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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission3―踏破せよ
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絶望感

※この物語はフィクションです。

 


 受け入れたくないのに、目が離せない。

 目の前の人物の顔を凝視し、絶望感に打ちのめされた。


 彼は視線を逸らして数歩踏み出す。



「僕は、ひばりじゃないよ」



 さっきよりも近くなった距離に若干警戒したが、危害を加えてきそうな様子はない。


 彼の言葉に激しく混乱したものの、確かに身長が「本物のひばり」よりも高い気がする。

 それによくよく観察してみれば顔立ちもこちらの彼の方が大人びていて、整っていた。


 世の中には自分と似ている人が三人はいる、とよく聞くが、まさかこんな時に実感しなくたっていいだろうに。


 どっと疲れた気がして、その場に座り込んだ。



「君のお母さんから、預かっていたものがあってね」



 話題をそれとなく戻した彼は、腰が抜けた私に歩み寄りながら、自身の胸ポケットに手を入れる。



「お母さん、って……」



 呆けたように問うと、彼はしゃがみ込んで視線を合わせてきた。

 差し出された手のひらに顔を向ける。



「これを君に、渡して欲しいと言われたんだ」



 どうして、この人がそれを。


 何年ぶりだろうか。

 かつて母の首元で可憐に揺れていた、紫色の輝き。

 懐かしい記憶が呼び起こされて、思わず唇を噛んだ。



「てっきり、もう、盗まれたのかと……」



 やっとの思いでそう口にすると、彼は苦笑気味に答える。



「いや、盗んだのには相違ないさ。だけど君のお母さんは、俺の去り際に言ったんだ」



 ――それは私があの子にあげられる、最後のプレゼントなの。



「だから君が大人になったら渡してくれって。それまで自分はもたないから、代わりに預かって欲しいって」



 綺麗な人だった、と彼は追悼するかのように目を細めた。



「盗んだ奴に、よくそんなことが言えるよ。しかも頼み事までするもんだから、こっちが驚いたさ」



 それより何より、母の言いつけを本当に守ったこの人の得体が知れない。

 彼は一体何者なんだろうか。母の知り合いだったのだろうか。


 ぐるぐると思考を巡らせる私に、「ほら」とペンダントを押し付けてくる。

 一向に受け取ろうとしないこちらの様子に痺れを切らしたのか、彼は私の手を取って無理矢理握らせた。



「私、まだ大人じゃない」



 そこだけがずっと気がかりで、素直にこれを握り締められずにいた。


 未熟で青くて、稚拙で情けない。

 こんな今の自分が受け取ってしまったら、母との約束を破ることにはならないだろうか。



「それを決めるのは、何も自分だけじゃないよ」



 諭すような声に顔を上げると、彼の方が少し困った顔をしていた。

 それじゃあまるで、私のことが大人に見えると言っているようなものじゃないか。


 釈然としないまま受け取って、改めてそれを視界に入れる。


 きっとこれは金銭的に価値のあるものに違いない。何せこの人が盗むほどなのだから。

 その重みを感じるようにまぶたを閉じた時、彼が静かに呟いた。



「もう見つかったか」



 目を開けると、彼は外に視線を投げている。

