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第十七話「みんなの事」

近くにいる人達の事、意外と知らない。

「さぁ!存分に食え飲め騒げ!この家畜どもっ!わはははっ!」

と、死音が高らかに笑う。相変わらず下品な笑い方だ。

食事の席でも、全く自重するつもりは無い様だ。


場所は座敷。

丁寧に縫い込まれた畳。絢爛な屏風。夜風に靡く雅な江戸風鈴が、涼風すずかぜと共に心地よい音色を運ぶ。昼間の茹だる様な暑さが嘘の様に、クーラーは勿論、扇風機も必要無い程の快適さだ。

漆塗りのテーブルに広げられた豪華な料理の数々(一見和食が多い)寿司、刺身に天麩羅てんぷら、などなどの美食や美酒の数々。

そして、騒がしい。

死音が喧しいのもあるが、それ以上に周りが煩い。蒼伊が蝶華やメイドさん達を見てキャーキャー言っているのも勿論ある。だがそれだけでも無い。人が多いのだ。とても。何故か。

この場に居るのは、蝶華と辰馬と蒼伊と秋村と臨檎と魔論と死音、だけでは無かった。

すっごく、沢山の人がいた。ほとんど全員が知らない顔だ。

後で聞いたところによると、全員音村家の使用人達だという。


少ないより多い方がドSでいい。


と、死音が言って、自ら使用人達に言って回って集めた、と、となりに居たメイドのお姉さんから聞いた。

そのメイドさんに蒼伊が擦り寄って鼻息を荒くしていたのは、見なかった事にしよう(お姉さんごめんなさい)


……賑やかなのは構わないが、蝶華は酷く緊張していた。

ただでさえ、秋村や死音以外の変態館の住人とは、あまり関わりが深く無くて慣れていない上に、名前も知らない人がこんなに沢山周りに居るなんて、少し怖いくらいに感じる。

蝶華は汗のかいたグラスをぎゅっ、と、握りながら、下を向いて一人静かに黙って座っていた。


周りは相変わらず騒がしい。

壇上で、誰かが変なダンスを披露したり、下手な歌を歌って笑いを起こしたり……余興や茶番やら何やらで、色々盛り上がっていた。


そんな騒ぎを遠くに聞きながら、蝶華は早く時間が過ぎないか、と、時計を見上げた。

十九時二七分……二十八分になった。

まだまだ宴は始まったばかり。

蝶華はがくん、と、肩を落とした。


(早く終わらないかな……)


