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通りゃんせ

通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神様の 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに 参ります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ








* * * * *

 

春、四月、海は三年になった。

そしてそれは、巧みの一周忌を示すものでもあった。

 

変わった教室。変わったクラスメート。変わった担任。

全てを一新するように、新しく始めるかのように、様々なものが変わった。


あの、巧と夕暮れの中話した教室は、今の二年生が使っているのだろう。

二年のときの担任は、一年のクラスを持ったと聞いた。


「えー、三年から君達の仲間になる転校生を紹介する」


先も言ったとおり、三年になって担任が別の男の先生に変わり、朝のホームルーム。それは担任から発せられた言葉。クラスメート達がざわついた。


「静かに!

じゃあ、入ってきてくれ」


ガラリと開くドアから現れたのは、黒髪を姫カットにした女の子だった。


「じゃあ、自己紹介してくれるか?」

「はい。

はじめまして、私は結崎杏といいます。一年だけですがよろしくお願いします」


女性独特の高い声だが、耳障りなわけではなく、逆に聞きやすい。

彼女の言葉に後に、拍手が上がる。


「じゃあ、開いている席に座ってくれ」

「はい」


示された席は、海の右斜め後ろだった。

 

海の席は縦六席、横六席のうちの上から三番目、右にある廊下側から四番目に席。その右斜め後ろなので、杏の石は上から四番目、廊下側から三番目になる。

 

その後、当然ながら一時間目は質問タイムとなるが、ここは話の都合上面倒なので割愛させてもラおう。面倒と言っている時点で割愛と言う言葉が当てはまるのかは微妙だが。

 

そしてそれは、帰宅中に起こった。








* * * * *


 

一年前、不思議な花を見つけたあの河川敷。海は何となくそこを通って帰っていた。


ここにくれば、巧と花を見た記憶が蘇る。丁度今くらいの時期だった、巧みが死んだのは。

もう暫く、一ヶ月ほど経てば、花の命が散った五月になる。


そんな思い出に浸っていた時だった。

後ろから声をかけられた。

「海さん」


行き成り名前呼びだった。

しかし、その声には聞き覚えがある。


「――結崎さん?」


振り返れば、今日転校してきた少女、結崎杏がいた。


しかし、海と彼女の接点はない。質問もした訳でもないし、席が近いというだけで、話したことも無い。

 

じゃあ、何故彼女が自分に声をかけたか――海の疑問はそこに行く。

名前など、だれかクラスメートに聞いたのだろう。それはそれほど問題でもない。


「何かな?」

「貴女、可哀相な人だわ」


行き成り酷い言われ様だ。


「なんで?」

「貴女の周り、貴女と接点のある人物は不幸になりやすいわ。付き合いすぎると、相手が死ぬわよ」


どくりと、心臓が音を立てる。

海の頭に、類と巧が思い浮かんだ。


「どうして、そんなこと分かるの?」

「私、これでも陰陽師なの」

「なるほど。でも、それって私にはどうすることも出来ないよね」


我ながら冷めた声だ、と海は嘲笑する。

河川敷。しかし、今は二人以外の人間は居ない。いや、この河川敷を通る人間の方が目面しいのだ。


今さらだが、この河川敷の横の川は思ったより深い。なので小さい子供や子連れの親子、足の悪い病人や杖を突く老人はまず通らない。

 

じゃあ何故、この河川敷を海が通るか。それはただの気まぐれだ。

 

では話を戻そう。これは蛇足に過ぎない。


「ええ。でも、私のお祖父ちゃんなら祓えるから、今度の日曜、家に来てくれないかな?」


彼女は親切心から言っているのだろう。そして、それを拒否する理由も海には無かったので、頷いた。


「じゃあ、また明日」

「ばいばい」


彼女は来た道を戻って行く。態々この為に来てくれたのか、海は感心と同時に感謝した。

しかし、それと同時に後悔が押し寄せる。

 

彼女は知らないだろうが、今の言葉は海にとって――類と巧を殺したのはお前だ――そう言われている様だった。


「(二人は、私に関らなければ死ななかった――?)」


疑問と後悔。

ああ、どうすることも出来ない焦燥感に駆られる。


「(誰か、助けて――……)」


そう思い、振り返り家に帰ろうとした、が、


「なに、これ……」


続いているのは河川敷ではなく、一本の細道だった。








* * * * *



〈通りゃんせ 通りゃんせ〉


ぞくり、突然聞こえた声に悪寒が走る。

海の知っている歌と同じ言葉。


「(まさか、これ――)」


そして、恐る恐る声を出す。


「こ、ここはどこの 細道じゃ」

〈天神様の 細道じゃ〉

「(やっぱり、間違いない……っ)」


恐怖で足が竦むが、黙っていたらどうなるか分からない。


そもそも通りゃんせは先に進み、天神様に用件を言い、それが本当ならば帰ってくることが出来るのだ。


「ち、ちっと通して 下しゃんせ」

〈御用のないもの 通しゃせぬ〉


歌の通りに言えば、歌の通りの返事が返ってくる。

まずは、下手に行動にでないこと、そう思った。

 

