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女勇者セレス――迷走する世界の中で  作者: 松宮星
過ぎ去りし日々と未来
7/25

風花 4話

 夢を見た………



 オレは必死に山を駆け下りていた。

 下生えの草や木の根に足を取られ、何度も、何度も、転んだ。

 むちゃくちゃに枝や草をかきわけて進んで、あっちこっち切り傷だらけになっていた。

 だが、構わず、進んだ。

 見えたのだ……山から……

 山裾のオレの村からあがる黒い煙が……

 気ばかり焦るが、村は一向に近づかない。

 父さん!

 母さん!

 ヤン兄さん!

 フェイホン兄さん!

 ティエンレン兄さん!

 タオ兄さん!

 オレの声が山に響き渡る。

 けれども、山道はどこまでもどこまでも続き、果てがない。

 いつまでも村に辿りつけず、泣きながらオレは山を下り続ける……



 夢を見た……



 村は燃えていた………

 十軒の家が全て………

 赤らかな炎に包まれていたのだ。

 オレの喉がふるえる。

 何かを叫んでいるんだけど、自分でも何って言ってるんだかわからなかった。

 必死に叫んで見回した。

 誰か………誰かいないのか?

 父さん、母さん、兄さん、テジュン、レン、チュンランさん、リーさん、ウォンさん………

 誰か………

 その時、オレの視界に人の姿が映った。

 生きている!

 顔は見えない。だが、オレの村の仲間だ。燃え盛る炎の側からその人が駆けて来る。

 オレも泣きながら、その人へと走り、手を伸ばした。

 手と手が触れ合おうとした時……

 その人は地面に倒れた。

 そして、二度と動かなかった。

 半ば炭化した遺体となって………



 夢を見た……



 燃えている……

 オレの家が……

 家の周りを大魔王教徒が囲んでいる。

 刃物を持った男達が、父さんや兄さん、村のみんなを切り刻む。

 サリエル様に捧げる材料にするのだと言って。

 やめろと叫んだが、オレの声は届かない。

 走っても一向に前に進まない。

 父さん達が血まみれになっていくのに、オレは何もできない。

『まだ生き残りがいやがったのか』

 背後からの声………

 背に激痛が走り………

 血が舞い上がった。

 オレは地面に倒れた。

 這って逃げようとすると………

 何度も何度も………

 刃が振り下ろされてきた………

 見たこともない………知らない男達が………笑いながらオレに剣を振り下ろす……

 オレを切り刻んでゆく……



 悪夢から目覚めると、いつもひどい汗をかいていた。

 村に戻ると決めた日から、悪夢の回数は増えていた。

 三日三晩続けて、あの日の夢を見る事すらあった。



 もう二度とオレは……

 後悔したくない。

 二度と村を……

 オレと共に生きる者を失うものか……



 村長としてオレが、皆を守るのだ……

 絶対に……




 ペリシャのシャダム様の墓前で、バンキグでの事をご報告した。

 ゲラスゴーラグン様の霊はオレの記憶を読み、涙を流してお喜びになった。

 ユーリア様が魔に堕したのは仲間を守る為であり、シャダム様が生涯ユーリア様を非難し続けたのはユーリア様に心を操られていた為と知って、ゲラスゴーラグン様は心の憂いを無くして喜びの野へと旅立たれていった。

 バンキグではルゴラゾグス国王がユーリア様の名誉を回復してくださったし、インディラ寺院もユーリア様の真実を広めてくださっている。シャダム様とユーリア様の間に恋愛感情が芽生えていた事は秘めてだけれども。

 オレはシャダム様に感謝の気持ちをお伝えした。

 シャダム様とお会いした時、オレはセレス様のお心を疑い、未熟な自分など従者として側にいる必要などないと落ち込んでいた。そんなオレにシャダム様がおっしゃったのだ。


《勇者の従者よ………そなたの心には迷いがある。勇者と仲間への不信がある。だが、それは愚かしい感情だ。俺のようにはなるな。信じるのだ。戦士としての技量、魔力、知謀など、勇者の従者にとって、それほど重要ではない。共に戦う仲間を信じよ。友が闇に堕ちたように目に映ったとしても、信じ続けるのだ》


 オレはシャダム様のお言葉を支えに旅を続けた。ケルティでアジャンさんが一行を離れた時も、バンキグでジライさんが魔に憑依された時も、シャダム様のお教えがあったから信じる事ができた。信じた通りだった、アジャンさんもジライさんも闇に堕ちたりはしていなかった。

