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第十六話「浴衣っていい」

浴衣は素晴らしいですよね

見てて華やかで飽きないし

それが女の子ならまた……(にやけ顔)by作者

「……んん……おいしい」

 と、足下に散乱する牛乳瓶の中央で、幸せそうにコーヒー牛乳を飲む魔論。


 風呂を上がった後、蝶華達は浴衣に着替え、自販機やマッサージ機が備えてある休憩室に居た。

 辰馬達男性陣が、まだ風呂から出てこないのだ。


「あははぁ……魔論ちゃんきゃワいーっ」

 と、こちらも幸せそうに魔論を眺める蒼伊。

 涎を見せながらでデジカメで、喉を鳴らず魔論の姿を連写していた。上下左右、俊敏自在に、あらゆる角度から撮りまくる。

 くの一の力を、こんな形で使っていいのだろうか?…と、少し疑問に思った。


「おー、お前らも出たのかー」

 と、気怠そうな声で話し掛けて来たのは、胸元をだらしなく開いて浴衣を着る秋村だ。

 さっきのアロハシャツといい、この浴衣の着こなしも妙に似合う。


「ちっ……遅いじゃないこのバカ。私達乙女をより遅いってどんだけよ。大体、レディを待たせる何て論外よ」

 と、蒼伊。


「いやー……こっちにもいろいろ事情があったんだよ」


「はぁ?何よ?」


「それがさー」

 と、秋村は語り始める。


 *****


 蝶華達と同じくらいの時間に、秋村達も風呂に入った。風呂の作りは女湯と大して変わらない。


「おー広いな」


「そうですね」


「わはははっ!そうだろう!」


「……」


 秋村、辰馬、死音、臨檎の面々で男湯に居た。

 何時も通り、気怠そうな秋村。何時も通り、笑顔の辰馬。何時も通り、馬鹿に笑う死音。そして一人、何時も通りではない臨檎。


 それぞれ他愛の無い会話をしながら、入浴を楽しむ。


「ふぅー……いー湯だな」


「そうですね」


「わはははっ!なかなか熱くてドSな湯だなっ!」


「……」


 一人、明らかにテンションの違う奴が居るのを、秋村は気にした。


「おーいちびっこ、お前さっきからどーしたんだ?」

 と、訊ねると、


「……え」

 と、覇気の無い返事の臨檎。


「せっかくの風呂だぜ?もっと楽しめよー」


「そうですよ」


「わはははっ!そうだそうだ!もっと楽しめ!」

 と、死音は立ち上がり、続ける。


「よし、ならば吾輩が、もっと盛り上げる為に一つ、貴様の昔話でもして……」

 と、言葉を途中で切る死音。

 何時もならここで、「うわぁぁぁ止めろぉぉぉ!」と、泣きながら嫌がる筈の臨檎だが、今は全く嫌がる気配が泣い、と、言うより、それどころでは無い、と、いう感じだ。どこか落ち込んだ様子にも見える。


「……ヤめだ。ドMの飼い犬をいくら罵ったところで、虚しいだけだ」

 と、死音は座り、湯船に肩を沈めた。


「なー、どーしたんだよホント。何時ものお前じゃねーじゃねーか」

 と、秋村が臨檎に近付き目の前になって問う 。

 少し躊躇しながら、臨檎は口を開く。


「……自信を、無くしてしまってな」

 と、悲しそうに言う。


「守りたい人が居てな……だが、僕……俺では、哀しい事に力が足りない……聖なるホーリーライトの力が覚醒していない所為だが、それでも俺は、彼女を守りたい」


 秋村は黙って聞き入る。


「だが、彼女もまた神に選ばれし者、俺と同等、いやそれ以上の力を持つ女神……俺の力など無くとも……」

 と、悲しそうに俯く臨檎。

 ぎゅっ、と、手を握りしめ、肩を震わす。


「……でも……それでも俺は……彼女を守りたい。どんな些細な事でも小さな事でも構わない、ただ、彼女の側にいて力に成りたい……切実に思う」

 臨檎の頬に雫がつう、と、伝わり落ち、湯船の水面を揺らす。それが風呂の湯気なのか汗なのかそれとも涙なのかは、秋村には分からない。


「だが、いくら考えても、俺が彼女にしてあげれる事が分からない。いや、逆に考えれば考える程、俺に出来ることが無いと言う現実がより一層分かってしまう……光の王の加護を受けるこの俺でも、流石に落ち込むのだ……どうすればいいのか、と……」

