詩=空く慕い
どこだろう、前に見た夢のような真っ白な空間。
「(あ、そっか、私、死んだんだ――)」
しかし、今は海に身体はあった。しかし、頬を抓っても、皮膚を引っ掻いても、痛みを感じない。
「三途の川、渡ったのかな?」
「渡ったよ」
「そっか、なら見てみた――っ」
後ろから聞こえた返事に、バッと振り向く。
それは聞きなれた声だった。
一年前まで実在した声だった。
半年前まで聞こえていた声だった。
「――巧さん!」
海は思わず、巧みに抱きついた。
「全く、早くこっちに来すぎだよ」
「巧さん、巧さんっ」
「ふぅ。類さんのところに行こうか」
「はい!」
あの時と同じように、泣きそうな顔で笑い、元気よく返事を返すのだった。
* * * * *
出会い頭早々、海は類に怒られた。
なんでも「いくら何でも、早くこっちに来すぎだ馬鹿」とのことだった。
そして今は、円になって座っている。そんな時、巧みがそういえば、と声を漏らす。
「なんで海ちゃん死んだの?」
率直な質問だ。
「通りゃんせで……」
「要するに、幽霊の類で殺されたって訳か」
納得した、とばかりに巧は頷く。
「でもまあ、また三人で会えたね」
「死んで会ってどうする。海なんてまだ十代だ」
「でも、類さんも巧さんも二十代ですからね。十分若いです」
三人とも、早く逝きすぎた。それが全員で出した結論だった。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「なに?」
このときの海の質問は、非情に難しく、簡単なものだった。
「死って、なんですか?」
* * * * *
さすがに予想だにしなかった質問に、二人は一瞬だけ固まった。
「巧さんは、死とは何だと思いますか?」
「そうだな……『自分を覚えてくれている人が居なくなった時』……かな」
「ありきたりだな」
類がバッサリと切り捨てた。横で海も頷き「ありきたりですね」と切り捨てた。
「はっきり言いすぎじゃない?」
しかし、この巧の反論(?)はスルーされた。
「では、類さんは死とは何だと思いますか?」
「『生きていること』だ」
「「生きていること?」」
よくわからないと言った風に、海と巧の二人は首を傾げた。
「ああ。人間は、生きながらに死んでいて、死にながらに生きている。現に、私は生きている時は生きている実感というものを感じたことが無い。そして、今、私達は死んだのに生きていた時と同じことをして、私も生を実感している。だから、生=死だ」
生=死。なんともまあ、解りやすくて難しい――単純にして複雑な答えだった。
「詰まる所、類さんが言いたいのはあれですね。『人間は生きながらにして死んでいる』」
「そして私達は『死にながらにして生きている』」
「なるほどね」
確かに、海達は死にながらにして生きていた時と同じ事をしている。
「じゃあ海ちゃんは? 死とは何だと思うの?」
「私は――死とは『悪』だと思います。類さんのように言うと『死=悪』ですかね」
死=悪
これもまた難しい――複雑な答えだ。
「どういう意味だ?」
「僕も気になる」
「えーっとですね……」
そう言って海は巧を指差す。
「巧さんは運が『悪』かった」
「まあ、事故死だからね」
納得した風に巧は頷く。
「類さんは精神が『悪』かった」
「確かに、巧の死に私は耐えられなく、精神が病んだな」
類も納得した風に頷く。
「私は願いと対価が釣り合わなかったのが『悪』かった」
「そして、海は身体が空になったわけか」
「洒落ですか?」
茶々を入れた巧の頭を、類はバシンと強く叩いく。海は二人のやり取りを、楽しそうに見る。
このやり取りも、生きていた時と変わらない。
類の意見もあながち間違いではなさそうだ。
「私、歌で殺させたんですよね」
「まあ、そうだね」
叩かれたところを摩りながら、巧は肯定した。
「歌って詩とも書きますよね。言偏に寺で詩。そしてそれは『し』とも読みますよね。
詩=死ってことですか」
「結構面白い子と言うな」
じゃあ、と類は続ける。
「海は空っぽの空いた身体で私と巧を慕っているってことだろう?」
「? はい、勿論です」
空っぽ少女が二人を慕う。
「なら、空の空くに慕うで、空く慕い=悪死体。
海の意見にもなるな」
「類さん、結構凄いこと思いつきましたね」
「確かに凄いです」
巧、海、と感心の言葉を述べた。
「なら、詩=空く慕い=死=悪死体、ってことですね」
「そうなるな」
「言葉遊びみたいだね」
そう言って、三人で生きていた時のように笑うのだった。
詩=死。
空く慕い=悪死体。
詩=空く慕い=死=悪死体。
これは命の物語。