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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission1―協力せよ
14/41

乾杯

 


 再び平穏が戻って来た。

 教室で授業を受け、身の危険に晒されることもなく終わる訓練。


 今までの期間は全て夢で、本当は誰ともバディなんて組んでなかったんじゃないかとすら思う。

 それくらいあっさりと終わって、私はこの淡々とした生活に慣れてしまった。


 しかしそれは違う。



「あ、いた。おいあげはー! 遅い!」


「置いてくよー!」



 玄関でブーブー文句を言う「友人」たちに、私は軽く謝ってから急いで靴を履き替える。



「何かやらかしたのか〜? 怒られてたんだろ」



 失礼な憶測を立てたひばりに、私は腰に手を当て息を吐いた。



「はあ? 何で私が怒られなきゃいけないのよ。この優秀で! 可愛くて! 隙のない私が!」


「可愛い……? いま俺の見える範囲で可愛い女の子は猫八くらいだけどなあ」


「も〜失礼しちゃう! この美人が目に入らないわけ?」


「お前ほんとに日本人? 今んところ謙虚さ一ミリも感じないけど」



 私とひばりの止まらない言い合いに、他の二人は早々に諦めをつけたらしい。

 足早に前方を歩く姿が見えた。



「ちょっと待ってよきなこ〜!」


「蛇草! 冷たいじゃんか〜!」



 走ってその後ろを追いかけ、ようやく呼吸が整った頃合いに、隣を歩くひばりが口を開いた。



「そういや、この後バディってどうすんの」


「どうって何が」


「校長が言うには、今後は固定のバディを組めって話だったろ」



 そういえばそんなこともあったな、と遠い記憶を引っ張り出す。


 約二ヶ月弱、三人とバディを組んで色んなことが分かった。

 もう一人で大丈夫だなんて思わないし、一人がいいとも感じない。



「あげははどうなの」



 ややつっけんどんに聞かれ、私は首を傾げた。

 しばらくして、誰と組みたいかを問われていると気付く。


 それぞれ強みと弱みがあるし、それは自分も然り。

 性格の合う合わないはあるにしろ、特に誰と組みたいかなんて考えてこなかった。


 だが以前きなこはひばりと組みたいと言っていたし、それは恐らく今も変わっていないだろう。


 私はうーんと唸り、なるべく全員が納得する回答を模索する。



「俺はさ」


「うん」


「あげはと組みたいんだけど」



 自分のことで精一杯で、彼の言葉を理解するのに時間がかかった。

 たっぷり十秒は考えた後、私は顔を上げる。



「無理しなくていいんだよ」


「はっ?」


「どうせひばりのことだから、何か変な責任感じちゃってるんじゃないの? 私はもうちゃんと学んだよ、一人で勝手に行動しないし」



 彼は以前言った。俺の側を離れるな、と。

 それが彼自身を縛り付けているなら、その必要はないと弁明しておかなければならなかった。


 ひばりが突然立ち止まる。

 どうしたの、と聞こうとしたところで、彼は呟いた。



「違う」



 右腕が彼の手に捕まる。

 風が綺麗な青色の髪を持ち上げて、その奥の瞳が露わになった。


 じっと見つめられ、何となく居心地が悪くなる。



「えっと、ごめん。ちょっと痛い」


「あ、ああ悪い」



 思いのほかすんなり解放されて、拍子抜けした。

 その後はお互い少し気まずくて、いつものように軽口を叩くことはできなかった。


 そもそもなぜ四人で放課後の時間を共有しているかというと、ある大学病院を訪れるためである。


 そこには山口さんが入院していて、私がお見舞いに行きたいと零したところ、蛇草くんと一緒に訪問することになったのだ。



