桜花
※改稿にあたり、ラストシーンのみを残しました。
生きてるうちにやれるだけやって。
駄目ならしょうがねえ、すっぱり死ぬ。
それが忍者ってもんだ。
俺は『白き狂い獅子』の異名を持つ、忍の里一の剣士だ。
暗殺や窃盗なんかの隠密活動の仕事には、まっとうな黒装束を着る。
だが、陽動や扇動、恐喝、拷問の仕事の時は、上役から文句を言われねえ限り真っ白な忍者装束を着た。標的とされ、憎まれ、より多くの敵に囲まれるよう、俺は白装束を着た。着続けた……。
目立つ白装束で俺は、剣豪と名高いサムライどもを葬ってきた。
おかげで、俺の素顔も名前もまったく知られちゃいねえが、『白き狂い獅子』の名はジャポネ中に知れ渡っている。『白き狂い獅子』ご指名の依頼もかなりの数だ。
いつのまにやら『白き狂い獅子』の名は、里の殺しの技術の高さの象徴のようになっていた。
対外的には、俺ぁ、里を代表する有名人なんだが……
里では、一介の下忍に過ぎなかった。里の掟と生まれのせいで、中忍にすらなれなかったのだ。
不惑が近づき現役でいるのがそろそろ厳しくなってきた頃、頭から屋敷と道場を与えられた。俺にとっちゃ初めての財産といえるシロモノだ。俺が拝領した屋敷と道場は、頭のクソ余ってる土地の桜林の側に建てられたものだった。
その時、『上忍扱いとする』というお墨付きまでいただいた。
今までの功績に報いてのご褒美だとか何とか頭はぬかしていたが、ようするに手が足りなくなったってことだ。
この里の上忍は八、中忍は四十八と枠が決まっている。家や土地や部下(下忍)を抱える権利を持つ上中忍は、里の命令に服し、里から命じられる仕事を一定数こなす義務があった。『上忍扱いとする』というお墨付きは上忍並みの仕事数を俺に振るってこったし、屋敷だけじゃなく道場まで付けたって事は後進を育てろってこった。
無茶言ってくれるたぁ思ったが……
今まで上にピンハネされてた報酬が丸々入るようになるわけだし、狭い板の間の相部屋から解放されるのは喜ばしいことなんで、俺は条件つきのご褒美をありがたく頂戴した。
ヘボには教える気はなかったので、里の中からマシな奴等をかき集めて試験をし、そこそこ使える坊主を二人だけ内弟子とした。
ヤマセとホシノだ。
まぁ二人ともガキだったんで、即戦力にはならなかったが。
上忍のノルマはハンパなかった。いくら俺が優秀だからって、部下に仕事を振るのが前提の数を一人でこなせるはずもなく……代替の金子を払ってノルマを減らしてもらうしかなかった。
外でせっせとヤバい仕事をやり続けては、免除金に充てる日々……。
働けど働けど、我が暮らし楽にならざりきって奴だ。あのタヌキ親父(頭)の手の内で、いいように使われてるとわかっていたが……
屋敷持ちの身分を守る為に、俺は真面目にお仕事を続けた。
部下が育ちゃ、自分の手足として使えるわけだし、他の中上忍に貸し出しできるし(貸与料として年間一定数の仕事を肩代わりしてもらえる)。
辛いのは最初のうちだけ。
いずれは楽になるさで、刹那刹那を生きてゆき……
そして、俺はジライに出会ったのだ。
白髪、白い肌の、無表情の痩せたガキだった……。
ふと目を覚ますと、ヤマセとジライの会話が聞こえた。廊下で小声で話してるみたいだ。
「薬をありがとう、ジライ。これで、一ヶ月はもつ。本当に、おまえには何と言って感謝してよいやら」
「何をおっしゃられます、兄弟子。私の方こそ何のお役にも立てず、いつも申し訳なく思っております。それから、これもお納めください」
「これは……! 駄目だ、ジライ、こんなには受け取れない。少しは自分の為にとっておきなさい」
「いいえ。どうぞお納めください。もう部下への給金は払いましたし、武器も新調いたしました。他に金子の使い道などありませぬゆえ」
