表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

第十四話「突然のバカンス」

南の島……行きたいですね(ゲス顔)


by作者

「でっ…出たな!この第六天の魔王めッ!」

と、臨檎怯えた声を上げた。


場所は分かり、蝶華達は変態館に戻っていた。

蝶華と辰馬、臨檎と魔論、そして蝶華の嫌いな『変態』の…音村死音おとむらしおんの五人が……


「わっははは〜!そうか、貴様もここに住んでいたのか、我が飼い犬よ!」

と、高らかに喧しい声がつんざく。


細身に高身長、短く無造作に切られた髪に緑色のタキシードという奇妙な出で立ち。

もう夏だというのに、見てる側暑苦しいなる服装だ。当の本人は汗一つかいていない。


「な、何が飼い犬だ!わ、我が名は―――」

「飼い犬だ、紛う事なき飼い犬だぞ、貴様は」

と、臨檎の言葉を遮る様に死音が言う。


「昔は従順に吾輩に飼われていたというのに、今ではスッカリ反抗的になったなぁ…まぁよい、いくらでも躾し直してやる。わっははは!」


「うぐ…ひっく……」

臨檎は恐怖のあまりか、青ざめて膝をガクガクと震えさせ、涙目になっている。

しかし、そんな事はお構い無しに、死音は続ける。


「懐かしいなぁ…昔は色々世話を焼いたものだ」

と、目を閉じ、しみじみと語る。


「だ…黙れ!この……悪魔ぁぁぁぁぁぁ!」と、臨檎は泣き叫びながら、部屋を出て行ってしまった。


「……」

その間、蝶華は黙ってアイスティーのカップを傾けていた。

臨檎が死音に何をされたのかは知らないが、どうせろくでも無い事なのは明らかだ。

此方からわざわざ厄介事の穴に飛び込んでやる事もない。


「なんだつまらんな…よし『許嫁殿』!吾輩と飼い犬の昔話でも聞かしてやろうか?」

と、いきなり絡んできた死音。


「いいわよ別に……」

と、拒否するが、


「では話してやろう!あれは確か…10年前だったかな……」


無視か……


蝶華の声を無視し、死音は一人語り始める。

「奴は吾輩の飼い犬であるからな、その頃はしっかり首輪を付けさせていたぞ、ちゃんと名前入りのをな」

と、笑いながら言う死音。

蝶華は少し眉をひそめたが、お構い無しに続ける。


「他にも、田舎の別荘地に行った時に、山奥の崖から川に突き落としてやったり…おおそうだ、こんな髪型にカットしてやったりしたぞ!」

と、何故か誇らしげに、タキシードの懐から写真を取り出す。

ちらりと横目で見ると、それには某国民的少年漫画の主人公を思わせる髪型(金髪)の子供の姿が写っていた、涙目で。

恐らく、幼い頃の臨檎だろう。


「髪も吾輩が染めてやったぞ!」

と、死音。


……流石の蝶華も少し同情する。

こんな髪型にされては、人前にも出れないし、日常生活も儘ならないだろう。

臨檎が死音を恐れるのも無理はない。


「……おとおとさま」

と、不意に可愛い声が聞こえてきた。


魔論だ。

さっきまで着ていた制服からは一転、何時ものSBらしい黒のスーツに戻っていた。

……辰馬にも思っている事だが、こんな真夏の日に…いくら館内は冷房が効いているとはいえ、暑く無いのだろうか?


「暑く…無い?…よ?…」


「僕も、暑くありませんよ?」


「吾輩も暑く無いぞ!」

と、口を揃えて三人。


また心の声が……


蝶華は軽く歯軋りをする。

本当に嫌になる、この癖には……


「いや、暑いわよ」

と、死音らの意見を否定し、蝶華の意見を肯定する声がした。

この声も勿論、誰だか分かる声だ。


蒼伊だ。

スーツは既に脱いであり、白のワイシャツにベストといった格好だ。


「ホント、変態は暑さも寒さも感じないのね。あ、魔論ちゃんは別よ」

と、暑そうにワイシャツの袖を捲りながら続ける。


「……おっ…い」

と、蝶華がぼそりと呟く。

蝶華の視線は蒼伊の顔…では無く、胸を見ていた。

……何度見ても、相変わらず凄いと思ってしまう。自分と比べると、もう絶望的だ……

ただでさえ、目のやり場に困る大きさだというのに、今日の蒼伊はワイシャツ。しかも暑さの所為で汗を沢山かいているから、その……


透けているのだ。


つう


と、不意に蝶華の鼻から赤い液体が流れた。慌ててハンカチで押さえる。

鼻血だ。


(やっ…やばいわ……)

