僕の想いと君の思い
今年の正月に書き上げ、鍛錬投稿室というサイトに載せたものです。
初めて本格的に複線というものに挑戦いたしました。
複線についてきちんと回収されているか、またオチについてどのあたりで気づいたか、感想などいただけたらありがたいです。
もちろん、他の意見も大歓迎です。
宜しくお願いします。
君がどう思おうと、僕は君の事をこんなにも狂おしい程愛している。君へのこの想いは、永遠に変わりはしない。
君と迎える聖なる夜に、僕は君への変わらぬ愛を誓う。君の愛を取り戻す為に──
僕は勇気を振り絞って君に言うんだ。
「僕と一緒に死んでくれ」
と──
「来週のクリスマスは一緒に名寄に行かないか?」
粉雪が舞い降る外の景色から、視線を美砂に移して僕は目の前にあるコーヒーカップを手に取った。店内ではクリスマスソングのオルゴールバージョンが流れている。
「えっ?」
久し振りにあった美砂は、美しい表情のまま一瞬顔を曇らせた。
「名寄って、あの北海道の?」
美砂の視線が一瞬僕から逸れた。
やはり迷っている。
いいんだよ。僕にはわかっている。
今、君が何を考えているかも僕にはわかるよ。
君はあいつの事を考えているんだ。
あいつと過ごすはずのクリスマスの事を考えているんだろう?
「どうして、名寄なの?」
「美砂にどうしても見せたい風景が名寄にあるんだ」
「風景って、まさかそれを見るためだけにわざわざ名寄まで行くの?」
美砂の表情がどんどん険しいものへと変わってゆく。
駄目だよ。そんな怖い顔をしたら──
せっかくの美しい顔が台無しじゃないか。
でも、大丈夫だよ。僕はそんな事で君を嫌いになったりしない。
だって、僕は君のその怒った顔が一番好きなんだから──
「見せたい風景って何よ?」
美砂が僕を睨んだ。
「美砂はサンピラー現象って見たことあるかい?」
「サンピラー現象?」
「うん。太陽が空気中のダイヤモンドダストに反射して 柱状に輝いて見える凄く幻想的な自然現象なんだ。ただ 氷点下二十度以下の場所じゃないと見れなくて、名寄はそのサンピラー現象がとても美しく見える場所なんだ」
「ふーん」
美砂があまり興味なさそうに返事をした。
わかっているよ、美砂。
君が嘘をついているのも、この場をどうやって誤魔化そうとしているかも、すべてわかっているんだよ。美砂──
「雪が積もった木々の間からまっすぐに天へと立ち貫く光の柱と、その太陽の光に反射して キラキラ輝くダイヤモンドダストは、大自然が作り上げた幻想的なクリスマスツリーだよ」
「私は名寄なんて行きたくないわ」
思ったとおりの答えだね。
「なぜ?」
と僕は美砂に尋ねた。
「ともかく行きたくないわ」
美砂がプイっと横を向いて立ち上がった。
ああ……
そのふてくされた表情が堪らないよ、美砂。
そんな表情をされたら、今すぐ殺したくなってしまうじゃないか──
でも、今は我慢するよ。
だって、サンタクロースのプレゼントは二十五日の朝って決まってるものね。
美砂、今年は君に最高のプレゼントを贈るよ。
歩き始めた美砂が立ち止まってゆっくりと振り返った。
「あなた、いい加減その喋り方止めた方がいいわよ」
そう言うと、美砂は僕の前から足早に歩き出した。
その様子を見ていた僕も慌てて立ち上がって、美砂を追いかける。
「ちょっと待って、美砂」
カランカランとドアに付いている鈴を鳴らして美砂が外に出た。
僕は急いで財布から千円札を取り出してレジで待っている店員に手渡した。
「釣りはいらない!」
それだけを言って僕も外へ出た。
「美砂!」
美砂が迷惑そうな表情で振り向いた。
「ごめん、僕が悪かったよ」
僕のせわしなく吐く白い息が、降り続く雪に混ざった。
「ごめん、美砂。あまりにも突然すぎて君もびっくりしたんだろう。でも、これで終わりにするから」
美砂の表情が変わった。
「本当に終わりにするよ。君が僕と一緒に名寄に行ってくれたら、きっぱりと君とは別れる。君につきまとうような事はもう二度としないよ」
「本当?」
「ああ、約束する」
「わかったわ」