「しかし……」
「師匠の為に、お役立てくだされ」
「……すまない……ありがとう、ジライ」
次に目を覚ますと、枕元にジライが座っていた。黒装束姿だが覆面はしていない。けど、額当てはしている。昔、両目が出てる方が可愛いぞって俺が言ったもんだから、こいつ俺の前じゃ額当てをして長い前髪を後ろに流すようにしているんだ。
「……よぉ」
声をかけると、ジライは静かに笑みを浮かべ、俺に敬意を表して頭を下げた。
高い暗殺技術を有するジライは、貸し出しって形で頭直属の特殊部隊配属となった。独立遊撃員で、主な仕事は暗殺。
で、優秀だったんで、ほぼ出ずっぱりになったが、
「土産をお持ちしました」
帰ってくれば必ず俺のもとに顔を出す。今日みたいに土産を携えて。
「ご覧あれ、名匠オサフネの作、ハガネの焼刃の光沢も美しき一品……」
刀の説明をしながら、自分の二刀の横に置いていていた刀を恭しく俺に向けて捧げ持つ。鞘は黒漆に金龍の柄。ちょいと派手な飾り金具がついている。俺は口元をほろこばせた。
「よさげだな」
「抜いてご覧にいれましょうか?」
布団から体を起こせない俺を気遣っての申し出だ。
「いや。いいや……。後で自分で見る。その辺に置いといてくれ」
「承知」
腹が痛ぇ……痛み止めの量は日々増えてるってのに、効果はどんどん薄れている。俺の体の中はもうボロボロだ。年のせいと酒のせいだ。肉体自体の衰えは、大魔王教徒の神官でも癒せない。死ぬ運命の人間は、悪あがきしないで死ねってこったな。
「なあ、ジライ」
「はい?」
「……もう、土産はいいや。もう持って来るな。この体……近いうちに処分する」
「………」
ジライは瞳を細めた。
「……さようにござりますか」
「おめえとは、多分、今日が今生の別れだな。おめえ、どうせ明日には里を発つんだろ?」
「いえ。本日、夜半に出立いたします」
「へへへ、人気者はつれぇなあ……いいように頭に使われやがって」
ふと思いついて聞いてみた。
「なあジライ。おめえ、友達はいるか?」
「友?」ジライは首をかしげた。
「友とは友好関係にある対等な人物の事でございましょう? 居るわけございませぬ。私の周囲には上役と部下しか居りませぬゆえ」
「上役でも部下でもいいや。気の合う奴は居るか?」
「気の合う?」
「……戦場で背中を預けられる奴さ」
「ああ、それならば居ります」
ジライはニッコリと笑みを浮かべた。
「何人も……」
「どんな奴等だ?」
「どんな……? むぅ、直接の部下ではありませんが、片腕ながら幻術の才を磨き、異形部隊で活躍している男とか。前々から頭の良い男だと目をかけてやっていたのですが、先日、そやつ、女の弟子をとりたいので頭への口ぞえを頼みたいと申してきました。師匠の弟子である私がおなごを蔑視しておるはずがないと見込んで頼むのだとも申しておりました。才があればおなごも実戦部隊に配属してゆき、能力に応じた評価をすべきだと考えているようでした」
「……何てぇ名の奴だ?」
「ジャコウです。他にもガンケイという面白い奴がおります。そやつ、私の房中術にはまっており、許してやると獣のようにしゃぶりついてくるのですが」
ジライは小さく笑った。
「『天啓が下った!』が口癖の発明好きで、良い案が閃くと、もう私など眼中にないのです。発明バカです。そのくせ造るモノは珍奇なモノばかりで、大半がクズなのです」
楽しそうにジライが部下の事を語る。
「……何かにのめってる奴ぁ、俺も好きだぜ」
「そやつ、このまえようやく使えそうな武器を造りました。からくり式の巨大な卍手裏剣です。人の頭ほどの大きさの手裏剣なのですが、からくりで小さくでき、普段は掌ほどの鉄の塊にしておけます。携帯に便利です」
