表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission2―追及せよ
20/41

愚かなプロット

 


 展示会初日は何事もなく終了した。

 来場者を捌けさせた後、閑散とした館内では翌日の連絡事項と警備計画が言い渡されて解散になったという。


 しかし、犯人はいつやって来るか分からない。

 街中が寝静まる真夜中に犯行を行う可能性は、決して低くない。

 そのため、交代制で二十四時間警備にあたることになっている。


 ひばりからそんな諸々の情報をもらって、私はようやく息をついた。

 僅かに落ち着きを取り戻した兎束さんを、先程部屋に送り届けたばかりである。



「お疲れ」



 私の顔を見て手短に労ったひばりは、余計な詮索はせずにそのまま自分の部屋へ戻っていった。

 正直今は他人に気を遣う余裕はなかったので、彼の行動は有難かった。


 部屋には恐らくきなこがいるだろう。

 彼女のことが嫌いなわけでは決してなく、ただ今は一人になりたかった。


 ポケットに手を突っ込んで中を確認する。

 ジュース一本くらいは買えるだろう。ロビーで少し時間を潰してから部屋に戻ることにした。


 皆部屋の中でくつろいでいるのか、ロビーは逆に静まり返っていた。

 それに安心して、自販機に百円玉を二枚投入する。



「紫呉」



 心臓が跳ねた。

 勢い余ってボタンを押してしまい、ごとん、と下から出てきたのはカフェラテだ。


 全く願望と逸れたものを購入してしまい、私は振り返って恨めしげに元凶を見やる。

 彼はといえば、珍しくつり上がっていない目でこちらと視線を交わしていた。



「何」



 不機嫌を隠さず返事をし、投入口にまた硬貨を入れる。

 今度はスポーツ飲料を間違いなく買い終わって、私はカフェラテを彼の方に投げた。


 それを受け取って首を傾げる鹿取くんに、「あげる」とぶっきらぼうに言い放つ。



「要らないなら要らないでいいけど。同室の子にあげるし」



 未だに私の名前を呼んだだけで、以降口を開かない彼に少し苛立った。

 すぐそばの椅子に腰を下ろし、喉に水分を流し込む。


 鹿取くんは手に持ったカフェラテを見つめた後、顔を上げて口を開いた。



「昼間は、助かった」



 にわかには信じ難い言葉が彼の口から飛び出して、思わず目を見開く。

 この男が礼を言うことなんてあるのか、と純粋に感動してしまった。



「俺は兎束の辛さを分かってやれない。だから、お前がいて助かった」



 その発言は、勿論分かる努力をした上でのものだろう。

 好きな子が被害に遭って取り乱すのは、まあ想像に難くない。


 昼間の件は、少しねじ曲がって内部に広がっていた。

 警学生が正探偵に掴みかかった等と揶揄されて、彼自身も居心地が悪いに違いない。



「いや、別に……そんな気落ちすることないんじゃないの。同性にしか分からないことだってあるし」



 いっそ普段のように高圧的に接してくれれば、こちらだって言い返しやすい。

 だが今の彼は気迫に欠けるし、何より目に見えて落ち込んでいた。


 とはいえ、わざわざ話しかけにくるぐらいだから彼なりに頑張ったのかもしれない。

 それに免じて無駄なカフェラテ代は許すとしよう。


 重苦しい空気を変えようか迷っていると、彼は突然頭を下げた。



「兎束を頼む」



 いつも散々な扱いをされている相手にいきなり下手に来られ、かなり困惑した。

 若干の恐怖を抱いたといっても過言ではない。


 だが彼の申し出は本気だ。

 それくらいは分かっているつもりだったので、「まあ、それは、いいんだけど」と曖昧に頷く。



「一つ教えてよ。何でそこまで私たちを――探偵を嫌うの」



 完全に興味本位で、それでいて本気だった。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。今なら聞き出せそうな気がしたのである。


