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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission3―踏破せよ
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肝に銘じて

 


「苗島さん。ちょっとよろしいですか」



 午前の会議が終わりを告げた。

 そのタイミングで声をかけた私に、彼女は素早く視線を投げる。


 隣に腰掛けていた尾田さんは、ゆっくりと両手を組んだ。



「何かありましたか」



 様々な言葉が省略された問いかけだった。

 彼女の質問に、はいともいいえとも答えず、静かに目を合わせる。



「一つ、お願いがあるのですが」



 これくらいは許されるだろう。否、許されて欲しい。


 苗島さんは黙って私の話の続きを待っていた。



「何かイベントを起こせないでしょうか。人が大勢集まってくるような」



 彼女は訝しげに眉根を寄せたが、奥で尾田さんが息を吐く。

 こちらに顔を向け、その口を開いた。



「それは、いつどこで起こせばいいんだ?」



 彼の言葉に、苗島さんの表情が僅かに動く。


 少なくとも尾田さんには伝わったようだ。

 安堵して、私ははっきりと述べた。



「明日の二十時、サンライズビルです」



 尾田さんが「明日か」と渋い顔で背筋を伸ばす。



「今から配置を割り振って……」


「いえ」



 首を振って遮った私に、二人からの視線が飛んできた。



「文字通り、イベントを起こすだけで結構です。人が集まって、あとは明るければ問題ありません」







 どんなに非日常が迫ってこようと、日常は淡々と進んでいく。


 午後の現場調査を事務的にこなし、私はその足でひばりのいる病院に向かった。


 廊下を足早に移動する看護師に、談笑する患者と家族。

 自分だけがどこか他の世界線で生活しているような気すらしてしまう。


 今朝の電話は自分の妄想だったのではないか。

 そう思い込んでしまいたいところだが、あまり呑気なことも言っていられなかった。


 目当ての病室に辿り着き、中を覗く。

 ベッドの上で横たわり、瞼を閉じている彼の姿が見えた。



「ひばり」



 起こすのも悪い気がしたが、控えめに名前を呼ぶ。

 しかし返事はない。


 おいおい、こんな時に限って熟睡かよ。

 文句の一つも言ってやりたかったが、仕方なくすぐ側の椅子に腰を下ろした。


 黙ってひばりの表情を数秒観察し、穏やかな寝顔に意図せず頬が緩む。


 本当はきちんと話をしたかったが、まあこれはこれでいいのかもしれない。

 いざ直接伝えるとなると、何だか体がむずむずとこそばゆい感じがした。



「独り言だと思って聞いて欲しいんだけどさ」



 そう切り出したはいいが、いきなり先が詰まった。


 これは起こさないでおいて正解だった、と内心頷いて、私はのんびり続きを脳内で探す。



「私、今まで自分のことを守るのに必死だったんだと思う。探偵になって、世の中のために尽くすんだって言ってたけど、結局全部自分のためだったんだなあって」



 悪を滅すること、それすなわち、一種の精神安定剤だったのかもしれない。

 勿論、人の役に立ちたいという気持ちは嘘ではないが、それは純度の高いものではなかった気がするのだ。


 少なからず「復讐」という文字が体の中で燻っていて、その大きさは人それぞれだったにしても。

 正義のヒーローだって、原動力がなければ立ち上がることはできない。



「自分は違うって勝手に決めつけてたけど、そんなこと全然なかった。私だって善人じゃないし、悪人になり得る。誰でも一歩間違えればそうだったのかもしれない」



 この世に完全な善人も、悪人も存在しない。

 これまで様々な案件に携わってきて実感した事実がそれとは、何とも皮肉なことだが。


 でも、きっと自分一人ではそれに気付くことはできなかった。



「割とね、一人でも平気だって思ってたんだよ今まで。……ひばりに、会うまでは」



 表面的なゲートを開けることは許しても、一番奥のそれを開けることは決してなかったのに。

 ひばりは躊躇なく飛び込んできて、容易く壊してしまった。


 だけど彼にも最奥の扉があることを知った。

 人間誰しも心に鍵をかけていて、大事に守り続けている。



「ごめんね、沢山危ない目に遭わせて。私のお守り大変だったでしょう?」



 私には彼の大事にしているものを、受け止めきれなかった。

 きっといっぱい取りこぼして、彼自身に取りに戻らせてしまっただろう。


 それでもひたむきに青空を目指し続けた一羽の鳥を、私はこの先何度も思い出すに違いない。



「ひばりとバディになれて良かったよ。ありがとう」



 こんな時にしか言えない私は酷く臆病だけれど。

 顔を突き合わせたら、余計なことばかり口から飛び出してしまうから。


 澄んだ瞳も、綺麗な声も、悪戯な笑顔も。

 明確に頭に浮かぶのに、手に届く距離にあるのに、今この瞬間は手に入りそうもなかった。


 最後くらい、声が聞きたかったんだけどな。


 弱気な自分が囁く。

 別に死ぬと決まったわけじゃないが、保証があるわけでもない。


 それくらいの覚悟がある、という話にすぎないが。



「……万が一っていうのがあるからさ」



 誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いた。



 ***



「あの、これ本当に私が着てもいいんですか」