 程なくしてサイレンが聞こえてきて、警察の気配が近いことを悟った。


 立ち上がってバルコニーに向かう彼に、私は気持ちが急く。



「待って。あなたがナイチンゲールなの?」



 その問いかけに相手の足が止まった。

 振り返った彼の表情に、息が詰まる。


 穏やかに微笑むその瞳は酷く悲しげで、私はなぜか聞かなければよかったと思った。


 その目が、口元が、そうだと物語っている。

 自分自身の存在に悔やんでいる。



「警察には、気を付けた方がいい」



 端的な忠告だった。


 なぜだ。

 気を付けるのは罪を犯した彼の方であって、私ではない。


 意味を図りかねて眉根を寄せる。

 しかしそんな私を横目に、彼は両足を地面から離して手すりに乗りあがった。



「ちょっと、何してるの――」



 外に警察がいるというのに、わざわざ目立ちにいく彼の行動が理解できない。

 それに、そんな所から落ちたら死んでしまう。



「ごめんね」



 そう聞こえたのが先か、彼の姿が消えたのが先か。


 そこから足を離した瞬間、白い鳥は確かに「飛んで」いた。

 深い青に飲み込まれていくように鮮やかに羽ばたいて、夜鳴き鳥の名に恥じない所作で舞ってみせた。


 鳥が去って視界一面に夜空が広がってから、私は我に返る。

 慌てて駆け寄り、体当たりするように手すりにぶつかった。身を乗り出して下を覗くが、それらしき人影は見当たらない。



「どうして……」



 八つ当たりのように宙を睨んだ時、後ろでドアが荒々しく開いた。



「警察だ! 大人しくしろ!」



 叫び声と銃を構える音がその場に響いた。

 振り返ってみれば、ざっと見ただけでも三十人ほどの警官がこちらに対峙している。


 恐らくナイチンゲールを追って来たのだろうが、当の本人はもうここにはいない。


 また取り逃したと糾弾されるだろうか。

 自分の先行きが不安で肩をすくめていると、一人の警官が問うてくる。



「貴様、その手に持っているものは何だ!」



 あ、と間抜けなくらい口が開いた。

 自分が今手にしているのはナイチンゲールが盗んだはずのもので、それを持っているということは、つまり――



「いえ、これは私のものなんです。私の母の」



 弁解しなければ。

 必死に告げると、その警官は銃を下ろして私の方に歩み寄ってきた。


 どうやら発砲の危険は免れたようだ。

 少し安心して、もう一度丁寧に説明しようとした矢先、



「――え?」



 乱暴に両手を掴まれ、痛いと思った時にはもう自由を奪われていた。

 銀色に光る拘束具が音を立てる。



「二十一時四十三分。紫呉あげは、現行犯逮捕」



 なにを。

 なにを、言っているんだこの人は。



「おい、連れて行け」


「はい」



 握っていたペンダントを強引に奪われた。

 両側から引っ張られ、引き摺られるようにして歩く。


 頭が働かない。

 衝撃故か、諦め故か、それも曖昧だ。



「待って――待って、ください、私、」


「ちゃんと歩け」



 抗う自分の声が、まるでドラマで見る犯人さながらだ。

 あの時の彼らはこんな気持ちだったのか、とどこかで達観する。


 一体どうして、こんなことに。


 そんなことを考えても今更どうにもならないのに、無駄に理性的な思考回路が息を吹き返す。


 これは彼の罠だったのだろうか?

 それならば、なぜ私に大事な盗品を渡したのだろうか?


