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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission2―追及せよ
15/41

干渉せずに

※この物語はフィクションです。

 


 いつものように長袖のワイシャツを手に取ってから、天気予報の情報が脳裏に浮かぶ。


 明日は全国的にも暑く、初夏の陽気となりそうです。


 キャスターのそんな声を思い出して、私はクローゼットから半袖のワイシャツを取り出した。


 身支度を終え、部屋の窓を開ける。

 少しぬるい風が頬を撫でて中に入ってきた。なるほど確かに今日は暑くなりそうだ、と内心頷く。


 部屋から出て恐る恐るリビングへ顔を出すと、そこには誰もいなかった。

 安堵のため息をつき、トーストをオーブンに放り込んでからソファに沈む。



『一昨日未明、三野坂市北区の宝石店に何者かが侵入したものとして調査が行われています――』



 テレビをつけるとニュースが流れる。

 それを適当に聞き流しながら、コップに牛乳を注いだ。



『一部のメディアではナイチンゲールの犯行ではないかと言われていますが――』



 その言葉に顔を上げてテレビ画面を見つめる。

 淡々と原稿を読み進めるキャスターからは、それ以上の情報は得られずじまいだ。


 結局あの事件はナイチンゲールとは何も関係がなく、ただの凶悪犯による犯行だった。


 収束したのも束の間。

 今度は連日、宝石店への強盗被害が放映されるようになった。



「あーっ! パン焼いてんの忘れてた!」



 おまけに時計を見ると、時間ギリギリときた。

 牛乳でトーストを流し込み、急いで靴を履く。



「じゃあね、ミント! 行ってきます!」



 私がいなくなったソファを我が物顔で占領した飼い猫に叫んで、玄関を飛び出した。

 リュックを自転車のかごに放り込み、ペダルを漕ぐ。


 普通に漕いだってどうせ汗をかくのなら、全力で飛ばすしかない。

 早くも本領発揮を目論む太陽を背に、私は通学路を急いだ。



「こら危ねぇぞ!」



 学校付近で後ろから怒号が飛んでくる。

 頭の固いおじさんに捕まったか。肩をすくめた時、隣を自転車が追い越した。



「なーんてな。お前もギリか? 珍しー」


「ひばり! あんたね……」


「お先〜」


「あ! 待ちなさい!」



 カーチェイスならぬチャリンコチェイスが開催され、負けじとペダルを踏む。

 結果的に間に合ったから良しとしよう。


 私たちがくぐった門には「探偵育成第一学校」と掘られている。

 高校を卒業した者が二年間、正探偵になるべく通う場所だ。専門学校と括りは同じである。


 一学年として所属している私とひばりは、つい先日「バディ」としてお互い協力の道を歩いていくことに決めた。

 のだが。



「お前、髪ぼさぼさだぞ。女子ならちゃんと整えてこいよ」



 自転車を降りて早々お節介をぶつけてくるひばりに、不機嫌を隠さず反抗する。



「風であおられたの! それに朝時間なかったんだってば。もう、うるさいな」


「はいはい悪かったって」



 適当に自分で頭を撫でていると、彼が謝りながら手を伸ばしてきた。

 一瞬怯んだ私に、「別に殴らないから」と軽く手ぐしで髪をほぐす。


 されるがままで黙って歩いていると、突然隣から笑い声が上がった。



「何か今のあげは、野良猫みたいだわ」


「よく分かんないけど絶対馬鹿にしてんでしょ」


「褒めてる。めっちゃ褒めてる」


「嘘くさ!」



 未だ楽しそうに肩を揺らす彼に、痺れを切らして歩くペースをあげる。

 しかしそれにすぐ追いつかれ、また早める。繰り返しているうちに完全に鬼ごっこになっていた。



「朝から元気だなお前」


「うっさい、ついてこないでよ!」


「一階違いで何を言うか」



 教室に着くまでに無駄な体力を消費した。

 別れ際、こっちは息が上がっているのに顔色一つ変えないひばりに少し腹が立って、



「あ、きなこ! おはよー」


「えっ」



 彼の後ろに向かってわざとらしく手を振ると、まんまと引っ掛かってくれた。

 足元に蹴りを入れて、膝カックンをお見舞いしてやる。



「てっめえ、あげは! こら!」


「鼻の下伸びてたぞー」