堪らずその場に踞る蝶華。


「あら?どーしたの蝶華ちゃん?」

と、蒼伊が訊くと、


「……なんでもない」

と、顔を上げず、鼻声で返す。


「んん?ま、よくわからないけど、そんな蝶華ちゃんもきゃワいーわよ!」

と、鼻息を荒くしながら言う蒼伊。


「おお?なんだなんだ?このいいメス豚は」と、死音。


「……何この変態」

と、先程の態度からは一転、まるで穢い物でも見るかの様な目で、死音を睨む蒼伊。


「ははは!口の悪いメス豚だな、目付きも悪い、吾輩が調教してやろうぞ!」


「何がメス豚よ、気色悪いわ」

と、お互い罵詈雑言を浴びせ合いながら、煩く喚く蒼伊と死音。


その有り様を見て、


(仲良くなりそうね、違う意味で)

と、心の中で苦笑混じりに思う蝶華。


(ん?…)


ふと、隣側に違和感を感じた。

何時もニコニコと、柔いオーラを放っている筈の変態から、その気が感じられない。

妙に静かだ。

振り向くと僅かに視線を落とし、珍しく『笑って』いない辰馬が居た。


「……どうかしたの?」

と、気になって堪らず訪ねると、


「……え?…あぁ、はい」

と、何時もが辰馬らしからぬ反応。


どうかしたのだろうか?


「珍しいはね、アンタがぼーっとしてるなんて」


「……すみません、少々考え事をしていました」

と、薄い笑みを浮かべながら辰馬は答えるが、嘘臭さがある。加えて顔色も少し悪い様に見える。


(体調でも悪いのかしら?…)