 信じ続けて良かった……本当に、そう思った。

 全てシャダム様のおかげだった。

《ゲラスゴーラグンに伝えてくれ………友を信じなかった愚か者が詫びていたと………》

 辛そうだったシャダム様の思念が心に甦る。


「ゲラスゴーラグン様は、シャダム様のことを『我が友よ』と呼んでおられましたよ、『安らかに眠れ、我が友よ』って」

 最後まで、シャダム様のお姿は現われず、思念も一度も感じられなかった。

 ゲラスゴーラグン様との和解がなり、シャダム様はこの墓所で安らかな深い眠りにつかれたのだろうか?

 それとも、大魔王と共に今世から消滅したユーリア様の為に、ユーリア様と縁のある地に旅立たれたのだろうか?

 オレはシャダム様の墓所に深々と頭を下げ、イスファンの都へと戻って行った。



 

 それから、オレはインディラに向かい、ちょっとズルい事をした。

 勇者の従者の経歴を表に出して、首都ウッダルプルのインディラ寺院のジャガナート僧正に面談を求めたのだ。三年しかないのだ、修行するのなら一流の方の所でしたい。

 ナーダ様の武闘の師であった僧正様のご紹介で、オレは山奥の道場に一年近くこもった。

 むろん、インディラ武闘は一年で学びきれるようなものではない。肉体の鍛錬と気の充実そして精気の循環を一体化した医療とも深く結びついた武術の片鱗を学び、武闘の型を覚え、技量の高い方々と組み手をし、毎日充実した日々を送った。


 それから、シャイナへの旅では名だたる武闘家の道場を訪れてはお教えを乞いと、時間をかけ非常にゆっくりと、オレは故郷へと向かい……


 残り一年となってから、オレは修行よりも、むしろ村長として生きる(すべ)を探し始めた。

 隣村を何度も訪れ、村長さんに村おこしの相談をした。(魔力でではなくお札や魔法陣で)魔族よけの結界を張れるようになろうとシャイナ教団に勉強に通ったり、独学で法律の勉強をしたり、緊急時に村の外に連絡をとる方法を模索したりもした。

 道場だけは丈夫な造りとしたかったので、大工の方を招き図面を引いてもらった。そして、夏からオレは村に道場とオレの家を建て始めた。隣村の青年団の方々が畑仕事を交替で休んで、力を貸してくださった。リーダーのチンツォさんが皆に働きかけてくださったのだ。本当にありがたかった。


 アキフサ宛に、隣村の方のご協力をえて故郷の村に家を建て始めていると近況を知らせる手紙を送ると、ニヶ月もしないうちにアキフサと何故かリューハンまでオレの村にやって来た。

 オレはびっくりした。何から聞いていいのかわからなかった。どうしてここに? なぜ二人で?


「村づくりの手伝いに来た」

 と、発音が少し変だけれども、アキフサはシャイナ語をしゃべった。

「弟子にしてくれるのは、約束の日まで待つ。でも、村は俺の村にもなる。働きたい。力仕事をまかせてほしい」

 アキフサはにっこり笑った。


「ここ二年近く、俺、たまにアキフサに拳の修行をつけに行ってたんだよ」

 と、リューハンが言う。

「フジの案内人の一族だってあんたが言ってたから、居場所は調べりゃすぐにわかったからさ。兄弟子として弟弟子を、指導してやってたわけよ」

 リューハンはジロリとオレを睨んだ。

「しかし、あんた薄情だよな。アキフサにはニ年半ちょっとで十八通も手紙を送ったくせに! 俺には何の知らせもなし! 不公平だ! 俺は一番弟子だぞ!」

 アキフサの所に稽古をつけに行ってた時に手紙がきたから良かったけどさとブツブツと恨み言を言うリューハンに、オレは笑ってしまった。

「放浪中のリューハンにどうやって手紙を送るんだよ。住所不定のくせに」



 三年よりも前に、オレには村で共に生きる仲間ができた。



 秋にはオレの家と道場が完成し、オレ達は三人で仲良く雑魚寝をして暮らした。

 


