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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission3―踏破せよ
32/41

もし、そうだとしても

 


「宝石の持ち主を徹底的にマークします」



 通常よりも大人数を格納できる会議室に、苗島さんの声が響き渡った。


 機密組織では全員参加の会議が定期的に行われ、情報共有、進捗報告の場として活用されている。


 各々が手元の資料をめくり、彼女の話に耳を傾けた。



「現状で一般市民の手に渡っているのはブルーサファイアです。この持ち主の方に了承を得て、厳重な警備にあたろうと考えております」



 その持ち主は大手家電メーカーの社長で、メディアの露出も多い強面のおじ様である。

 密着ドキュメンタリー型のテレビ番組で何となくその顔は見たことがあるが、厳格で気難しい性格だったような気がする。


 私が記憶を掘り起こしていると、つい先程電話で席を外した男性が戻って来た。



「苗島さん、アポ取れました。月曜の十時に本社ビルです」


「了解です。ありがとう」



 明瞭にそう告げて、彼女は全体を見渡す。



「明日は尾田長官と私が行きます。警備体制や日程など、細かい調整はその後追って連絡しますので、各自資料を読み込んでおいてください」



 会議終了の挨拶で退出を促され、手元を片付けてから腰を上げた。

 隣で座っていたひばりも自身のクリアファイルを手に取り、椅子を引くところだ。



「万年青くん」



 彼を呼び止めたのは苗島さんだった。

 思わず私まで反応してしまう。その場に留まって静観していると、苗島さんがこちらに視線を投げた。


 ――あ、これ私、邪魔って言われてるんだ。


 刺々しいものは感じなかったが、きっとそうだろう。

 あの目は間違いなく「外して欲しい」と訴えていたのだから。


 軽く頭を下げて、足早に開けっ放しのドアまで距離を詰める。



「あ、え、あげは……」



 基本的にここではひばりと連れ立って行動していた。

 彼もそれが当然だと思っていたのか、いきなり歩き出した私に声を上げる。



「先に行ってるね」



 困惑気味のひばりにそう言い残して、私は会議室のドアを閉めた。

 そこに背を預け、床に向かってため息をつく。


 今日はひばりといつものファミレスに寄る予定だった。私が家に帰りたくないからだ。

 金曜日の夜は父親の帰りが早いから、普段他所へ行っているトモカさんも家にいる。


 憂鬱な気分のまま荷物をまとめて、一人で外へ出ることにした。







「お一人様ですか?」


「あ、ええと、後からもう一人来ます」



 伺いを立ててくる店員にそう返しながら、私はひばりに連絡を入れた。


 いつものファミレス。先入ってるよ。


 簡素なメッセージを送って、とりあえずドリンクバーを注文しておく。


 あのまま本部で待っているのも肩身が狭かった。

 自分が手錠をかけられたのも、疑いの眼差しを向けられたのも。もう過ぎたことではあるが、誰かとすれ違う度に心臓の奥の方がヒヤッとして縮む。


 また自分は何かしらの恨みを買って、冷ややかな目線を送られているのではないか。

 常に頭のどこかでそんな思いが揺蕩って離れない。


 窓の外では仕事終わりのサラリーマンが家路を急ぐ。

 その集団に視線を運びながら――私は一体、誰を探そうとしていたのかと我に返った。



「おーい、どこ見てんだよ」



 斜め後ろから間延びした声が飛んでくる。

 振り返った時には、彼は目の前の椅子に背中を預けていた。



「悪い。待たせたな」



 メニュー表を掲げながら、ひばりは「何食う?」と首を傾げる。普段何も見ずに注文するくせに、今日はやたらとしっかり読み込んでいた。



「何言われたの」


「あー?︎︎ お前もう決めたの?」



 さっきから一度も目が合っていない。

 目どころか、今は顔もメニュー表で覆われていて見えない。


 私はそれを引っ剥がすようにして手前に倒すと、ひばりを睨んだ。



「ねえ。私には言えないこと?」



 まともに視線を交わして、彼の空気がたじろいだのが分かる。

 こんなんで隠し通せるとでも思ったのだろうか。大根役者すぎる。


 ひばりの眉尻がみるみるうちに下がって、唇は横に引き結ばれた。


 言いたくないならそれでもいいよ。そんな優しいことは、私は言えない。

 ひばりだったらそう言うかもしれないが、少なくとも私は。


 だって、逃げ道ならあったのだ。

 私のメールに一言、行けないと返事をすればそれで良かった。

 それなのに彼はわざわざ来たんだから、心のどこかでは誰かに聞いて欲しいんじゃないのか。


 見つめること数秒。根負けしたのは向こうだった。



「……俺が機密組織に配属されたのは、実力じゃない」



 その言葉に手を引っ込めた。

 彼のいわんとしていることが掴みかねて、私は黙り込む。



「俺の兄が失踪した時期とナイチンゲールが現れた時期、それが同じだっていうのは前に話しただろ」



 どうやらデリケートな話になりそうだ。

 静かに頷いて、次の言葉を促す。



「それはほとんど人に喋ってなかったんだけど、今日それを聞かれた。漏れてたんだ。しかもかなり事細かく」