「着いた。ここかぁ、広いね」



 きなこが感嘆しながら、下から上に視線を飛ばす。


 ひばりときなこが着いて来ることになったのは、完全に成り行きだ。

 全て片付いたことだし四人でご飯でも食べに行こう、と提案したのはひばりで、全員の予定を合わせると今日しかなかったのである。


 そんなに仲良かったっけ、と茶々を入れようかとも思ったが、まあ積もる話もあるだろう。

 たまにはいっか。軽い気持ちで私は頷いた。



「失礼します」



 広い院内で少し迷いながらも病室に辿り着き、私たちは静かに中へ入った。



「あら、来てくれたの。わざわざごめんねえ」


「山口さん、お久しぶりです。お元気そうで」


「ええもうバッチリよ。今にでも退院できそう」



 それはどうだか。

 引きつった笑顔でやり過ごし、私はお土産を差し出す。



「あの時は二人に放り投げちゃって申し訳ないことしたわ。でもちゃんとやってくれたみたいで安心した」



 私と蛇草くんに向けられた言葉だろう。

 二人で軽く頭を下げると、彼女は少し肩をすくめた。



「そっちの君も、ありがとうね。正直私、あのままあそこで死ぬんだあって思ったのよ」



 とこれはひばりに向けられた言葉である。


 彼は私を上へ投げ飛ばす時、「困ったら呼べ」と言った。

 それがどういうことかその瞬間は分からなかったが、男の背後にあった窓に人影が映った時に全てを理解した。


 予告通り、その名を呼んだら彼は来た。

 意地でも私一人で戦わせない気か、と今思えば苦笑してしまうが、あの場においてはそれが正解だった。



「紫呉さんが現れた瞬間ね、不思議なんだけど、蝶みたいだって思ったの。綺麗な蝶が舞い降りてきたって、そんなわけないのにそう見えた」



 山口さんの目はどこか遠くを見つめているような気がして、自然とあの瞬間を思い浮かべているんだ、と手に取るように分かった。


 ひばりに飛ばされ、頂点から地に着くまでの間。

 まるで自分に羽がついているかのような気がした。

 気持ちが良くて、鳥や蝶はこんな景色を見ていたんだなと実感したのを覚えている。



「……でも私、アゲハ蝶です。可憐とは程遠い、黒アゲハなので」


「あら。黒アゲハは神様の遣いとも言われるのよ。とても貴重でラッキーな存在なの」


「神様の遣い……」



 昔から蝶は縁起がいいって言われるのよ、と付け足して彼女は腕を組んだ。



「大人の情けないところ沢山見せちゃったけど、失望しないでね。将来を諦めないで。あなたたちの未来はまだまだ明るいんだから」



 大人の定義は果たして何なのだろう。

 あと二年もすれば自分たちは成人して、事実上大人になる。

 たった二年で、自分が目の前の彼女のように振る舞える自信は毛頭ない。


 それから私と蛇草くんが付き合っていると勝手に決め込んでいた彼女の誤解を解き、病室をあとにした。



「さて、じゃあ行きますかー」


「ちゃんと予約してるなんて、さすが蛇草くんは抜かりないわ。誰かと違って」


「どうせ抜かってるよ俺は! 悪かったな!」



 比較的価格が良心的なカジュアルイタリアンの店に入り、みんなで馬鹿話に花を咲かせる。

 みんな、といっても勿論蛇草くんは除いてだが。


 それでも蛇草くんは話をきちんと聞いているし、やはり絶対に冷たく突き放すことはない。

 彼をじっと見ていると、



「紫呉。俺の顔に何かついてるか?」



 そう聞かれて、ああ前もこんなことあったなと思わず笑ってしまった。

 冗談が通じないというのは分かっているのだが、どうしてもからかいたくなってしまう。



「うん、ついてる」


「どこに」


「眼鏡が、ついてる」



 虚を突かれたように固まる彼に、ますます可笑しくて口元が緩んだ。

 すると突然、隣から脇腹をつつかれる。



「あ痛っ」


「蛇草をからかうなんていい度胸してんじゃねえか。なあ、あげは?」