 あの日の悪夢は尚も続き、時々オレは夜中に大声をあげて二人を起こしてしまった。

 血の気がひいた顔でぶるぶる震えるオレを、毎回、リューハンやアキフサが慰めてくれた。

『俺達を守らなきゃいけないなんて、そればっか考えるなよ。俺達だって、あんたを守ってやるからさ』

『村はみんなのもの。みんなで守る。一人で背負うの、良くない』



 二人の言葉は涙が出るほど嬉しかった。でも、だからこそ一層、あの日の悲劇を繰り返さない為にはどうすればいいかオレは考え続けた。



 冬にはリューハンとアキフサの家もでき、リューハンの知人の弟子入り志願の男が五人も来て、村はどんどん賑やかになっていった。

 来る者拒まず……と、いったわけではなかったけど、リューハンの知り合いは、皆、きさくで気持ちのいい方ばかりだったので、お断りする理由もなかったのだ。 

 ただ……みんな、年上だという事だけがちょっとだけ気になった。

 髭面のわりに意外に若かったアキフサも二十を越えた。十代なのはオレだけだった……



 正直に言えば、オレにはまだ自分の拳の道が見えなかった。

 父さんから教わった拳法を基に、ナーダ様の教えとアジャンさんの助言、勇者の従者として戦い続けた経験、インディラやシャイナの格闘家の方々から学んだ事を、消化している段階だ。

 こんな未熟な奴が師を名乗るなんて恥ずかしかったが、仲間と共に高めあい、助け合い、道を探してゆく生き方もありだと思う。

 いつか『武闘家ユーシェンのように』なれる日を信じて……進んでいこうとオレは思った。




「シャオロン、あれがいい、あれに決めろ」

 前から来る女性を指差し、アキフサが大声をあげる。着ぶくれした、たいそうふくよかな女性だ。

「アレ、おすすめ。絶対、当たり。良い畑」

 女の人露骨に嫌そうな顔をして、オレ達を避けてそそくさと歩き去って行った。

「ああああ……行っちゃう。声、かけないのか、シャオロン、もったいない」

 オレは溜息をついた。

 道行く若い女性を見てはアキフサはオレに『あれがいい』『あれに決めろ』と言ってくる……

 往来で大声で言って良いことじゃないだろうに、まったく……

「おまえ、どこ見て言ってるんだよ、あんな××、いくらシャオロンががっついたガキっだって、アレじゃ無理だろ」

 リューハンが女性に対し失礼な評価をし、オレに対し下品な決めつけをする。せめて小声で言ってくれればいいのに、二人とも声が大きい。

 行きかう旅人達が、ジロジロとオレ達を見ている。

「女は尻。デカい方がいい。いっぱい子供が産める」

 少し訛りのあるシャイナ語でアキフサが言う。

「早く子供をつくれ、シャオロン。俺の夢は、おまえの血に、俺の血が交わること。『龍の爪』の使い手の血に俺の血が入れば、一族に栄光が戻る」

 三年の間に、アキフサが行き着いた結論がそれだった。『龍の爪』の持ち主と、神主さんの舞を会得したアキフサの子が結ばれる事こそ、龍の願いにかなうと信じているのだ。

 その為の準備もしていた。まだ神主さんの舞は踊れないけれども、リューハンの紹介で彼のウンナンの道場での妹弟子にあたる女性と結婚しシャイナ国籍を取得していたのだ。オレの村で暮らしやすいように。

「アキフサが世話したくなるのもわかるけどさ。英雄でシャイナ一の美少年って売りだったくせに、その年で恋人の一人もいないなんて情けない」

 リューハンがやれやれと、大きく息を吐いた。

「三年の間に準備しとけって言ったのに」

「すみませんねえ、情けない英雄で」

「色を好めよ、英雄なんだから」

 オレは歩をゆるめず、まっすぐに歩いて行った。

 村長としては、喜ぶべき事なのだろう。村に骨を埋めるつもりで、二人が家族を持っていてくれたのだから。

 リューハンも、シャングハイの医家の娘さんと結婚していた。

『夫を全然尊敬しなかったもんで、婚家から追われた女なんだ。二度目の結婚だから実家は結構な持参金というか縁切り金付けてくれたし、しかも医術の心得まであるんだぜ、俺の女房。最高だろ? 村の中に医者代わりになる女がいりゃ、心強い。我が強くて頑固で××でも、目をつむらなきゃな』

