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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission1―協力せよ
10/41

突っ走る

 


 チャンスは唐突にやって来る。


 それが訪れたのは、張り込みや尾行を続けて約一週間が経過したある日のことであった。



「あのお店、彼女こないだも来ていたけれど前は友達と一緒だったわよね。今日は一人かしら?」


「待ち合わせの可能性もあるな。少し待とう」



 先輩二人の会話を耳に入れながら、私は汗を拭った。

 太陽が最も高く上がる時間帯、どこの店もランチタイムで客の奪い取り合戦である。


 かなえさんは注文を終えたらしく、鞄から文庫本を取り出した。



「あの席選びから見るに、誰かを待ってる感じではないわね。休日の午後を穏やかに過ごそうとしてるようにしか」


「恐らくそうだろうね。もう少し様子を見てから接触してみようか」



 彼らの推測は正しかった。

 かなえさんの元へ運ばれたのは軽食とティーポットで、一人ゆっくり時間を潰そうとしているようにしか受け取れない。


 先輩同士が目配せをし、頷く。

 ああ接触しに行くんだな、と容易く察した。



「君たちはここで待機ね。無線で会話は飛ばすから」



 そう指示を出され、少し背筋を伸ばした時だった。



「――こちら事務所本部。原田、山口、聞こえたら応答しろ」



 先輩たちの無線機からノイズと共に声が流れた。



「はい、こちら原田と山口。只今案件の最中でして……」


「緊急応援要請だ。すぐに撤収して現場に向かえ」



 その言葉に、全員の表情が固くなった。

 どこかで、何かただならぬことが起きている。


 先輩たちは渋い顔で了承の意を伝えた後、私たちを振り返った。



「申し訳ないが、俺たちは現場に向かう。今日のところは君たちも……」


「こんなチャンス、次またいつあるか分からないわよ。せっかくターゲットがフリーなのに」


「しかし……」



 少し言い合いに発展しそうになった彼らに、私は意を決して口を開いた。



「私がやります」



 予想だにしない提案だったのか、皆の視線が刺さる。


 安全に確実に遂行するなら、確かに今じゃないし私じゃない。

 でもどんな場合だって、絶対に安全で確実なことなんてない。



「山口さん、助言を頂けますか。なるべくそれに従いますので」



 自分はきなこみたいな役者ではないが、人の心に入り込むのは得意だ。

 依頼人から話を聞き出した時の要領で、少しずつ打ち解けられれば勝算はある。



「…………分かったわ」



 自身の服に忍び込ませていた盗聴器を私の手に握らせ、彼女は顔を上げる。



「絶対に焦らないこと。最悪、本質に迫れなくてもいいわ。何でもいい、とにかく彼女に関する情報を聞き出すの。顔見知りぐらいになれればまた機会がやってくる」


「分かりました」



 力強く首を縦に振って、私は受け取ったそれをポケットに入れた。

 山口さんは「頼んだわよ」と最後に私の肩を叩いて歩き出す。



「緊急なんて久しぶりにかかったけど何かしら」


「最近増えてきた例のやつだ。無人なのにタチの悪い悪戯が……」



 遠ざかる先輩たちからそんな会話が聞こえ、私は反射的に振り返った。