「ほう」
「金具が硬すぎるので改良するよう命じておるところです。扱いが少々難しいのですが、もう少し自在に扱えるようになったら、師匠にご覧にいれ……」
ジライは口をつぐんだ。その手裏剣をジライが自在に扱えるようになる頃にゃ、俺はこの世に居ないんだ。
「……手裏剣より刀のほうが俺は好きだ」
畳の上のジライの刀へと視線を向けた。ジライ以外、鞘から抜けない魔法剣。こいつが振ると刀身から雨が降る……不思議な刀だ。
「久々に見せてくれよ、『小夜時雨』を」
十年と五ヶ月前、何処で手に入れたのかも何って名前かもわかんなくなっていたこの名刀を、俺はジライに持たせ、抜けと命じた。ジライは何も考えずにこの刀を鞘から抜いた。俺はこの名刀の美しさに魅入られ、刀を振るわせる為だけにジライを手元に置く事にした。
この刀が、俺達を結びつけたのだ。
ジライは己が運命を変えたこの刀に感謝の念を抱いている。『小夜時雨』って名前をつけ大切にしている。
随分前に振れば雨が降る魔法剣の本当の名前を、ヤマセが調べてくれた。『小夜時雨』は三代目勇者の従者であるサムライが所持していた聖なる武器だったのだ。言われてみりゃ、そんなモノを盗んだ記憶もあった。
けど、俺やジライにとって、この刀は『小夜時雨』だ。それ以外の名前なんか、嘘くせぇ。だから、ジライにゃ、この武器の本当の名前を教えていない。
ジライは頷き、『小夜時雨』を手に立ち上がる。
「雨は、今、邪法にて封じてあります。邪法、解いた方がよろしゅうございますか?」
「……そのまんまでいいや。障子を開けて、縁側で振ってくれ」
「承知」
ジライが俺の言葉に従う。
障子の先には……
一面の桜……
庭には、満開の桜が咲き乱れている。
日の光が縁側まで差し込んでいるってのに、ジライは覆面をつけない。素顔のままで『小夜時雨』を抜刀し、宙を切った。
あぁ……風に舞う桜の花びらが……『小夜時雨』が散らす雨のようだ……
『小夜時雨』の刀身には、赤黒い血文字が書かれていた。が、そんな呪など屁でもねえな。『小夜時雨』は冴え冴えと輝いている……
綺麗だ……
目から涙があふれた……
ヤマセが薬の時間だと言って入って来た。
「粥も食べてくださいね。今日は味付けを変えてみましたから、少しでもいいから口に運んでください」
『お墨付き』は一代限りだが、頭とはもう話がついている。屋敷と道場は頭の所有に戻るものの、多数の流派の剣を会得しているヤマセはこのまんま道場主として屋敷に残る。まあ、空き部屋に頭の部下を住まわせるってこったから、端女も置いてここもけっこうな大所帯となるだろう。
先月、正式に俺の跡を継いで道場主になったってのに、ヤマセには威厳のかけらもねえ。家事ばっかやって、暇さえありゃ俺の世話ばかり焼こうとする。
『小夜時雨』を鞘に収めたジライに、俺は聞いた。
「ジライ。俺ぁ、ヤマセにはこの道場を残してやったが、おめえにやれる金目のモノは何もねえ。いろいろ売り払っちまったんでな……代わりといっちゃ何だが、俺の異名、継いでくんねえか?」
「『白き狂い獅子』の御名を……私が?」
「俺がぶっ倒れてから、俺指名の仕事、代わりにやってくれてたんだろ? なら、そのまんま、本物になっちまえ」
俺はニヤリと笑った。
「おめえにぴったりの異名だと思うが、どうだ?」
ジライは縁側で三つ指をつき、かしこまった。
「最高の贈り物にございます……ありがたく頂戴いたします。名に恥じぬよう、一層、精進し、『白き狂い獅子』異名が二つとない恐怖の名に高められますよう務めます」
おや? ジライの目が光っているように見える。見間違いか? 俺の前で泣かなくなって久しいもんな……