 しょっちゅう奥さんの悪口を言うけれど、夫婦仲はとても良いようで、来年にはリューハンは父親になるそうだ。

 二人はこれからシャングハイに向かう。それぞれの妻を迎えに行くためだ。

『子供が生まれるまで実家にいろって言ったんだけどさ、こっちは何もないから。けど、ほっとくと俺が馬鹿しそうで心配だから早めに来たいんだって、まいったよなあ』

 と、リューハンはのろけていた。安定期にゆったりとした行程で村への旅をすると、帰りは遅くなるとリューハンは言っていた。

 アキフサの妻も、今はリューハンの奥さんの元にいるそうだ。

『俺があいつより強くならなきゃ犯らせないって言ってる。でも、それ、十年かかる。もしかしたら、もっとかかる。だから、俺、口説いてくる。未来を買ってくれとお願いする。リューハン夫婦と旅して、俺も子作りしてくる』



 二人はオレに手を振って別れ、街道を進んで行った。オレは横道に入り、林の中を歩いて行く。

 見上げれば、空は晴れていた。が、吐く息は白い。

 オレはこれから、『弟子入り志願者』と会う。カルヴェル様の紹介なのだ。



「大地に根ざした生き方をしたいと言ってのう、わしの城で暮らすのは嫌じゃと言っておる」

 三日前のことだ、村で建築用木材を運んでいたオレの前にカルヴェル様が移動魔法で現われ、弟子をとって欲しいとおっしゃったのは。

「わしの古い知り合いの子供なんじゃが……おぬしの村に住ませてやってくれんか? 格闘は素人じゃし、シャイナ教徒でもないんじゃが」

「信教はこだわりません。オレはシャイナ教徒ですがリューハンもアキフサもインディラ教徒です。武を極める志さえあれば、どなたでも……」

「ふむ。その志は、多分無い」

「え?」


「じゃが、便利な奴なのじゃ、そやつ、移動魔法が使えるで、の」

 カルヴェル様がホホホホと笑った。

「ペリシャからエウロペまで跳んで、魔力が枯渇せなんだ強者(つわもの)じゃ。村に置いておけば、何かの時、外への連絡役を務めてもらえるぞぃ」

「………」

「移動魔法で、里の者を連れて逃げる事もできよう。何ぞあっても、里が全滅などありえぬ」

 それは、そうかもしれない。移動魔法の使い手がそばにいてくれれば、大魔王教徒の襲撃で村が滅びる事はなくなるだろう。夢のようだ。でも……

「又、ペクンで政変が起きた時におぬしが皇帝陛下のもとにすぐ馳せ参じられるという利益(メリット)もある」

「ペリシャからエウロペまで跳んだだなんて……宮廷魔法使い並じゃないですか。そんな凄い魔法の才のある子が、何でオレの村なんかに……?」

「魔法使いにはなりたくないそうじゃ。それに……」

 カルヴェル様の笑みに苦いものが混じる。

「ちょいとこみいった事情があっての、人の多い所では暮らせぬのじゃ」

 オレは肩にかついでいた木材を下ろした。片手間に耳を傾けるような話ではないと判断して。


「弟子にせずともよい。村の片隅に住む場所を与えてやってくれんか?」

「ああ、それなら構いませんよ」

 オレはカルヴェル様に笑みをみせた。

「弟子として迎えるのなら、ある程度体術ができる方でなければ困ります。でも、お預かりする分には条件はありません。カルヴェル様のご紹介の方でしたら、信用できますし」

「おお、感謝するぞ、シャオロン」


「その方のお名前は?」

「マルヤム」

「異国の方ですか?」

「うむ。ペリシャ人じゃ。ここに住む為の書類上の手続きはわしがやっておく。で、そうじゃのう、他の者にひきあわせる前に、おぬし、二人っきりでマルヤムに会うてみてはくれまいか。ちょいと複雑な子での、おぬしにも先に有る程度心構えをもってもらいたいのじゃ」