「私は誰にも話してないよ!? 神に誓って!」



 慌てて身の潔白を主張すれば、彼は「分かってるよ」と弱々しく笑った。

 そんな表情は滅多に見ない。私は肩をすくめた。



「俺が機密組織に配属されたのは、いわば俺を監視するためだ。妙な背景情報を持つ人物を手元に置いて、安心材料を増やしたかったんだろ」



 自嘲気味に口角を上げたひばりに、私はテーブルの下で拳を握る。


 分かっているのか。

 彼はもう、その可能性を見つけてしまったのか。



「ひばり、まさか……」


「ああ」



 目の前の表情が歪む。



「上は、俺の兄がナイチンゲールだって線を追ってるんだ」



 彼の口からはっきりとそれを聞いて、私は激しく後悔した。


 きっとそれだけは言わせてはいけなかった。

 一番口にしたくなかったであろう人物に、それを言わせてしまった。



「俺は、純粋に探偵って職業に憧れてたんだ。憧れてた、はずだったんだ」



 彼が項垂れる。

 それをただ呆然と見つめながら、私は眉根を寄せた。



「ちょっと考えれば分かる話だ。俺だって一回は考えた。もしかしたら兄さんが、って。でもそんなのあり得ないだろ。……あり得て、欲しくないだろ」


「ひばり……」


「馬鹿だよな。本当はずっと、それを知るためにここまで来たんだ。違うってことを確かめないと、安心していられなかった」



 彼を突き動かしていた原動力は、それだったのだ。

 憎むべき対象を憎むべきものとして認識するために、彼は今まで躍起になっていた。


 どうしてこうも、世の中は――運命は残酷なんだろうと、目の前の彼を見て思う。



「もし、そうだとしてもだ」



 ゆっくりと顔を上げたひばりが、唇を噛む。



「たとえどんな真実だったとしても、俺はナイチンゲールの正体を暴いて、捕まえて、罪を償わせる。それが俺らの使命だからだ」



 彼がおもむろに小指を立てる。

 それをこちらに傾けて、青色の瞳が私を捉えた。



「そうだろ、あげは。約束したもんな」



 自分自身に言い聞かせるように彼が投げかけてくる。


 そうだ。私たちは絶対に捕まえなきゃいけない。

 どんな理由があろうと、犯罪者に言い訳は許されないのだ。


 この世に蔓延る悪は、全て抹殺する。



「当たり前でしょ。今更ひよるもんですか」



 その指に自分のものを絡めて、強気に言い放つ。


 ひばりに関する情報が一体、どういった経路で上層部に伝わったのか。

 それは気になるが、一度表に出たものを引っ込めることはできない。


 彼も私も、純粋に抜擢されたとは言い難い状況になってしまったわけだ。

 余程のことがない限り、機密組織への配属は確かにあり得ない話だが。


 しかし、気になることがあった。


 警察側のことになるが、鹿取くんが機密組織に配属されたのはまだ理解できる。彼の父親の事情が全て内部に伝わっているのかは定かでないが、恐らくは知られているのだろう。


 問題は兎束さんだ。

 彼女は優秀だが、これまでの現場で目立った活躍はない。

 ナイチンゲールに関する執着も見られないし、なぜ機密組織に配属されたのかが少し引っかかる。



「あげは、ラーメン食いに行くか」



 一人考え込んでいると、ひばりが唐突に提案をしてきた。


 帰り道なら分かるが、店内で、しかもこれから注文しようとしている時に言われるとは思わなかった。

 まあ確かにお腹は空いているんだけれども。



「それはまた、何で急に」


「だって前に言ってただろ。まだ一緒にラーメン食べに行ってないじゃん、馬鹿! って」


「いつの話蒸し返してんのよ!?」



 言った。言いましたとも。

 でもあの時は頭に血が上っていたし、やけくそだった。

 正直、闇に葬り去って欲しい記憶ではある。



「えー、ラーメンって締めでしょ。事件解決後の嗜みでしょ」


「前から思ってたけど、お前たまにオッサン臭いよな……」


「うっさいわね! まだピチピチよ! フレグランスよ!」



 テーブルに両手をついて抗議すると、呆れたように宥められる。


 ひばりは伝票を抜き取ると、そのまま立ち上がった。



「じゃあ行くか」



 さっさと切り替えた彼とは対照的に、私は自分の腕に鼻を埋めて空気を吸い込んだ。

 オッサン臭いって、加齢臭ってこと? 自分で嗅いでも分からないか。



「何してんの」


「え、加齢臭かなって」


「ぶっ」



 盛大に噴き出したひばりに、思わずむっとして顔をしかめる。

 ひとしきり笑った彼は、腹を押さえながら目尻を拭った。



「やー、ごめんごめん。オッサン臭いって、あー、いやそうか」



 先程の会話を思い出したのか、そんなことを口にしながら手を合わせてくる。

 そして私の肩に顔を寄せると、すん、と鼻を鳴らした。



「大丈夫。あげはいっつもシャンプーの匂いしかしない」


「あのね、」


「で、ラーメンは?」



 文句の一つでも言ってやりたかったはずなのに、へらりと相好を崩されて調子が狂う。



「……行ってやらんこともない」



 私の返答に満足そうに頷いたひばりは、詫びだと言って私の分の料金を払ってくれた。

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