手に取るように伝わり、私は静かに息を吸った。


 ――役に立て、ここに来たからには。



「私も行きます。突入しましょう」



 その瞬間、先輩は勢いよく顔を上げた。

 目が大きく見開かれ、激しく動揺している。



「私のことを気にかけて下さってありがとうございます。でも、いま私と佐原さんはバディです。二人で行動するべきです」


「何を――」


「私が佐原さんから離れなければいいんですよね。そうすれば、佐原さんが私から目を離したことにはなりませんよね」



 暴論ではあるが、今は時間がない。

 とにかく一秒でも早く中へ行かなければ。


 そのためには、上からの指示がないと動けない。



「しかし、俺は江本のようには……」



 彼は言っていた。自分は頭脳派だと。

 江本のように度胸はない、勇気もない、決断力もまた然り、と。



「決められないんだ、俺はいつも……」



 違う。彼は優柔不断なんじゃない。

 思慮深くて心底情に厚いのだ。



「指示をください」



 ハンドルにもたれかかり髪をかき乱す彼に、私は言った。

 その肩がぴくりと揺れ、ゆっくりと目が合う。


 酷かもしれない。とどめになってしまうかもしれない。

 でも私たちは、絶対に決断しなければならない。


 私は尚も言った。二回目は、真っ直ぐ視線を交わして。



「佐原さん。指示を、ください」



 彼は私の瞳をじっと見ている。スケッチでもするんだろうか、そんな感想を抱いてしまうくらいに。



「…………行こう。紫呉さんも着いてきてくれるかな」


「はい」



 ようやく聞けたその言葉に、私はすぐさまドアに手をかけた。

 走りながら軽く装備を確認し、大丈夫だと自分を鼓舞する。



「こちら佐原、今から現場へ突入する。万年青、二階に人の気配はあるか」


「ありません! 大丈夫です!」


「了解」



 ザザ、と無線が切れ、先輩が扉に手をかける。



「紫呉さん、行くよ」


「はい」



 少し重い扉を開け、中の様子を確認する。

 無人のため夜にも関わらず電灯は皆無だ。真っ暗で何も見えない。


 私は懐中電灯を取り出し、目の前を照らした。

 これでは本当に幽霊屋敷に肝試しに来たも同然である。



「エレベーターはあれか」



 少し進んだ所にそれを発見し、急いで駆け寄る。

 駄目元でボタンを押してみるが、反応はなかった。



「くそ、だめだ。壊れてるのか? 何でだ」


「佐原さん。上へ行きましょう」


「ああごめん、そうだね」



 彼は先程よりも冷静さを取り戻したように見えるが、まだどこか焦っている。

 無理もない。同僚がこんなことになっているのだから。


 私までこの雰囲気に呑まれてどうする。

 気を強く持て。絶対にぶれるな。


 あくまで冷静に、慎重に。

 第一優先は佐原さんと絶対に離れないことだ。


 階段を上り、二階の地面を踏む。

 相変わらず暗くて不気味だが、人の気配はない。



「佐原さん! こっちです!」


「万年青! 良かった、無事か」



 足音と懐中電灯の光で気づいたのだろう。ひばりの声が奥から飛んできた。


 どうにか合流できた、あとは江本さんを助けるだけだ。


 そう思い、ほんの少しだけ安堵した。

 刹那。



「……!」



 視界の端で何かが動いた。

 いや、横切ったのだろうか。分からない。


 反射的に目で追いかけるも、月光しか頼りのないこの空間では正体を掴むことはできなかった。


 でも、確かにいる。私には見えた。

 窓の外、黒い影が去っていくのを。



「紫呉さん!?」


「あげは! よせ!」



 古びた窓を力ずくでこじ開け、私は叫んだ。



「待ちなさい!」



 私の声は空に吸収され、すぐに消える。

 もういない。分かっている。けれど、その空虚に尚も声を張り上げた。



「絶対に逃がさない、首を洗って待ってなさい!!」



 こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。

 やけに澄んだ空気が肺に入ってきて、ようやく自分は酸素が足りていないのだと自覚した。


 かっと体が熱くなって、目に水の膜が張る。


 悔しい。悔しい。悔しい、悔しい――



「許さない……」



 知らなかった。自分の中に燻っていた火種があることを。

 悪を絶対罰しなくては。その思いが、ここまで自分の原動力になるだなんて。



「証拠がなければ捕まえられない。そして倒れた人を置いてはいけない。それが僕たちだ。分かるね? 紫呉さん」


「……はい」


「こっちに来て手伝ってくれないかな。手元を懐中電灯で照らして欲しいんだ」



 今はやるべきことがある。

 私は頷き、窓に背を向けた。


 悪党を捕まえるのは私たちじゃない。警察だ。

 裁きを加えるのは裁判官だ。


 ――だけど、追い詰めるのは私たちだ。


 それが例え世紀の大怪盗であろうと何であろうと、しつこく追いかけ回して必ず尻尾を掴んでみせる。


 この世に蔓延る悪を許すな、絶対だ。


 私は憎たらしいくらい綺麗な満月を一睨し、懐中電灯を握りしめた。

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