落日 3話
お母上様を亡くされてから今日でニ週間。
国王の第一夫人である貴いお方が医師にも診てもらえずに、病でお亡くなりになったのだ。
サティー様が息をひきとられた時、御身様はお母上様のお体に泣きすがった。お嘆きは深く、わしは我が身を不甲斐なく思いながら、ただただお慰めするしかなかった。
涙が枯れてからは御身様は放心状態となられた。何も見ず、何もおっしゃらず、何も聞こうとはせず、ただ壁に向かっておられた。お口元に運んでも、水も食べ物も飲み込もうとしてくださらない。仕方なく、ご無礼を謝った上で無理やりお食事をさせた。
心の支えであったサティー様を失われ、生きる気力を無くされてしまったのだ。
このまま魂が失せてしまうのではないかと、わしは不安だった。
けれども……
サティー様がお亡くなりになった事で、ようやく状況が動いた。
ウッダルプル寺院副僧正ジャガナート様は、サティー様の葬儀の場で国王と話す機会を得たのだ。あのバカ王はやっと御身様のもとに足を運んだ。実の母の葬儀にも出席できぬほどやせ衰えた世継ぎの王子の姿を目にしたのだった。
国王の指示で、御身様は離宮に移された。離宮を詰めるのは、ジャガナート副僧正様達武闘僧十人と寺院つき忍者二十名。
王宮の者は誰もいなかった。
ここならば、お命を狙われずにすむのだ……
ジャガナート様に平伏し、御身様をお救いくださった事を感謝した。
僧侶様達の治癒魔法で、御身様の体と心の傷が癒される。
あばら骨が浮き出た御身様のお体は、細く小さくとても七つに見えなかった。僧侶様達はおいたわしいと嘆き、心をこめて御身様のお世話と治療をしてくださった。
御身様は少しづつわしや副僧正様とお話をするようになられ、自らお食事をとるようになられた。
これで何もかもよくなってゆくと、わしは思ったのだが……
お母上様のご遺言に従い出家をしたいと……御身様はおっしゃったのだ。
わしはお考えを改めていただけるよう懇願した。けれども、御身様の御意志は固く、ジャガナート副僧正様までもが御身様は出家なさるべきだとわしに説く。有力貴族の後ろ盾のない御身様を、第二夫人一族は何としても排除しようとするだろう。あの一族と王位を競ったところで勝ち目はない。つまらぬ争いで主人を死の危険に晒すのかとジャガナート様はわしをたしなめた。
大僧正様は、御身様を大僧正候補として迎えようとおっしゃってくださっているとか。
御身様が尊き御子であった為、寺院が御身様の出家を乞うたという形として寺院で保護してくださるのだそうだ。
わしは……
己が許せなかった……
正統なる王位継承者である御身様……
失われた古代王朝の当主であり、ラジャラ王朝の第一王子であった御身様こそ……
この地を統べるべきお方だった……
真の王にふさわしいお方だったのだ……
御身様が王となる日を信じ……
わしは全てを捧げた……
部下に死ねと命じた……
家族を犠牲にした……
だが、わしは何も成し遂げられなかったのだ。
数多くの屍を築き、
御身様とサティー様をただ苦しめただけだった。
わしが入室した時、御身様はお一人だった。
寝台の端に腰かけられ、落日の日が差し込む窓に背を向けて、すぐそばの壁へと顔を向けておられる。
お一人の時は、たいていこうだ。ふいに涙を流しても、人に見られずにすむようになさっているのだ。
誰にも知られぬよう、声を殺し、壁に向かって、静かに泣かれる姿を……
物陰から、わしはもう何度も目にしていた。
御身様がやつれた顔をわしへ向ける。
まだひどく痩せておられるが、お顔の色はだいぶ良くなった。
わしは寝台の側に片膝をついて跪いた。
「お呼びで?」
「うん」
御身様が穏やかな声でおっしゃる。
「おまえも知っての通り、明日、僕はジャガナート副僧正と共に王宮を去る。輿にて……総本山を目指すことにした」
靴を脱ぎ、己の足で寺院まで歩くのが正式な出家の作法。