途中で一人抜けるのも、目立つし何だか気が引けるけど、こうして何もせず座っているだけなのもどうかと思う。ジレンマだ。


つんつん、と、何か柔らかい物が、蝶華の小さな肩を突いた。

振り返ると、これまた小さな指が見え、そこには茶髪の女の子らしい姿が座っていた。前髪で目の辺りが深く隠れてよく表情が見えない。


「ええと……」

と、誰だか分からなかったので言葉を濁すと、


「蝶華ちゃん」

と、聞き覚えのある可愛いらしい声が返ってきた。


「あ、悪魔野さん?」


「うん」

と、前髪を掻き上げながら、魔論は返事をする。

ふわふわ、と、眠たそうなにしているタレ目がいつにも増して眠気を帯びている。

その眠そうな目て、蝶華をじっ、と、見詰めている。

いや、正確には蝶華の持つグラスの中のオレンジジュースを凝視していた。小さな口からキラキラと光る涎が見え隠れしている。


「ごめん、ね、驚かしちゃて。お風呂上がりで髪がぺったんこ?になっちゃって……」

と、軽く謝りの言葉を綴りながら、口許からは変わらず涎が滴る。しかし、決して下品では無い。寧ろ更に幼さと無邪気さが増して可愛く思える。


「あ、そっ……そう……」

と、一応それなりの返事を返すものの、魔論の物欲しそうな眼差しに、内心戸惑っていた。


「……」


「……」


周りの賑やかな騒音に包まれながら、蝶華と魔論は互いに表情を変えないままじっ、と、固まっていた。

蝶華は相変わらず困惑な苦笑い。

魔論は相変わらず涎を滴らせる。


「……飲む?」

と、おそるおそる蝶華が訪ねると、


「うん」

と、普段の様子からは想像出来ない俊敏な回答が帰ってきた。

……普段、と、言っても……言うほど私、この娘の事知らないんだよなぁ……。

だからなんだか、近寄り難い。

別に嫌いじゃ無い。怖い訳でも無いし、寧ろ好きなくらい、だけど……分からないから。

魔論の事も、蒼伊の事も、それから……辰馬の事も――


「……蝶華ちゃん?」

と、心配そうに顔を除き込む魔論。


「どうか、した?」


「え?」


「ジュース……やなら、いいよ?」


「いや……大丈夫だよ?別に」

と、慌ててグラスを差し出す蝶華。また注げばいい。

汗をびっしょり、と、かいたグラスはカラン、と、軽快な音を鳴らして魔論の前に置かれる。

魔論は口許を一層光らせ、つぶらな瞳をキラキラ輝かせると、グラスを持ち、唇を付ける。

喉をコクリ、と、鳴らしてジュースを飲む魔論は途轍も無く可愛いく、蝶華の不安だった心は幾らか解消してきた。

グラスの中身を半分ほど飲むと、


「美味しい!ありがとね、蝶華ちゃんっ」

と、今までのクール(?)な表情から一転、満面の笑顔を浮かべ、満足そうに言った。


虚を突かれた、と言う訳では無いがあまりにも不意な天使の微笑みだったので、同性ながら、ちょっとだけドキっとしてしまった。

不覚にも、蒼伊の気持ちが少しだけ分かってしまったのがまた少し悔しいというか、複雑な気分だ。


「私の事呼んだ!?蝶華ちゃんっ!」

と、また聞き覚えのある声がいきなり飛んで来た様に蝶華の側に現れた。

もちろん、気の所為では無く、その人物は蝶華のよく知る人だ。

いや……『よく』とは語弊がある。

秋村のSBで、真正のクレイジーサイコレズ。繚之浦蒼伊である。


「いや、呼んで無い……」

無駄だと知りつつ、一応反論してみると、


「いえ、いえいえ!確かに聞こえたわよ!蝶華ちゃんが……蝶華ちゃんの可愛い声が私の名前を呼ぶのが!まさか蝶華ちゃんの方から誘ってくれるなんて……あぁお風呂上がりの蝶華のいい匂い……」

と、何故か顔を赤らめながら、ぶつぶつと言い始めた。


非常に変な勘違い……というか勝手な妄想をされているのに困惑するところだが、蒼伊の事だからもう戸惑いも驚きも無くなってしまった。慣れというものは恐ろしい。

知らず知らずの内に、自分の感覚が世間から離れていく。

これが蒼伊の当たり前なのだ、仕方ない。


「……まぁ、好きにとって構わないわよ」


「じゃあ結婚しましょう!蝶華ちゃん!」


ちょっと気を許すとこうなる。

全く困ったものだ。

けど、決して悪い人では無いのは分かっているから、あまり無下には扱わない様にしている。


「おーい蒼伊ー」

と、浴衣姿の秋村がやって来た。

帯の結び方といい、歩き方といい、かなりだらしが無い。髪も少しだが滴る程濡れている。


「何よこのバ……ちょっと、髪びしょびしょじゃないの」


「いやさ、ちょっと探し物しててさ」

頭を掻きながら少し申し訳なさそうに言った。


「は?何探してんのよ?」


「パンツ、俺の」


ピキッ、と、そんな擬音が聞こえた様な錯覚を覚える程、冷たい空気が辺りを包む。

賑やかな部屋の中、蝶華達の場所だけ冷めた白けた空気が漂う。


「風呂上がって着替えようとしたら忘れててさ。何処にしまったっけ?」

知ってか知らずか、それとも敢えてなのか、全く悪びれる素振りは無く、秋村は続ける。

多分、本人は全く悪気は無いのだろう。なおのことたちが悪い。


「……着替えようって、アンタまさか今同じの履いてるんじゃないでしょうね」

と、蒼伊。


「いやぁ……すまん履いてないんだ」

と、苦笑いしながら秋村は答える。

場の空気が一層冷える。今年は猛暑と聞いていたが、今日この時間だけは冷夏なのか?と錯覚してしまう程に。

事ここに至っても、秋村に悪意は毛頭無い様に感じる。

そう思っていても、ちょっと戸惑い、蝶華は後退りしてしまった。

臨檎もどう反応していいか分からない様な顔をし、魔論は気にする雰囲気は無く、ただただ机の上のご馳走に夢中になっている。

蒼伊は爆発して秋村に掴み掛かる……と、思いきや、


「そう。ならいいわ」

意外にも、反応は不思議なくらいに落ち着いていた。

てっきり怒り心頭で、秋村を滅多打ちにするのかと危惧していた蝶華だが、内心呆気を取られていた。


「汚い方の下着そのまま履いていたらぶっ飛ばしてたトコだけど、まだそのままの方が清潔ね」

と、無関心な声で蒼伊は言う。

彼女の怒りのポイントがよく分からない。


「ただでさえ男は汚い生き物なんだから、少しでも綺麗にしてマシにしなきゃね」


「汚いは失礼だろ……一応毎日風呂には入ってるつもりだせ?」


「『つもり』は駄目よ、何事もね。自信が無いからそんなちんけな言葉がでるのよ」


「おいおい、女がそんな汚ねぇ言葉使っちゃダメだろ?」


「うっさい。大体そーゆー事に一々反応するのも気に食わないのよ、男ってのは。って言うかアンタ、ホントにお風呂入ったの?口周りヒゲ生えてるわよ」


「いや、何時も使ってる髭剃り忘れちゃってさ、あれじゃなきゃ肌にあわないって言うかさ……」


「そんなの関係無いでしょうが……とにかくみっともないから剃りなさい。私の部屋の奥のバックにアンタの髭剃り入ってるから。あと、その中に変えの下着もある筈だからさっさと着替えて来なさい」