 埒のあかない攻防戦は、授業開始ギリギリまで続いた。



 ***



「君たちも知っているとは思うが、最近またナイチンゲールが巷を騒がせている」



 世間では小学生や中学生がもうすぐ夏休みに入ろうという頃、私たちは例のごとく校長室にいた。


 しばらく呼び出しもなく気が緩んでいたのは否めない。

 が、探学生に夏休みなど存在しないのだ。

 神妙な面持ちで話を聞いている三人を横目に、私はこっそり肩をすくめる。



「君たちを再び現場派遣しようと思っているが、この件は慎重にいかねばならない」



 そこで、と言葉を切った校長は、私たちの目を順番に見つめた。



「警察学校の生徒と共に調査に当たってもらう」



 瞬間、他の者の気配が揺れた気がした。

 我慢できずに視線を隣のきなこに向けたが、特に目立った表情の変化はない。

 気のせいか、と少し首を傾げて話の続きを聞くことにする。



「警察と共同調査を行え、ということでしょうか」



 よく通る声だ。

 高らかに確認を取ったのは蛇草くんである。


 校長は彼の言葉に頷き、渋い顔だ。



「賛同しかねます。我々は本来、個々の組織としてお互い干渉せずに調査を行ってきたはずです」



 探偵は本来、刑事事件にまでいかない民事の案件を扱うのが主だった。

 依頼を受けて証拠を集め、それを提出することで刑事事件と認められれば警察が調査に入ることもある。


 しかし法律は改正され、今まで通りの活動は勿論、要請を受ければ探偵も刑事事件への関与が認められるようになった。

 その要請は警察側から下されるものということもあり、事件の調査において実権を握るのは未だに警察だ。

 そこにヒエラルキーが存在する。


 犯人を捕まえる「逮捕」の権利も、「実刑」を与える権利も、私たちにはない。

 長い歴史のある警察組織に、脆弱な探偵組織は常にひれ伏す術しか持ち合わせていないのである。



「勿論、馴れ合いを求めているわけではない。だが、警察側がいないと動けないこともしばしばあるというのは事実だ」



 世間の反応を見れば一目瞭然だ。

 町の平和を守っているのはおまわりさんだし、咄嗟に電話をかけるのは110番。

 掲げられて為す術なく降伏するのは警察手帳だ。


 警察には絶対的なある種の強制力がある。

 本来、探偵はあくまでも警察の手助け的な位置で誕生した組織であり、そこには主従関係があっても何らおかしくないというわけだ。



「警察の『権利』を上手く使えば、その恩恵に与れるかもしれない」



 校長の言葉に、私は顔を上げた。


 関係者以外立ち入り禁止とされた場所でも、警察は入ることが出来る。

 機密情報でも、警察なら得ることが出来る。


 極端な例かもしれないが、つまりそういうことか。


 私たちは真実に至る「過程」を、いかにクリアに暴くかが使命なのだ。

 みんなが注目するのは「結果」かもしれないが。



「一週間後から調査に当たってもらう。頼んだぞ」



 最後にそう言い渡され、私たちは校長室を後にした。


 圧迫感から解放され、背伸びをしながらきなこがぼやく。



「なーんか、焦ってるね。警察と手を組むなんて、よっぽど切羽詰まってるんじゃないのかな」


「違いないな。警察も手っ取り早く捕まえたいんだろう」



 そう返したのは蛇草くんで、二人は元々会話の波長が合いやすい。

 両者とも頭が切れて空気を読むことに長けているというか、最低限の言葉を交わすだけでそれなりに意思疎通できることに感嘆してしまう。


 四人でご飯を食べに行った日、私はきなこに電話をかけた。

 ひばりの前では「バディになりたい」と言ってしまったが、きなこには何も確認を取っていない。


 しかし彼女の反応は意外なものだった。



「なんだ、そんなこと?」



 あっけらかんとした口調に、こちらが言葉に詰まったというものだ。

 二の句を告げずに固まっていると、きなこが先手を打った。



「ここであんたらのこと認めないなんて言ったら、それこそみっともないわよ。最初から分かってたし」


「でも、きなこあんなに言ってたじゃん。私はひばりに合わないって……」


「勘違いしてんじゃないわよ。別に私はあげはのために認めるって言ってんじゃないからね。万年青くんがあんたを選んだから、仕方なーく認めるって言ってんの。分かった? 切るわよ」