御身様は輿に乗ることをひどく嫌がられた。どうも、僧侶様のどなたかが、町の噂をお耳に入れてしまったようなのだ。
『第一王子は重い病にかかり、足は萎え、頭も熱でおかしくなった。廃嫡される日も近い』。
第二夫人の一族が流した中傷だ。出家に追い込まれた上、そのような根も葉もない噂……御身様は憤っておられた。確かに今は足が少々ご不自由だが、それは栄養不足であった為。一時的なことだ。
嫡子に不適切だから廃嫡されるのではない……悔しそうに御身様は身を震わせておられた。
しかし、御身様は冷静な御子だ。ジャガナート副僧正様に『その弱った足で総本山を目指せば何日かかると思う?』と問われ、『その間、護衛の者も共に歩かせるのか?』、『暗殺の恐れはまだ消えていない。わざわざゆっくり進み、殿下をお守りしする者達を危険に晒したいのか?』と諭されて、お考えを改められたようだ。
「ようご決断なさいました。その方が御身様のお体の為と心得ます」
「つまらぬ意地を張っても仕方ないからな。俗世を捨てる者が俗世での評判を気にするなど愚かしい」
「お察しいたします……」
御身様は鷹揚に頷かれてから、口元に微かな笑みを浮かべられた。
「おまえとは今日を限りで別れたい」
「おまえの奉公には母上も感謝していた。今日までありがとう、ガルバ。おまえには心から感謝している。おまえやおまえの部下達が望んだ王となれなかった事だけが心残りだが、おまえは解放されたのだ。もう僕の護衛を務める必要はない。忍者頭としてではなく父としてアシダの元へ戻ってやっておくれ」
* * * * * *
「馬鹿なことを言わないでください、僧侶に影などいりません」
御身様が呆れたようにオレをご覧になる。
「僧侶は俗世の垢を全て拭って信仰の道に入るのですよ。私物など一切持てません。当然、部下など抱えられないのです」
「御身様がお嫌でもオレはついてゆきます」
オレは御身様の前に平身低頭した。
明日、御身様は、総本山でご出家なさる。オレは御身様についてゆくのだと思い込んでいた。旅支度も整えてある。
この屋敷に残れなどと言われるとは、思いもしなかった。
「ずっと、オレをおそばに置いてください。主人と決めた方に生涯お仕えする。それが忍者の生きる道です」
「……駄目です、あなたには、私の父母の護衛を頼みます。おひとよしで涙もろいどうしようもない両親ですけれどね。悪意を信じようとしない子供のような人達……やさしいのだけが取り柄の二人です。きっと、あなたの事も可愛がってくれるでしょう」
「申し訳ございません、御身様。ご期待にはそえません。オレは御身様と共に生きると誓いました。オレにはもはや他の道はありません」
オレは頭をあげ、御身様を見つめた。
必死だった。
捨てられてなるものか。
「どうあってもここに残れとおっしゃるのなら……自害いたします」
御身様が目を見開いて、オレをご覧になる。
オレは卑怯だ。
わかっている。
御身様は、配下の者が自分の為に死ぬのをひどく厭われた。
お優しい方なのだ。
自害すると脅せば、御身様はオレを連れていかざるをえない。そうとわかっているから、オレは自殺すると言ったのだ。
「御身様、オレは誓いました。生ある限り、若様が病める時もすこやかなる時も、良き時も苦境におられる時も、たとえ咎人となって国を追われる事となりましても、おそばにお仕えするって! 知らずにしたことですが、エウロペの婚姻の儀式と同じくらい真剣に誓ったのです! 生涯お仕えすると! 叶わぬのなら、死ぬしかありません!」
それでも御身様がオレを拒んだら……言葉通り死ぬだけだ。
主人を失った忍者など、生きている意味などない。
「御身様の影として生きられぬのなら死にます。御身様がオレの全てなのです」
「………」
御身様は大きくため息をついた。
「本当に、もう……あなたって馬鹿で馬鹿でしょうがないですね……」
「すみません」
「僧侶に私兵を持てだなんて……出家前から堕落を勧めるだなんて……魔族みたいですね、聖職者を誘惑するなんて……」
