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第十五話「変態達の休息」

お風呂……素晴らしい(笑顔)

「わはははっ!着いたぞ!家畜ども!」


羽田空港から約三時間。

何故か空港があるこの小島が、死音の所有する別荘付きの島だ。


音村家―――

今や世界中の『音』を牛耳ると言われている。

現在、世界中で扱われている楽器のおよそ六割が、音村家の運営するグループで生産されている。

更に、この家に生を享けた者は歴代皆、音楽の才に秀でていた。

先代…つまり死音の父親である、音村生音おとむらせおんは、世界的なオーケストラの指揮者だった。天才だったらしい。


兄の赤音あかとは、国民的人気を誇るロックバンドのギターボーカルを務めている。天才らしい。


そして、姉であり、音村家の現当主である音村音音おとむらおとねは『もはや人間では無い』と、称される。

彼女には、歴代の音村家の者達の才能が、全て集まった様に、幅広い分野で才能を開花させた。

天才や、天賦の才、などの肩書きでは温い程、『音』の才能に長けていた。

それが『音』であれば、ジャンルは問わず、素晴らしい。

クラシックやジャズ、ポップスに声楽、オペラ、吹奏楽、演歌、サンバ……

果てはヨーデルやメタルまで、全ての『音』を歌う事ができる。

更に、彼女は弾く事にも、その才を余すことなく発揮した。

ピアノやヴァイオリン、ギターやドラムに和太鼓、琴にトランペット、カスタネット、果てはエマラジ、シンセサイザー……


今や音楽の業界では、彼女の事を神と言って崇めているという。


そんな、才能溢れる一族の血を引くのは、目の前にいる蝶華の大嫌いな変態だ。


「わはははっ!いやー素晴らしいバカンス日和となったなっ!太陽が痛いくらいに燦々《さんさん》と照り付けてくるぞ、このドSめが、わはははっ!」


「……」

蝶華は何も発する気が起きなかった。

一応、日本の領土に位置するこの小島は、変態館のある本土より更に気温が高く、蝶華にしてみれば、最高に蒸したサウナに投げ込まれた気分だ。もうこの時点で、


(ちょっと後悔したかも……)

と、内心思っていた。


死音はアロハシャツ、柄のタキシードという、何とも前回より気色の悪い出で立ちである。相変わらず、暑苦しい。


「ほおー暑いなー」

と、胸元をパタパタと暑そうに扇ぎながら来たのは秋村だ。

こっちは定番の普通のアロハシャツを来ている。元々肌が焼けている所為か、妙に似合っている。


「ほんっと暑いわね、冗談ヌキで溶けちゃいそう」

と、胸元を大きく開きながら来たのは蒼伊だ。服装は普段とあまり変わらない感じだ。

何時ものSBの黒服を小脇に抱え、カッターシャツの袖を捲り、スーツケースを引く。

……しかし、しつこいかも知れないが、やはり、胸元、露出。

周りの関係の無い男達の目線が釘付けだ。


「かき氷……食べたい」

と、売店で買ったアイスクリームを舐めながら来たのは魔論。

彼女の服装も、蒼伊と同じ様にSBのスーツかと思いきや、意外にもオシャレをしていた。薄い緑のブラウスにピンクのミニスカートにハイヒールといった、何とも可愛らしい、魔論にとても良く似合うファッションだ。