だが、そんな時、海の頭に浮かんだのは先ほどの杏との会話。


――相手が死ぬわよ――


「(類さんと巧さんが死んだのが、私の所為なら――)」


周りを不幸へと、関った人間を不幸へと追いやる海の憎みし体質。


「(やってみよう)」


一大決心ともいえる『あること』を考え、震えながらも声を絞り出す。


「こ、この先に、願いと対価を持って行きます」


歌詞とは違う内容。海は返事を待つ。返事は中々返ってこない。

その時間は、海には数時間も待たされているような錯角に陥った。


〈行きはよいよい 帰りはこわい〉


歌の通りの返事が返ってきた。それに海は安堵する。


〈こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ〉


歌詞が最後まで続いた。これで残るは細道の先に行くだけ。

しかし、歌詞には細道の先に何があるかは分からない。海はそれに不安を抱くも、もう後戻りは出来ない。海は恐る恐る細道を歩き始めた。


蛇足だが、返答までの時間は僅か五分だったことを、海は知らない。








* * * * *


数分か、数十分か、それとも数時間か、それを確認する術は海にはない。

ただただ細道を歩き続けるだけだった。


そして、おそらくここが終点なのだろう。

先に細道はなく、一つの祠があった。


赤い、血のように赤い祠。中は暗く、何が入ってあるのかは分からない。

周りは細道以外、真っ白な空間で覆われている。


〈何用じゃ〉


地を這うような、低い声。天神様だ。

足が竦み、体が震えるも、海は虚勢を張るように声を張り上げた。


「天神様、お願いがあります!」

〈なんじゃ、言うてみい〉


ぎゅっと手を握り締め、祠を見つめる。


「私の所為で死んだ方が二人居ます! その方を生き返らせて欲しいのです!」

〈対価は何ぞ〉

「た、対価は――」


一瞬躊躇い、海は叫ぶ様に言った。


「私の命です!!」


自分が犯した過ちならば、自分で償おう。

自分で負うべき責任ならば、自分で償おう。

自分の存在の所為ならば、自分で償おう。

 

これで駄目なら、海はもう帰ることは出来ない。

親にも、友達にも、もう二度と会えなくなる。


そんな重要なことなのに、あろうことか、天神様は反応を示さない。示してくれない。


「(どうなんだろう……)」


徐々に不安が募ってゆく。


日曜日に杏と約束した。

でも、それより、自分を対価に二人が蘇るのなら――


〈ならぬ〉

「――っ」


出てきたのは、海の意見を否定する言葉だった。


〈対価が少なすぎるぞ娘〉


人二人の命と、人一人の命では、釣り合わない。


当然のことだが、海は――自分の命の重さを量り間違えた。

類の命の重さを量り間違えた。

巧の命の重さを量り間違えた。

 

人の命は、そんなにも軽くはなかった。


〈罰じゃ、貴様の中身を貰う〉


一瞬にして、視界が真っ暗になる。宛ら闇の中に居るような――そんなにも暗い、暗黒。


そして、はたり。


軽い音を立てて身体が倒れた。


〈それは輪廻を破壊させる願いなり〉


手が上がらない。


〈それは真理を崩壊させる願いなり〉


足も動かない。


〈それは運命を捻じ曲げる願いなり〉


何も考えられなくなった。


〈五臓六腑、骨、血管、眼球、脳、血液、体液、諸々全てもろうた。

さらばじゃ、空の少女よ〉


ぶつり。


海の意識が途切れた。


同時刻、河川敷にて皮膚と髪だけ残った死体が発見された。

それは、まず間違いなく、海の死体だった。


「海! 海!」


学生証から身元は確認されている。


人だかりが出来、死体に縋り付いているのは海の母親だ。傍に、父親とも思われる男が立って泣いている。

 

その死体の人だかりの中に――杏の姿があった。

彼女は人知れず目を細め、微笑む。


「私が陰陽師なんて嘘に決まってるじゃない。

私は、天神様の使いよ。今回の標的は、不思議な体質を持った貴女。

貴女、可哀相な人だわ」


皮肉の様に、始めて会ったときと同じ言葉を残し、彼女はその場を去った。








* * * * *


 

それから約一時間後。


「天神様、どうでしたか? あの娘は」


煌びやかな赤い下地に鞠の模様の描かれた着物を着た杏の姿が、あの祠の前にあった。


「愚かな娘よ」


ぶわり、と、祠から漆黒の、闇の様な煙が出て、人の形を作る。

 

人型は、軽く腕を振る。

すると、どこぞの大企業の社長が座るような豪華な椅子が現れた。


「しかしあの娘の肉は、上手かったぞ」


煙が晴れ、人型が姿を現した。

 

一番最初に目につくのは、その白い長い髪だろうか。

それとも、長い白い髭だろうか。

それとも、髪や髭と正反対の色、漆黒の着流しだろうか。

 

おおよそ、八十、九十代に見える御爺さんの姿。


どこの仙人だと言いたくなるような渦の巻いた杖を持ち、それを杏に向ける。


「また、上手い肉を捜してきてくれよ」

「勿論です、天神様」


そう言い杏は、通りゃんせを歌いながら細道を逆に歩く。

その通りゃんでの歌声は、海を案内した歌と、同じ声色だった。

 

これは、誰も知らない異界でのお話。

 

現実では、海の葬儀が終わりを告げ、神が泣くかのように、雨を降らせた。

 

警察も、海の事件に関する捜査はすでに不可能犯罪と片付けられた。

不可能犯罪にして不可思議な事件。

よって事件は、迷宮入りの事件になります。








* * * * *

通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道じゃ

天神様の 細道じゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに 参ります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ



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