「そんな! オレはただおそばにいたいと! ただ、それだけを!」
「許されざることなのです。あなたを部下にし続けるのは」
そんな……
うちのめされたオレを見て、御身様がクスリと小さく笑う。悪戯を思いつかれた時のように。
「しかし、まあ……馬鹿なあなたの婚姻の宣誓を受け入れちゃったんですものね。生涯、面倒みてあげればいいんでしょ? 連れていってあげます。だからもう死ぬだなんて脅かさないでください」
「御身様!」
オレの目から熱いものが次から次へとこぼれてゆく。
お側を離れずにすむのだ。
嬉しくって、嬉しくって……
涙が止まらなかった。
御身様は九つにもなって大泣きなんて恥ずかしい人ですね、と笑いながら、涙と鼻から垂れたもので汚れたオレの顔を布で拭ってくださった。
「……考えてみれば、私、出家してやるんです……後は好き勝手にしてもいいはずです」
オレが泣き止んだ頃、御身様は静かな声でおっしゃった。
「マンガラ達八人を殺し生き残った五人も半身不随にしておきながら、『生存者は恩赦にて返してやったのだ、文句を言うな』って天下のラジャラ王朝だって言ったのですもの。僧侶になってやるのです……後は文句など言わせません」
「御身様……?」
御身様のお顔には、暗い陰があった。何というか……近寄り難い雰囲気があるというか、凄まじい殺気を漂わせているというか……。
しかし、ふっと表情が変わり、御身様はオレにやわらかな笑みを見せてくださった。とても綺麗な笑顔だ。
「あなたは私の『影』です。『死が二人を分かつまで』共に生きましょう」
「はい! 御身様!」
* * * * * *
「嘘つき!」
御身様が両手をめちゃくちゃに振るう。
「おまえ、僕に言ったではないか! アシダは生きていると!」
わしを殴る度に、御身様の痩せ細った体がふらめく。
「重傷で……もはや忍としては働けない体となったが……生きているって!」
両の目から涙をこぼして、御身様が泣きながら、わしを打つ。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
あああ、そのように力まかせに殴られては、お骨まで弱くなっておられるのに……
申し訳なく思いながらも、わしは御身様を腕に抱き押さえつけた。このままわしを殴り続けては御身様がお怪我をしてしまう。
「放せ! おまえなんか嫌いだ! 大嫌いだ! この嘘つき!」
「……申し訳ございません」
「僕には嘘をつかないって、おまえ、誓ったくせに! 僕はあの時、真実を教えて欲しいと頼んだ! 僕を庇ったアシダがどうなったのか! おまえはアシダは生きていると言ったではないか!」
どうして真実など告げられよう……アシダは御身様を庇い、暗殺者の刃を代わってその身で受けたのだ。御身様の目の前で……。
アシダは最後の力をふりしぼって御身様を隠し扉の内に逃し、その身を盾として扉を守った……死して尚、扉を塞ぎ続けたのだ。
忍として天晴れな最期……
わしは息子を誇りに思った。
そして、我が妻シータルも敵の刃に倒れ……
二人とも御身様とサティー様を身をもって守りぬいてくれたのだ。
寺院から借りた忍に妻子の遺体の処理を頼み、わしは隠し扉の内の御身様を迎えに行った。
御身様は、アシダの名を呼んで泣き濡れていた。とても激しく、苦しそうに。
泣き言も言わず気丈にふるまわれていた御身様が、あの時は年相応の子供に戻っていた。
アシダは死んだなどと……お教えできなかった。
「僕はアシダまで……殺してしまっていたなんて……おまえにはアシダがいると思ったから……おまえには帰る家があると思っていた……だから、僕は……」
「御身様……」
「僕が死ねば良かった!」
「御身様!」
「僕のせいで何人死んだ? 僕の為に死んだ忍は、知っているだけで十六人だ! 僕の知らないところで、もっと死んでいるだろう! 国王になれぬ役立たずの為に犬死にだ!」