「……可愛い」

と、無意識に口に出てしまう程だ。

自然と口許が緩む。


「お嬢様、日傘を」

と、辰馬が日傘を開き、蝶華にさす。


「あっ……ふんっ、ありがとう?とでも言っておこうかしら?」


「はい、お嬢様」

と、何時ものスーツ姿の辰馬はにこやかに返す。


「……」

悔しい。

何故何時も、周りの人に素直になれないのか。変態だけど、皆いい人なのに……

少しだけ俯く蝶華。


「わははははっ!では行くとするか、吾輩の城に!…その前に」

と、死音は振り向くと、


「その中の『犬』を出してからにしよう」


ビクッ、と、魔論の背負うバックが震えた。

「その中に我が飼い犬が入っているのは分かって居るぞ、早く観念して出てこい!」


「……」

魔論の背負うバックは、微動だにしない。

魔論自身は、なんの事やら、と、言う様な顔をしている。


「わははははっ!強情な犬になったものだな貴様も!しかたない、ここは一つお前の昔話でもしてやろうかな、あれは……」


「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

と、絶叫しながら、魔論のバックから飛び出した臨檎。


「や、やめろこの悪魔め!」

と、目に涙を浮かべる臨檎。


「漸く出てきたか!さぁ我が飼い犬よ、久し振りにこの首輪をはめるがよい!」

と、死音が取り出したのは、前に話していた名前入りの首輪だった。赤色をしている。


「ひぃっ……来るなぁー!」

と、臨檎は悲鳴を上げ、魔論の後ろに隠れる。

尚もしつこく迫る死音に、


「……おとおとさま、止めて……あげて?…」

と、魔論が臨檎を庇いながらお願いした。


……悪魔野さん、そこは疑問形じゃなくて自信持って言ってあげていいと思うよ……。


「わはははっ!貴様も相変わらずだな魔論よ!まだ臨檎のお守りをしているのか?」


この死音の言葉に、ぴくっ、と肩を動かした臨檎。


「飼い犬も、まだ守られていたか、もう最後に会ってから十年近く経つというのに変わらんな、わはははっ!」


臨檎の小さな肩が悔しそうに震える。

顔は魔論の背中に埋まって見えないが、もしかしたら、泣いているのかもしれない。


「さて、メス豚とあともう一匹、それに許嫁殿と…辰馬、魔論に犬。全員揃ったな、では吾が城へ―――」


めりっ


鈍い音が鳴った。

音がする方に目をやると、死音の腹に、魔論の腕が有り得ない位めりこんでいた。

横から見れば、完全に突き刺さっている様に見えてしまう。


「……」

魔論は無言で腕を引き抜く。

手には銀色に輝くナックルが。


「げぇ……」

と、短い悲鳴を唸らして、死音はその場に倒れ込む。白目を剥いて泡を吹いている。


「……バカにしないで…臨檎の…こと……」と、魔論が小さく呟く。

目が少し赤くなっていた。


「悪魔野さん……」

大切に思ってるんだな、と、思った。

臨檎の事を。


「おーい大丈夫?」

と、頬を掻きながら、ユルいトーンで死音に話し掛ける秋村。


「きゃーーー!怒った魔論ちゃんも最っ高にきゃワいーーーわよ!」

と、頭のアホ毛をグルグル回転させながら、蒼伊は鼻息を荒くする。


周りの人々はこの奇妙な集団に、色々な視線を浴びせながら、目的地へと歩いて行った。

*****


暫くして、死音が手配した車が到着し、蝶華達は空港を後にした。


空港から約30分後。


「つっ…着いたぞ!ここが吾輩の城だ!」

と、鳩尾みぞおち押さえながら、死音が言った。

城と言うと、少し語弊があるが、城と言っても過言では無い位、立派な館だ。

だが、蝶華達は別に、館の大きさや絢爛さで驚いたりはしない。それぞれの実家に、これと同じくらいの規模の家や別館があったり、見馴れたりしていて、驚くに値しない。


「さぁ入るがいい、家畜共よ、存分にもてなしてやるぞ!わはははっ!」


*****


館に入ると、各々其々《おのおのそれぞれ》一人づつ部屋が用意され、そこで荷物を降ろした。


「ふわぁー…熱かった……」

と、部屋に着くなり、溜め息をつきながらベットへと項垂れる蝶華。

変態館にいる時と、やってる事変わらない。


「……こーゆうの、始めてね」

と、呟く。

親の勝手な都合で、よく海外や地方に移ったりする旅行紛いな事は、今まで何度もあったが、今日みたいに、親の意向とは関係無く、何処かに出掛ける何て事、あんまりなかったし、ましてはただ遊びのための旅行何て皆無に等しかった。