「うるさいわね、蛇草くんは癒されるのにあんたは可愛げないったら」



 言い返すと今度は頭にチョップを食らった。

 痛かったのは一発目だけで、それ以降は加減されていると分かる程度の力でぽかすかと叩いてくる。



「お前が死にそうな時助けてやったのはどこのどいつだった? ええ? 言ってみろ」


「助けてなんて頼んだ覚えないわよ」


「おーおーよく言うよ腰抜けてたくせに」


「それはあんたがそうやって下ろしたからでしょー!」



 攻撃を手のひらで遮りつつも、減らず口は止まらない。

 その様子を傍観していたきなこがぽつりと零す。



「結構分かりやすいよねー、万年青くんも」



 まさしく。

 分かりやすく私を馬鹿にするもんだから、挑発に乗ってはいけないとは思いつつもついつい乗ってしまう。


 そういえば四人でわざわざ集まったのは何か話したいことがあったからじゃないのか、と思い出すが、一向に本題らしき話は出ない。


 ちょうどそんなことを考えていたところで、きなこは腕時計に視線を落とした。



「あ、私そろそろ帰んないと」


「え、もう帰るの?」


「明日テストあるから。ね、蛇草くんも帰ろう」



 なぜか蛇草くんを巻き添えにしたがるきなこに、私は首を傾げる。

 まあ夜道を一人で歩くのは危ないし、男子を連れて行きたいのかもしれない。


 それから二人は自分たちの分のお金を置いて、そそくさと店を出てしまった。



「行っちゃった。何かあんまりちゃんと話せなかったね」



 四人から二人になり、構図的に隣で座っているのはおかしい。

 私は空いた反対側の席に移動しながらそう言った。


 無心でオレンジジュースをストローで吸い上げていると、ひばりが口を開く。



「さっきの話だけどさ」


「うん?」


「別に負い目があるとか、そういうんじゃない」



 何の話だ。

 顔をしかめて彼の次の言葉を待つ。



「俺はお前と一緒にいて色々気付くことがあったし、まあそこそこ楽しかったし。お前は別に誰とでも楽しくやってたんだろうけどさ」



 そこまで聞いて、気まずいまま中断した例の件か、と頭を抱えた。

 ここで切り出されると逃げ場がない。



「ごめん、私まだちゃんと考えてないんだよね。誰とがいいとか悪いとか。毎回上手くやらなきゃって、そればっかりだったし」



 先回りして釘を刺す。

 私の言葉に、ひばりは特に気を悪くした風でもなく頷いた。



「まあそんなことだろうとは思った。だってお前、任務終わったら俺のことなんて全っ然興味なさそうだもんな」


「そんなことはないけど」



 私が言うや否や、彼は顔を上げる。

 それとは対照的に思わず顔を逸らした。


 だって仕方ないじゃないの。

 きなこは「万年青くんはあんたと組むに決まってる」なんて言うし、蛇草くんは「万年青の言ってた通りだ」なんて報告してくるし。

 誰と組んでてもひばりひばりでうるさいくらいだ。


 こっちは気恥ずかしいやら何やらでまともに顔を見るのも躊躇するっていうのに、こいつときたら。



「あげはは俺と組むの、嫌か?」



 口喧嘩している時とは全く違う。

 いつもとは比べ物にならないくらい弱々しくて優しい声に、胸が詰まる。


 それはずるい。

 だってそんな下手にこられると無下にできない。



「嫌っていうか……」


「お前が嫌なら無理強いしない。けど、嫌じゃないなら俺はお前と組みたい」



 ほらそうやって。

 乱暴なように見せかけて、肝心な所は急に優しくする。


 でも彼が私に選択権を握らせたのは、これが初めてだ。



「私は、」



 言いかけて、ふときなこの顔が浮かぶ。

 そうだ。彼女のことを応援したいって、思っていたじゃないか。



「……きなこがひばりと組みたいって、言ってたよ」