「良かった。君との最後のクリスマスだから絶対に想い出深いものにしたかったんだ。ありがとう」
美砂が小さく溜息を吐いた。
「じゃあ、待ち合わせは二十三日の朝八時半。仙台空港のロビーで」
美砂が一瞬うんざりしたような表情を浮かべた。
その表情を見つめ、背筋がぞくりとした。
ああ……美砂。
君はなんでそんなに美しいんだ。
「目印はクリスマスツリーだよ」
「わかったわ」
再び美砂が歩き始めた。
僕は去って行く美砂の後ろ姿を見つめながら微笑んでいた。
「パーティーの準備をしなくちゃ……」
僕は上着のポケットから携帯電話を取り出した。
アドレスのボタンを押して、あいつの電話番号を探す。
僕は呼び出し音を聞きながら、どうしようもない嫌悪感を感じていた。
『はい、坂本』
少し低めの声が聞こえた。
「お久しぶりです。木村です」
電話の向こうからあーという声が聞こえた。
「実は美砂の事で、御相談したい事があるのですが……」
『なんでしょうか?』
「それは直接会ってからお話し致します」
『わかりました。それでいつ?』
「今からでも大丈夫ですか?」
『構いませんよ』
「ありがとうございます。では、二時に駅前のらんどーるという喫茶店でお待ちしております」
『わかりました、らんどーるですね』
「それから坂本さん。出来ればこの事は美砂には内緒でお願いしたいのですが……」
一瞬の沈黙があったが、すぐに答えが返ってきた。
『わかりました』
「では、二時に」
そう言って、僕は電話を切った。
笑いが込み上げてきた。どうしようもなくおかしかった。
そして、僕はついに堪えきれず声を出して笑っていた。
どうして楽しい事をしている時は、こんなにも時間が経つのが早いのだろう?
こんなにワクワクしたのは何年ぶりだろう?
もう少しだからね、美砂。
もうちょっとでパーティーの準備は終わるよ。
君の驚いた顔が目に浮かぶよ。
あとはこの肉を切って、飾り付けをしたら終わりだからね。
楽しみだよ、美砂。
さすがにイヴの前日の祝日だけあって、空港ロビーは溢れんばかりの人でごった返していた。
僕はロビー中央の巨大なクリスマスツリーの前で美砂を待っていた。
来た!
前方のガラス張りの自動ドアを開けて、美砂がゆっくりと優雅にこちらに向かって歩いて来る。
美しいなぁー、美砂。
美砂は僕を見ても、ニコリともせず静かに目の前に立った。
「鞄、持とうか?」
「大丈夫、行きましょう」
美砂が受付カウンターに向かって歩き出した。
そして、僕達は搭乗手続きを済ませ北海道へと旅立ったのであった。
仙台空港を九時五分に飛び立ち、一時間二十分程して新千歳空港へと降り立った。そのまま、今度は別の飛行機に乗り換え、旭川空港へと行き、バスに乗って旭川駅へ。 旭川駅から電車に揺られる事約二時間。僕達が雪深い名寄駅に到着したのは夕方の四時近くだった。
「やっと、着いたわね」
大きな溜息と共に美砂が白い息に言葉を乗せた。
「まったく、何なのよ。この寒さ」
一面雪に覆われた駅を後にして、僕達はタクシーに乗り込みまっすぐホテルへと向かった。
飛行機での移動中はほとんど無言だった美砂も、この寒さにイライラするのか、終始僕に文句ばかり言っていた。
ああ、こうやって君に文句を言われるのも本当に久し振りだ。昔はすぐに喧嘩ばかりしていたけれど、今はもう大丈夫だよ。
だって、こんな風に君から文句を言われるのももう最後なんだもの。全部受け止めるんだ。君のこのわがままも。
僕にとっては掛け替えのない宝物なんだ。
その日はホテル内で早めの夕食を済ませ、僕達はそれぞれの部屋へと引き上げた。
いよいよ明日は楽しいクリスマスパーティーだよ。
その日は荒れた天気のまま朝を迎えた。
外は猛吹雪でとてもサンピラー現象どころではなかった。
しかし、美砂は逆にわざわざ寒い思いをしてそんな現象を見なくてもよくなったととても喜んでいた。ホテルの地下のレストランで朝食を終えたばかりの僕達は、結局今日の予定も決まらないままそれぞれの部屋へと戻った。
ホテルの仲居の話では、この天気は明日まで続きとてもサンピラー現象は見られないだろうと言う事だった。
