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いろは歌四章・あさきゆめみし ゑひもせす

二人が成仏し、あの世に逝ったことを悟った海は、その日の夜は疲れから死んだように眠りについた。

 

あれから二ヶ月経った冬、十二月。


学校は冬休み前。しかしそんなことは話には関係ない。では、海の事を話そう。


海はあの非日常から日常に戻った。

しかし、二人が居ないこともまた、海にとっては非日常に値する。しかしそれにも慣れ、今では普通に日常を過ごす。


そんなある日、海は夢を見た。

夢、夢とは、睡眠中に持つ幻覚のことである。海は、それを見た。

 

真っ白な空間に、海はいた。

上下左右、真っ白。地面があるのか、自分は立っているのか、宙に浮いているのかすら分からない空間。


そして、その空間で二人の人影を見つけ、海は駆け寄った。


「類さん! 巧さん!」

〈久しぶりだな、海〉

〈元気そうで安心した。会えて嬉しいよ〉

「はい、私も二人に会えて嬉しいです」


人影の一つは類。もう一つは巧だった。


何故成仏したはずの二人が居るのか。それは夢だからだ。


勿論海も、それを理解している。


「二人が居るってことは、これ、夢ですよね」

〈頬を引っ張ってみる?〉

「いえ、やめときます」


痛いから嫌だ。海は巧の提案をすっぱりと切った。


夢で痛覚があるかは不明だが、本人の脳が痛いと認識すれば、多分夢でも痛覚が存在し、痛みを感じるのだろう。

 

そして、海は言葉を続ける。


「夢でも現実でも、二人に会えたならそれでいいです」

〈本当に私達のことを慕ってくれているんだな、海は〉

「はい!」


類の言葉に元気よく返事を返せば、巧が海の頭を撫でる。海はそれを嬉しそうに受け入れ、笑う。そしてそれを、類は微笑ましそうに見守る。


〈じゃあ、海ちゃんの夢が覚めるまで、雑談でもしようか〉

〈学校のことを聞かせてくれるか?〉

「もちろんです」


拒否する理由がまず無い。


そして海は、二人に様々なことを話す。


時間割が変わったこと、今、二人の代わりに授業をしてくれるのが女の先生で、高校の教師であること、もうすぐ期末テストが返ってくること、冬休みは友達と遊ぶ約束をしていること。

 

類が学校のことを聞かせてくれと言ったが、後半は殆ど海の話だった。

しかし、二人がそれに文句があるかと言えばそうでもなく、二人にとって可愛い生徒、大学の生徒より可愛がっていた海の話を気に入らない理由もまた、二人にはないのだ。


〈ああ、そろそろ朝だね〉


ポツリと巧が声を漏らした。


「分かるんですか?」

〈私たちにはな〉


類の言葉がまるで皮切りだったかのように、二人の姿が霞んでいく。


真っ白な空間に溶け込むように消えていく二人に海は泣きそうな顔をする。

しかし、それに二人は微笑む。


〈目が覚めるんだ、大丈夫、またすぐ会えるよ。きっと〉

〈お前は、立ち止まるな、歩き続けるんだ。いいな〉

「――はい、分かりました。じゃあ、また、類さん、巧さん、ずっと慕っています」


海は、あの日と同じ返事を返す。それに満足そうに、二人は微笑み真っ白の空間に溶け込む。


海は最初から海以外居なかったような錯覚を起し――目を覚ました。

 

ピピピピピッと鳴る目覚まし時計。時間は朝の六時半。

海はベッドから降り、昔三人で撮った、額に入れた写真の前に立つ。


「おはようございます、類さん、巧さん」


いつも一番最初に挨拶を贈るのは、この二人。


「私、迷いません、泣きません、立ち止まりません、向き合います、歩き続けます、進み続けます。

――だから」


そこで一旦言葉を止め、息を呑み、


「だから、見守っていて下さいね」


泣きそうな顔で笑うのだった。

 


夢幻に陥るな、現実を見よ。



浅き夢見じ 酔ひもせず








* * * * *



いろは歌とは、音の異なる仮名を四十七文字の歌から成る手習歌の一つである。


色は匂えど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ねらむ

有為の奥山 今日越えて

浅き夢見じ 酔ひもせず


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