「なに誤魔化してんだよ」


「誤魔化してない。本当に言ってたの。ひばりだってきなこのこと褒めてたじゃない」



 二人が組めば利害の一致だ。

 それに、と私は言い募る。



「きなこだったら愛嬌あるし、可愛いし、喧嘩もしないだろうし。……ひばりが危険な目に遭うこともないだろうし」



 目の前の顔が驚きの色に染まる。


 私が一番気がかりなのは、そこだった。

 ひばりは良くも悪くも結果的には優しい。突っ走る私を力ずくで止めようとして、危険に巻き込んでしまったことが何度もあった。


 そしてきっと、これからもそうなる。



「だから、ひばりの為にもきなこと組んだ方が」


「悪い。訂正するわ」



 突然話を遮られ、今度は私が目を見開く番だった。

 ひばりはゆっくりと息を吐き出して、視線をこちらに戻す。



「さっきお前と組みたい理由それらしくあげつらったけど、あれ建前な。本音言うと、何かお前見てるとわくわくすんの。衝動的に体動いて、熱くなって、」



 だから、と彼が言う。



「何でもクソもねえよ。感覚的に相性いいんだって、思っちまったの。それに俺は、愛嬌なかろうが喧嘩しようが、お前と一汗かいた後に一緒にラーメン食いたいの!」



 言い訳がましくて笑えてくる。

 何よそれ。めちゃくちゃじゃないの。ラーメンで機嫌とろうったって、そうはいかないわよ。



「猫八のことは関係ない。あげは、お前はどうしたいの」



 俺は言ったからな、と言わんばかりに指をさされ、とうとう観念した。


 全くこの男は、ずけずけと人の心に入るのがお好きなようだ。



「自分でも分からないけど、安心するの。飛び出した後に何も心配せずにいられるのは、多分ひばりが背中を支えてくれてるからなんだなって思う」



 ずっと言語化するのを避けてきた。

 この高揚感も、安心感も、彼の隣にいると妙に何かしっくりくる感覚も。


 でもそれは欲しがってはいけないもので、手を伸ばしたら傷付くのが分かっているから踏み出せない。

 期待した分、違うものが返ってくるのが怖いから気付かないふりをした。



『万年青ひばりの隣に立つってことは、ただでさえマズいことなんだから』



 いつぞやかの言葉が思い起こされる。

 分かってる。何度もブレーキをかけて、違うそうじゃないと自分に言い聞かせて。


 でもそのブレーキを壊しに来るような人が目の前にいるんだから、もうどうしようもないじゃない。



「私、ひばりと一緒にいたい。ひばりのバディに、なりたい」



 それを口に出してしまうともう終わりだ。

 顔が火照って、喉が詰まる。


 でも私、まだ足りない。言わなきゃ。



「ひばりじゃないと、いや」



 自分の中ですとんと腑に落ちた気がした。

 どこかで歯止めをかけていた我儘が溢れ出る。


 きっと最初からそれを望んでいた。

 はずなのに、自分にも、周りにも嘘をつき続けた。



「やっと言ったか」



 少し困ったように笑った彼は、右手を開いたまま掲げた。

 しばし固まった後、その意図を理解する。


 ――パン!



「よろしくな、バディ」



 軽快な音が響いた。


 普通ハイタッチなんて、何か上手くいった時にやるもんでしょうよ。


 そう呟いた私の声を聞き逃さなかったひばりは、意地の悪い笑みを浮かべる。



「いーや、上手くいったよ」


「何が」


「あげはへの交渉」



 満足気にコーラを飲み干した彼を眺め、今度は私がにやりと口角を上げた。



「そこは交渉じゃなくて、協定でしょうよ」



 それもそうか、と心底愉快そうにひばりが相槌を打つ。


 お互い空になってしまったグラスをぶつけ、これからの不安を打ち消すように「乾杯」と声を張り合った。

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