 手渡された正探偵の制服に、私は思い切り面食らった。

 普段着ているものより重量感がある。



「特例です。今回ばかりはあなたに託すしかありませんので」



 淡白にそう述べた苗島さんは、「装備の方は問題ありませんか」と問いかけてきた。


 普段持ち歩いているものに加え、先程盗聴器が手渡されている。

 改めて確認してから、彼女に視線を投げて頷いた。



「ああ、そうだ。紫呉さん、ちょっとついてきて」



 尾田さんが言いつつ歩き出す。

 会議室から出てしばらく廊下を進み、あるドアの前で彼は立ち止まった。


 何度か見たことはあるが、入ったことは一度もない。

 厳重にロックされているらしく、鍵と暗証番号で開く仕組みだった。


 電子音と共にドアが開く。

 躊躇なく進んでいく尾田さんに倣って、私はその中に足を踏み入れた。


 目に飛び込んできたのは、隙間なく並んだ膨大な数のロッカーだ。



「拳銃の取り扱いについては、学校でも習ったな?」



 一つのロッカーを開け、尾田さんは至極冷静に言い放つ。

 全てを悟って私は思わず硬直した。


 勿論習ったが、まさか本当に持つ日が来るとは。

 しかも拳銃の所持は基本的に正探偵にしか認められていない。



「ですが、私はまだ……」


「習ったな?」



 強い語気に呑まれそうになった。

 馬鹿みたいに何度も頷いた私に、「それならいい」と彼はその武器を手に取る。



「何も殺せと言ってるわけじゃない。今回は警察は無論、俺たちも同行できない状態だ。自分の身を守るためだと、肝に銘じておくように」



 はい、と弱々しい声で返事をして、拳銃を受け取った。


 警察と共に行動する際は良いのだが、探偵だけで危険な事件や捜査に当たる場合、拳銃の所持が義務付けられている。

 だが、そんなレアケースはほとんど起こり得ないのだ。


 扱う可能性がある以上、しっかり学校の方でも指導は行われる。

 とはいえ、いざという時に発砲できなかったり、上手く扱えなかったりする探偵が多いというのは聞いたことがある話だ。



「そろそろか」



 自身の腕時計に視線を落とし、尾田さんが呟く。


 約束の二十時まではあと一時間程だ。

 最終確認をして向かうにはちょうどいい頃合いだろう。



「紫呉あげは探士」



 突然凛とした声で呼びかけられた。


 探士、とは正探偵の中で一番下の階級を指す。

 からかっているのかと勘ぐったが、尾田さんの目からは真剣な雰囲気しか読み取れない。


 そうか。私は今から「正探偵」だ。

 そのつもりで、その覚悟で向かわなければならないほど危険な任務である。



「はい」



 左胸に刻まれた紋章に手を当て、短く答える。


 尾田さんはきつく眉根を寄せ――その様は、何かを切望するようにも見えた。



「健闘を祈る」







 目的地に向かう道中は至って平穏で、それが余計に自分の不安を煽った。


 メモした住所へ足を運びながら、果たして無事に帰ってこられるだろうかと首を捻る。


 自分の今の行動が功を奏しているのか、それとも敵の思う壷なのか。

 最早見当がつかないが、迷っている場合でもないなと思い直した。


 サンライズビルは以前様々な店舗で賑わっていたようだが、現在は空きビルと化していた。

 都心から少し離れた場所に位置していることもあってか、周りの建物よりは目立ちやすい。


 時刻は十九時五十分。少々早いが、誤差の範囲内だろう。


 入り口の自動ドアは故障しているらしく、手動でこじ開ける羽目になった。


 中に入った瞬間、携帯が震え出す。

 非通知着信に、恐らく奴だろうなとげんなりした。



「早かったね。僕も楽しみでうずうずしていたところだよ」



 相手の一言目がこれである。


 やはりどこかで見られているのだろうか。

 当たりを見回しながら、私は詰るように問うた。



「どこにいるの」


「いっちばん上だよ。待ってるね」



 なぜそんなに愉快そうな声を出せるんだ、と気味が悪くて仕方ない。

 一方的に切られた通話に苛立ちつつも、近くのエレベーターへと駆け寄った。



「嘘でしょ」



 ボタンを押しても全く反応がない。

 自動ドアの時点で薄々感じてはいたが、どうやらこちらも作動していないようだ。


 脇にある階段をしばらく眺め、



「ちょっと……正気?」



 思わず本音が零れる。


 一番上、すなわち十階だ。階段で上っていくとなると、体力的にも精神的にも参ってしまう。


 しかし、ここでいつまでもうだうだしている場合ではない。

 覚悟を決め、長い道のりの一歩を踏み出した。


 途中で何か仕掛けや罠があるのでは、とかなり疑ったが、結論から言うと特に留意すべきことはなかった。


 肩で息をしながら最後の階段を上りきり、すぐさま周囲を確認する。

 今のところ相手の姿は見えないが――と、奥に大きい扉があるのを見つけて息を呑んだ。


 恐らくここだ。

 半ば吸い寄せられるように足を向け、目の前まで来たところで立ち止まる。


 深呼吸をしようと吐き出した息は僅かに揺れていて、自分は思いのほか怯えているんだなと知った。


 静かに目を閉じる。

 自分の心音と呼吸音、その二つが真っ暗な世界に波打った。



『たとえどんな真実だったとしても、俺はナイチンゲールの正体を暴いて、捕まえて、罪を償わせる。それが俺らの使命だからだ』



 ここへ来たのは自分のためだけじゃない。

 彼のため、そして明るい明日を望む人々のためだ。


 震える手を叱咤し、私はその扉を押し開けた。

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