第四話「変態館の住人達3」
誰が誰を好きになったっていいでしょ!
それが同性どうしでも…
「んで、お前らが今日新に入居するという者どもか?」
その中二病の少年は此方に振り向くとそう問い掛けた。金色に染められた綺麗な髪にキラキラと澄んだ目、身長は蝶華より少しも高いくらい。見ためもさながら、行動もガキ丸出しという感じなので、小学生のような印象を持つ。
しかし、蝶華はあまりいい気分ではなかった。
別に子供が嫌いという訳では無い、ただいくら子供とはいえ、どう見ても年下のこの少年の態度が蝶華はきにくわなかった。
(まったく、憾に障るガキね)
内心そう呟き。
「…っ…」
と、軽く舌打ちをすると。
「まったく、憾に障るガキね」内心と同じ事を小声で呟いた。
「お嬢様、心の中で思った事を口に出されるのはいかがかと」
心が読めるのかよお前…と言いたくなるほど的確な辰馬の指摘に。
「う、うっさいわよこの変態」
と返す蝶華。
「ところで、まだお前らの名を聞いておらなかったな…だがこういう時は自分から名乗るのが礼儀、なので俺から名乗ってやろう」
(じゃあ何故言う…)
心の中で、呆れ混じりのツッコミをする蝶華。
「俺の名は二天堂臨檎、七階707号室に住んでる者だ、15歳高1だ」
「ってえええっ!?高校生同い年!?」
蝶華は驚愕の声をあげる。
「おお、お前も高校生かー!…見えんなぁ」
蝶華をジロジロと見ながら臨檎は言った。
「アンタに言われたくないわよ!…ってジロジロ見んな変態!」
「初対面の相手に向かって言う台詞ではないなぁ、まぁ訂正しておこう」
「っ……今日越してきた鶯谷蝶華よ、一応宜しくくらいは言っておくわ」と、不機嫌そうに返す。
「そうか、では此方も宜しくと言っておこうかな」
そう言うと、今度は辰馬の方へ視線を向けた。
「してお前は?」
「司之宮辰馬と申します、以後良しなに」
と言い、深々と頭を下げる。
「ほうそうか…全身黒一色の服装に眼鏡、頬に傷…知的なダークヒーローとか、悪の組織の大幹部みたいでカッコイイなぁ!」
目を輝かせ、辰馬の格好に興味津々な臨檎。
(子供かよ…高校生にもなって)
さらに呆れかえる蝶華。
「でわ去らば~」
わーはっはっは~と高らかに叫びながら過ぎ去っていった。
最後まで小学生のみたいなテンションの臨檎を見て
「なんだったのよ…はー…」
と、疲れた声を漏らす蝶華。
「辰馬…さっさとパスワードを作って入力しなさい」
「はい、お嬢様」
辰馬がパスワードを打ち込む最中に
「あのぅ…」
と、後ろから声が掛かる、振り向くと蝶華と同い年くらいの女の子が立っていた。
茶髪なショートカットに愛らしいつぶらな瞳、服装は女の子らしからぬダークスーツ、襟元はネクタイではなく赤いリボンを結んでいる。
「先…いいですか?すぐに終わるんで…」
と、女の子が小声で言った。小動物のような仕草や感じに蝶華も。
「あ、ああどうぞどうぞ」
という感じにたじろんだ。
ピピ、と音を立ててボタンを入力すると鉄門の扉が開く。
「じゃあ…急いでるから…」
と言いながら、ゆっくりと歩き去っていった。
(可愛らしい人だったわねぇ…)
「お嬢様、扉が開きましたよ? 」
どうやらパスワードを入力し終わったそうだ。
「ああ、ご苦労様」
そう言うと、蝶華は扉をくぐり抜けた。
扉を抜けると、さっきの程でさないがこれまた長い廊下が広がる。
廊下を歩きながら。
「ねぇ辰馬ぁ、さっき会った女の子かわいかったわよねぇ」
と、笑顔で辰馬に問い掛ける。
「とっても御機嫌そうですね、お嬢様」
こちらも何時と変わらない笑顔で辰馬が返す。
「ですが、可愛さも美しさも、すべてお嬢様が一番だと私は思っておりますよ?」
「なっ…何言ってんのよこの変態!」
赤くなった顔を隠しながら、蝶華は歩みを早めた。
ーーーーー
廊下を抜けると、広々としたラウンジが現れた。
長方形のテーブルが五つ並び、右側には料理場が見えるカウンター、左側には階段をあがってテラスが見える。
「そ、そうえば私の部屋はどこだったかしら?」
まだ若干顔の火照りが残る。
「はい、五階の508号室でございます」
「そう…は、早くいくわ-」
がしゃんっ!