しかし、本来サンピラー現象云々は美砂をここへ連れて来るための口実とある事の確認にしか過ぎなかった。
だから、ここまでくれば実際サンピラー現象が見れようと見れまいと僕には関係がない事だった。
後はパーティー会場へどうやって美砂を連れ出すか。
問題はそれだけだ。
そう。美砂と僕の楽しいクリスマスパーティーの為の、あのすばらしい会場へ。
雪に覆われたこの田舎町は、派手もの好きな美砂にとってはとても居心地が悪い様であった。
昼近くになると、もうサンピラー現象などどうでも良いから今すぐにでも帰りたいと言い出した。
僕の部屋の窓から外の景色を見つめている美砂は、とてもイライラしているようであった。
「わかったよ、美砂。でも帰る前にどうしても行かなくてはならない場所がある」
「もう、いい加減にしてよ! 貴方の戯れ言に付き合ってこんな所まで付き合ってあげたんだから、もう充分でしょ」
「君への最後のクリスマスプレゼントがそこに置いてあるんだ」
「いらないわよ。貴方からのプレゼントなんて!」
僕は怒っている美砂の顔をまじまじと見つめ返した。
「頼むよ、美砂。君に喜んで貰おうとおもって一週間前から準備したんだ」
美砂も僕も見つめ一瞬考え込む。
「わかったわ。でも、そこへ行ってプレゼントを貰ったらすぐに帰るからね」
「ありがとう、美砂」
僕は部屋の隅に置いてあった紙袋の中から、昨日買ってきたばかりのスキーウェアーを手渡した。
「外は寒いからこれを着て。嫌だろうけど、長靴も買ってあるんだ」
「ずいぶんと準備がいいじゃない?」
「だって美砂が風邪でも引いたら大変じゃないか」
美砂は受け取ったスキーウェアーに着替え始めた。
「とても良く似合うよ」
「ウェアーは良いけど、この長靴がダサいわね」
「しょうがないよ。雪が積もっている所を歩かなくちゃならないんだから」
僕も用意してあったスキーウェアーに着替えた。
「じゃあ、行こうか」
そして、僕達はホテルを出たのであった。
いよいよパーティーの始まりだった。
「歩いて行くの?」
スキーウェアーを着ていても寒そうに肩をすぼめて美砂が呟いた。
「大丈夫。そんなに遠い所じゃないから。歩いても十分くらいだよ」
風は治まっていたが、相変わらず雪は降り続いていた。
サクッ、サクッと雪を踏め締める音だけが聞こえている。
「この自然公園は夏場はキャンプ場として賑わうらしいよ」
美砂は僕の話などどうでもいいようにただ黙って僕の後ろを歩き続けている。
「夏になるとこの上の丘にひまわりが咲くんだろう?」
僕が美砂に尋ねた。
「えっ?」
美砂が不思議そうな顔をして立ち止まった。
「だって君は、ここに来るのは初めてじゃないだろう?」
僕はゆっくりと美砂の方に振り向いた。
「何を言っているの、貴方は?」
「駄目だよ、美砂。嘘をついても僕には分かるんだ」
美砂が困っている顔をした。その顔を見ているだけで思わず笑みが溢れてしまう。
「僕が一週間前に君に名寄へ行こうと誘った時、君は北海道のと、僕に確認した。普通であれば、北海道のこんな外れの田舎町を知っている訳がない。『どこよ、それ?』いつもの君ならこう言うはずだ」
美砂が怖い目つきで僕を睨んでいる。
その表情。とても素敵だよ、美砂。
「君が名寄を知っているのはあいつが、いや、坂本さんが名寄出身だからだろう?」
「知っていたの、真弓?」
「ごめんよ、美砂。二ヶ月前に偶然君の携帯に入ったメールを見てしまった」
パン!
と、美砂の右手が僕の頬を叩いた。
「信じられない。勝手に人の携帯のメールを見るなんて!」
「僕こそ信じられなかったよ。一年前に偶然あの海岸で知り合った坂本さんと君が、まさか内緒で付き合っていたなんて!」
「当たり前じゃない。どう考えたって女同士の私達の関係は異常よ!」
「どうして? 僕はこんなにも君を愛しているのに!」
「やめてよ。気持ち悪い」
美砂が侮蔑の眼差しを僕に向けた。
ああ、美砂。
君はそんなにも僕の事が嫌いなのか――。
でも、それはあいつのせいなんだろう?