「お、そーなの?さんきゅー、でも着替えて来るじゃ無くて履いて来るの間違えじゃね?」


「アホな事言ってると眉間に苦無投げつけるわよ。さっさと行きなさい、このバカ」


「すまんすまん、んじゃ」

と、軽く手を振りながら、秋村は部屋を後にした。


「まったく……あ、ゴメンなさいね蝶華ちゃんっ!あのアホの所為でお話が途切れちゃって。どこまでイッたっけ?婚姻届に判を押すところまで?」

と、話を途方もなく盛られたが、蝶華は軽く去なそうとジュースのグラスに口を付けた。

一口喉を鳴らしたところで、ふと思った。


(これ……さっき悪魔野さんにあげたヤツじゃ……)


ちらり、と、魔論の方を見てみると、小さな唇を少しばかりすぼめて、なんだか残念そうな表情をしていた。

まるで子供が大好きな玩具を取り上げられたかの様に。


「あ……」


「蝶華ちゃん……」


「間接キッスね、きゃワいーわよ二人ともっ!」


と、このちょっとしたアクシデントに三者三様の反応。

蝶華はやってしまったと後悔の表情をし、魔論は落ち込んだ雰囲気を出し、蒼伊は歓喜の声をあげる。


「ご、ごめんっ……なさい悪魔野さん」


「……」

魔論は不機嫌そうに顔を背けた。

食べ物の恨みは恐ろしいとは言うが、飲み物でも、この子は根に持ってしまう様だ。


(どうしよぅ……やっちゃった……)

と、蝶華は心の中で慌てふためく。

もしかしたら、怒っているのかもしれない。

もしかしたら、嫌われたのかもしれない……。

『嫌われたかも』しれない、なんて……蝶華は我に返り、酷く不思議に思った。

魔論の事、何も知らない筈なのに、まだ会って間も無い筈なのに、何故だろう?


「あ……悪魔野さん、怒ったの?」


「……」

終始そっぽを向いて無言の魔論。

チラリとも此方を向いてくれない。


「……」

今度は蝶華が言葉を失ってしまった。

嫌われてしまったのかな?……

人から嫌われるのは、随分慣れたつもりだったのだけれど何故か今、蝶華は応えていた。

嫌われる事を恐れた事は無い。

……いや、一度だけ有った。

それも昔の話だ。もう関係ない。


そんな事よりも、この危うい状況をどうするか?

それが最優先だ。


蝶華は少し考えた後、自分の目の前のお皿の上の玉子と甘海老(サビ抜き)の寿司を手に取り、魔論の前に差し出す。

魔論はようやく少しだけこちらに振り返り、出された皿の上の寿司に目をやる。

無垢な瞳を煌めかせ、再び涎を滴らせる。

非常に分かりやすく、正直で可愛いらしい。


「……代わりって言ったら少し変かもだけど、いる?」

訪ねてみると、


「……くれる?」

少しばかり、疑りの念を見せながら、魔論は返す。


「うん。だからその……ごめんね」

謝った。頭を下げて謝った。

変に取られるのが嫌だったからなるべく抑え目にしたが、とにかく出来る限り必死に謝った。

また、沈黙が続くかと思ったが、案外早く返事はきた。


「ありがと、ちょーかちゃん大好き!」

と、この上無い笑顔で蝶華を抱きしめた。

魔論の髪からシャンプーのいい香りが鼻腔を擽る。

お餅みたいにプニプニとやわっこい魔論の頬が蝶華の頬に擦れる。しかし全然不快に思わないしそれ以上に、気持ち良くも思える。


「ちょっ……悪魔野さん……っ」

蝶華が離そうとしても、魔論はより一層強く抱きつき、スリスリと頬で撫で続ける。


「いいわよ!いいわよ〜二人ともっ!もう最高にきゃワいーわよ!ああああ‼︎」

と、鼻血を滝の流しながら、何処から取り出したのか分からない一眼レフを光らせ蝶華達を堂々と盗撮する。


「ちょっとナニ撮って……あはははっ、悪魔野さんくすぐったいよっ、あはは!」

二人に同時に襲われ(?)どうしたらいいのか分からず、内心困っていた蝶華だが、笑っていた。

魔論がくすぐったかったのもあるが、それ以上に、この状況が、和気藹々《わきあいあい》と自然としている今が、とても有意義で楽しく思えたのだ。

ずっと、こんな時間が流れるのも、決して煩わしい事では無いと感じていた。


「楽しそうですね。お嬢様」

また後ろから声がした。

聞き覚えは勿論ある声だ。

それも聞くだけで、心が落ち着く声。

どんなに偉大な歌手が歌う名曲より、どんなに世界的に有名なオーケストラより、親や家族の声よりも、暖かく、心に響き、安心する声だ。


「辰馬」


「はい、お嬢様」


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