 何か……たいへんそうな相手だけれども……カルヴェル様がオレを見込んで頼まれたのだ。ご期待には応えたい。

「わかりました、いつ、どこでお会いしましょうか?」



 寒いなあと思っていたら、風にのって冷たいものがオレの頬に当たった。

 風花だ。

 ちらちらと、白いモノが宙を舞っている。

 オレは先を急いだ。

 この先のつきあたりの、無人のシャイナ教の社の前で、約束の方に会う。冷える場所でお待たせしては、申し訳ない。

 遠くに人影が見えた……と、思った時には硬直してしまった。


「え?」

 社の前にいる人間は、全身が黒づくめだった。

 黒いチャドル、更には頭からベールを被り網のマスクで目や顔を隠す徹底ぶり……

 間違いなく、ペリシャ教徒の女性だ……

 それはさすがにマズいだろう! オレは慌てた。

 ペリシャ教の戒律は厳しく、女性は夫と親族以外の男性には素顔を見せてはいけない事になっている。戒律を破れば、破った女性だけではなく、戒律を破らせた男性にも罰が下される場合があるのだ。背中に鞭打ちなんてのは軽い罰で、目をつぶすとか、手を斬り落すとか……場合によっては命を奪うとか……

 村はまだつくりかけなのだ。今、建っているのはオレの家兼道場一軒とリューハンとアキフサの家だけで、五人の新弟子の方はオレの家で雑魚寝しているのだ。ペリシャ教の女性が寝泊りできる場所などない。


 これは無理だ! 断ろうと思い、歩を進めると、

「シャオロン?」

 鈴をころがすような声がした。

「おまえが、シャオロンね?」

 ペリシャ教の女性がオレの方を向いていた。

「マルヤムさんですか?」

「ええ、遅かったわね、私、待ちくたびれて凍えてしまうかと思ったわ」

 オレに対しまったく物怖じていないし、初対面の男性を平然と呼び捨てにしている。他人に命令するのに慣れた貴族の女性のように思われた。


「すみません、マルヤムさん、あなたをお預かりするよう、カルヴェル様からお話を伺っていたのですが」

「そうよ。しばらく世話になるわ」

 そう言って……

 何を思ったのか、目の前の女性はベールを外し、更に黒いチャドルを脱ごうとし始めたのだ。

「ちょっ! ちょっと待ってください! 駄目ですよ! こんな所で!」

「え?」

 急いでオレは女性に背中を向けた。

「オレ、むこう向いてますから! ちゃんと素顔を隠してください!」

 素顔を見たせいで処刑なんて御免だ! 絶対、振り返るものかと思ったのだが。


「マヌケ」

 辛らつな口調で女性が言う。

「おまえ、カルヴェル様から何も聞いてないの? 私はペリシャ教徒ではなくてよ」

「え?」

「父はそう。でも、母は改宗を拒んだのよ。ペリシャ教ではペリシャ教徒同士の婚姻しか認めていないの。公式には、私は生まれていない姫なのよ」

 姫? 今、さらっと姫って言った?

「こちらを向きなさい、シャオロン」



 風が吹いた。



 晴天に、雪が舞い落ちる。

 風に乗って舞う、白く美しくはかないもの。 

 風花を踊らせる風が、白銀のしなやかな長髪を靡かせる……



 女性が微笑む。

 右の瞳は茶色で、

 左の瞳は……泉よりも、尚、澄んだ……青の瞳だった。



 左右で色の違う瞳が細められ、笑みが形づくられる。 



 微笑むだけで、高貴で冷淡そうな美貌が、とても愛らしものに変わった。



「チャドルやベールをつけていた理由、わかったかしら?」



 オレは頷きを返した。

 けれども……

 喉がつまって声が出ない。



 風が吹き、風花が舞う。



 オレは長いこと、その場に佇んでいた。

 目の前の女性を、ただ、見つめて……  

『風花』 完。


+ + + + +


 真面目で何事にも真剣なシャオロンに本編で望んでいたことを成し遂げてもらおうと、『風花』を書き始めました。村のみんなの墓を作り直すこと、ユーシェンのような武闘家となるべく修行をすること、左手用の『龍の爪』を返しに行くこと。

 又、バンキグでの事を報告したいだろうし、シャダムの言葉が支えになったと感謝の気持ちも伝えたかろうと、ペリシャにも足を運んでもらいました。シャダムはもうそこには居ないのですが、なすべきことをなし、シャオロンは満足したと思います。


 何をするでも、アジャンさんはこうだった、セレス様とはこんな事をした、ナーダ様からこんなお教えを受けたと、勇者一行とのことを基準に物事を考えてしまうシャオロン。

 新しい村ができ、そこで仲間や不思議な女性マルヤムと暮らすうちに、セレス達との事は大切な宝石のような思い出となっていくと思います。


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 次回は『落日』。ナーダとガルバの話です。   

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