「気を付けてください!!」



 自分でも思いのほか大声を出してしまっていた。しかしそんなことを気にしている場合ではない。

 案の定、先輩たちは揃って驚きの表情を浮かべ、私を見ていた。



「……気を付けてください。どうか、くれぐれも」



 フラッシュバックする後味の悪い記憶に、堪らず眉根を寄せる。

 弱々しく吐き出した餞別の言葉は、彼らにとって文字通りの意味でしか受け取られなかったらしい。



「ありがとう。君たちも気を付けるんだよ」



 快活に手を挙げて車に向かって走り出した先輩を見届け、私は拳を握りしめる。


 蛇草くんの方を振り返り、しっかりと視線を交わした。



「私、また何か突っ走るかもしれないから、その時はフォローよろしく」


「……もう突っ走ってるから今更だろう」



 そんな憎まれ口を叩くくらいにはコミュニケーションを円滑に取れるようになったらしい。


 私は「それもそうね」と苦笑し、財布の中身を確認する。

 昼食に困らない程度の金額が入っていたので、ほうと息を吐いた。



「じゃあ行ってくるね」


「待て」



 肩を掴まれて少しよろめく。

 怪訝な顔を隠さずに振り返ると、神妙な面持ちで彼は言った。



「気を付けろよ」



 まるで私が先程放った言葉を繰り返すように。

 少し不穏な空気を感じて、私は首を傾げた。



「こう見えてもカウンセリングもどきは結構上手いから心配ないわよ。マズいと思ったらちゃっちゃと引くから」


「……そうか」



 未だ納得しきっていない様子で頷く彼に、安心させるかの如く親指を立てる。



「じゃ!」







 かくして入店した私は、さり気なくターゲットと同じカウンター席に腰を下ろした。


 店内は洋楽が流れていて、見たところ一人でお茶を楽しむ客も多い。

 昼時ではあるが物凄く混んでいるわけでもなかったので、適度に静かで居心地が良かった。


 貰ったアドバイスは話ができた段階のもので、その前にはまず自然に会話ができる状態に持っていかねばならない。


 きっかけを掴めずにいると、店員が注文を尋ねにやって来た。



「ご来店ありがとうございます。ご注文は?」


「ええと、」



 咄嗟の判断で、私は視線をターゲットの方に投げた。

 そして指をさして、



「あの方と同じものを頂けますか」



 大きすぎず、だがターゲットに聞こえる程度の声量で。

 かしこまりました、と店員が下がった頃合で、ちらりと彼女の方を見やる。


 目が合ったので少し申し訳なさそうに会釈をすると、彼女は「お気になさらず」といったニュアンスだろうか、また会釈を返した。


 上出来だ。内心で自分を激励し、私は鞄から本を取り出した。

 最初はこれくらい些細なことでいい。そこから少しずつ接点を増やすのだ。


 料理が来る間、本を読むふりをして時間を過ごす。

 別に読書が特段好きなわけではない。だが、ここで携帯を弄り出すよりも読書をしていた方が、確実に彼女との接点は持てる。



「お待たせしました」



 そうしているうちに、ティーポットとサンドイッチが目の前に置かれた。

 いい香りに思わず頬が緩む。


 まずは紅茶を飲もうとカップに注ぎ、その香りを楽しんだところで砂糖を入れていないことに気づく。


 周囲を探すが見当たらなかったので、少し申し訳ないが店員を呼ぼうと思った時だ。


 ……いやこれ、使えるか?

