掃討の代償
ソルディア王国王城、謁見の間。
外の陽光を遮る重厚なカーテンが、広間に重苦しい影を落としていた。
玉座に深く腰掛けた国王アルディオス・ソルディアは、不快感を隠そうともせず、額に青筋を浮かべている。その傍らには、感情を読み取らせない笑みを湛えた筆頭魔術師ルシアン・ヴォルガが、静かに控えていた。
その前で、ガーゼル中佐は冷や汗を床に滴らせながら、震える声で報告を続けていた。
「――以上の通り、狐人族の集落にて、エクシア共和国の特級戦力……『ディザスター』の介入を確認。我が軍は壊滅的な打撃を受け、撤退を余儀なくされました」
「……ディザスター、またあの害虫かッ!」
アルディオスが玉座の肘掛けを激しく叩く。凄まじい衝撃音が静まり返った広間に響き渡った。
「奴一人に我が軍の精鋭が蹂躙されるなど、あってはならん不祥事だ! ガーゼル、今すぐ軍を再編しろ。追撃だ! 奴の首を撥ね、狐の集落を地図から消し飛ばせ!」
「は、しかし陛下……! すでにエクシア共和国の聖騎士団が現地に到着しており、強固な防衛線を敷いております。今、再侵攻を仕掛けるのは戦略的に困難かと……」
ガーゼルの言葉に、アルディオスがさらに激昂しようとしたその時、ヴォルガが静かに手を挙げた。
「陛下、どうかお鎮まりを。……領土や亜人の生死など、この際おまけのようなものです。それよりもガーゼル中佐。肝心の『3-1部隊』……召喚者たちの成果はどうでしたかな?」
ヴォルガの細められた瞳がガーゼルを射抜く。
ガーゼルは、救われたと言わんばかりに顔を上げ、言葉を継いだ。
「は、はい! 3-1部隊、とりわけ日ノ出や山上らの実力は、我々の予想を遥かに上回っておりました。彼らがいれば、我が王国の戦力は数倍に跳ね上がるでしょう。それと……」
ガーゼルは一度言葉を切り、残酷な笑みを浮かべた。
「例の『ゴミ』共についても。処分任務についていた日ノ出らの報告によれば、跡形もなく消し飛ばしたとのこと。撤退前に現場検証を行った者の報告も同様でしたので、確実に消滅したと見て間違いありません」
「ほう……。それは何より」
ヴォルガが満足げに頷く。アルディオスも、その報告を聞いてようやく苛立ちを鎮めたように鼻を鳴らした。
「そうか、そうか。実戦能力が証明された上に、ディザスターを相手取りながら、貴重な戦力である彼らを失わずに済んだのは、せめてもの収穫だな」
「ええ。彼らのさらなる訓練を進めつつ、例の『計画』も並行して進めていくことにしましょう」
ヴォルガの言葉に、アルディオスは鷹揚に頷き、跪くガーゼルを見下ろした。
「……うむ。不測の事態の中、よくぞ最高戦力の芽を守り抜いた。ご苦労だったな、ガーゼル中佐。下がってゆっくりと休むがいい」
「――ッ! は、ははっ! ありがたき幸せにございます!」
ガーゼルは安堵のあまり、膝の力が抜けるのを感じた。最悪、この場で処刑されることすら覚悟していたのだ。
彼は深々と頭を下げ、謁見の間を辞そうと立ち上がる。
だが。
背を向けたガーゼルの前に、音もなく近衛兵たちが立ち塞がった。
「……? これは、どういうことでしょうか。陛下?」
ガーゼルが困惑して振り返る。
そこには、先程までの労いの表情を消し、冷徹な仮面を被ったアルディオスの姿があった。
「ガーゼルよ。わしは嘘は吐いておらんぞ。休ませてやると言ったのだ。……『永遠にな』」
「なっ……!?」
「ディザスターの介入があったとはいえ、我が軍が受けた損失は無視できん。……貴様も知っておろう、わしがこの世で最も嫌いなものを」
アルディオスが立ち上がり、ガーゼルを指差す。
「――『失敗』と、『役立たずのゴミ』じゃ」
「ま、待ってください陛下! 私は最善を……!」
「連れていけ。殺すなり、召喚者たちの力に慣れさせるための『動く的』として好きにするなりしろ。ゴミにはゴミに相応しい末路が必要だ」
「ひ、卑怯だ……! ヴォルガ様! ヴォルガ様からも何か仰ってください!」
近衛兵に両脇を掴まれ、引きずられていくガーゼル。
ヴォルガは、その見苦しい足掻きを眺めながら、ティーカップを傾けるかのような優雅さで告げた。
「中佐、貴方は運が良い。その命が最後に、召喚者たちの『殺しの技術』を高めるための糧になれるのですから。……光栄なことでしょう?」
「やめろ……! 放せ! 放してくれえええええええええッ!!」
絶望に染まった悲鳴が、重い扉の向こう側へと消えていく。
後に残されたのは、冷たい静寂と、さらなる深淵へと突き進もうとする王国の狂気だけだった。
王国軍の中佐ですら「失敗」一つで使い捨ての的にされる……。
そんな歪んだ環境で、山上や日ノ出たちはどのような「怪物」へと変貌していくのでしょうか。
渚たちの預かり知らぬところで、復讐の対象はさらに巨大な悪へと膨れ上がっています。
次回、第23話は 3/8(日) 20:10 更新予定です。
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