第十四話「突然のバカンス」
南の島……行きたいですね(ゲス顔)
by作者
「でっ…出たな!この第六天の魔王めッ!」
と、臨檎怯えた声を上げた。
場所は分かり、蝶華達は変態館に戻っていた。
蝶華と辰馬、臨檎と魔論、そして蝶華の嫌いな『変態』の…音村死音の五人が……
「わっははは〜!そうか、貴様もここに住んでいたのか、我が飼い犬よ!」
と、高らかに喧しい声が劈く。
細身に高身長、短く無造作に切られた髪に緑色のタキシードという奇妙な出で立ち。
もう夏だというのに、見てる側暑苦しいなる服装だ。当の本人は汗一つかいていない。
「な、何が飼い犬だ!わ、我が名は―――」
「飼い犬だ、紛う事なき飼い犬だぞ、貴様は」
と、臨檎の言葉を遮る様に死音が言う。
「昔は従順に吾輩に飼われていたというのに、今ではスッカリ反抗的になったなぁ…まぁよい、いくらでも躾し直してやる。わっははは!」
「うぐ…ひっく……」
臨檎は恐怖のあまりか、青ざめて膝をガクガクと震えさせ、涙目になっている。
しかし、そんな事はお構い無しに、死音は続ける。
「懐かしいなぁ…昔は色々世話を焼いたものだ」
と、目を閉じ、しみじみと語る。
「だ…黙れ!この……悪魔ぁぁぁぁぁぁ!」と、臨檎は泣き叫びながら、部屋を出て行ってしまった。
「……」
その間、蝶華は黙ってアイスティーのカップを傾けていた。
臨檎が死音に何をされたのかは知らないが、どうせろくでも無い事なのは明らかだ。
此方からわざわざ厄介事の穴に飛び込んでやる事もない。
「なんだつまらんな…よし『許嫁殿』!吾輩と飼い犬の昔話でも聞かしてやろうか?」
と、いきなり絡んできた死音。
「いいわよ別に……」
と、拒否するが、
「では話してやろう!あれは確か…10年前だったかな……」
無視か……
蝶華の声を無視し、死音は一人語り始める。
「奴は吾輩の飼い犬であるからな、その頃はしっかり首輪を付けさせていたぞ、ちゃんと名前入りのをな」
と、笑いながら言う死音。
蝶華は少し眉をひそめたが、お構い無しに続ける。
「他にも、田舎の別荘地に行った時に、山奥の崖から川に突き落としてやったり…おおそうだ、こんな髪型にカットしてやったりしたぞ!」
と、何故か誇らしげに、タキシードの懐から写真を取り出す。
ちらりと横目で見ると、それには某国民的少年漫画の主人公を思わせる髪型(金髪)の子供の姿が写っていた、涙目で。
恐らく、幼い頃の臨檎だろう。
「髪も吾輩が染めてやったぞ!」
と、死音。
……流石の蝶華も少し同情する。
こんな髪型にされては、人前にも出れないし、日常生活も儘ならないだろう。
臨檎が死音を恐れるのも無理はない。
「……おとおとさま」
と、不意に可愛い声が聞こえてきた。
魔論だ。
さっきまで着ていた制服からは一転、何時ものSBらしい黒のスーツに戻っていた。
……辰馬にも思っている事だが、こんな真夏の日に…いくら館内は冷房が効いているとはいえ、暑く無いのだろうか?
