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女勇者セレス――迷走する世界の中で  作者: 松宮星
過ぎ去りし日々と未来
4/25

風花 1話

 この物語は、『女勇者セレス』本編の後日談です。

『セレスがシャオロンと結ばれなかった結末』から続く話です。

 目を開けるとそこには……



 懐かしい景色が広がっていた。



 夏の青空の下、周囲は緑の畑。畦道の先に石壁に囲まれた家々が見えた。村だ。奥にはなだらかな丘がありその上にインディラ寺院がある。

 今、見ればそれほど大きな村ではない。けれども、子供時分には、そこは、学問所もあり、雑貨屋や食品店もあって生活の全てを揃えられる『都会』だった。兄さん達と一緒に空の荷物入れを背負ってこの隣村まで行き、ふくれあがった荷物を背負ってオレ達の村まで帰るのも修行の一つだった。


「シャオロン? おまえ、シャオロンじゃないか?」

 畑で腰をかがめていた男が顔をあげてこちらを見ている。よく日焼けした、固太りの男だ。

「俺だよ、俺。チンツォ」

「チンツォさん?」

 驚いて、よく相手を見つめた。やさしそうな眉にも丸い目にも見覚えがあった。学問所で同じ教室に通った三つ年上の先輩に間違いない。さほど大きくない村の学問所なので、教室は二つしかなく、三つ年上のチンツォさんはオレの同級生だったのだ。


「おひさしぶりです、すっかりご立派になられて」

「それはこっちの台詞だ。大きくなったなあ。で、これから村か?」

「はい。村長さんにご挨拶に」

「俺も行く。おぉい、ちょいと村に戻る」

 畑の中から体を起こした女性があいよと返事を返し、ぺこりとオレに頭を下げる。

「西隣の村からもらったばっかなんだ、カカアだ」

 そう言うチンツォさんは、ニヤケていた。

 健康そうな女性だ。オレは先輩の奥さんに対し、丁寧に挨拶を返した。


 手ぬぐいで汗をふきふき畦道にやって来たチンツォさんが、オレにではなく、オレの背後の方に頭を下げる。そこには白髪・白髭の黒のローブの方がいらっしゃるのだ。

「はじめまして。シャオロンのおさななじみのチンツォです」

「わしはシャオロンの従者仲間、カルヴェルと言う」

 そう言って、カルヴェル様はホホホと笑われた。


 チンツォさんが丸い眼を一層、丸くする。

「カルヴェル様って、あの大魔術師の?」

「いかにも」

「すっげぇ、本物か〜!」

 チンツォさんが興奮し身を乗り出す。

「カルヴェル様が移動魔法でシャオロンをここまで運んだんですか?」

「さよう」

 カルヴェル様はニコニコ笑っている。

「どっから運んだんです?」

「うん? クリサニアからここまでじゃが」

「すっげぇ! 西のはずれのエウロペから東のはずれのシャイナまでかぁ! 馬で旅しても三月の距離を一瞬で! 本の通りだ! さすが大魔術師様!」

「ホホホホ。それぐらいちょろいわ」

 握手してください! 後で(サイン)もらえますか? と、興奮するチンツォさんにカルヴェル様は鷹揚に応えていた。


 本?


「お会いできて光栄です、カルヴェル様! 俺、『女勇者セレス』のファンなんです! あ、俺だけじゃありません、村のみんな、そうなんですよ」

『女勇者セレス』は、大衆娯楽小説本だ。セレス様の冒険を追う形で、シリーズ本が続々発売されていた。北方に行くまではオレも全巻読んでいたんだ。小説だから事実とはかなり異なるけれども、嘘ばかりというわけでもなくて……物語の中のセレス様がとても素敵だったから、