小学や中学の時、何度か集団旅行の機会はあったが、事情があって一度も行けなかったし……

とにかく、何だかワクワクするのである。


コンコン


「お嬢様」

と、ノックの音の後に、ドアの向こうから辰馬の声がする。


「お荷物をお持ち致しました」


「いいわよ、お願い」


「少々お時間を頂きますが……」


「構わないわ」


「では、失礼します」

と、辰馬は深々と頭を下げると、すぐに廊下に下がり、そしてすぐに大きな荷物を抱え、戻ってきた。

巨大な段ボール、巨大なトランクケース、巨大なリュックサック、巨大な棺桶(?)等々、大量に運び入れた。

この大荷物だけで、部屋の三分の二以上が埋まった。


「本当は、もっと沢山もって来たかったけど…流石に多過ぎるからね……」

と、すでに十分過ぎる荷物を眺めながら蝶華は言う。


コンコン


「失礼します…うわ……」

と、ノックの後にメイドが入ってきた。

部屋の惨状に驚いたのだろう。


「どうかしました?」

と、辰馬が笑顔で訊ねる。


「お風呂の用意が出来ました、宜しければ」

「お風呂……」

と、蝶華は小さく呟き、壁の時計を確認する。16時30分を指していた。


(ちょっと早いけど…多分その後ご飯よね?…)

と、心の中で考えていると、


「はい、そうですよ?」

と、メイドが答える。


「うく……」


また口に出ていた様だ。


「……お嬢様、どうなさいますか?」

と、辰馬が問う。


「え?あぁ……んー……」

と、色々悩んだ挙げ句。


「行くわ」

と、荷物の山から、お風呂の道具を探し始めた。


*****


「風呂ー?」

と、ソファに凭れながら、秋村はダルそうに言った。メイドから風呂の準備が整ったと知らされたのだ。


……正直言うと、めんどいからもう少しこのままだらけていたい、ど、言うのが本心だが、


「あら!きゃワいーメイドちゃんじゃないっ!私のお嫁さんにならない?」

と、女好きの変態くの一さんが煩いし、後で入るのも、それはそれでめんどうだし……


「どうしたものかな……」

と、気だるく呟き、ポリポリと頭を掻くと、汗が僅かに滲んだ。


「お風呂?入るわよ入るわよ!貴女と、ねっ!うふふふふふふ……」


涙目で狼狽えるメイドちゃんを尻目に見ながら、秋村は荷物の中から洗面具を用意する。

「入るかな」


ついでに、メイドちゃんを助けよう。


*****


「臨檎……お風…呂?入る?」

と、魔論。


「ん?…ああ……」

と、赤くなった目を更に擦りながら臨檎は返事を返す。


部屋に着いてからというもの、臨檎はずっと一人ベットに蹲っている。

さっき、魔論の前で泣いた事を、情けなく思っていた。


(……何故だ…何故ぼ……俺はあの時、魔論の側に隠れて、おめおめと泣いてしまったのか…惨めだ…情けない…悔しい……これでは魔論を……)


守れんではないか……


「……臨檎……」

と、魔論。


「ん?…ああすまない魔論、風呂にはまだ―――」


ぎゅっ


と、魔論は両手で臨檎を優しく抱き締めた。完全に不意討ちだったので、臨檎かなり驚いたが、驚きよりも緊張が勝ったのか、頭の中は真っ白になり、ぴくりとも動けないでいた。


