第五話「本音は…」
変態は基本素直(いろんな意味で)
でも素直になれない変態もいる
「お前なら産まれてこなければ良かったのにな」
それが、私の記憶する限りでは父にかけられた最初の言葉。
私の母は私を産むと同時に息を引き取った。
別に難産でも病気を患っていた訳でもなかったらしい。普通に健康体、陣痛に耐える時も笑顔を見せていたという。
でも私を産んですぐに、突然心臓発作を起こして死んだらしい。
けれど、この話を聞かされた時、私は全くと言っていいほど何も感じなかった。当たり前だ、私は母の声も、温もりも、愛情も知らない。顔は写真で見た事があるが…それ以外は母について何も知らない。
そんな母に、情を持てという方が無理がある。
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「う、ううん…むにゃ…」
カーテンの隙間から漏れ光る陽春の日差しが蝶華の目をチカチカと照す。
辺りを見渡すと自分はベットではなく、ソファーの上に居た。どうやら昨日はあのまま朝まで寝てしまったようだ。
時計を見てみると7時15分と最新のデジタル時計が表す、(…何時もより若干早く起きたしアイツが来る前にシャワー浴びなきゃ)
スッ、とソファーから起き上がると同時に。
「おはようございます、お嬢様」
「ひゃっ!…」
びっくりして後ろを向くと、何時もと変わらず「アイツ」が居た。
全身ダークスーツで身を包み、絵に描いたような笑顔で辰馬はそこに座っていた。
「…変態、何時から居たのよ…?」
「はい、お嬢様があまりにも可愛らしく、何より気持ち良さそうに寝息を起てスヤスヤと寝ていらっしゃいましたので、ベットにお運び致しますのも忍ばしく、ソファーの後ろにて待機しておりました」
満面の笑みで辰馬が答える。
「…それでずっと起きてたの?」
「はい、ですが心配には及びません、これ程お嬢様の近くで、普段は見れないお嬢様の寝姿を長時間拝見できた上に、お嬢様と同じ空間に居て、同じ空気をずっと吸っていれたなんて……ああっ天にも昇る至福の時でしたっ!…それを思えば、睡魔や疲労など感じません」
「変態」
辰馬の長台詞を一言で無為にした蝶華。
表情もまったく変化無し、もはや日常茶飯事だこんなやり取りは。
「とりあえずシャワー浴びてくるわね、着替えを用意しといて…ああ下着は後で自分で持ってくわ持ってきたら死刑よ、問答無用でね」
蝶華は辰馬に命令しながら釘を刺す。
「お嬢様に殺されるなら本望ですが、分かりました…でしたら一つ、私事で大変恐縮ですがお願いがー」
「『一晩洗われていないお嬢様の髪の匂いを嗅がせてくださいっ!』…なーんて事言ったら死刑よ、却下よ」
辰馬がいい終わらない内に蝶華が一言。
「滅相もございません、何でもないですよ?お嬢様」
『先手を取られた…』と言ってるかのような残念そうな顔で辰馬は返す。
着替えを用意させると、蝶華は辰馬を部屋からおいだし、バスルームに入りシャワーを浴びた。
ザァー、と雨のようににシャワーの水に塗れながら蝶華は心の中で叫ぶ。
(あああ…!!!またやっちゃった~…っ、また辰馬に酷い事を…いっぱいしちゃったよぅ…いつもいつも、あんな酷い事しても辰馬は笑っている…けどホントは私…)
「…謝りたい…」
蝶華は本音を口に出して呟く。