あいつが、君の事をそそのかしたらから──
そうだよ。すべてあいつが悪いんだ。
僕は大きく深呼吸をして、芽生えた殺意を押し殺した。
まだ、駄目だ。
そう、今はまだ――
「さあ、美砂。もうちょっとだよ」
そう言って僕はまた歩き出した。
美砂は迷っているようで、まだ歩き出す足音は聞こえてこなかった。
大丈夫。必ず着いてくる。
サクッ。
僕は振り向いて確認した。
「大丈夫かい? 美砂」
美砂は無言のまま僕を見ようともしなかった。途中何回か立ち止まり声を掛けたがやはり返事はなかった。
僕達が目指しているのは星想いの丘と呼ばれている小さな丘だった。夏場はたいそう星がきれいに見えるらしい。
そこで、星を見ながら愛の告白をすると、永遠にそのカップルは別れる事なく幸せになれるという、定番の伝説などがあった。
そして、その丘の中央に巨大なモミの木が植えられており、そこが僕達のパーティー会場である。しかし、その丘まで行くには雪で閉ざされた小道を上っていかなくてはならず、雪が積もり始めると、その丘は完全に下界とは切り離された存在となってしまうのである。
「ほら、あの大きなモミの木が目印だよ。枝に雪が積もっていてクリスマスツリーみたいだろう」
僕はうれしくて思わずはしゃぎながら指をさした。
その大きなモミの木の数メートル前に、こんもりと雪が盛ってある。僕が一週間前に盛った物ものだ。そして、僕が用意しておいたクリスマスツリーと雪かき用のスコップがほとんど雪に埋もれていた。
「本当はここからサンピラー現象を君に見せたかったんだけど、君は坂本さんと一度ここで見ているんだろう?」
美砂が驚きの表情を浮かべた。
たのしいなぁー、美砂。
「どうして?」
いいよ、美砂。その表情、最高だよ!
「坂本さんが言ってたから……」
僕は倒れかかっている雪かき用のスコップを手に取ると、その盛られている雪の一角をサクッと掘り始めた。
「あったの? 坂本さんと」
「あったよ、一週間前に……あっ、あった」
僕はそこに埋めておいた美砂へのプレゼントを拾い上げた。それは、三十センチ四方の発泡スチロールの箱だった。
「君へのプレゼントだ」
美砂が黙ったままそれを受け取り、ゆっくりとふたを開いた。
「キャー」
美砂が悲鳴を上げた。
なんて、素敵な悲鳴なんだ。
堪らないよ、美砂――
箱が雪の上へと転げ落ちて中から二つの肉片が出てきた。
それは、切断された両手首だった。
右手には携帯電話が握られていた。
美砂が恐る恐るそれに視線を落とす。
「何、これ?」
美砂の唇が小刻みに震えていた。
ああ……可愛い唇。食べてしまいたいくらいだ。
「この手が、何度も君の身体に触れたと想うとどうしても我慢ができなくてね……」
美砂が顔を引きつらせながら僕を睨んだ。
「まさか?」
「見覚えがあるだろう、その携帯?」
美砂が激しく首を振った。
「気ちがい! 人殺し!」
僕はポケットに右手を突っ込んで美砂に一歩近づいた。
「嫌、来ないで!」
美砂が泣きながら後ずさりした。僕はポケットから右手を取りだして、握っている折りたたみナイフの刃を出した。
「愛してるんだよ、美砂」
美砂が尻餅を付いた。
「いや。いや……いやぁー」
また一歩美砂に近づく。
「僕と一緒に死んでくれるよね?」
美砂が痙攣するように激しく首を振った。
「そうだ。あいつね。そのクリスマスツリーの下にいるんだよ」
「お願い……殺さないで……」
僕はゆっくりと一度だけ首を振った。
そして、思い切り美砂に抱きつき自分の唇を美砂の唇に重ねた。
右手のナイフをそのまま美砂の首に刺した。
綺麗な噴水が上がり、見る見るうちに僕達の回りを深紅に染め上げてゆく。
「がっ」
美砂が一度だけ短く咳をして、僕の口の中に血を流し込んだ。
僕は生暖かいそれをゆっくりと口の中で味わい飲み込んだ。
おいしい……
涙が零れた。次から次へと涙が溢れ止まらなかった。
美砂が僕の腕の中で崩れ落ち激しく全身を痙攣させた。
「ははっ……」
僕の口から笑い声が漏れた。
涙を流しながら僕は笑っていた。
「じんぐる……べる……じんぐる……べる……すずが……な……る……」
もう声が出ないよ……美……砂─
頭も……重くて……ねむいよ……
もうちょっとで僕も……君の……ところに……
いけるよ……
そしたら……君は……いって……くれるかな?
めり……くりすます……って……
了
もし、この話を読んで不愉快になられたら、謹んでお詫び申し上げます。