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いろは歌二章・わかよたれそ つねならむ

梅雨の始まり、六月。制服も夏服に変わる。


そして、それは驚きから始まった。


「どうしたんですか、類さん! 大丈夫ですか?」


類が学校に来た。だが――


「どうかしたのかとは、どういうことだ? 私はいつもと変わらない」


確かに口調はいつものそれだった。しかし――容姿が変わった。いや、容姿が変わったと表現するのも可笑しいかもしれない。黒い髪は黒いままだが、少し伸びた。ただ単に切っていないだけだろう。黒い目も、変わらない。じゃあ何が変わったか? それは――体格だ。


元々、長身痩躯の類だったが、今や骨と皮だけのような痩せ細った体。頬は痩け、目の下には濃い隈。そして、纏う空気も疲れているような――それだった。


「海、私は疲れている。また今度な」


今度とは、いつですか。


思わず海は言いかけた。しかしそれを呑み込み、「はい」とだけ返事をする。


「(類さん、何日寝てないんだろう)」


それほど酷い隈だった。








* * * * *



なあ巧、お前は今、どこにいる?

私はここだ。


早く、来てくれないか?

講義の手伝いをやってほしいんだ。


お前を捜して二ヶ月ほど。

私は寝ずに、捜しているんだ。

お前も姿を現してくれよ。


そういえば今日な、海に会ったんだ。

私やお前に懐いていた、あの海だ。

 

そういえば、海は可笑しなことを言っていたな。

私に『どうした』『大丈夫か』など、まるで私が変わってしまったようじゃないか。

 

私は前と変わっていない。

 

なあ、そうだよな、巧。

 

お前に会うには、どうしたらいい?

お前と同じところに行けばいいのか?

 

なあ、巧。


「――返事を、してくれよ」








* * * * *



某日某所、もうすぐ夏休みに入ろうとしていた夏、七月の金曜日。

 

あれから類は、一週間に一度、来るか来ないか、それくらいにしか高校にも、大学にも顔を出さなかった。勿論、時間割も変更された。


そして、類が来なくなって三週間。今までに無い、長い期間だった。


「類さん、来ないですね」

〈そうだね。もう三週間になる〉


誰もいない、教室。二年三組。海のクラスだ。そこに夕日の光が射し込む。

縦六席、横六席、合計三十六席が均一な間隔で置かれた机と椅子。前後には黒板。普段使うのは前の黒板であり、後ろには生徒の落書きが書いてある。


そこに、海と巧はいた。


巧は海が開けた窓枠に生きていた時と同じように手を突きながら凭れかかる。

なので、海は必然的に巧の方を向く、が、夕日の光が眩しく、目の上に手を翳し眉間に皺を寄せ睨むような形になってしまった。


〈明日は休みだし、類の家に行ってみるかい?〉

「家、知ってるんですか?」

〈もちろん!〉


えっへん、と効果音がつきそうなくらい胸を張る巧に、海は苦笑する。


「じゃあ、行ってみましょうか。

さすがに三週間となると、心配ですし」

〈じゃあ決まりだね〉


巧は嬉しそうに笑った。それにつられ、海も笑った。


しばらく雑談を交わしていれば、担任が、下校時刻をとっくに過ぎているから帰りなさい、と言ったので、海は慌てて近くの机に置いておいた鞄を引っ手繰る様に掴み、担任に別れの挨拶を言うと廊下を走る。そしてそれに巧もついてくる。後ろで「廊下は走るなよー」と適当そうに言う担任に思わず笑ってしまった。

そして二人は帰路につく――といっても巧は幽霊だが。








* * * * *



翌日の土曜日、二人はとある一軒家の前にいた。


「ここが、類さんの家ですか?」

〈そうだよ。類は一人暮らしなんだ〉

「え、じゃあ、開いてますかね、家の鍵」

〈大丈夫だと思うよ〉

「じゃ、じゃあ、失礼します」


ガチャっと扉は開いた。鍵は掛かっていなかったようだ。

しかし、戸を開けた途端に鼻につく異臭。


「酷い臭い……」

〈そうなの? 掃除や食事、殆どしてなさそうだしね、今の類〉


さすがに巧は幽霊――嗅覚はないようだ。

いや、それ以前に五感があるかどうかも不明だ。


〈入っていけるかい?〉

「な、何とか大丈夫そうです」


鼻を摘み、目を凝らす。

玄関から部屋にかけての廊下のあちこちにゴミが散乱している。おそらくこれらが異臭の原因だろう。


「類さん! 海です! 居ますかー?」


…………。


返事はなかった。








* * * * *



二人は二階に上がる。


〈この階段の先にある廊下の突き当りを右に曲がったところにあるのが類の部屋だよ〉

「わかりました」


リビング、キッチン、ダイニング、トイレ、風呂場、一階の、ありとあらゆる部屋を回ったが、類は居なかった。

なので、二人は今、二階を目指しているのだ。


「こ、この部屋ですか?」

〈そうだよ〉


巧に案内された部屋のドアを二度ノックした。


…………。


返事はない。


ここに居るのか? そう思いながら部屋のドアを開ける。


その瞬間、部屋から異臭が放たれた。海は思わず口と鼻を押さえる。吐き気を催したが、それを無理やり押さえ込む。


中に、人影はあった。そう、あくまで人影。人の影。

足が地面についていない、人影――類の、首吊りの人影だった。


「類さん!!」


異臭など気にせず、顔を真っ青にさせ、海は思わず駆け寄る。巧は、類の首を吊った姿を見て、呆然としている。


しかし、海は巧の様子を心配している場合ではなかった。


女子高生である海に、成人男性の類を下ろす事は出来ない。

なので、海はすぐさま携帯を手にし、警察と救急車を呼んだ。

 

すぐに救急隊員が到着する。


類が下ろされた。その際、海と巧は類の手首にあった無数の切り傷に気付く。


「類さんも、自分を保とうとしたんですね」

〈でも、変わってしまったんだ、類さんは。

僕が、死んだから――〉


海は何も言えなかった。

 

そして、警察が到着した。


結果、死亡推定時刻、三日の午前八時前から十時の間。自殺と断定。



誰が不変でいられよう。



我が世誰ぞ 常ねらむ

 


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