 分からない。何もかも。

 せっかくここまで来たのに、また私は振り出しに戻るのか。



「紫呉さん……」



 か細い声が聞こえて、顔を上げた。


 部屋の外に待機していたのだろうか。

 暗い空間を照らすような桃色の瞳は、これでもかというほど見開かれ、激しく揺れている。



「兎束、さ」



 彼女の隣には鹿取くんがいた。

 恐らく二人とも応援要請を受けて駆けつけたのだろう。


 こんな状態の自分を見られることがあまりにも惨めで、私は俯いた。



「……ごめん」



 咄嗟に謝罪が口をついて出て、今ならひばりの気持ちが分かりそうな気がした。







「もう一度聞く。あれは盗んだものだな?」



 取調室に大きめの声が響き渡る。

 デスクに肘をついてこちらを睨む男性に、私は背筋を伸ばしたまま述べた。



「ですから、誤解です。あれは元々私の母が持っていたもので、それを私が譲り受けたんです」


「ナイチンゲールがいたということに関しては否定しないんだな?」


「それは――」



 言葉に詰まり、さてどうしたものかと頭を働かせる。


 彼がナイチンゲールだった可能性は高い。

 だとすると、あの場に出没したというのは事実である。


 だがそれを馬鹿正直に白状すべきか迷った。

 もし私がナイチンゲールに接触したと分かれば、一斉に責め立ててくるだろう。

 やれ共犯だの、裏切りだの、やってもいない罪を押し付けてくるに違いない。



「君は探偵内部の情報を得て奴に売り、向こうの手助けをした。違うか?」


「違います」



 はっきり否定してから、不安が渦巻く。


 この三日間が山場だ。

 警察と検察の取り調べに、一人で耐えなければいけない。

 相手は誘導尋問などでこちらの証言をどうにか引き出そうとしてくるだろう。



「前々から君に関しては怪しい情報が上がってきていたんだよ」



 頬杖をついた彼に、そんなことは知っていると内心ため息をついた。

 こんなに居心地が悪い思いをしておいて、気づかないわけがなかろう。



「例えば、君は前回も犯人に出くわしたらしいな。目の前にいながら取り逃したと聞いたが」


「その件に関しては以前お話した通りです。第一、私は被害者ですよ」



 所有権は私ではないが、そう主張しておいても差し支えない。

 あの時、確かに宝石が一つ盗まれたのだから。



「被害者?」



 男性が眉をひそめ、揶揄うように私の言葉を繰り返した。



「至近距離で盗られるのを黙って見てたって言うのか? それも計画なんだろう」


「は、」



 腹の底から声が出た。

 あまりにも押し付けがましい推測に、私も躍起になる。



「あなたはナイチンゲールのことを何も分かっていません。至近距離にいて、まともにやり合えば勝てる相手だと思っているのなら、その考えは今すぐ改めるべきです」



 普通の窃盗犯とは訳が違う。

 こちらの力を十割発揮させることはさせてくれないし、仮に発揮できたとして僅かな油断すら許されない。


 正確に言うとナイチンゲールではなく「グレー」の男だったが。

 話がややこしくなるだけなので、控えておく。



「――つまり、ナイチンゲールに接触したということを認めるんだな?」



 しまった。

 目の前の男性の視線を受けて、奥歯を噛み締める。



「奴はどうやって逃げた? 次の犯行現場はどこだ?」


「バルコニーから飛び降りたのを見ましたが、その後は目視できていません」



 これ以上隠し通すのは無理だ。

 なるべく正直に話すルートにシフトチェンジする。



「拠点はどこだ」


「そんなの、私に聞かれても――」


「か弱い女の子だったら警察も許してくれると思ってんのか?」



 一層低くなった声に、思わず硬直した。

 そのままお互い何も喋らず視線を交わしていると、突然ノック音が響く。



「萩本警部。時間です」



 そんな声と共にドアが開いて、久しぶりに他の人を見たような気がした。

 時間にしてはおよそ二時間といったところだったが、深夜ということもあり切り上げられたのだろう。


 呼ばれた男性は不服そうに顔をしかめてから、渋々といった様子で立ち上がった。

 彼と入れ違いで入ってきた警官が私の腕を引く。



「立て」



 どこに連れて行かれるのかは分かっていたつもりだが、いざとなると足がすくむ。

 少し躊躇した私に構うことなく、警官は事務的に誘導し始めた。


 しばらく歩いていると、細かい網目が見えてくる。

 それに胸がざわついたが、同時に大変なことになってしまったという実感もわいた。



「トイレは報告制、明日の起床時刻は七時だ。早く休め」



 淡々と説明されて、一室に放り込まれる。

 警官が鍵をかける様子を呆然と眺めていると、視線で咎められたので顔を逸らした。


 遠ざかっていく足音を聞きながら、その場にずるずると座り込む。


 さっきまでは取り調べに受け答えるのに必死で、自分の身の心配にまで及ばなかった。

 ここへきてようやく、自分は「犯罪者」として扱われているのだと打ちのめされる。



『1+1=2だ。それでいい。俺とお前は、何ら変わりないよ』



 変わるよ、と。呟いた。



「……変わっちゃったよ」



 1どころかマイナスになってしまった自分を、それでも彼は足したら2だと言うのだろうか。

 そんなつまらないことを考えて、まぶたを閉じた。

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