「『女勇者セレス』を読んだんですか?」

 思わず聞いてしまった。

「あったりまえだろ。ユーシェン様の息子が、勇者の従者になったんだぜ。ずぅっと、村中で、おまえの活躍をおっかけてたよ」


 シャイナ一の武闘家だった父さん。父さんやお弟子の方々は、この隣村の方に慕われていた。昔、盗賊団を退治して、その後、拳法をみなさんに教えていたんだ。

「ユーシェン様達があんな事になってしまって……たった一人だけ生き残ったおまえが女勇者様の従者になって旅立ったって聞いて……みんな、心配してたんだよ」

「すみません……ご心配をおかけしてしまって」

「こっちこそ……何もできなくて、すまなかった」

 そう言ってから、チンツォさんがニッと明るく笑う。

「『女勇者セレス』、学問所で買ってみんなで回し読みしてるんだ。一冊じゃ間に合わないから、各巻五冊づつ買ってる」

「五冊も……」

「けど、十五巻だけは十冊ある。みんなが何度も読み返すから、十冊ともボロボロなんだぜ」

「十五巻……」


 十五巻の巻名は『死の荒野』。大魔王四天王サリエルと魔族に大魔王教徒、それに東国忍者を交えた戦いの巻。

 シリーズ中、最も戦闘場面が多く、人気の巻だ。

 東国の格闘家の少年シャオロンの見せ場も多い。

 何度も何度も読み返したから、オレのもボロボロだ。

 うっかり涙を落しちゃったのも、一回や二回じゃないし……

 でも……


「あの本、全部が全部、本当の事じゃありませんよ? 鵜呑みにしちゃダメですからね! 現実通りのところもありますけど、結構、作者が想像を交えてるんです。それに、話が面白くなるように何事も大袈裟に書いてますから……オレ、サリエル相手にあんな格好いい見栄きってないし、むちゃくちゃに戦っただけだし……」

「けど、おまえが退治したんだろ?」

 チンツォさんがやさしく微笑んでいる……

「ユーシェン様とタオ達の体をのっとってた魔族を浄化したの、おまえだろ?」

「………」

 オレは頷いた。

 チンツォさんは大きい手でオレの頭をポンポンと叩いた。

「すげぇよなあ、あのチビで泣き虫だったシャオロンが……魔族五体倒して、見事、仇をとったんだもんな。おめでとう、シャオロン。無事、帰って来てくれて嬉しいよ」

 チンツォさんの手はとても大きく、まるでヤン兄さんに頭を撫でられているようだった。

 目の前にいる大人が、同じ教室にいた先輩かと思うと不思議だった。



 月日が流れたんだなあと実感した。



 村中のみんなが歓迎してくれた。

 村長さんにご挨拶をしてからオレは、一升ほどの酒樽に線香一束、干菓子と陶器の器を三十買った。背の荷物入れに全部入れて背負い、その荷物入れに『龍の爪』の入った革袋をしっかり固定すると、オレはカルヴェル様と共にオレの村へと向かった。


 移動魔法で隣村のそばに送ってもらったのは、オレ村のあった場所がどう変わっているかわからないからと、供物を隣村で揃えたかったからだ。できるなら、オレの村と馴染みだった隣村で、みんなのモノを買いたかったんだ。



 街道から横道に入り、しばらく進むと村への道は無くなった。道があった場所には草がボウボウに茂っていた。道悪なことをわびると、カルヴェル様は『わしには関わりないことじゃ』とホホホと笑われた。カルヴェル様は空中浮遊の魔法でオレの後ろをついてきている。

 供物を背負い自分の足で村まで行きたいというわがままにも、つきあってくださっているんだ。


 昔、隣村で買ったものを背負って兄さん達と、冬が終わり春となる前に学問所から村に帰る為にテジュンやレンやタオ兄さんと通った道。

 そこを通る者は、もう誰もいないのだ……

 最初は草を踏み分け進んだけれども、途中からは右手用の『龍の爪』だけを装備して草を刈って進んだ。『龍の爪』を草刈り鎌の代わりにするなんて恐れ多いんだけど、暗くなる前に村まで行きたかったんだ。