「それは違います、御身様!」
「暗殺者が最初にやってきた時に死ねばよかった! そうすれば、皆、死ななかった! おまえの忍も! アシダも! 母上も! みんな、僕のせいで……」
「違うのです、御身様」
腕の中で暴れる御身様を、わしは抱きしめた。
「お母上様をお救いできなかったのはこのガルバの罪……護衛の任務もまともにこなせない、情けなき忍であった私めが悪いのです」
「違う!」
「違いません。申し訳ございません、御身様、大事なお母上様を御身様から奪ってしまいまして……」
「違う……」
御身様の動きがやむ。
「おまえはよくやってくれた……おまえのせいではない……」
「配下の忍の死の責は忍者頭たる私めが負うものだと、前にお教えしましたな。アシダも他の者も、皆、死すとも悔いのない人生を送れました」
「嘘だ……」
「嘘ではございません」
御身様の細い体を抱く手に、わしは力をこめた。
「お守りしようと決めたお方を守り通すことこそ、インディラ忍者の忍道。皆、満ち足りて逝ったのです」
「嘘だ……」
「御身様が国王陛下となられるかなられぬかなど些細な事。あなた様の命をお守りすることが皆にとっての『生きる意味』だったのです。皆、使命が果たせたのです」
「……おまえの言う事なんか信じない」
「嘘ではありません。私はそう信じて、生きてまいりました。死ねと命じた私の言葉に従い、皆、喜んで御身様をお守りする道に殉じたのだと」
「そんなのは、おまえの勝手な思い込みだ……」
「生涯を主人に捧げ、お守りするのが我等忍者の喜びなのです」
「おまえ達の忠義なんて、僕は欲しくない」
「御身様……」
「僕は出家するのだ。全ての私物は捨てる。母上の遺品も全て……忍であるおまえもだ」
「私めはもう要らぬ……と?」
「そうだ。僕はもうおまえなど要らない。おまえは、伯父上の所へ行ってしまえばいいんだ。あの人がおまえの本当の主人なのだから」
泣きながら御身様がわしを睨む。
サティー様とわしが秘密に交わしていた会話を漏れ聞いて、御身様は知ってしまったのだ。
大魔王戦で殉死したと世に信じられている伯父上様が、ご生存であることを。
総本山の生活を厭い、出奔されたのだということを。
もしも……今も御身様が総本山に大僧正候補としていらっしゃったのなら、かような事態とはなっておらぬ。奸婦一族とて、ここまで後宮をほしいままにできなかったはずじゃ。御身様を、いや、寺院の権威を恐れて……。
伯父上様がサティ様を間接的に殺したのだと、御身様はお怒りだ。伯父上様を尊敬して心の支えとしていただけにそのお怒りは深く、ご自身にすら怒りを覚えておられるようだ。
そして……
このわしも……
「行ってしまえ……おまえの顔なんか、見たくない。忍など、もういらない……」
御身様の目から再び大粒の涙がこぼれる。
「もう誰も……僕の為に死んでほしくない……僕は……配下の忍の忠義に応えられなかった無能者だ……主人の資格などない」
わしは腕の中の小さな御身様を見つめた。
お母上様を亡くされ……王子の位を無くされ……王となるという矜持も失い……楽しかった子供時代は過ぎ去り……お体も損ね……尊敬する伯父上様像は地に落ち……信じていたわしにも『嘘』をつかれて裏切られ……
何もかも無くされ、深く傷ついておられるお気の毒な御方……
まだ七つだというのに……全てに絶望なさっておられる。
こんな御身様のおそばを離れられるものか……
決して、お一人になどするものか……
「ならば……自害いたします」
御身様が驚愕の顔でわしを見る。
わしは卑怯だ。
わかっている。
御身様は配下の者の死を自分の責と感じる、お優しい方だ。
自害すると脅せば、御身様はわしを捨てられなくなる。そうとわかっているから、わしは自殺すると言うたのだ。
実に卑怯な男だ……