魔論は抱き締る力を強めた。

だが苦しくない。逆に心地いい位の力加減だが、臨檎は息が出来ないでいた。

緊張とか、驚きとか、焦りとか、愛しさとかで、息が詰まる。


「まっ……まろ……ん?…」

と、僅かに肺に残った酸素を絞り出し、言葉を紡ぐ。


「……大丈夫…だよ?」

と、魔論が泣きじゃくる子供をあやす様に、優しい声で囁いた。


「臨檎には…私が…ついてるから…守ってあげるから」


……ああ魔論。死ぬ程嬉しい言葉だ。だけど……。

……僕は、守られるんじゃなくて、お前の事を、守れる様な男になりたい。

でも、君は途方も無く強いから…僕が守って無くとも、大丈夫なんだろう、だけど……。それでも僕は、この小さな女の子を、この子より小さいこの手で、守ってやりたい。


「臨檎……大好きだよ」

と、魔論は顔を臨檎に埋めたまま、小さく可愛いらしく、ぼそり、と、呟いた。


「」


臨檎はばたり、と、倒れた。

倒れる最中、心の中で、「可愛いすぎる……」と、言葉を残した。


*****


「……どうしても、ですか?…」


「……どうしてもよ、当たり前でしょ?…」

辰馬は蝶華の前に跪き、悲しそうな表情かおをしていた。


「……もし、もしも…万が一、いえ億が一兆が一にも、お嬢様にお怪我をさせてしまわれたたら…僕は…僕は…死んでも償いきれません……」


「……大丈夫よ、問題ないわ」


「しかし……」


「大丈夫だから、安心しなさい」


「お嬢様……ご武運を…どうか……どうかご無事で!」


「……っていい加減にしてよ!お風呂に入るだけでしょ!」

と、涙目で擦り寄る辰馬から何とか離れ様とする蝶華。

先程から女湯の前でずっとこんな会話を繰り返している。このままでは日が暮れる。早く入りたい。


「しかし…見ず知らずの風呂に、お嬢様一人で行かれるなんて…まるで死地に向かう様ではないですか。そんな危険な事、させる訳にはまいりません!」


「……過保護にも程があるわよ……」


「もし私が女性でしたら、お嬢様とご一緒して、それこそ背中や御髪おぐし、爪先まで、お体の隅々まで綺麗にさせられてあげられますのに……今は男である自分が恨めしいです!…」


……一体この変態は私をどうしたいのだろうか。


「……分かったから、さっさとアンタも入りなさい、勿論そっちに」

と、辰馬の後ろを指差しながら蝶華は言う。後ろにあるのは言うまでも無く、男湯だ。


「しかし…お嬢様―――」


「命令よ」


「……」

そう言われた辰馬は、親に起こられた子供の様に、しゅん、と、した表情をして、僅かに俯いた。


蝶華は苦虫を噛み潰した様な顔をして、ぎゅっ、と、拳を握り締めた。


出来れば、使いたくない言葉だ。

この言葉を使えば、辰馬を思いのままに出来る。

だから、使いたくない。

使えば、辰馬は『人間』ではなく『機械』になってしまうから―――


たから使いたくないのだ。

辰馬はモノじゃない。

私だけの、忠実な執事しもべなのだから。


*****


「……居ないわね」


辰馬を行かせた後、蝶華はすぐさま女湯の暖簾を払い、仲に入った。

着ている服を脱ぎ、脱衣場の籠に畳んで仕舞い、タオルを身体に巻いて、浴場の扉を開けた。


「私の場合は、欲情の扉が開かれた、かしら」


「ひゃっ!」


不意に後ろから聞こえた声に驚く蝶華。

振り向くと、蒼伊の姿があった。

長い蒼髪を巻き上げお団子状にしている。触角の様なアホ毛はそのままだ。


「いっ…何時から居たの?…」

と、当然の疑問をぶつける蝶華。


「ずぅーっと前からよぉ、きゃワいーきゃワいー蝶華ちゃんっ」

と、鼻息を荒くする蒼伊。


「仕事上ね、長時間隠れるのはお手のものよ」


仕事と言うのは、SBの事では無く、本職の方の事だろう。流石くの一と言ったところか。

「あぁそれにし・て・も。すっぽんぽんの蝶華ちゃん…ヤバいヤバ過ぎるわ!メッチャきゃワいーっ!!」


……どうして自分の周りには、変態かおかしな人しか居ないのだろう……

悲しい…泣きそうだ。

変態館に入ってから、何度こんな事があった事か……。

あう度に、げげんな気持ちになる。

だが、そんドタバタを、騒動を、何処か楽しく感じる自分がいた。

その気持ちが少し忌々しかったが、嫌な気はしない。

そう楽しんでいる自分が、滑稽に思えているのだ。

……あのマンションに入った事を、後悔していない。


「……蝶華ちゃん…蒼ちゃん……」

と、蒼伊の後ろから声がした。


「きゃー!魔論ちゃんっ!」


桶とタオルを手に持って立つ魔論がいた。

一糸纏わぬその姿は……いや、風呂だからそれは当たり前なのだが、それとは別に何処か感じる無防備さは、同性なのに、何故か目のやり所に困る。


「ん〜っ魔論ちゃんっ!おっぱいおっきいわね!丁度いい大きさ、いい塩梅の色具合、重さはどうなっているのかしら…揉んでいい?いいわよねっ!?」

と、アホ毛をグルグルと回転させながら、鼻息を荒くして魔論に近寄る蒼伊。涎も垂らしている。


「ちょっ、ちょっと!」


「あら、どーしたの蝶華ちゃん?…ああ大丈夫よ、私はちっぱいも大丈夫だから」


「……いや、そうゆう事じゃなくて……」


どうしよう、このままでは悪魔野さんが、この変態の毒牙に冒されてしまう……。

そうこう考えていたら、「後でお菓子あげるから揉ませて」と、言い出した蒼伊。


小動物の様な可愛らしいクリリとした瞳を輝かせ始めた魔論。完全に釣られている。


(だっ…ダメ!)