 村があった場所では、丈の長い草が風に靡いていた。


 歩数で、この辺がテジュンの家、あっちがレンの家、ウォンさんの家はここかと思いながら村の奥へと進む。



 丘にのぼった時には、さすがに視界が涙に滲んだ。



 何もなかった。

 青々と茂る草以外……



 父さん……

 母さん……

 ヤン兄さん……

 フェィホン兄さん……

 ティエンレン兄さん……

 タオ兄さん……



 オレは瞼を閉じ、静かに合掌した。



 墓地も草に埋もれていた。

『龍の爪』を振るって草を刈る。

 すぐに、おや? と、思った。

 墓……と、いうか、盛り土をしただけのものなんだけれど……数が合わない。

 多すぎる……

 以前からあった二つの墓の近くに、セレス様やナーダ様やアジャンさんそれに隣村の人達に手伝っていただいて、母さん達の亡骸を埋めた。十二人、埋めた。

 草を刈り終えて、数を数える。

 墓は二十九あった……



 オレの村の全員の墓がそこにはあった。



 ただ、合掌するしかなかった。



 サリエルの部下に殺され、魔族に肉体まで奪われた十五人。父さん、四人の兄さん達、リーさん、ウォンさん達。

 遠い異国の空の下にいたオレの代わりに、無念の最期を迎えた魂に安らぎの場を与え追悼してくださったのは、きっと……

 隣村の方々……


 母さん達を埋めた時、シャイナ教式の埋葬は知らないと、インディラ教徒である事を気にして隣村のみなさんは力仕事しかしなかった。

 多分、わざわざシャイナ教の神官を招いて墓を築いてくれたのだろう。

 草の茂り具合からいって、少なくとも一年以上前に……

 父さんやお弟子の方々は、昔、隣村を盗賊団から守っている。拳法をみなさんに教えてもいた。

 父さん達は、この地で愛され慕われていたのだ……


「カルヴェル様……」

「何じゃ?」

 ふわふわと宙を舞って来た方に、オレは深々と頭を下げた。

「すみません、墓を作り直すのはやめます」

「ふむ」

 従者の任を終えたら、父さん達の眠る場所をつくろう、略式で埋めてしまった母さん達をきちんと葬り直そうと、思っていた。

 ずっと、思っていた。

『墓をつくるのなら、わしにも手伝わせてくれ。ユーシェン殿は茶飲み友達の一人じゃった。わしも、お別れがしたい』と、カルヴェル様はおっしゃり、埋葬や祭祀に必要なモノがあれば何でも転送魔法で準備しようとまでおっしゃってくださった。


 けれども、この場所には思いがこめられている。

 あの時のオレの思いと、隣村のみなさんの思い。

 それを、壊すべきではない。


「今、大急ぎで祭壇つくって鎮魂の祭祀をします。後、ちょっとだけお待ちください」

「急がずともよい。おぬしの好きなようにせよ。わしゃあ、待つのは苦ではない。線香の一本でも上げさせてもらえればよいわ」



「で、おぬし、これからどうする?」

 祭祀が終わり、日が陰り始めた頃、カルヴェル様がそうおっしゃった。

 オレは二十九の墓を眼に映しながら、答えた。

「今日はここに泊まって、明日、改めて隣村にご挨拶に伺います」


「その後は?」

「ジャポネに向かいます」

 目を木の幹の側に置いた革袋へと向けた。中には『龍の爪』の両爪が入っている。

「龍神湖へ行きます。古えの神主さんに、左手用の『龍の爪』をお返ししなきゃ」

 父さん達の仇そして大魔王ケルベゾールドを倒すまでの間という約束で、お借りしたものだ。返しにいかなくては。


「したら、後日、龍神湖まで移動魔法で送ってやろうか?」

 そう問われ、首を傾げた。

 目的を果たした今、少しでも早くお借りしたものはお返しすべきだろう。

 オレの村からジャポネの龍神湖までは、そうとう離れている。セレス様のお供をしていた時は、馬と船の旅で二ヶ月以上かかった。もちろん、魔族や大魔王教徒を退治したり、王侯貴族の方々のお招きに応じたりしてなので、直行したわけじゃない。けど、馬がなければ二ヶ月では厳しいだろう。

