しりとり
某日某所――というか四月の金曜日、格好は赤とグレーと白のチェックのプリーツスカートに、上は紺色のブレザーで、下にベージュのカーディガンに白いカッターシャツ制服を着た栗色の髪、髪は長く背中辺りまで伸びている少女が聞いた。
「尋ねます。類さんはしりとりは得意ですか?」
可愛らしい声色だが、顔は無表情である、が、部屋が研究室のような部屋である為、然したる違和感はない。
いや、そもそも高校生である少女が大学にあるこの部屋に居ることに問題があるのかもしれない、が、そこはご愛嬌をいう事で納得してもらいたいものである。
類と呼ばれた、白衣に、その下はカッターシャツに紺色の下地に黒で斜めに均一に線を引かれたネクタイ、ジーパンを着た長身痩躯の、男にしては長めの黒い髪をした男が答えた。
「尋ねの答えを返そう。得意でも、不得意でもない」
いくらか疲れたような声だった。
多分納得したのだろう少女は、その答えに「ふむ」と頷いて言葉を続ける。
「類さん。しりとりしましょう」
「海、私は疲れている」
類――それが男の名で、海――それが少女の名だった。
「確か、巧が得意だったはずだ。そういう遊びは」
「初耳です。それは初耳でした」
多分驚いたのだろう「巧さん、そういう遊び得意だったんですか」と海は続ける。
「類さん、では巧さんも呼んでしましょう」
「海、何故そういう答えになった」
溜息をついた類だった。
「巧と遊んでおけ。私は教授、色々忙しいんだ、海」
* * * * *
道幅およそ1メートルといった狭い道、そこで海は巧を見つける。
類に巧の居場所を効いていた海だった。
確かにそこに巧はいた。
単純な格好、青い無地のTシャツに黒を基本とし白で髑髏と英語の描かれたフード付きのパーカーにカーキー色のカーゴパンツ。金色の髪をした青年――巧は海に気付く。
くるりと体を半回転させ、「あれ、海ちゃん?」と、些か驚いた風にたくみは声を漏らした。
「巧さん、巧さん、しりとりしましょう」
海は会って早々行き成り言うが、巧は軽く海の遊びを断る。
類がその場に居たのならば、巧にしては珍しい、とでも言っただろう。
「海ちゃん、また今度でね」
猫が目の前を通る。
類と同じ、黒い毛の黒猫だった。
巧の表情が少し険しくなった。
「巧さん、どうかしましたか?」
「かなりの高確率で、不吉なことが起きそうな気がする」
「類さんじゃあるまいし、巧さんが確率という言葉を使うのは似合いませんね」
猫はすでにいなかった。
巧は不安に駆られ、海の嫌味も気にせず海の手を引き人通りの多い場所に出て、信号が赤だったので足を止めた。
「巧さん、顔色悪いですよ?」
「よく見なよ、いつもと同じだよ」
「様子も可笑しいですし」
しかし巧は海の言葉に耳をかさず、左にいる海の手を引いて(なので海は斜め後ろにいることになる)青になった信号を渡ろうとしたところで、海のいる逆側、つまり右側から衝撃を受けた。
ただし、その衝撃は人一人の命を吹き飛ばすには十分すぎた。
巧は咄嗟に海を突き飛ばした。
「巧さん!!」
* * * * *
皆様、お気づきになりましたでしょうか。
先ほどの文章が、しりとりになっていることに。
気付かれた方、そうでなかった方、まあそれかどうでもよいお話です。
天才――雪宮 類――教授(二十六歳)。
秀才――時原 巧――助手(二十五歳)。
凡才――桜野 海――生徒(十六歳)。
これは、教授の類と、生徒の海と、助手の巧の物語。
しりとりは、海の敗北。類の不戦敗。巧の勝利。
最後に『ん』を言ったので海の敗北。
途中放棄したので類の不戦敗。
勝利したので巧の勝利。
しかし、勝者、巧――死亡。
よって、このしりとり、勝者、敗者、共に無しの、無効勝負になります。
しりとり、しりとり、尻取り。
語尾を次の人物が頭字にして言う遊び。
しりとり、しりとり、死離取。
死から離れることを取る、遊び――。
しりとり、しりとり、死理取。
死の理を取る、遊び――。
勝者=敗者。
敗者=勝者なり。
死から離れることに成功――海。
死から離れることに成功――類。
死から離れることに失敗――巧。
死の理を護ることに成功――海。
死の理を護ることに成功――類。
死の理を護ることに失敗――巧。