と、いてもたっても居られず、咄嗟に、


「りょっ…繚ノ浦さん!」

と、蒼伊の名前を呼ぶ。

すると蒼伊は振り返り、


「いゃーね、冗談よ冗談、揉みたいのはホントだけど―――」

と、言葉の途中で、蒼伊は固まった。

まるで凍り付いた様に。


「そっ…その…悪魔野さんのよりかは小さい…けど、かっ、代わりに、私の…も…もんでい…いいからその……」

と、頬を赤らめ、大きな瞳をパチパチと瞬かせ、モジモジと足をすりながら、身体に巻いたタオルを取ろうとする蝶華。


「だから……悪魔野さんには……」


上目遣いに潤んだ瞳。

その姿というより、その行動が、蒼伊には素晴らしく見えた。性的な意味で。


「……きゃーーーっ!」

と、突然叫びだした蒼伊。

そのままいきなり走り出し、サウナ室の横にある水風呂に飛び込んだ。

ざばぁん、と、大きな音を発てて水面が揺れる。

暫くすると、髪がほどけた蒼伊が此方へ戻って来た。


「えと……」


「ふう…危なかったわ。もう少しで理性がふっ飛んで、蝶華ちゃんの事襲っちゃうとこだったわ。うへへ」


最後の笑い声に、悪寒を覚える蝶華。


「さぁ蝶華ちゃん、魔論ちゃん、早くお背中流しっこしましょっ!」

と、心なしか、やらしい笑みを浮かべながら、蒼伊は言った。


*****


「はぁー…背中真っ白くてキレーね、魔論ちゃん」と、うっとりした声の蒼伊。


「ホント…あぁメッチャHSHSしたいprprしたいわー…あ、肩の近くにちっちゃい黒子見付けた、きゃワいー!」


……こんな事言われながら背中を洗われるのはどうなんだろう……


そう思いながら、蝶華は少し離れた所で見ていた。


「……ねぇ魔論ちゃん、やっぱりおっぱ―――」


「ダメっ!」

と、すかさず蝶華の声が遮る。

蝶華の気持ちを感じ取ったのか、それともただの気紛れか、魔論はタオルを持ったまま立ち上がり、


「自分で…おっ…ぱい…やる?」

と、言い、何処かへ行ってしまった。


「あぁ魔論ちゃーん……うう……」

と、悲しそうに踞る蒼伊。


「え…繚ノ浦さん、大丈夫……」


「じゃあ蝶華ちゃんっ!」


「ひゃ!?」

急なテンション切り替えに驚く。


「魔論ちゃんの代わりに、蝶華ちゃんのちっぱ……おほん。おっぱい触らせてくれない?」


「……何で言い直したの?…」


「……いゃー、もしかしたら、気にしてるとか、思ったり」


「……」

余計なお世話だ、と、言いそうになるのをぐっ、と、堪える。

……気にしてないと言えば嘘になる、と言うか、ぶっちゃけかなり気にしてる。

もう高校生なのだから、もう少しあってもいいんじゃないか、と。


「だっ、大丈夫よ全然。気にする事ないわよっ、ちっぱいはステータスよ希少価値よっ!世の中には、おっぱいよりちっぱい好きな人いっぱいいるから!」

と、多分フォローのつもりの蒼伊。

私はどっちも大好きだけど、と、続けた。


「辰馬とか、好きなんじゃない?」


「……えっ?」

と、ぎょっ、とする。

何で辰馬の名前が出てくるのか、と。

何故か顔が熱くなる。


「ふふ、冗談よ。さ、お背中流しましょっ」

「う、うん……」

何だか、蒼伊の掌で弄ばれている様に思えたが、とりあえず誘いには乗ることにした。


「うへへぇ……んんっ。さぁ、洗いましょう」と、咳払いしながら言いつつ、おもむろに蝶華の肩に手を伸ばし、そのまま背中を撫でる様に触る。

ただ洗っているとは思えない。気の所為か、いやらしく感じる触り方だ。

……いや、気の所為では無い。

考えずとも分かる事だ。鳥肌が立つ。


「いゃーん蝶華っ、スッゴい背中スベスベ〜赤ちゃんみたいなお肌ね〜あぁー…ずっと触っていたい……」