 私はなるべく下手に問いかけることにした。



「すみません、あの、砂糖ってここら辺にありました?」



 少し抑えめの声、申し訳なさそうな表情を作ることを意識し、彼女に向かって顔を向ける。


 向こうは少しだけ面食らったように視線を揺らすが、すぐに人の良さそうな笑顔で答えてくれた。



「たぶんカップの後ろにありますよ。隠れて見えづらいですよね」


「え? あ、本当だ。すみません……」



 言われて気付いたが、確かにスティックタイプの砂糖が添えられていた。

 少し調子を掴んだ私は、もう一言粘る。



「読書のお邪魔してしまって、失礼しました」



 まあこれは本心だし、言ってもいいだろう。

 そこまで深く考えずに発したのだが、彼女は意外にもラリーを続けてくれた。



「いいえ、大丈夫ですよ。あなたも読書お好きなんですか?」



 作戦は功を奏したようだ。

 その嬉しさで頬が緩んだのだが、趣味が合う人と会えて嬉しいという体にしておこう。



「そうですね。今もそうなんですけど、こうやって一人でふらっとお店入ったりします」


「私もそうですよ。ここの雰囲気が好きでよく来るんですけれどね」


「常連さんでしたか〜。初めて入ったんですけど、確かにこれは快適ですね」



 当たり障りのない会話が少し続き、なかなかの好感触だ。

 あまりがっつきすぎるのも不自然なので、適度に会話を終わらせて食事をとることにする。


 お世辞抜きにここの料理は美味しい。

 一口パンを齧ってフワフワの食感に感動し、小さく声が漏れたほどだ。

 焦って周囲を見回したが、幸い誰にも聞かれず済んだようである。


 そうして食事を終えて紅茶を楽しんでいると、彼女が意外にも声をかけてきた。



「何の本を読んでるんですか?」


「あ、ええと、推理小説です。佐柳さんの新作で」


「まあ。可愛らしいから恋愛小説でもお読みになってるのかなと勝手に思ってました」


「そ、そんな……謎が解けるのがスッキリして、ストレス解消になるんです」



 まさか向こうから話しかけてくるとは思わず、気の利いたことが何も言えない。

 どうしよう、これじゃただの世間話だ。



「あなたの方こそ、綺麗で素敵ですし……恋愛小説をお読みなんですか?」


「ふふ、お気を遣わずとも。でもそうね、私はいつも恋物語に憧れてしまうわ」



 と、ここで私は必死に考えた。

 何とか彼女の隙を掴めないだろうか。どうにかして。


 相手を知りたければまず自分から行くしかない、か。



「それじゃあ、私の恋愛相談をちょっと聞いて頂けませんか。小説を読む感覚で構いませんので」



 そう言うと、彼女は「素敵な表現ね」と微笑む。

 それを了承の合図だと受け取った私は、ありもしない恋愛話をでっち上げ、つらつらと語り出した。


 聞き終わった彼女は息を吐き、紅茶を一口含む。



「若いって素敵だわ。何も困ることない、好きって言ってしまえばいいのよ」



 嘘の話に真面目に答えてくれる彼女に若干の罪悪感を抱く。

 まあでも、これで恋愛方向の話はしやすくなったし、そろそろ切り込んでも大丈夫だろう。



「あの、かなえさんは何か恋愛で悩んだこととかあります?」



 話している最中から名前を呼び合うほど打ち解けた私たちは、いつの間にか隣の席に座っていた。



「うーん。まあ些細なことを挙げるとキリがないけれど、高校生の時に好きだった人がいてね。でも全然私の気持ちに気付いてくれなくて、そのまま告白できずに卒業しちゃったのは今でもちょっと心残りかもしれない」


「そうなんですね」


「でもね、いつか素敵な人と出会えるって信じていれば、必ず幸せになれると思うの」



 先程から話を聞いているうち、私の中で何かがずれていく。


 少なくとも自身の未来を嘆いている様子は微塵も感じられない。

 彼女は勝手に婚約者を決められ、依頼人に仕方なく別れを告げたのではないのか?



「素敵な人かあ……あれ、そういえばかなえさんは彼氏いるんですか?」


「うん。彼氏じゃなくて、婚約者なんだけどね」


「ええっ、羨ましい! もう、そんな幸せなことなら早く言ってくださいよ」



 ごめんなさいね、とはにかむ彼女に、ますます困惑する。

 あれあれ。これじゃあ本当に幸せそうじゃないの。



「その人とはどこで知り合ったんですか?」


「実は親が決めた相手なの。でもすごく誠実で優しくて、話してても穏やかでね」


「じゃあお見合い結婚みたいな感じなんですね」



 頷いて、彼女は続ける。



「恥ずかしい話、今まで誰ともお付き合いした事がなくて。だからすごく緊張していたんだけど、彼は優しく受け入れてくれたの」



 その言葉に、私は目を見開いた。

 誰とも付き合ったことがない――? どういうことだ。この期に及んで彼女は嘘をついているのか。



「またまたぁ。かなえさんなら綺麗だし、モテたんでしょう。本当に彼氏いなかったんですか?」


「それがいないのよ。まともに男の人と話せなくて」



 私は必死にかなえさんを観察した。

 見逃すな。視線一つも見逃すな。何かヒントはないか。


 しかし、彼女が嘘をついている素振りはない。

 完璧に人を騙そうと構えているのなら話は変わってくるが、今までの様子からしてそれはないだろう。



「そう、なんですかあ。でも私もあんまり男友達いる方じゃないですし、気持ちは分からなくもないです」


「あ、そうだわ。ずっとメールをやり取りしていた男友達は一人だけいたのよね」


「イケメンでした?」


「ふふ、さてどうでしょう。確か高校から大学まで一緒だったけれど、卒業を期に連絡取らなくなったから」



 これは、もしかして、もしかするか?