「御身様……私の側にはもう誰もおりません……妻シータルもアシダも部下も全て失いました。私にはもはや忍道しかございませぬ。主人と決めた方に生涯お仕えする。それが忍者の生きる道です。御身様にお仕えできぬのであれば、もはや死ぬしかありませぬ」
「馬鹿……」
「忍道さえ貫ければ……私は己を不甲斐なく思いこそすれ、生きてゆけます。死ねと命じて逝かせたアシダ達の死を負ってゆけます……御身様の元で生涯、御身様をお守りし続ける事さえできれば……」
動きたそうなので少し腕をゆるめてさしあげると、御身様はわしの顔へと右手を伸ばされた。御手が届きやすいようにと、少しかがんだ。
「私をあわれとお思いでしたら……どうぞ生涯おそばにお置きください。かなわぬのなら自害して、お守りしきれなかった罪をお母上様に詫びて参ります」
御身様がわしの右頬に触れられる。
わしの頬を伝っているものを……拭ってくださったのだ。
ご自分のお顔は拭こうともなさらないのに……
「……伯父上を探しに行けばいい。この世界の何処かにおまえの本当の主人がいるではないか」
「御身様……私は『影』の資格を自ら捨て、真の主人に見限られたのです。そんな不忠者が、どうして訪ねて行けましょうか」
「……新たな主人を持つのではダメなのか?」
「私は……御身様の伯父上様、お母上様、そして御身様にお仕えしてきました。しかし、忠義が足りず、伯父上様には捨てられ、お母上様はお守りできませんでした。せめて、御身様には忍として正しくご奉公したいのです。御身様以外の主人など考えられません。新たな主人など欲しくありません」
「でも、僕は出家するのだ」
御身様が悲しそうに、細い瞳を一層細める。
「部下を持つなど許されない」
「大僧正様におすがりくださいませ。あの尊き御方でしたら、御身様が私を抱える事をお許しくださいます」
「本当に……?」
「はい」
本当だ。大僧正様は世のならわしにも寺院のきめごとにも拘泥なさらぬ御方。人が人らしく生きることを常に第一とお考えになられる。昔も、御身様がわしという部下を抱える事をお許しくださった。この度も、同じようにお許しくださるだろう。
「むろん、今まで通りとはゆきません。お会いできる場所も時間も、限られましょう。なれど、主従として共に生きてゆけます。私は御身様の部下である誇りをもって生き続け、いざという時にはこの身をもって御身様の為に働きましょうぞ」
「……おまえの言うことなど信じない」
わしの左頬もぬぐい、御身様がおっしゃる。
「おまえは嘘つきだ。おまえは平気で嘘をつく」
「これは嘘ではございません、御身様」
「信じない。だから……」
わしの両頬をぬぐってから、御身様は静かに微笑んだ。
「ジャガナート副僧正をお呼びしておくれ。あの方に相談してから、大僧正様にお願いするかどうか考える。大僧正様からのご許可がいただけるまで、この件は保留だ」
「御身様……」
せっかくふいてくださったのに、新たな熱いものがわしの頬を伝わる。
「私を……御身様の忍としてこれからも使ってくださるのですね?」
「大僧正様のご許可がいただけたらだ」
御身様が、又、頬を拭いて下さる。
「僕は嘘つきは嫌いだが……僕の部下になれなければ死ぬと言うのなら、捨てては置けない」
「ありがとうございます! 御身様!」
「あ、こら、泣くな。キリがない」
御身様の笑みが少しだけ楽しそうなものになる。
「このガルバ、決して御身様をお一人にはいたしませぬ」
二度と離すものか……
お慕いする御身様を……
お一人で行かせてなるものか……
「影として、常に御身様のおそばに……」
「嘘つき」
御身様が小さく笑われる。
「おまえ、言ったではないか。総本山に行ったら、今まで通りにはゆかないと。会える場所も時間も限られるって。……おまえは嘘つきで泣き虫で、本当にしょうがない奴だ。仕方がないから、僕が生涯主人でいてやる。大僧正様が忍を持ってはいけないとおっしゃったら、内緒で主人になってやる。だから、死ぬな。決して自ら命を絶つな。おまえの死など、僕は見たくない」