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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission2―追及せよ
17/41

怒りの矛先

 


「は〜〜〜〜っ、そりゃ最高だわ〜〜〜〜!」



 現場から引き上げ、本部の会議室で反省文を書き連ねる私と鹿取くんを前に、ひばりは笑い転げた。



「どこがよ! ったく、他人事だと思って馬鹿にして……」



 叩かれた頭がまだ痛むような気がする。


 先に戻ってきた鹿取くんと私は、冷戦状態で黙々と筆を走らせていた。

 そこへ遅れて入ってきたあとの二人に、状況説明を促されて今に至る。



「おい」



 突然向かいから低い声が飛んできて、渋々顔を上げた。



「何」


「お前、もう二枚書け」



 鹿取くんは言いつつこちらに用紙を寄越してくる。

 流石の私もこれには我慢できずに容赦なく反抗した。



「はあ!? それあんたの分でしょ押し付けないでよ!」


「元はと言えばお前のせいだろ。こちとらもう反省する内容が尽きた」


「反省文なんてそんなもんよ馬鹿か!」



 言い返すと、彼は不愉快そうに顔を歪めて再びペンを握る。

 喧嘩を始めろと言われたら今すぐにでもできるほど腹は立っているが、このままでは進まない。


 仕方なく顔を伏せたところで、ひばりが兎束さんに話を振った。



「うちのがうるさくてごめんなあ、兎束さん大人しいからびっくりしたろ」



 雑談のネタで人を貶めるな――――!

 今度はひばりに怒りの矛先が向く。


 兎束さんは「いやそんなことは」と否定しつつも、それ以上のフォローはなかった。



「二人が仲良くなってくれたみたいで、良かった」



 明らかに場違いな彼女の感想に、昭和芸人もずっこけたに違いない。

 喧嘩するほど仲がいいを拡大解釈しすぎではないだろうか。



「兎束」


「か、鹿取くんどうしたの?」


「俺はこいつなんかより兎束との方が仲がいい」



 吹き出すかと思った。いや吹き出した。

 あまりにも彼が必死すぎて、分かりやすすぎて最早不憫だ。

 恋する乙女かお前は。



「うーん、まあそうだね紫呉さんとはまだ日が浅いから……」



 全然伝わってないけどな!