「じゃ、『白き狂い獅子』ご指名の仕事はおめえに回すよう、頭に伝えておくぜ」
「心得ました……それではお名残惜しゅうございますが、私はこれにて……」
頭をあげ、ジライがまっすぐに俺を見つめる。
ひたすら真っ直ぐに……
俺だけを見る。
笑いかけてやると、切れ長の瞳が細められ、静かな笑みがつくられた。穏やかな、諦念の笑みだった……
介添えを受ける弱った姿を、弟子にゃ見られたくない。
俺の心中を察し、ジライは出て行ってくれたのだ。
ヤマセに頼んで、障子は開けといてもらった。
舞い散る桜を見ていると、頬がゆるむ。
ジライにも会えたし、異名も継いでもらえた。
後はすっぱり逝くだけだ。
桜が残っているうちに……
この体、処分しちまおう……俺はそう決めた。
『桜花』 完。
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『桜花』は、初代『白き狂い獅子』とその弟子ジライの話でした。
『聖なる武器』で、ジライは師についてカルヴェルに語っています。
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「我が二つ名は『白き狂い獅子』にござります」
「『白き狂い獅子』?」
カルヴェルは眉をひそめた。
「その名は耳にしたことがあるぞ。昔、ランツらとジャポネを旅していた頃に。白装束の忍で、忍の里一の手練れとの噂であったが……」
「それは初代『白き狂い獅子』にござります」
「ほう」
「里一番の剣の使い手……私めの剣の師でありました。好まれた白装束ゆえの二つ名でしたが、陽動・騒乱の時はともかくも、師匠とて、そうそう目立つ白い忍者服は着られなかったのですが」
「よいのか、そんな事まで話して。里の秘密に関わらんのか?」
「心配ご無用。既に鬼籍に入られたお方の話でございます」
忍者は昔を懐かしむかのように、瞳を細めた。
「『白き狂い獅子』の異名は師から頂戴した、私の宝。名を辱めぬよう、今日まで生きてまいりました」
「おぬしは二代目『白き狂い獅子』か………」
残虐な行為に走るのも、二つ名を高める為。
(亡き師への忠義か……)
「『ムラクモ』はいつ手に入れた?」
「幼き頃に。我が師はたいそう刀剣がお好きな方で、東西の名刀を収集なさっておいででした。その中のご自分では扱えぬ武器を、たまに剣の才のある者に貸し使えるか試される事があった。幼き日、鞘に入った刀を渡され、抜けと命じられました。抜けと命じられたから抜いたまででござったが……その刀、里の誰も鞘から抜けなんだ名刀だったとかで、師匠は私を正式に内弟子として引き取って育ててくださいました。白子の異形である私が今こうしてあるのは、里一の剣の使い手の弟子となったゆえ。師匠のおかげにございます」
(抜けと命じられたから、抜いただけ……か。まさに無欲。表面は邪悪に染まりきっておるが、こやつの真の心は何ものにも犯されていない、幼子のように清いままじゃ。暗殺者としての役割を与えられたから、その役割の中で、刹那、刹那を生きている……そんな感じじゃな)
この男が『ムラクモ』に気に入られた理由も得心がいった。恬淡で亡き師への忠義に生き、忍に徹しているがゆえだ。又、己が技量の高さに拘るのも、一流の忍として師より継いだ二つ名を高めたいが為。我欲からでは無い。
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『桜花』全文は、ムーンライトノベルズの「女勇者セレス――ジライ十八番勝負」に再掲載します。
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次回は『風花』。大魔王討伐後のシャオロンの旅の話です。