 私は手に汗を握り、適切な言葉を探す。焦るな、どんな些細なことでもいい。聞き出せ。



「スポーツマンですか? それとも委員長とかやってる真面目くん?」



 私の問いに、彼女は「ああ」と手を打つ。



「確か、委員長やってたわ。うん、そうそう。私が副委員長で、それでちょっと仲良くなったの」



 ――ビンゴだ。


 依頼人、永田太一の資料には、高校時代にかなえさんと二人で委員長副委員長を務めたとあった。

 それがきっかけで仲良くなったとも。



「彼、面白くてね。ちょっとポエマーだったのかな。天気のこととか、その日あったこととか、結構長文で報告してくれてたのよ。たまに綺麗な写真撮れると送ってきてくれたりね」



 間違いない、恐らく彼女は。



「いい友達だったわ」



 いっそ清々しいまでに言い切り、私に笑顔を向ける。

 こんな酷なことがあるのか。双方にとって。


 と、その時だった。

 背後からガタン、と食器の音が鳴り、男の声が私たちの鼓膜を震わせた。



「…………何だよ、それ」



 瞬間、私は背筋が凍る。

 一気に血の気が引き、指先が冷えていく気がした。



「友達? 俺とかなえが? 何でだよ……何でだよ!」



 迂闊だった。

 一体いつからそこで話を聞いていたんだろうか。彼女から情報を引き出すことに必死で、周囲に気を張れていなかった。



「永田、くん?」



 情報を理解出来ていないのは、かなえさんただ一人だ。

 目の前にいる久しぶりに再会した「友達」の異変に、戸惑っているのだろう。



「嘘言うなよ! 本当はあんなやつと結婚なんてしたくないんだろ? だから、だからっ……!」


「永田くん、一体何を言ってるの?」


「俺とかなえは、愛し合ってたじゃないか!」



 マズい、かなり危険な状態だ。

 男の方は完全に逆上しそうな勢いだし、他の客や店員も騒ぎ出している。


 どうしたらいい。どうするのが正解?



「――やめろ。それ以上は貴方のためにも、彼女のためにもならない」



 毅然とした声で男の両肩を押さえ、なだめにかかったのは蛇草くんだった。

 彼はおもむろに手帳を出すと、それを開いて店内にかざす。



「すみませんがすぐに出ますので。お騒がせしました」



 正探偵の者が持つことを許される、紋章入りの手帳だ。

 恐らく何かあった時のために、先輩が彼に渡したのだろう。



「何だよ離せよ! 俺はかなえと話がしたいんだ!」



 暴れ出す男に、長くはもたないと悟ったらしい。

 蛇草くんは私の顔を見て叫んだ。



「紫呉、彼女を連れて出ろ! なるべくここから離れてくれ!」



 私はすぐさまかなえさんの手を引いた。



「行きましょう!」


「え、でも、」


「説明は後で必ずします。今はとにかく早く!」



 力任せに引っ張り、そのまま走り出す。

 正直私にもここら辺の土地勘はないが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。



「あ、あなた、何者なの……!?」



 息も絶え絶えで必死にそれだけ問うてきた彼女に、私は思い悩む。

 自分の肩書きは名乗るほどのものでもなく、かと言って一般人と分類するには乱暴すぎた。


 ようやく思い至った単語に、やや躊躇いながらも私は噛み付くように叫んだのだった。



「探偵のタマゴです! 半人前ですが!」

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