「……あ、あの」


「あ、ゴメンさい、うふふ…ちゃんと洗うわよ〜」


その後は、普通に背中を流してくれた蒼伊。前も洗わせてとせがまれたが、断固拒否した。


「しゅん…じゃあ、せめて頭洗わせてよっ」

と、蒼伊。


「えっ……」

と、蝶華。


出来れば、頭は人に洗われたくない。むしろ触られたくもないのだ。

いや、『触られたくない』と、言うより『見られたくない』と、言うのが本心だ。


「うー…ダメかしら?…蝶華ちゃぁん?…」

と、若干涙目で迫られたので、蝶華も無下に断り難い。


「……いいわよ」

と、仕方無く承諾すると、


「ホント!?やったーっ!」

と、先程までの態度からは一転。

テストで満点を取った子供の様にぴょんぴょん跳ねて喜んだ。


「……ゆっさゆっさ……」


「ん?どーかした?蝶華ちゃん」


「ふえ?…いや、何でも無いわ……」


「そお?じゃ早速っ」

と、言い、シャワーのスイッチを入れる蒼伊。

シャワーの水がお湯になるまでマッサージしてあげる、と、言うと、有無を言わさず開始し始めた。


「ちょっ、ちょっと……」


「大丈夫大丈夫、すぐに気持ちよ〜くなるからっ」

と、マッサージする手を緩めない蒼伊。


「いや、そうゆう問題じゃ……あっ」

と、言葉が途中で途切れる蝶華。

頭皮の血管がほぐされて、血の廻りが良くなったのか、頭が少し軽くなった感じがする。とろーん、と、瞼が重くなる。


「……はっ……んん…はぁ……」

自然に、変な声が出てしまう。

ただ頭をマッサージされているだけなのに……。


(ヤバイ、凄く気持ちいー……)


後ろから、ハァハァイーニオイ…、と、鼻息混じりの変な声が聞こえたが、それが気にならなくなる程の快感だった。


「うへへへ……あら?」

と、蒼伊の笑い声がピタリと止まる。


蝶華は肩をビクリと震わす。


(も…もしかして……)


「……」


(……っ)


「……耳たぶプニプニしてる〜きゃワいーっ」

と、蝶華の耳たぶを触ってきた。

鳥肌よりも先に、ほっ、と、した気持ちが込み上げた。


気付いてない……と。


その後、頭を洗ってもらい、身体も(自分で)洗い終えると、二人は湯船に向かう。


「あ…蝶華ちゃん達……」

と、先に洗い終わった魔論が、手を振りながら湯船にプカプカと浮かんでいた。


「いゃーん魔論ちゃんおまたーっ」


「ま、待った?悪魔野さん」


「うー…ん…少し」


三人は円を描く様に向かい合わせで湯船に浸かる。

おしゃべりしながら…と、言っても、実質蒼伊が一人で興奮しているだけだった。


「おっぱいが一つ…おっぱいが二つ…あぁっ…ここは天国かしらぁ……」


「……こーひー牛乳飲みたいね、蝶華ちゃん」


「え?ああ、うん……」

蝶華は自分の胸に手を当てる。


やはり、つるっ


二人を見る。

……蒼伊はともかく、魔論とも月とスッポン並の差があった。同い年の筈なのに……


湯船に浮かぶその様は、巨大な戦艦と、それを守る護衛艦。そしてその鑑の波に揺られる小さな漁船の様だ。


……おっきく無くていいから、せめてもう少し凹凸が分かる大きさが欲しい……


しかし、まぁ……

いつまで嘆いても仕方無い。

今はこの機会を楽しむ事とにしよう。

と、思う前に、既に楽しんでいた自分がいて、何だか可笑しかった。


夏の赤い夕日が沈むのを眺めながら、蝶華は笑った。


























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