と、思った蝶華は、


「……ふぅん…まぁ、具合が悪いなら部屋に戻ってもいいわよ?」

と、薦める。


「いえ、とんでもございません、お嬢様のお側に居るのが、僕の最高の悦びであり、僕の勤めですから。御気遣い、ありがとうございます」

と、何時も通りの笑顔に戻った辰馬。

その笑顔が、数分前の沈んだ顔とギャップがあり過ぎて驚いたが、何時もの−−−馴染みのあるその笑顔を見ると、蝶華は安心してしまい、


「そう……」

と、返すしかなかった。


少し心の中に違和感を覚えながら、底が見えてきたアイスティーを飲み干すと、


「さて突然だが、これから皆で南の島にバカンスに行くぞ!」

と、死音が唐突に叫ぶ。


「……ってホントに突然ね」

と、蝶華も当然のツッコミ。


「わはははっ!吾輩はドSだからな!間髪入れずに行くぞ!吾輩とバカンスに行きたい者共は挙手!」


すっ


と、即答に近い速さで手が上がる。

魔論だ。


「……えっと…ごはん、いっぱい…食べれる?」

と、魔論。


どうやら質問の挙手の様だ。


「わはははっ!愚問だぞ魔論!貴様の為に美味い餌を大量に用意してあるぞ!」

と、死音。


餌はたぶん、ご飯の意味だろう。


「!…いく!」

と、大きな目をキラキラと輝かせながら、魔論は手をあげる。


「ちょっと悪魔野さん!」

と、蝶華がつっこむ。

完全に食べ物で釣られている、と、思ったからだ。


「じゃあ変態、ちょっといいかしら?」

と、唐突に蒼伊が挙手する。


「わはははっ!なんだ貴様もイクか?メス豚よ」


「黙れ死ねカス。まず質問よ、その島には当然、ビーチはあるわよね?」


「無論ある!無くても作ってやる」


「きゃワいービキニの女の子達と、キャッキャウフフ出来る?」


「出来る!出来なくても出来る様にしてやる!」


「じゃあイクわ」


もうつっこまない。


「ああ、じゃあ俺も質問質問ー」

と、今度は秋村だ。

上下ジャージで、気ダルそうに頭をかいている。


「えっと…タダで行けるの?」


「勿論タダだ!タダじゃなくてもタダにしてやる!」


「じゃあ行くわ」


秋村、居たんだ……


秋村も行くようだ。


「さて、犬はとりあえず連れていくとして、あとは貴様らだけだぞ『許嫁殿』!」

と、死音。


「……ってかアンタさ、その『許嫁殿』って止めてくれない?」

と、蝶華。


「ん?なんだ、吾が嫁!と言った方が良かったか?」


「誰が嫁よこの変態!…とにかく、私は別に行か―――」

と、蝶華は自分で言葉を遮る。

自分は、こんなバカな変態とは何処にも行きたくないが、隣で笑っている変態はどうだろう?…

行きたいだろうか?…


「……ねえ、アンタはどうなの?行きたいの?…」

と、蝶華は隣の変態に訊ねる。


「お嬢様が行きたければ、僕は行きたです。お嬢様が行きたく無ければ、僕は行きたくありません、お嬢様」

と、辰馬らしい返答。


「……」


蝶華は少し考えた後、


「じゃあ、行こうかしら」

と、言った。


*****


「音村様」


蝶華も行く事になり、皆が出発の準備をしている時、辰馬は廊下に居た死音を呼び止めた。


「おお、辰馬か、どうした?……とりあえず、『音村様』なんて止めろ、気持ち悪い」

と、振り返りながら、死音は言葉を返す。

何故か笑顔だ。


「……覚えていらしたのですね、僕の事を」

「当たり前だ、忘れるものか、貴様は吾輩の飼い犬だ。「元」だがな」


「……かなり、前の事なので、てっきり忘れてらっしゃるものかと―――」


「忘れてた方が良かったか?…」

と、死音は少し強い言い方をした。

その表情は、僅かに怒っている様にも見えた。


しかし、それも無理は無い。


辰馬はその理由を知っている。


「……いえ、そんな事は……」


「わははっ、まぁよい、それより、貴様もくるのだろう?」


「はい、お嬢様が行くのであれば、例え地獄でも」


「わはははっ!相変わらずだな!昔のままだ!」


「……」

辰馬は笑顔のまま、黙っていた。


「では、私はまだ荷物をまとめていないのでな、失礼するぞ、わはははっ!」

と、死音は踵を返し、歩きだした。


辰馬も軽く一礼し、蝶華の部屋へ戻ろうとすると、


「あ、言い忘れていた」

と、死音が此方を見ずに言う。


辰馬は黙って振り向く。


「吾輩は、お前が大嫌いだ」


死音のこの言葉の意味を、誰よりも、深く、鮮明に分かっているのは、地球上で自分だけだろう。

嫌な静寂が場を包む。

空気が冷たいのは、天井から流れる空調の所為だけじゃ無いだろう。


「僕は……」

と、辰馬が静けさを破る。

死音は黙って聞いていた。


「僕は…悪いです」

と、少し悲しげな表情をしながら、辰馬は言う。

死音の眉が、ピクリと動く。


「僕は悪い事をしました。死音様のお気持ちを考えると、胸が傷みます、謝罪しても許されない事は分かっています、でも…それでも……」

と、辰馬は言葉を詰まらせる。


再び静謐が漂う。

日は沈み始め、二人の顔を赤く照す。


「僕は悪くありません」

と、辰馬は言葉を続ける。


「僕は間違っていません。間違た事をしましたが、あの時、あの行動をとった事を、僕は後悔しない」


ごーん、ごーん。


時計の鐘が鳴り響く。


死音は黙って、18時の時刻を示す時計を眺めていた。


「……そうか、やはりお前は変わり無いな」と、死音。


「はい」

と、辰馬。


「……わはははっ!ならよい!構わん構わん!わはははっ!」

と、高笑いを上げながら、死音は歩きだした。


「まぁ、とりあえず、バカンスは楽しむとしようぞ、辰馬。ではな」

と、死音は振り返り、手を振りながら去って行った。


*****


コッコッコッ……


辰馬の靴が、廊下の床を叩く音だけが響く。外はすっかり、暗くなっていた。


(……お嬢様には、知られてはならない )


蝶華の部屋の前に立ち、辰馬は心の中で呟く。


(『あの事』は……)









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