 と、語り終わると、場は湯が噴水口から流れる音だけが聞こえる。


「あー……えっ……とつまり」

 と、腕を組み眉間に皺を寄せながら、秋村は言う。


「要するに、好きな人がいて、守りってあげたいけどその子は強いくて、でも自分は弱っちくてどーしよー。って事?」


 三行で纏まった。


「え!?いや……そんなすすすっ好きな人なんて―――」

 と、さっきまでの沈んだテンションから一転、顔を赤くして明らかに動揺する臨檎。


「えー違うの?」

 と、言葉のわりにはあまり驚かない秋村。


「でもさー、好きな人じゃ無きゃ、守りたいなんて思わないんじゃねーの?」


「ああ、いや……」


「ま、別にいいけどさー。人の色恋沙汰なんて、俺がどーこー言える話しじゃねーしさー」

 と、頭を掻きながら呟くと、秋村はガラス張りの窓から伺える景色を覗きながら「けどさ」と、続けた。


「別にさ、守るとか、なんかの力になるとか、そーゆー事だけが、強いって事な訳じゃ無いと思うぜ」


「え……?」

 と、臨檎は秋村を見上げ、静に驚きの声をあげる。

 外の夕焼けは最高潮に赤く上り、秋村の浅黒い顔を照らす。

 秋村は眩しいくらいに輝く夕日を見詰めながら続けた。


「側にさ、ずっと一緒に居てやるのも強い事だと思うぜ。結構ムズかしい事なんだぜ?ずっと側に付いているのってさ……」

 と、何だか秋村らしからぬ事を言う。

 臨檎はちょっと驚いた。


「……気持ち悪いな、お前がそんな事言うとは」


「えー何だよその反応はさー、ちょっと傷つくわー」


「まぁ……お前の言う通りかもな。光の力を解き放つだけが、魔論を守ると言う事ではないな」


「あー、やっぱ魔論ちゃんだったか、ちびっこの意中の娘」


「え?あ……」


 *****


「ちょっと、何でヘンなトコで話し止めるのよ?」

 と、蒼伊。

 時は戻り、今にいたる。


「えーだってもう殆ど終わりだぜ?後はまぁ、恥ずかしくなったのか、全然湯船から上がんなくて動かないなーって思ったらのぼせてて気失っててさ。今タッツーが介抱してるとこだ」

 と、秋村。

 臨檎の事も心配だが、蝶華は秋村の言葉の中に気になる単語を見付ける。

 率直に訊ねてみる事にした。


「ねぇ秋村、その……タッツーって?」

 と、聞くと。


「ん?あぁいや、辰馬の事だけど?」

  と、返ってくる。


「そ、そう……」


 意外だ、と、思ったのと、羨ましい、と、思った。

 いつの間に辰馬とそんな仲良くなったのか……そんなあだ名で呼ぶ仲に……


「まぁ、別にそんな仲良しな訳じゃねーぜ?」

 と、秋村。


「え?そ、そうなの?」


 てっきり、親友にでもなったのかと……


「いや、俺が一方的に言ってるだけだしな。アイツは、お前以外のやつには……」

 と、何故か言葉を切る秋村。

 そんな秋村を変に感じる蝶華。

 どうしたのか、と、聞こうとしたその時、


「皆さん、お待たせしました」

 と、聞き慣れた、落ち着いた声が蝶華の耳に滑らかに入る。

 しっかり結ばれた帯、程よく見える胸元、裾もキッチリと揃っている。秋村と同じ浴衣を着ているにも関わらず、まるで違う物を来ているかの様に見える。


「遅いわよ司之宮」

 と、苛立ちをあらわにする蒼伊。


「すみません、繚ノ浦さん」

 と、低くも高くもない、優しいトーンの声で、辰馬は曇りない笑顔で謝罪する。

 どうもこ笑顔は、誰も恨むことが出来ない。


「……まぁいいわ、それよりあの変態とちびっこは?」


「もう、来るはずですが」

 と、辰馬が言うと、


「わはははっ!待たせたな家畜ども!」

 と、辰馬のとは真逆な、落ち着きのない喧しい声が、皆の耳に劈く。

 予想するまでもなく、声の主は死音であった。

 浴衣はだらしなくもなく、かと言って特別しっかりした訳でもない普通な様子。しかし、浴衣の雰囲気に全く合わない縞色の柄が、全てを台無しにする。

 背中にはぐったり、と、項垂れた臨檎が背負われていた。


「チッ……遅過ぎるわよこの変態」

 と、露骨に苛立つ蒼伊。


「わはははっ!この程度な事、些末な物だろう。小さい女だなあ、わはははっ!」


「何だとぉ?このクソ変態野郎がぁ!」

 と、完全にキャラどころか、自分が女性だとも忘れてしまったかの様な豹変ぶりである。


「大体ねぇ、アンタみたいな変態ばっかだから、男は嫌いなのよ。やっぱり恋人にするならきゃワいー女の子に限るわよねっ!可愛いしいい匂いするし。デートするのも女の子、一緒にお風呂に入るのも女の子、エッチな事するのも……女の子よ!分かったかこのアホ変態!」

 と、鼻息を荒くして自らの『女の子Love』の持論を展開する蒼伊。

 蝶華がガタガタ、と、涙目で震えていると、


「繚ノ浦さん。貴女は仮にもいいお年をした大人の女性なのですから、その様な下品な言葉遣いはあまりよろしくありませんよ?それから、ご自分の主義主張は、何処か適切な場でお願いします。お嬢様が怖がっております」

 と、辰馬。


「あ……あらアタシとした事がつい……。ゴメンねぇ蝶華っ。ゴメンね、変た……音村くん?…」

 と、蝶華は100%の笑顔を、死音には引きつった作り物の笑みで謝罪した。


 気持ち悪いな、と、返した死音に蹴りを加えて、


「さぁ、みんな揃った事だし、ゴハンにしましょうよ」

 と、蒼伊は笑顔で言った。


踵を返し、浴衣を揺らしながら、食事場所である宴会場へと、みんなで向かった。

隣の浴衣姿の辰馬を横目で見ながら、蝶華は自分の胸に手を当てる。

ドキドキ、と、妙に心臓の鼓動が激しい。


(この胸の高鳴り……なんなんだろ……)


蝶華には分からなかった。

それが、この世で一番美しく、綺麗で暖かくて、残酷で辛い物だと。


『恋』で、あると。

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