 言い淀む彼の様子に、私は遠慮なく物申す。



「言っとくけど、私だってあんたのこと嫌いだからね。初対面からシカトしてガン飛ばして、理不尽極まりないったら」



 勘違いしてもらっては困るのだ。

 何も私は歩み寄るために問いを投げたのではない。

 理由なく拒絶されるより、理由があった方がまだ自分の中で納得できる。



「別にお友達になりたいわけじゃないから嫌われたところで構わないけど、もっと上手くやってよね。無闇に攻撃されてもはっきり言って迷惑だし」



 きっと情に訴えるなんて手法は彼に通じっこない。

 話して欲しい理由を赤裸々に広げた方が効果的だ。


 私のあけすけな物言いに、彼は少し肩を揺らす。

 やがてため息をついて、低いトーンで切り出した。



「以前も言ったが、俺の父親は警察官だった。機密組織でナイチンゲールの正体を追っていた」



 ここへ来る前の話か。

 記憶を辿りながら彼の話に耳を傾ける。



「ある事件でナイチンゲールに遭遇した組織は、すぐさま確保に乗り出した。奴の狙いは当時日本にあった中で一番上等なガーネットだ」



 それは既に警察の手の中にあり、ナイチンゲールには手出しができないはずだった。

 警察はこれを利用して逃げ続ける怪盗を仕留めようと、ある作戦を決行したという。



「簡単に言えば囮作戦だ。一人の警官が犯罪者を装って、ナイチンゲールに近付く。奴が求めるガーネットが手に入ったと言って」



 そして数回やり取りをして安心させた後、人気のない建物におびき出して確保する予定だった。


 しかし怪盗だって馬鹿ではない。その「犯罪者」に、絶対に一人で来いと念を押した。そして必ずガーネットを持ってこいと。



「その囮が、俺の父親だった」



 息を呑んだ。

 彼の父は、想像の遥か上を行く重責を担っていたのだ。



「約束通り、父親は一人でそこへ向かった。だが勿論、組織総出の作戦だ。近くに警官は待機しているし、無線も繋いでいた」



 計画に不備はなかった。

 これでようやく大怪盗の化けの皮を剥せる。誰もがそう思っていた。


 しかし、相手は「大怪盗」なんて、そんな名誉ある人物ではなかった。



「父は帰って来なかった。――殺されたんだ、奴に」


「…………殺された?」



 なぜ。聞くまでもない。

 犯罪者の思考回路など、己の欲望に忠実で愚かなプロットだ。


 落とした視線の先に、固く握られた拳を見つける。

 憎しみと怒り。悲しみはとうに、消化してしまったのだろうか。



「奴は父を殺しただけでなく、本物の罪人に仕立てあげた。今まで父が罪人を演じるために集めた情報や知識が、都合よく過去の事件に宛てがわれるように仕向けた」



 勇敢に大怪盗に挑んだ彼の父親は、称えられるどころか蔑まれた。

 たった一人、彼だけが真実を抱えてこの世を去った。



「警察は捜索にあたった。調査も行われた。だが奴の『計画』は完璧だった、やられたんだ。向こうの方が何手も先を読んでいた」



 調べれば調べるほど、父親の犯行を裏付ける。

 信じたくなくたって、証拠があればそれを見過ごすことは出来ない。



「いつも父に頷いて従っていた探偵共だって、世論が傾けば簡単に父を詰った。自分たちの手でろくに調べもせずに、自分たちだけでは何もできなかったくせに、口を揃えて『犯罪者』と言った」



 許すものか、と。彼は声を震わせた。



「ナイチンゲールはその首を引き摺って絶対に地獄へ連れて行く。罪人には相応の裁きが下されるから簡単な話だ。だが問題はそこじゃない」



 彼が顔を上げる。歯を食いしばる。

 憎しみに乗っ取られた紅い瞳が、昏く揺れる。



「父を犯罪者扱いし扱き下ろした奴らは何故罰せられない。そいつらは今ものうのうと平気な顔をして、全て忘れたかのように生きているのに、何故父は永遠に許されないままなんだ。解せない。許せない。――俺は絶対に許さない」



 しばらく息をするのを忘れた。

 彼の黒さがこちらにまで伝染してきそうで、思わず背を丸める。


 私はナイチンゲールを甘く見ていた。

 大怪盗は、人に危害を加えずに盗みを行うと思い込んでいたのだ。


 しかしそれは大きな間違いで、奴は極悪人に相違ない。

 目的達成のためなら、時にはどんな手段も厭わない。


 奴は本物の犯罪者だ。


 沈黙が落ち、彼の話が済んだことを悟る。


 私は興味本位で聞き出してしまったことを、少しだけ後悔した。

 でも彼に伝えなければならないことがある。



「憎しみは正義なの?」



 私の問いに、彼は顔を向ける。



「殺人鬼に家族を殺されて、その犯人を憎んで殺しても許されるの?」



 許されない。復讐を銘打ったとしても、それは絶対に許されない。


 憎しみは原動力になる。

 時に勇気や絆のようなものよりも、強力なエネルギーを発揮する。

 だからこそ、それを盾にするのは危険だ。



「私には事件の真相は分からない。だから、あなたのお父さんを侮蔑した人に対しても何も感じない」



 酷な話だが、本当に彼の父親が犯人だったという可能性はゼロじゃない。

 彼の気持ちを理解できないわけではないが、取り返しがつかなくなる前に引き戻したいのだ。



「あなたが確実に憎むべきは、あなたの父を殺した人よ。殺人はいかなる理由があっても許されない。それだけは確かだわ」



 だからもう、やめにして欲しい。

 これ以上憎んでしまったら、彼が壊れてしまう。



「あなたが今いるのは、あなたの父がいた時の組織じゃない。重ねちゃいけないの。ここにいる人たちはあなたの憎むべき『罪人』じゃない」



 同情はしない。だって彼は間違っている。

 感情の向ける先を、誤っている。



「警官を目指すきっかけは何であろうと構わないけど、そこに私情を挟むのはお門違いよ。周りに失礼なんじゃないの」



 少し言い方がきついかもしれない。

 気まずくてペットボトルを勢い良くあおり、一気に半分ほど飲み干す。


 これ以上話すこともないだろう。

 いい加減に疲れたので、部屋に戻ろうと立ち上がった。


 数歩進んだところで、背後から声がかかる。



「紫呉」


「なーによ」



 努めて明るいトーンで返すと、



「今まで済まなかった」



 落ち着いた声色だった。

 それはどこか意固地でずっと張り詰めていた彼が、長年の呪縛から解放されたようであった。


 彼がどんな表情だったかは分からない。

 私は振り返らずに軽く手を挙げて、階段を駆け下りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