 言い返そうにも、通話は既に切れていた。


 でもまあ、腹を括るしかない。あんなに忠告をしてもらって、それでも私はひばりとバディを組むと決めたのだから。


 かくして、バディに関する一件は終わりを迎えた。


 目の前で高度な会話を繰り広げるきなこと蛇草くんは、もうすっかり安定感が漂っている。

 二人とも十分に優秀だし、きなこのことだ。何がなんでも上に上り詰めるに違いない。


 そう納得して、私は目の前のことに集中することにした。



「あ、やばいもうこんな時間? 食堂混んじゃう、行くよひばり!」


「ちょちょちょ、急に引っ張るな!」



 今までほぼこの三人とつるんでいたせいか、一緒に昼食をとるほど仲の良い友達はクラスにいない。

 ひばりと二人で食堂へ直行するのが昼休みのルーティンになっていた。



「ほんっと分かりやすいわ、どっちも」



 きなこが呆れたように放った言葉が耳に届いて、それから空気に溶けていった。







「本部って、私たちが入っちゃっていい場所なの?」


「まあ入れっこないよな、本来は」



 ひばりとそんな会話を交わして、都内にある探偵本部に赴くため電車を乗り継ぐ。


 言われた通り一週間後、私たちに現場派遣の任務が降りかかってきた。

 今までは比較的近くにある事務所を経由して現場調査にあたっていたが、今回からは本部経由の調査になる。


 間違いなく今までと質の違う「事件」だ。

 そのことに気を引き締めなければならないのは確かだが、他にも懸念点があった。


 探偵本部は全国の事務所を統括、指揮するいわば心臓部だ。

 特に探学第一を卒業した優秀な者は、本部配属になることも少なくない。



「お偉いさんばっかりなんでしょ〜〜。うう、胃が痛い......」


「死にそうな目に遭ってもけろっとしてた奴が言う台詞かよ。大ポカしたわけじゃないんだから堂々としてればいいだろ」



 そんなこと言ったって、やっぱり緊張する。

 刻一刻と目的地に近付いていると思うと気が滅入った。


 電車を降りて、駅から歩いて五分もかからない位置に本部はあった。

 高くそびえ立つそれにおののいていると、ひばりは一瞬の躊躇もなく入口に手をかける。



「ほら行くぞ」



 促され、渋々彼の後ろを追いかけた。

 入ってすぐにかち合った警備担当の者に要件を伝え、手帳の校章を提示して中に入る。


 本部長の元を訪れろと伝言されていたので、指示通りその姿を探すことにした。

 人づてに聞くことによると、一番奥の会議室にいるらしい。



「失礼します」



 ガラス張りの会議室は中の様子が見える設計だ。

 一人パソコンに向かう男性が恐らく本部長その人だろう。


 ノックをして中に入り、二人揃って背筋を伸ばした。



「探学第一より参りました。万年青です」


「同じく紫呉です」



 顔を上げた彼の鋭い眼光に射抜かれる。

 怯みそうになったが、それを態度に出しては失礼だ。



「御苦労。もう少しで向こうも到着する。掛けて待っていろ」


「ありがとうございます」



 崩れることのない表情と起伏のない口調が、この空間の緊張を盛り立てる。

 必要最低限の会話が終了すれば、あとは時計の秒針の動く音が響くだけだ。


 呼吸音を立てるのさえも咎められそうな気がして、知らず知らずのうちに息が詰まる。


 それから五分程して、ドアが開いた。



「失礼します」



 静寂を破ったのは、女の子の声だった。


 白いワイシャツに濃紺のスラックスという出で立ちで現れた二人組は、私たちと同じく男女のペアだ。



「警察学校より参りました、兎束(うづか)です!」


「同じく、鹿取(かとり)です」



 簡潔に自己紹介をして敬礼した彼らを、思わず凝視してしまう。

 わー、敬礼してる! かっこいい!


 私たちの向かいに腰を下ろした二人に、慌てて視線を逸らす。


 本部長はパソコンを閉じると、「さて」と立ち上がった。



「言うまでもなくニュースなどで情報は入ってきているだろうが、お前たちにはナイチンゲールが出没した現場に赴いて調査をしてもらう」



 全員に資料が配布され、そのうちの一枚は都内の地図だ。

 数点、赤いマーカーで囲まれている。恐らく現場の位置だろう。



「勿論他にも現場員は向かわせる。お前たちは基本的にその補助だ。手足となれ」



 結果的に言ってしまうと雑用なのだが、まあ仕方あるまい。

 軽く説明を受けた後、四人で現場に向かうよう指示された。


 会議室を出てようやく緊張から解放された私は、ショートカットの可愛らしい女の子に話しかけたくて仕方がなかった。



「あの、私、紫呉あげはです。よろしくお願いします」



 同い年だとは思うが、彼らは外部だという概念がこびりついて敬語になってしまう。


 彼女は伏し目がちで、大人しそうな印象だ。

 上目遣いに私を見ると、遠慮がちに微笑む。



「兎束胡桃(くるみ)です。こちらこそ、よろしくお願いします」



 天然パーマなのだろうか。

 ふわふわと跳ねている髪の毛は肩の上で短めに切り揃えられている。


 長いまつ毛が、桃色の瞳に影を落とした。

 半袖のシャツから伸びる腕は細くて白い。



「あ、俺は万年青ひばり。よろしく!」



 もう片方の男子に声をかけたひばりだが、相手からの応答がない。

 それどころか、彼はひばりを一睨して兎束さんの腕を取った。



「兎束、行くぞ」


「えっ……鹿取くん、挨拶くらいはしないと」



 慌てて注意した兎束さんに、彼は歩みを止めて振り返る。

 その表情は依然として険しいままだ。



「鹿取紅希(こうき)



 苦々しげに吐き出し、彼は再び歩き出した。

 心なしか舌打ちされた気がする。気のせいか。いや、気のせいにしておこう。


 その様子を黙って見ていたひばりだったが、ややあってから頭を搔く。



「……こりゃ大変そうだ」



 何が、とは言わなかったが、私も内心大きく頷いて先を行く二人の後を追う。


 新しい出会いの代償に、私たちはまた難題を突きつけられたらしかった。

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