 一人首を傾げる兎束さんに、ひばりも肩を揺らし懸命に笑いをこらえていた。


 私はひとしきり笑ったあと、鹿取くんに手を合わせる。



「ご愁傷様です」


「まだ終わってない殺すぞ」


「語尾が毎回物騒なのやめなさいよ仮にも警察になる人間でしょ」



 言い返しつつ睨んでやると、ひとまずは休戦になった。

 さてとっとと片付けようと意気込んだ時、会議室のドアが勢い良く開いた。



「お前ら! すぐに現場に向かえ! 犯人が現れた!」



 本部長が以前の冷静な表情とは一転、血相を変えて吠える。

 それを聞いて条件反射のように立ち上がった私たちは、すぐに装備を確認して飛び出した。


 犯人がいると分かっている状態の現場に行くのは初めてだ。嫌でも気が引き締まる。

 慌ただしく動く周りの様子を見ていると、自分が携わっているのは「事件」なのだと実感がわいた。


 現場は既に混沌としていた。

 パトカーが何台も出動しており、騒ぎを聞いた近隣住民が集まって怪訝そうに様子を窺っている。



「何か言ってたか?」


「いや、またこないだと同じだな。荒らすだけ荒らして商品には傷一つつけられてないって」



 近くにいた警官の会話が耳に入り、思わず眉をひそめた。

 とりあえず辺りを見回し、適当に手伝うことはないか探す。


 正探偵の男性が一人、歩道に散らかった木材を片付けているのが目に入った。

 ひばりと顔を合わせ、二人でそこに駆け寄る。



「手伝います。どこに運べばいいですか?」


「ああ、助かる。そこの角の資材センターまで持って行ってくれ」



 頷いて早速手をかけるが、なかなかに重い。

 なるべく自分でも持てそうな小さいものを見繕って抱え込んだ。


 それにしても、なぜこんなに現場周辺が散らかっているのか。


 侵入されたという宝石店は、窓ガラスが割られた程度で中の被害はほとんどない。

 どちらかと言うと荒らされているのは外側で、それも人通りのある歩道や車道を塞ぐかのように様々なものが投棄されていた。


 当然現場周辺は通行規制がかかっており、ここ一帯は夜間とはいえ交通量が決して少なくない道路だ。



「こんな重たいのよくもまあ、わざわざ持ってくるよなあ。狭くて機械も使えないし」



 ひばりがぼやきながら腰を上げる。

 確かに、と彼の言葉を咀嚼して首を捻った。


 犯人の目的が分からない。

 これでは本当に愉快犯ではないか。人に迷惑をかけることこそ至高、なんて考えをお持ちになっているのか。


 考えたって分かりようがないか、と諦めて肉体労働に徹することにした。



「邪魔だ邪魔だ、いいから黙って突っ立ってろ」



 背後からそんな声が聞こえて振り返る。

 どうやら兎束さんと鹿取くんが、警官に邪険にあしらわれているようだった。

 二人は揃って渋い顔で身を引いた。


 現場の雰囲気はピリついていて、迂闊に行動すれば蹴飛ばされかねない。

 警察がこんなにも身近に大勢いる現場は経験がなく、息が詰まる思いだった。



「はあ、これ腰にくるわね……」


「なにオバサンくさいこと言ってんだよ、まだあるぞ」



 何度目かの運搬で堪らず弱音を吐くと、ひばりに一蹴される。

 彼の体は細く見えるが、思いのほか頑丈な作りらしい。


 返事の代わりにため息一つついて腰を下ろし、木材を持ち上げた時だった。



『金上市博物館にて盗難発生! 未だ犯人逃走中とのこと!』



 無線からの連絡だった。

 すぐに半数程の人数がそちらに派遣されることになり、今いる現場はかなり閑散とした。



「――やられた」



 唐突にひばりがそう零した。

 どこか呆けたような、そんな声色だった。


 それを聞いてようやく私も思考のピントが合う。

 そうだ。恐らく本命は「そっち」だったのだ。

 この現場はただの目くらまし、フェイクにすぎない。


 なるべく多くの人に意識を向けさせ、人員を割く。そしてここに留まらせることが犯人の狙いだ。


 ただのまぐれだのと言われないよう、わざわざ数件荒らしておいて、確実に現場を守らせる。

 誰が一夜に二箇所も破られると思うだろう。今までの法則を完全に覆し、犯人は今宵盲点を突いた。



「くそ、くそっ……!」



 今度は明確な怒りを湛えたその青い瞳に、私は何も口を出せなかった。



『……俺は、ナイチンゲールの正体が知りたいんです』



 あの時の彼の言葉が、確かな重みを伴って自身の頭を揺らす。

 ひばりは本気だ。彼の原動力は、恐らくそこにある。


 この犯行が果たしてナイチンゲールの仕業なのか、それはまだ誰にも分からない。

 だが、ナイチンゲールの仕業でないと言い切れる可能性だってそれと然りだ。



「あ……? なんだアレ」



 周囲がやけに騒がしい。

 我に返って見回すと、先程よりも人が増えていた。

 野次馬だろうか。一体何に騒いでいるんだ、と顔をしかめる。


 しかしふとひばりの顔を見た途端、背筋が凍った。


 彼の目は限界まで見開かれ、眉間にこれでもかと皺が寄っている。

 憤怒と驚愕、そして少しの畏怖。こんな顔ができるのか。どこか場違いな感想が浮かんだ。



「ひ、ひばり……なんて顔し、て……」



 声が震えた。最後まで言えなかったのは、彼の視線の先を追ったからだ。


 なんだ、あれは。


 ビルの屋上に何かがいる。

 人だ。その影から旗のようなものが風になびいて――いや、マントだ。

 そんなものを身につけるのはスーパーマンか、怪盗くらいだろう。


 そこまで考えてから、そんなまさか、と声を上げそうになる。


 まさか、あれが。



「ナイチンゲール……」



 確証なんてどこにもない。

 仮にあそこにいるのがそうだったとして、今起こっている事件と関連があるとは断言できない。


 捕まえる術が、何も、ない。



「……く、そ……」



 幻だったのだろうか。

 そう思うほど、去り際は呆気なかった。


 一瞬のうちにその影は消え、何の変哲もない風景が人々の瞳孔を開かせる。


 初めてこの目に焼き付けた。

 テレビ越しでしか存在を知ることのできなかった前までの自分に、手を取って語りたい気分だった。


 分からない。

 ひばりのような感情を抱くのが正解なのか。

 どこか高揚感の抜けない私はおかしいのだろうか。



「……ひばり」



 彼の拳はきつく握りすぎて酷く痛々しい。

 そっと手を重ねると、彼の肩が少し揺れた。



「捕まえよう。いつか、必ず」



 そうしなければいけないと思った。

 彼のためにも、自分のためにも、そうすることが最善な気がして。

 これだけは、他の誰でもなく、自分たちの手で成し遂げなければいけない。


 奇妙な出来事が歯車を回して、私たちを急かす。

 巡り合わせだとか、運命だとか、そんなものとは一生縁がないと思っていた。



「ね。約束」



 差し出した小指に、何かが動き出す予感がした。

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