「暑く…無い?…よ?…」
「僕も、暑くありませんよ?」
「吾輩も暑く無いぞ!」
と、口を揃えて三人。
また心の声が……
蝶華は軽く歯軋りをする。
本当に嫌になる、この癖には……
「いや、暑いわよ」
と、死音らの意見を否定し、蝶華の意見を肯定する声がした。
この声も勿論、誰だか分かる声だ。
蒼伊だ。
スーツは既に脱いであり、白のワイシャツにベストといった格好だ。
「ホント、変態は暑さも寒さも感じないのね。あ、魔論ちゃんは別よ」
と、暑そうにワイシャツの袖を捲りながら続ける。
「……おっ…い」
と、蝶華がぼそりと呟く。
蝶華の視線は蒼伊の顔…では無く、胸を見ていた。
……何度見ても、相変わらず凄いと思ってしまう。自分と比べると、もう絶望的だ……
ただでさえ、目のやり場に困る大きさだというのに、今日の蒼伊はワイシャツ。しかも暑さの所為で汗を沢山かいているから、その……
透けているのだ。
つう
と、不意に蝶華の鼻から赤い液体が流れた。慌ててハンカチで押さえる。
鼻血だ。
(やっ…やばいわ……)
堪らずその場に踞る蝶華。
「あら?どーしたの蝶華ちゃん?」
と、蒼伊が訊くと、
「……なんでもない」
と、顔を上げず、鼻声で返す。
「んん?ま、よくわからないけど、そんな蝶華ちゃんもきゃワいーわよ!」
と、鼻息を荒くしながら言う蒼伊。
「おお?なんだなんだ?このいいメス豚は」と、死音。
「……何この変態」
と、先程の態度からは一転、まるで穢い物でも見るかの様な目で、死音を睨む蒼伊。
「ははは!口の悪いメス豚だな、目付きも悪い、吾輩が調教してやろうぞ!」
「何がメス豚よ、気色悪いわ」
と、お互い罵詈雑言を浴びせ合いながら、煩く喚く蒼伊と死音。
その有り様を見て、
(仲良くなりそうね、違う意味で)
と、心の中で苦笑混じりに思う蝶華。
(ん?…)
ふと、隣側に違和感を感じた。
何時もニコニコと、柔いオーラを放っている筈の変態から、その気が感じられない。
妙に静かだ。
振り向くと僅かに視線を落とし、珍しく『笑って』いない辰馬が居た。
「……どうかしたの?」
と、気になって堪らず訪ねると、
「……え?…あぁ、はい」
と、何時もが辰馬らしからぬ反応。
どうかしたのだろうか?
「珍しいはね、アンタがぼーっとしてるなんて」
「……すみません、少々考え事をしていました」
と、薄い笑みを浮かべながら辰馬は答えるが、嘘臭さがある。加えて顔色も少し悪い様に見える。
(体調でも悪いのかしら?…)
と、思った蝶華は、
「……ふぅん…まぁ、具合が悪いなら部屋に戻ってもいいわよ?」
と、薦める。
「いえ、とんでもございません、お嬢様のお側に居るのが、僕の最高の悦びであり、僕の勤めですから。御気遣い、ありがとうございます」
と、何時も通りの笑顔に戻った辰馬。
その笑顔が、数分前の沈んだ顔とギャップがあり過ぎて驚いたが、何時もの−−−馴染みのあるその笑顔を見ると、蝶華は安心してしまい、
「そう……」
と、返すしかなかった。
少し心の中に違和感を覚えながら、底が見えてきたアイスティーを飲み干すと、
「さて突然だが、これから皆で南の島にバカンスに行くぞ!」
と、死音が唐突に叫ぶ。
「……ってホントに突然ね」
と、蝶華も当然のツッコミ。
「わはははっ!吾輩はドSだからな!間髪入れずに行くぞ!吾輩とバカンスに行きたい者共は挙手!」
すっ
と、即答に近い速さで手が上がる。
魔論だ。
「……えっと…ごはん、いっぱい…食べれる?」
と、魔論。
どうやら質問の挙手の様だ。
「わはははっ!愚問だぞ魔論!貴様の為に美味い餌を大量に用意してあるぞ!」
と、死音。
餌はたぶん、ご飯の意味だろう。
「!…いく!」
と、大きな目をキラキラと輝かせながら、魔論は手をあげる。
「ちょっと悪魔野さん!」
と、蝶華がつっこむ。
完全に食べ物で釣られている、と、思ったからだ。
「じゃあ変態、ちょっといいかしら?」
と、唐突に蒼伊が挙手する。
「わはははっ!なんだ貴様もイクか?メス豚よ」
「黙れ死ねカス。まず質問よ、その島には当然、ビーチはあるわよね?」