 田舎のこの村から街道を通ってシャイナを旅し、船でジャポネに渡り、樹海の先にある霊山フジにある社に行くとなるとどれぐらいかかるのか見当もつかなかった。


 オレはずっと守られてきた。セレス様に、アジャンさんに、ナーダ様に、ジライさんに、カルヴェル様に……

 子供のオレは、みなさんの後を追い、ついて行くだけだった。

 旅の行く先を決めてもらい、馬を買ってもらい、宿を準備してもらい、食事も衣服も生活に必要なモノも全部与えてもらい……

 格闘を、体術を、生きていくうえで必要なことを、言語を、知識を教えていただいて……

 ただついて行くだけだった。


「お心遣い、ありがとうございます、カルヴェル様。でも、」

 移動魔法で送ってもらえば、一瞬だ。目をつぶって開けば、そこはジャポネの龍神湖だろう。

 けど、それでは失礼な気がした。

 真龍の元にお礼に伺うまでに、『龍の爪』の振るい手として恥ずかしくない人間になりたい。大人の男になっていたい。

「すみません、オレ、歩いて行きます。自分の足で樹海を乗り越えて、お社まで行きたいんです。そうしなきゃ、いけないと思うんです」


「さようか」

 ご好意をお断りして申し訳なかったのだけれど、カルヴェル様はニコニコ笑っていた。嬉しそうにみえる。

「ならば、わしともここまでじゃな。達者での、シャオロン。おぬしの無事な旅と、すこやかな未来を祈る」

「カルヴェル様……今まで本当にありがとうございました! オレがここまでこられたのも、カルヴェル様やセレス様達のおかげです!」

「うむうむ」

 カルヴェル様がホホホホと笑われる。この変わった笑い声を聞くのも、今日が最後か。


「龍神湖に行った後はどうする?」

 そう問われ、オレは夢を口にした。

「ペリシャに向かいます。シャダム様に、バンキグでの事をご報告したいので」

「なるほど」

「それを終えたら……武者修行の旅をしたいです。オレ、まだまだ未熟ですから……シャイナやインディラのいろんな流派の格闘を学びたいんです」

「うむうむ」

「修行に終わりなんてない……シャイナ一の武闘家と称えられた父さんも、ずっと己を鍛え続けていました。オレなんか父さんの足元にも及ばないひよっこですが、いつかは父さんのようになりたいんです……舞のような美しい武を極めたい」

「うむうむ」


「オレの拳の道が見極められたら……この地に戻って、ここで鍛錬を続けようと思います」

「そうか、いずれはここに戻るのか」

「はい」

 オレは笑みを浮かべた。

「父さんが亡くなった今、オレがこの村の村長ですから。皆の元にちゃんと帰りますよ」

 何年かかるかわからないけれど、絶対……

 オレはここに戻り……ここで生きる。


「わしゃあ、まだまだ死ぬ気はないでの、当分、世界をフラフラする」

 カルヴェル様はニコニコと笑っていた。

「たまにここにも遊びにこようと思う。おぬしがおらん間はユーシェン殿の墓と語らっておるわ。おぬしが戻って来る日を楽しみにしていよう」



 焚き火を焚き、夜空を見上げる。

 セレス様達とここで三夜を過ごしたはずなのだけれども、どんな風に過ごしたかはあまり覚えていない。

 満天の星を見つめ、せわしくなく虫たちの鳴き声を耳にし、目を閉じる。

 覚えているのは……

 青い瞳。

 せつなそうな……

 悲しそうな……

 泉よりも、尚、澄んだその瞳が、ずっとオレを見ていた。たった一人生き残ってしまった子供を、ずっと心配そうに見守ってくれていた。

「セレス様……」

 オレの声を耳にしてくれる者は誰もいない。

 オレは一人だった……

 こんな風に一人で夜を過ごすのは、生まれて初めてだった……



 旅に出たいと言うオレに、隣村の村長さんはいろいろ教えてくださった。

 勇者の従者としてではなく、シャイナ国民として他国へ行くのなら手続きが必要なのだそうだ。

 村長さんとかインディラ寺院の僧侶様とか身元の確かな方に手紙を書いてもらい、それを持って街の役場に行って書類にしてもらって、シャングハイの出入国管理所で許可をもらって初めてジャポネ行きの船に乗船できるのだそうだ。

 農民の旅にはかなり厳しい制限があるけれども、オレは武闘家ユーシェンの息子、手続きはさほど難しくないはずだと村長さんはおっしゃった。皇帝陛下の御前試合で十連覇した父さんは報奨として、末代までの、村のあった場所の所有と納税義務の免除の権利をいただいている。納税義務の無い子供の出国ならば、たいした審査もないはずだと。


 オレは村長さんにお礼を言って手紙を受け取り、金子(きんす)――エウロペの国王陛下からいただいた報奨金を預けた。村に何かあった時には使って欲しいとお願いして。

 報奨金は、オレにとって天から降ってきたようなお金だ。使うには気がひける。それに、お金ならけっこう持ってるのだ。旅の間ずっと、勇者一行の金庫番だったアジャンさんがオレに護衛報酬を渡してくれていたから。毎月三万ゴールド、大きな戦闘をこなす度に成功報酬として五万ゴールド貰っていた。

 報奨金など必要ないと思ったのだけれども……

 武者修行で世界を放浪するのならば路銀は幾らあっても足りないはず、報奨金は持って行けと、村長さんからお叱りを受けてしまって……

 話し合いの末、三分の二を村に預け、三分の一を持って行く事にした。

 村長さんは金子(きんす)は預かるだけだと、頑なに譲らない。何かあった時には使っていただいて本当に構わないのに。


 村長さんとお別れして、オレは龍神湖を目指して旅立った。     

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