ビクッ!…と蝶華は驚き音の聞こえた方へ目をやる。
「ああ、ビックリなされたお嬢…また素敵でした!」
また変なとこに食い付く辰馬。
「うるさい変態」
軽くあしらい、視線を戻す。…どうやらテラスの方で誰かがコップか何かを落としてしまったようだ。
しばらくすると、音たて主が此方の視線に気付いたらしく、向こうも振り向く。
20くらいの若い女性だ。スラッとした細くて長い脚に整った顔、潤んだ大きな瞳、長くて艶のある蒼色のロングヘアー、頭のてっぺんには何故か触覚のようなアホ毛がある、そして巨乳……
その長いアホ毛を大きく揺らしながら此方を見ている。
(ん?どうしたんだろ…)
と蝶華が考えているといきなり
シュダッ!と女性はテラスから飛び降りた。
一回二回と回転しながら無事床へ着地、するとすぐさま此方へ駆け寄り。
「きゃワいーーー!」
と叫び、蝶華を抱き締めた。
「な、ななな…」
何がなんだか分からなくなった蝶華。
「とにかくは、離してよ!」
と、顔を赤くしてジタバタと抵抗する。しかしその女性は意にも介さず、抱き締めるのをやめない。
「ちょっと何?何なのアナタ!ヤバイわよ!ヤバ過ぎる!可愛過ぎるわぁぁぁ!」
「ちょっ…いい加減離して…」
「繚之浦さん、お嬢様が嫌がっております離してあげてください」
表情こそ穏やかだが、声のトーンが僅かに低い。
やはり女とはいえ、蝶華をこんな風に扱われるのはきにくわないのだろう。
「あら、司之宮」
ようやく落ち着いたのか、辰馬の声に反応する女性。
「ゴメンね~」
と言うと蝶華を離した。すると蝶華はすぐさま辰馬の後へと避難した。
「あ、アナタ一体何なのよ!いきなり抱き付いたりして!」
目に少し涙を浮かべて蝶華は抗議する。
「あらあら、驚かしちゃってゴメンね~ホントにー、お詫びにちゅーさせてくれない?」
ハァハァと、呼吸を荒くしてまた蝶華に迫ろうとする女性。
「断固断るっ!」
当然蝶華は拒否。
「ええ~、じゃあお名前教えてよ」
今度は普通に笑顔で語りかける。
「…今日越してきた、鶯谷蝶華です…」
少し警戒心が薄れたのか、素直に名乗ると。
「蝶華ちゃん…いい名前ね♪ 私は繚之浦蒼伊21歳、乙女座AB型の独身よ♪良かったら私のお嫁さんにならない?」
「いや前半はともかく、後半はおかしいでしょ!何なの!?お嫁さんって!」
当然と言えば当然のツッコミを入れる蝶華。
「あら、お嫁さんが嫌なら旦那さんでもいいわよ~、攻められるのも嫌いじゃないわよー!」
一人で騒ぐ蒼伊。赤くなった頬に手当て、何やらキャーキャー喚いている。
逆に蝶華はみるみる青ざめていく。
「あ、ついでに言うと私 秋村の執事兼ボディーガードもやってたり~」
「秋村?…夜良秋村の事?」
「そーよ、アイツから蝶華ちゃんの話はよく聞くはよ、親戚みたいな感じー?」
「ふんっ、あんなのただの腐れ縁よ」
「うふふ、かーワい♪…」
今度はキスでもするかの様に唇を尖らせ、迫り来る蒼伊…しかし、蝶華に手を伸ばそうとすると。
プルプルー…プルプルー…と携帯の着信音が鳴る、どうやら蒼伊の携帯らしい。
「あ、ちょっとゴメンね~…ちっ」
と、携帯を開いたとたんに舌打ちをし出た。
「……分かったわよ…てかタイミング悪過ぎよアンタ!もー少し後にしなさいよ!今いいとこなんだから!…とりあえず、すぐに行くわよ」
ピッと携帯を切ると。
「まったくあの男…」
と、機嫌悪そうに唇を噛む。
「あのー、今の電話ってもしかして」
蝶華が訊ねると。
「ええ秋村よ」
ため息混じりに蒼伊は答える。
「迎えに来てくれだと」
「は、はぁ…」
「じゃあ蝶華ちゃん!司之宮、またねー」
と走り去る。コンドハキスサセテネ-
と、遠くから何か聞こえたが蝶華は無視した。
ーーーーー
ラウンジを抜けて、エレベーターを使い五階まで上がる。
エレベーターを降りてすぐに508号室は見えた。
鍵を開け、中に入るとかなり広いリビングが広がる、普通ならこんな部屋に一人で暮らすのは虚しいというか、なんというか…
だが蝶華にとってはこれが普通だった。…もう慣れていた。
荷物を置くと、蝶華はすぐにソファーへ飛び込む。
そして辰馬に。
「辰馬、夕食の時間になったら起こしてちょうだい、メニューは何でもいいわぁ…今日はもう疲れたわぁ」
「かしこまりました、お嬢様」
辰馬が愛想良く返事をすると、蝶華は深い眠りへと墜ちていった。
因みに、執事兼ボディーガードはSBって略します。