「無論ある!無くても作ってやる」
「きゃワいービキニの女の子達と、キャッキャウフフ出来る?」
「出来る!出来なくても出来る様にしてやる!」
「じゃあイクわ」
もうつっこまない。
「ああ、じゃあ俺も質問質問ー」
と、今度は秋村だ。
上下ジャージで、気ダルそうに頭をかいている。
「えっと…タダで行けるの?」
「勿論タダだ!タダじゃなくてもタダにしてやる!」
「じゃあ行くわ」
秋村、居たんだ……
秋村も行くようだ。
「さて、犬はとりあえず連れていくとして、あとは貴様らだけだぞ『許嫁殿』!」
と、死音。
「……ってかアンタさ、その『許嫁殿』って止めてくれない?」
と、蝶華。
「ん?なんだ、吾が嫁!と言った方が良かったか?」
「誰が嫁よこの変態!…とにかく、私は別に行か―――」
と、蝶華は自分で言葉を遮る。
自分は、こんなバカな変態とは何処にも行きたくないが、隣で笑っている変態はどうだろう?…
行きたいだろうか?…
「……ねえ、アンタはどうなの?行きたいの?…」
と、蝶華は隣の変態に訊ねる。
「お嬢様が行きたければ、僕は行きたです。お嬢様が行きたく無ければ、僕は行きたくありません、お嬢様」
と、辰馬らしい返答。
「……」
蝶華は少し考えた後、
「じゃあ、行こうかしら」
と、言った。
*****
「音村様」
蝶華も行く事になり、皆が出発の準備をしている時、辰馬は廊下に居た死音を呼び止めた。
「おお、辰馬か、どうした?……とりあえず、『音村様』なんて止めろ、気持ち悪い」
と、振り返りながら、死音は言葉を返す。
何故か笑顔だ。
「……覚えていらしたのですね、僕の事を」
「当たり前だ、忘れるものか、貴様は吾輩の飼い犬だ。「元」だがな」
「……かなり、前の事なので、てっきり忘れてらっしゃるものかと―――」
「忘れてた方が良かったか?…」
と、死音は少し強い言い方をした。
その表情は、僅かに怒っている様にも見えた。
しかし、それも無理は無い。
辰馬はその理由を知っている。
「……いえ、そんな事は……」
「わははっ、まぁよい、それより、貴様もくるのだろう?」
「はい、お嬢様が行くのであれば、例え地獄でも」
「わはははっ!相変わらずだな!昔のままだ!」
「……」
辰馬は笑顔のまま、黙っていた。
「では、私はまだ荷物をまとめていないのでな、失礼するぞ、わはははっ!」
と、死音は踵を返し、歩きだした。
辰馬も軽く一礼し、蝶華の部屋へ戻ろうとすると、
「あ、言い忘れていた」
と、死音が此方を見ずに言う。
辰馬は黙って振り向く。
「吾輩は、お前が大嫌いだ」
死音のこの言葉の意味を、誰よりも、深く、鮮明に分かっているのは、地球上で自分だけだろう。
嫌な静寂が場を包む。
空気が冷たいのは、天井から流れる空調の所為だけじゃ無いだろう。
「僕は……」
と、辰馬が静けさを破る。
死音は黙って聞いていた。
「僕は…悪いです」
と、少し悲しげな表情をしながら、辰馬は言う。
死音の眉が、ピクリと動く。
「僕は悪い事をしました。死音様のお気持ちを考えると、胸が傷みます、謝罪しても許されない事は分かっています、でも…それでも……」
と、辰馬は言葉を詰まらせる。
再び静謐が漂う。
日は沈み始め、二人の顔を赤く照す。
「僕は悪くありません」
と、辰馬は言葉を続ける。
「僕は間違っていません。間違た事をしましたが、あの時、あの行動をとった事を、僕は後悔しない」
ごーん、ごーん。
時計の鐘が鳴り響く。
死音は黙って、18時の時刻を示す時計を眺めていた。
「……そうか、やはりお前は変わり無いな」と、死音。
「はい」
と、辰馬。
「……わはははっ!ならよい!構わん構わん!わはははっ!」
と、高笑いを上げながら、死音は歩きだした。
「まぁ、とりあえず、バカンスは楽しむとしようぞ、辰馬。ではな」
と、死音は振り返り、手を振りながら去って行った。
*****
コッコッコッ……
辰馬の靴が、廊下の床を叩く音だけが響く。外はすっかり、暗くなっていた。
(……お嬢様には、知られてはならない )
蝶華の部屋の前に立ち、辰馬は心の中で呟く。
(『あの事』は……)




